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    sabasavasabasav

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    sabasavasabasav

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    ヒクサク×坊。祝祭6のエアスケブでした。すごいCPだと思いつつ好きですし、めちゃんこ楽しかったです。ヒクサク様は純粋な悪役にしないと決めてました。

    #ヒク坊

                


     血の匂いが、風に乗って流れていた。

     斜陽に染まる大地。泥と煙に塗れた戦場のただ中に、いくつもの影が横たわる。貫かれ、焼かれ、あるいは魂を削り尽くされて──それは、かつてティアが〝仲間〟と呼んだ者たちのなれの果てだった。
     ティアは、その中心に立ち尽くしていた。
     濡れた長棍を手に、泥と血に染まった足で大地を踏みしめる。感情の死んだ瞳。その奥底には、壊れかけた叫びの残響だけが微かに揺れていた。
     やがて、背後から足音もなく、あの男が現れる。
    「見事だった。──魂を食らう者よ」
     純白の外套をはためかせ、ヒクサクが血と死の間を歩んでくる。感情の一切を欠いた表情。その無機質な声に、微かに満足の色が滲んでいた。
    「完璧だ。命令通り、全てを仕留めた。初期反応も良好だ」
     ヒクサクはそっとティアの肩に手を置いた。次の瞬間、ティアの瞳が揺れる。
     それは──〝意識〟を戻された徴だった。


      ▽


     闇が満ちていた。
     目を閉じても──いや、開いていても変わらなかった。外界から遮断された石室。魔法陣の刻まれた古代の祭壇。その中央に、ティアは裸足で跪かされていた。
     重ねられた封陣。全身を覆う拘束の術式。身体は指一本動かせず、呼吸さえも意識しなければ忘れそうなほどに鈍い。
     その中で、ただ一人、ヒクサクだけが異様なほど静かだった。
    「痛むか? 矯正に痛みは必要なものだ」
     問いというには冷たく、慰めるには残酷すぎる言葉。
    「……こんなこと……やめろ。お前の命令は……聞かない」
     言葉を吐いた瞬間、ティアの脳内に激しい衝撃が走った。
     頭の奥で何かが破裂するような鋭い痛み。骨の芯まで突き抜ける電流のような苦痛。
    「──っあ、ぐっ……!」
     呻きが口から漏れる。怒りに燃えていたはずの感情が、不自然なほど急速に冷えていく。
     怒りではなく、空白が生まれる。脳の奥にあった〝熱〟がひとつ、またひとつと砕けていく感覚。
     ヒクサクの眉が僅かに動く。感情ではない。ただの観察。
    「本来、この術に意識は不要だ。嘆きも、抵抗も、意味を成さない。だが、お前は抗っている」
     ヒクサクの指が顎に触れる。冷たい。まるで生の温度を持たない金属のようだった。その硬質な指先が喉元をなぞり、首筋を這い、耳元に届いたとき──ヒクサクの唇が、そっと肌に触れた。
     首筋に落ちたその感触に、ティアが跳ねる。恐怖でも怒りでもない。純粋な嫌悪だった。ぞわりと背中を這い上がるような、生理的な拒絶。
     ──それを、ヒクサクは待っていた。
    「……明確な嫌悪感。お前には幻覚も催眠も不要だった」
     ヒクサクは再びティアの頬を撫でる。その手は穏やかであった。宝物を愛でるような、愛玩動物を慈しむような──冷ややかな支配者の動きだった。
    「拒絶を知るからこそ、私の術は深く届く。……自覚はあるだろう、魂を食らう者よ」
     ティアの眉がぴくりと動いた。僅かな、自我の抵抗。
    「……僕には、名前が……ある……そんな呼び方……されたく、ない……!」
     返す叫びと同時に、再び痛みが脳を貫いた。
    「……っ、ぁあああ……っ!」
     今度は、言葉にすらならない絶叫。視界が揺れる。思考が削がれる。
     ティア・マクドールという確かなはずの認識が、まるで濁流に流される砂のように、形を保てなくなっていく。
    「……この段階で自我を保つとは……素晴らしい。やはり、ただの器ではない」
     ヒクサクはゆっくりと目を細めた。その声音には、微かに陶酔に近い気配すら宿る。
    「強靭な精神には強力な紋章が宿るべきだ。お前には代え難い〝価値〟がある」
     術式が、深く侵食していく。
     ティアの意識が大きく揺れた。喉がひゅうと鳴り、呼吸が止まりかけ──次の瞬間、ティアの瞳から光が抜け落ちた。
     表情が消える。鼓動が整い、四肢の硬直が解ける。
     ヒクサクはティアの顎に手を添えたまま、虚ろなその顔を見つめる。
     拒絶の気配は既に薄れていた。だが、奥底には微量の〝残り火〟が未だに燻っていた。
     ヒクサクはティアの唇に、自らの唇を重ねた。
    「……ん……」
     ティアの吐息が、唇の隙間から漏れた。意識しての応答ではない。主に触れられた、無意識の反射だった。
     ヒクサクの舌が差し込まれると、ティアは自然と口を開き、その舌に絡め返す。奉仕するように、慈しむように。
     ──まるで、心から愛しているかのように。
     ヒクサクは冷たい表情のまま交わりを深めつつ、ティアの髪を指で撫でる。仕上がりを確かめるために悪戯に掬う。
     ティアは長く吐息を漏らし、背筋を伸ばし、膝をついたまま甘くそれを受け入れていた。
     唇が離れると、銀の糸が二人の間を繋いだ。
     ヒクサクは無言で、祭壇の脇に置かれた白と青の衣を手に取り、ティアへ差し出す。
    「浄化された器には、それに相応しい衣が必要だ。ハルモニアの意志を身に纏え」
     ティアは、何の疑問も抱かず神官服を手に取った。無言のまま纏う所作には、光無き瞳を除けば、かつての気品すら滲んでいるようだった。
     着終えたティアに、ヒクサクは素足を前に差し出した。足の甲を示す。
    「さあ、魂を食らう者よ。ハルモニアに対する忠誠を今ここで示せ」
     ティアは再び膝をつくと、祈るようにその足元へ唇を落とした。
     静かに、躊躇いもなく、生涯を捧げる悦びを感じているかのように。
     ヒクサクの唇が、微かに持ち上がった。それは笑みではない。術が完全に作用していることを確認した、それ以上でも以下でもない挙動だった。
    「しかと受け取った。おまえという器を生涯守ることをここに誓おう」
     ティアは袖口を整えながら、目を伏せたまま答える。
    「……ありがとうございます、ヒクサク様」


      ▽


     戦場は、息を潜めていた。
     夕暮れの光が赤黒く荒野を染める。乾いた風が灰を巻き上げ、その隙間を縫うように、ティアはただ立っていた。
     青の神官服は血と泥にまみれ、右手には、かつて正義を振るった長棍が力なく握られている。その足元には──懐かしい姿が、いくつも冷たく横たわっていた。
     顔を知っている。声を知っている。笑い合った記憶も、共に戦った日々も、全て覚えていた。
     ──それなのに。
     ティアは、ただ無言でその死体を見下ろしていた。唇が震える。乾いた呼吸が喉を擦り、掠れた声が漏れる。
    「僕が……僕が、こんな……」
     足元が崩れそうだった。胸の奥からこみ上げてくる感情が、喉を塞ぐ。悲しみ、悔しさ、怒り、恐怖──そして、深い自己嫌悪。
    「やめてくれ……お願いだ……僕に……これ以上……」
     それは誰に向けた懇願だったのか。神か、死者か、自分自身か。誰にも届かない祈りのように、声は風に溶けていく。
     やがて、背後から足音がした。一定の間隔、迷いのない歩幅。その気配だけで、誰かが分かる。
     振り返らずとも、あの男の冷たい存在は、全身に突き刺さった。
    「見事だ。魂を食らう者よ」
     ヒクサクが現れる。血と死に満ちた荒野を、白き外套を汚すことなく踏みしめながら。
    「反応も素晴らしい。……お前を一度呼び起こして正解だった。この喪失は、お前の最後の軸すら根こそぎ削ぎ落とす」
     その言葉に、ティアは膝を折った。
     長棍が手から滑り落ち、乾いた音を立てる。指が震える。目の奥が焼けるように痛い。心臓が、何かに抉られたように、空洞になっていた。
    「……僕じゃない……僕じゃ、ない……いや、僕の手で……」
     霞んだ視界の中、ティアは自分の右手を見つめた。
     そこには、赤黒く乾いた血がこびりついている。ぬるりとした感触を、指先が、皮膚が、確かに覚えていた。それが何の命だったのかを、決して忘れさせてはくれない。
    「……そんな……ぼ、僕は、僕は…………」
     呟きの中、ヒクサクがティアの前に静かに膝をついた。
     何の感情も宿さぬ瞳のまま、ヒクサクはティアの頬に手を添える。冷たい指が肌をなぞり、静かに言った。
    「──落ちろ」
     その一言で、ティアの肩が引き寄せられた。
     ヒクサクの腕に抱かれる。拒絶はない。いや、既に拒絶するという反応すら消えていた。ただ、抱かれることに安心を覚え、寄り添ってしまう──それが術の深度を表していた。
    「……っ……」
     ティアの目に、僅かに感情の光が揺れる。だが、それは波紋に呑まれて消え、やがてヒクサクの唇がティアのものに重なった。
     深く、静かに、侵すように。
     舌が唇を割り、絡め取る。ティアの体は、自動的に反応した。舌を返し、口内を許す。拒絶ではなく、服従。恋人のような仕草。
     ──どう足掻いても、身体は応えてしまう。
     快楽ではない。だが、どこか温かく、安心する。術の作用か、心が壊れたのか、もはや判別はつかなかった。
     唇が離れる。細い銀糸が二人の口元を繋ぎ、ティアの目から、ぽろりと涙が一粒零れ落ちる。
     それは、最後に残されたティアという存在の断末魔だった。
     ヒクサクは、満足げに目を細める。
    「お前はソウルイーターの器。それだけでいい。そうでしか、在れぬ」
     ティアは、目を伏せた。そして、静かに跪いた。ヒクサクの足元に、迷いなく。
     意志はない。ただ、命令がなくとも身を委ねることに、幸福を見出しているような献身。
     そこにはもう、ティア・マクドールはいなかった。

     魂は、封じられた。光は、喪われた。
     残ったのは、命令に忠実な紋章の器。
     全てが掌から零れ落ちた、悲しき存在だった。

        
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