100日後にくっつくいちじろ3日目
「えっ、あっ、ええ?あのう、や、山田一郎さんですか?」
「………やめろ」
「えーっ、ええーっ!?」
クラスメイトの手伝いでサッカーの試合に参加した二郎。その帰り道。西日に照らされるイケブクロの街を自宅に向かってちんたら歩いていると、前に、兄にシルエットがよく似た男がひとり。服装は白いパーカーに、ジーンズと至ってシンプルで、兄の服装にも見えるが普通にどこにでもいる服装でもあった。髪は黒で、背丈も兄そのもの。しかし決定打を打つことが出来ない原因はその髪型にあった。襟足が、短いのだ。ほぼ刈り上がっている。今朝、家を出る前の兄の襟足はいつも通り長めで、うなじが隠れる長さであった。しかしそれ以外の特徴は兄と完全合致する。向かっている方向も同じだし。
そこで二郎は少し歩く速度を速め、その男の横に並んだ。追いつくと他人だとしても不審に思われないくらいさりげなく、顔を覗き込んだ。髪が短くなった兄、本人だった。そして冒頭の、推しに偶然出会したオタクのような声を上げたのだった。
「え、髪切ったよね?」
「……見んな」
「全体的に軽くなってるけど、襟足については切ったというか、刈り上げた?ちょっとしたツーブロックみたいになってる」
兄の顔を覗き込みながら並走する弟。
すれ違ったご近所の奥様に仲が良いわねと微笑まれ、二人同時に挨拶を返す。
「イメチェン?」
また二郎の顔の向きが一郎へ向く。詰め寄られた兄は尻の座りが悪そうに視線を逸らしながらスースーするうなじを片手でさすりながら答える。
「頼まれたんだよ、カットモデルやってくれって。新しくオープンしたコンビニ横の美容院あんだろ?あそこ」
「カットモデルすげぇじゃん。さすが兄貴。略してさす兄」
「ただの練習台だわ。んでツーブロ似合うと思うとか言われて……」
「断れなかった?」
「……なんか拒否ったら、そんなにいつもの髪型にこだわりあンのかよとか思われそうじゃねえ?」
「いや変なところ気にしいだな!兄貴は!」
あと知り合いからの頼みだと意外に推しに弱い。
そう付け加えると思い当たる節があるらしく、一郎はバツが悪そうにポリポリと短くなったうなじをかいた。そんな不器用な兄を眺めながら二郎は微笑ましく頬を緩めた。
「でもそういうとこ、兄貴のいいとこだと思うぜ」
「ダーッ、茶化すなって!お前も刈り上げんぞ!」
「照れんなよォー」
肘で小突き合う。もうまもなく自宅だ。
「……ねえ、ちょい兄貴」
「あ?っうお!?いきなし触んなって!」
「ウワーッ!ショリショリする!」
さっきからずっと触りたかったんだ!
我慢していたがもう辛抱たまらないとばかりに二郎は腕を伸ばし、兄の短くなった襟足の毛を触った。短く立っている毛が二郎の手のひらを小気味よく擽る。なんとも言えない感触!うおーっと声を上げて撫で続ける。
「汗かいてっから!やめろって!」
「あ、確かに」
「〜〜っ!」
「はっはは、兄貴、首赤くなってる!丸見えだから分かりやすい!」
かーわーいーいー、と完全にイジっている言い方で二郎が笑えば、一郎は耳まで真っ赤にして歩幅を広げ、ドスドスと競歩をはじめた。待てよーとその背中を弟が追いかける。
「お前、今日のメシ抜きな!」
「残念でしたー、今日の夕飯当番は俺ですぅ」
2024.10.26