100日後にくっつくいちじろ95日目
「二郎おつかれ」
21:00、二郎がバイト先から帰宅し、リビングへ足を踏み入れると、食卓に一郎と三郎が着席していた。その手元にはプリンとコーラ。
「ただいま……プリンちょっといいやつじゃん。どうしたの?」
「今日でダイナーのバイト終わりだろ?お疲れさんってことで、三郎が選んできてくれたんだぜ」
「え」
「ちちち違う!一兄のお使いで仕方なく選んだだけだ。勘違いするなよ」
「絵に描いたようなツンデレ」
お得意さんの伝手で是非にとオープニングスタッフとしてバイトをしていたダイナー風ハンバーガーショップ。元から長期的に、というよりは人員が育って余裕が出るまで、ということだったので二郎は今月で固定から外れることになった。レギュラーメンバーとして続けてほしいとも言われたが、萬屋の仕事の手伝いも他にあるため、二郎は惜しまれつつバイト最終日を迎えたのだ。
「まあ忙しい時とかはヘルプ行ったりするかもだけど、一旦は上がったよ」
「大変だっただろ、おつかれ」
「みんないい奴だったし、ローラースケートは楽しかったから、全然」
やったー、と三郎の隣に腰を降ろす二郎。コーラで乾杯して、三郎が選んでくれたプリンを見ると、チョコ、抹茶、プレーンと味が三種類あった。
「二郎が好きなの選んでいいってよ」
「え、マジ?」
「今日だけだぞ」
「うわー、じゃあチョコにする」
仕事の後のデザートは最高だ。三郎が抹茶、一郎がプレーンをそれぞれ選んでプリンを頬張った。
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23:00 一郎が自室で明日の仕事の準備をしていると、コンコンと控え目なノックが聞こえた。どうした、と返事をすると、静かにドアが開く。
「兄貴、今ヘーキ?」
二郎だった。「おう、いいぞ」と返事をすれば、部屋に入りドアを閉めた。
「何してたの?」
「明日の仕事で使う作業着、引っ張り出してた」
「ああー、ビルの清掃だっけ」
「おう。昼過ぎには終わる予定だ」
「そっか」
二郎はすとん、とその場に座り込み、クローゼットを漁る一郎を眺めた。
「……で?どうしたんだ?」
漸く見つけた作業着を取り出し、鞄に詰めながら一郎は二郎に向き合った。何か用事があるのだろう。しかし、当の二郎は「あー……」とどこか煮え切らない返事で目線を逸らした。
「あ、あのフィギュア、新しいやつでしょ」
「え?ああ、そうだ。造形最高でさ、奮発したぜ」
「カッケー……」
フィギュアを眺める二郎。……え?用事は?
一郎は小首を傾げながら再び二郎に尋ねた。
「どうした、何か言いづらいことでも、あンのか?」
赤点テスト、期限の切れた提出物……過去の事例を挙げればきりがない。ジロリと疑いの目を向けると二郎は慌てて首を左右に振って否定する。
「ち、違うよ。別にやましいことはないって」
「じゃあ何だよ?」
「ええーと、強いて言えば」
「強いて言えば?」
「特に用はないんだけど、なんとなく喋りたくて」
「……え」
つまり、特に用事はないけど部屋に来たかったと。そういうことらしい。思いがけぬ二郎の発言に一郎は固まった。……どういう意味合いなのだろう。じ、っと二郎を見つめると、その顔はだんだんと赤みを帯びてきた。
「お前、さ……」
「お、おう」
「こんな夜に、俺の部屋来て、ただ喋りたいって……」
「……だ、駄目なのかよ」
「駄目ってか、警戒心とか……ないワケ」
一郎がそう言うと二郎は、ウンでもスンでもなく、近くにあったクシションを引き寄せて抱えた。変な空気が部屋を包む。一郎だって、別に追い出したいわけじゃない。一緒にいたい。しかし、妙な雰囲気になるものだから、たまらず話題を探した。
「あー……俺、これからガチャ引こうと思うんだけど」
「え、あ、ソシャゲの……」
「おう、俺が引くと物欲センサーで出ないと思うから、お前引いてくれよ」
「い、いいよ」
一郎がスマホを取り出すと、すすす、と一郎の横に移動して、画面を覗き込む二郎。二人でベッドに背中をもたれ、肩が微妙に振れ合わないような距離で数十分、一緒に過ごしたのだった。
2025.1.31