100日後にくっつくいちじろ60日目
「二郎君、これ持って行って」
PM.8:00
二郎はノルマ分プラスアルファのケーキを売り切り、仕事を終えた。完了報告を兄へ入れていたところ、店長が二郎に箱を手渡した。二郎が数時間、外で販売していたケーキと同じ箱だ。
「え!いいんすか!」
「うん、ちょっと形寄っちゃってるやつなんだけど、それでもいいなら」
「全然いい!やりィー!あざす!」
うきうきでそれを受け取ると二郎は「クリスマス以外でも年中ヘルプ受け付けてるんで、萬屋ヤマダを今後ともよろしく」頭を下げ帰路に着いた。
「さみぃ……!」
流石はクリスマス前の土日。普段から人手の多いイケブクロだが、昨日と今日は信じられないくらいの人間が街へ繰り出している。カップルやら友達グループやらの群衆を掻い潜りながら二郎は最短ルートで自宅へ向かう。途中、通りかかった家電量販店の店頭でシャンメリーの特売をしているのを目撃して足を止める。何故なら、最近、一郎がハマっているアニメ絵柄のラッピングシャンメリーだったからだ。
「買ってこ」
二郎は瓶それを景気良く3本も買った。ひとり1本。まあ飲めるだろ。施設でも出た記憶がないし、あんまり飲んだことないけど。去年はコーラだったし、たまにはいいかもしれない。
▼
帰宅一番乗りは三郎だった。
シャンメリーを見せると「そんないらないだろ…」と呆れられたが満更でもなさそうで、前に町内会のビンゴ大会で当たってずっと箱のまましまっていた、足のあるワイングラス4個セットを取り出してきて洗い出した。可愛いところあんじゃん、なんて苦笑いしながら風呂を沸かす二郎。
「兄貴おそいな」
「一兄は21時までだって言ってただろ」
「あ、そうだっけ。じゃあ交代で風呂入っちまおうぜ。夕飯はレンチンするだけだし。つかお前もケーキ貰ってきたんか」
「多分一兄も貰ってくるだろうから、明日までケーキ三昧だね」
「ひとりワンホール……せめてチョコケーキ、ショートケーキ、チーズケーキとかバラバラなら嬉しいんだけどな」
「贅沢言うなよ。クリスマスケーキなんて大抵ショートケーキなんだし、好意でもらってるんだし」
「わァーってるよ」
二人は口を動かしながらも風呂を沸かし、順番に入浴をテキパキ済ませ、食事の準備を進めた。そうしている間に一郎が帰宅。二人してリビングで出迎えると、兄はなんと両手にケーキを携えて苦笑いしていた。あんぐりと口を開ける弟達。
「お前ら、もしかしてだけどケーキ貰った……よな?」
「……ひとりワンホールと、三分の一ノルマですね」
「ケーキって冷凍できねぇかな?」
▼
深夜、食事とついでに食後のケーキまで済ませた三人はそれぞれ部屋に落ち着いていた。ちなみにシャンメリーは一郎のテンションを上げ、写真撮影後、一本を三人で分け合って飲んだ。イヴとクリスマスにまた一本ずつ開けようという寸法だ。
二郎は明日も学校だし、そろそろ寝るかと思っていたが、トイレのために廊下へ出ると兄の部屋から明かりが漏れていることに気づく。昨日も今日は三人とも非常にハードに動いていたが、イヴとクリスマス当日は平日で、二郎も三郎も学校だ。だが、兄は今日と同じくひとりでフル稼働するだろう。大丈夫だろうか。疲れもあるし、外での呼び込みで風邪とか、引かないかしら。二郎はふと心配になって声をかけようとした。しかし、ふと気まずい状況であることを思い出す。ここ二日はなんとなく忘れていたが。……いや、しかし、気まずかろうが何だろうが心配は心配だ。そして二郎は意を決してドアをノックした。
「あー、兄貴、今ちょっといい?」
すると、中からバタン、ドタドタ、と何かが落ちたりぶつかったりする音。え、大丈夫?と声をかけると、ゆっくりドアが開いた。しかし思っていた高さに兄の姿がなく、え、と視線を落とすと足元で蹲っている兄がいた。
「え、どしたの」
「……スネを、ぶつけた」
「どこに……」
「テーブル」
「だ、大丈夫……?ごめんなんかビックリさせて」
「いや、平気だ。どした?」
痛みに歪んだ顔をしつつもなんとか立ち上がった一郎。
「あー、あのさ、俺達も学校から帰ったら手伝うけど、兄貴、イヴとクリスマスは両方、ひとりで1日フル稼働……?」
「ああ、その予定だ。何かあったか?」
「いや、大丈夫かなって……俺、どうにか早く帰れないか先生に聞いてみようか?」
「バーカ、学生の本分は勉強だろ。気持ちだけ受け取っとくから」
ありがとな、と頭を撫でようとした一郎の手。しかし、ハッと頭に手を乗せる前に止まる。そして誤魔化すように手を離し、自身の頭をポリポリかいた。
「二郎も今日は疲れただろ?ほんとありがとな」
「ううん、どうってことないけど」
「三郎も今日は疲れ果てて早めに寝ちまったし、お前も夜更かししないで寝ろよ」
「うん、あの、兄貴」
「ん?」
「無理しないでね」
心配そうに兄を見上げる二郎。一郎は「おう」と嬉しそうに頬を緩めたのだった。
2024.12.22