ポカぐだ♀ / ちゅーで起こされる話 夏の海にからだを預けて、波の揺れに逆らわずふわふわとただ浮かんでいる感じ。ふかふかのからだを包むあたたかふんわりする感触に、そうだお布団の中だ。眠っていたのだと気付く。そう気付いても、思考はすぐに海の中へ。境界線が曖昧な中、海とベッドを行ったり来たりする。
――どうしようかな。もう起きようか。でももうちょっとだけ、こうしていたい。
まどろみの中でだらだらと時間を無駄にすることの背徳感がたまらない。普段はこんなことできないけれど、オフの朝はちょっとだけ、こうやって怠惰に、贅沢に過ごすことが許されている。朝のブリーフィングには出なくてもいいし、いつもより少し遅く起きてもみんな「しょうがないわね」と困ったように笑って許してくれるから。……朝ご飯の時間に間に合わないと、さすがに怒られてしまうけれど。
束の間の平和な感じと、ちょっとだけ我が儘を言えるこの時がたまらなく愛おしいのだ。
あともう少しだけ、どっちつかずの中にからだを預けていたくて。わたしは毛布の中に頭を突っ込んだ。毛布の起毛が頬に触れる。わたしの体温を吸った毛布はそれ自体が発熱しているみたいにあたたかい。ふかふかの毛布に全身を包まれて、口元をだらしなく緩めた。
――あとちょっと。そう、あと、5分だけ……
自分にそう言い訳して再び夢の中へと落ちていった。
白い光。目蓋裏に光を感じわたしは眉を寄せた。夏の日差しのようにまばゆい光だ。
――そうか。夏の海に浮かんでるなら、そりゃあ眩しいよね……。
そう納得して再び深く深くへと意識が落ちていく……のを、頬をぺちぺちと叩かれて邪魔をされた。
「んんー……?」
はっきりしない自分の声が耳に入って、あぁそうだ、二度寝を決め込んでいたんだと気付く。うっすらと目を開けると、眩しい無機質な照明の光が飛び込んできた。
攻撃的な強い光に思わずぎゅっと目を閉じた。毛布を被っていたはずなのに。からだはまだほかほかあたたかいけれど、顔から肩まではひんやりとした空気に触れている。
「……、…… ……」
聞き覚えのある低い音を耳が拾う。耳に馴染む、落ち着く音だ。まだ覚醒しきっていない頭で状況把握に努めていたわたしは音としか認識できないけれど、なぜかそれを心地良く感じからだの力が抜けていった。
耳を、こめかみを啄まれ、口の端を生暖かいものが滑る。再びまどろみの中を心地良く揺蕩っている中、触覚を刺激するいたずらが顔中に降り注ぐ。遠慮のないこの行為はきっと彼にちがいない。曖昧だった感覚が呼び起こされて、触れた瞬間のねっとりとした感覚、少しざらりとした感覚まで肌が感じるようになっていった。触れるだけの行為に肌が粟立ち、みぞおちが、むずむずとしてくる。
「ふふ。もうやだ、くすぐったいってば……」
ついには笑いが漏れてしまって、わたしは身を捩って枕に顔の半分を埋めた。いやがるわたしのことなど気にもせず、彼はより大胆に猛攻をしかけてきた。
顕わになった頬をちゅっちゅと啄み、ぺろりと舐める。いつもならばべしべしと肉球で頬を蹴られるのだが、今日は舐め攻撃主体で行くらしい。ふにふにの肉球で蹴られるのもたまらないのだけれど、顔中舐め回されるのも家のペットを思い出してしまう。だらしなく顔を緩ませて、くすくすと笑みが漏らし。繰り返される顔への攻撃を享受した。
顔にもたらされるねっとりとした刺激が不意に止んだ。
――あれ? いつまで経っても起きないから呆れられちゃったかな?
思うや否や、首筋に生暖かいものが滑った。
「ひゃん!」
ぶるりとからだが粟立つ。背骨に電気が通ったように痺れが走り、思わず高い声が漏れた。
「ちょっ……フォウ君てば、やめてよ……!」
恥ずかしくなって一気に覚醒する。まだなんだかからだがぞわぞわするし、顔が熱い。抗議をしようとからだをねじり目蓋を開けた。そこにいたのはかわいらしい白い綿菓子みたいなフォウ君ではなく、サングラスの奥で険しい顔を浮かべているテスカトリポカだった。ヘッドボードに手を付き剣呑な雰囲気を漂わせている。
「あ? まさかあの獣と思われていたとは……つーか普段からこんなことしてんのかあのクソ獣……」
テスカトリポカは低く唸った。口元は歪んでいて、鋭い眼差しでわたしを見下ろしている。想定外のことにわたしは目を見開きポカンと口を大きく開けたまま固まってしまった。
そういえばフォウフォウというかわいらしい声は聞こえなかったし、ねっとりと舐める舌は分厚くて大きかった。なによりちゅっちゅと、フォウ君ならばあり得ないリップ音がしていたのだ。
ということは。顔中に降り注がれたアレは、彼のくちびると舌だったというワケで。
――まさか。そんな。ずっと彼のくちづけを受けていたとは……!
ぼふんと顔が燃えそうなほど熱くなる。
「ああああの! すみません、起こして、もらって。
起きます! 起きますので!」
慌てて上体を起こす。彼の顔と急接近しびっくりして顔を逸らした。彼の顔を見ていると、つい視線がくちびるにいってしまうのだ。
バクバクと心臓が暴れ、手がぶるぶると震える。なんとかベッドに手を付いて彼の横をすり抜けようとするけれど、肩を押されベッドへと転がされてしまった。
「わぁっ!」
身を起こそうとするけれど、すぐさまテスカトリポカがベッドに乗り上げわたしの上に跨がってきた。流れるように手首を掴まれ拘束されてしまう。
「まぁ、待て待て」
手を引き抜こうとするわたしに向け彼が楽しげに笑った。くつくつと上機嫌に喉を鳴らしている。
「我がマスターに贈ったくちづけを獣のそれと間違われるなど看過できん。やり直しだ」
ぎらり。口元は吊り上がり笑みを浮かべているが、瞳の奥は笑っていない。ぎらぎらと獲物を前にした肉食獣のようだ。テスカトリポカは頬を引き攣らせるわたしににんまりと笑いかけた。空色の瞳が伏せられる。そのままくちづけが迫ってくるものだから、わたしは反射的に目をぎゅっと強く瞑り、身を縮ませた。
耳にくちびるが触れ、ちゅっとリップ音が響く。
「んっ」
ぞわりとからだが震え、思わず声が漏れてしまう。
――さっきは音、していなかったのに。ぜったいわざとだ!
まどろんでいたとはいえ、耳元でリップ音なんて聞こえなかった。じとりと睨みつけると、テスカトリポカは目を細めにんまりと愉快そうに笑った。再びくちびるが迫り、ちゅっちゅと頬を啄まれた。
さっきの瞳は獰猛な光が浮かんでいたのに、降り注ぐくちづけはやさしくて。啄むようなくちづけを受けてどきどきして、からだじゅうが燃えるように熱くなる。自分のものとは思えないくらい甘い吐息がこぼれて恥ずかしい。こめかみを舌で舐め取られからだが震える。そのたびに手首が囚われてしまっていることを思い知らされて、またどきどきして。浅い呼吸を繰り返した。
恥ずかしくてどうしたらいいかわからなくて、目にじわりと涙が溜まってゆく。目尻からこぼれそうになったそれを、くちびるがじゅっと啜った。
「あぁ、惜しいな。このまま喰っちまいたいが、起こしに来たまま出てこないとあっては途中でニンジャたちに押し入られちまう」
テスカトリポカは身を起こし呟いた。くたくたとなったわたしはただ瞳を動かすだけで精一杯で、腰に跨がる彼をぼんやりと見つめた。はっはっと荒い息をするだけで何も言えないけれど、彼は気にしていないようだった。そもそも、忍者がどうとか、よくわからないから、返す言葉が思いつかない。
「さて。これで最後だ」
彼は薄いくちびるを舌で舐め取り、再びわたしに覆い被さってきた。首筋に顔を埋め、分厚い舌でねっとりとわたしの首を舐めた。
「んっ……」
フォウ君だと思って舐められた時以上に、背中に、腰に痺れが走る。震えをなんとかやり過ごし、これが最後だとほっと息を吐いた。しかしテスカトリポカは動かない。舐められたところにふにとやわらかいものが触れる。なに? と頭に疑問符が浮かぶより速く、強く吸い上げられた。
「いった!」
首筋に痛みが走り、その直後にぴちゃりぴちゃりとぬめった舌で舐め取られる。
「ひっ、ひゃん!」
すっかり油断していたわたしの口から甲高い悲鳴が漏れてしまう。恥ずかしくて顔にも首にも熱が集中していった。テスカトリポカはわたしの反応がツボに入ったらしく喉を鳴らし、くちびるで吸い上げた箇所をべろべろと飽きることなく舐め回した。
彼が満足してわたしから降りた頃にはわたしは息も絶え絶えになっていた。
「さっ……さいごって、言ったのに!」
ぜぇぜぇと息を切らしぎろりとテスカトリポカを睨みつける。彼はさも当然だと言わんばかりにけろりと告げた。
「お預け食らったんだ。あとでいただくためのマーキングだよ」
マーキングの意味がわからずとりあえず首を押さえてみた。指先が濡れて居たたまれない気持ちになるだけだった。俯くわたしに向けテスカトリポカはケラケラと笑った。
頭の上にやわらかいものが乗って、視界に影が落ちた。
「さ。シャワー浴びて、着替えてきな。メシにしようぜ」
見上げた視界の端に白いふわふわが見える。バスタオルを投げてくれたらしい。
どきどきしすぎてからだが熱い。頭もふわふわする。はやく汗ばんだからだをすっきりさせて、熱を冷ましたかった。
わたしはコクコクと頷き、ふらつきながらシャワー室へと足を進めた。
「ぎゃあああ!」
シャワー室の鏡に映る首の真っ赤な痕を見つけ、わたしは絶叫することになった。
――マーキングって、このことか!
さっきの叫びでわたしがキスマークに気付いたとわかったのだろう。シャワー室の外からゲラゲラと楽しそうな声が聞こえる。
「くっそぅ……!」
ギリギリと歯を軋ませる。
――どうやって食堂へ行こう。今日は基地内を出歩けないじゃない!
この後どうやってみんなにバレずに過ごすかで脳内は大混乱だ。しかし、くやしいかな大好きなひとに痕をつけられたということにどきどきと胸が高鳴ってしまう。
「もう……」
渦巻く感情を逃がすように漏れた呟きは、悪態というには弱々しい。首の痕の上、わたしの顔も燃えるように赤くなっていた。