ポカぐだ♀ / FGOフェス2025 / 英霊祝装②仕事がある。だからここから離れるつもりはない。
そう告げたオレを見つめる瞳に絶望が浮かび、見る間に潤んでゆく。
震える小さなくちびるからは何も語られていないというのに、濡れた瞳がマスターの心情を雄弁に物語っていた。
「一緒に戦ってくれないの……?」
か細い声に良心が痛む。
我がマスターが望むならばどんな戦場であっても共に駆け抜けようと決めている。
しかしこちらにも事情がある。今日この日は別だ。
いくら我がマスターの頼みであっても、聞き入れることはできないのだ。
とはいえコイツは理由もなく納得するような性質ではない。
深い溜め息を吐き、できたら言いたくなかった情け無い理由を口にした。
「……前に言っただろう? 戦場にオレが出れば最悪の事態を呼び込んじまうって。
オレの不運がおまえさんを巻き込んじまっては、祝いの席が台無しになる。だからオレは闘技場には出場しない。
この日を楽しみにしていたんだろう? オレはここから祭りを楽しむおまえさんを見守っていることにするさ」
自分の不運さはよく理解している。死神とオレを呼ぶ者がいるのもソレが所以だということも。
ただでさえ巻き込まれ体質で強制的にトラブル解決を担わせられてきているマスターだ。せめてこういう日くらいは祝い事を満喫してほしいではないか。
それならばオレはマスターから離れた場所にいるに限る。
離れた場所からマスターの身を案じ、垣間見る横顔が笑っていればそれでいいと。そう思って決めたことだったのだが……。
黙ってオレの話を聞いていたマスターは話を聞き終えるや否やキッと強い眼差しを向けてきた。
さっきまでの憐憫を誘う悲痛な眼差しはどこへやら。濡れた瞳の奥で、涙が蒸発しそうなほどの火が燃えていた。
「『そういう時は耐えろ。死んでも勝ち抜け』でしょう?
大丈夫。わたし、絶対勝つから!」
力強く語られた言葉は以前不運を打破するために与えた助言だ。覚えていたらしい。
虚を衝かれ瞬くオレにマスターはさらに言葉を続けた。
「それに。その後には……勝ち抜いた後には、いいことがあるんでしょう?」
そう言って歯を見せて笑った。
この少女といえば、腕は細く力は弱く、生に固執し冷酷さもない。生き様は戦士に相応しいとは言い難い。
しかし、歴戦の戦士でも気が触れてしまいそうな窮地でも、一手間違えれば一瞬で命を落としかねない強敵との戦いでも。
目を逸らさず立ち向かう度胸があるのだ。
今日この日は祝いの場だ。戦いも回避して、日がな一日ゆっくりと食事を摂って遊興に耽ることも許される日だ。だというのに自ら困難な道を行くと言う。
まったく。このお嬢さんは……。
「……は、」
口元に隠し切れない笑みが浮かぶ。意図せず声が漏れた。
「……差し引きで言えば、少しだけ。だぜ?」
マスターが覚えていた、かつての助言に続けた言葉を口にした。
力強く勝利を断言する彼女の答は是であろう。
我ながら意地の悪い。わかっていても尋ねてしまう。予想はついているが、オレが認めた戦士の口から答えを聞きたいのだ。
我が問いにマスターは破顔した。
「うん。それでも! いいことがあるってだけでもう最高だよ!」
告げられた言葉は迷いも嘘偽りもない。心からのド直球な言葉だった。
そうだ。この少女は生きるために迷いもせずマスター権を差し出すような、目を奪う決断を自然ととるようなタマだったのだ。
かつて感じた高揚感が身体の奥から沸き上がる。
口の端を吊り上げるだけだった笑みはそれでは留まらず、肩を揺らし声を漏らすほどにまで転じた。
マスターは突然笑い出した我が身を不思議そうに覗き込んで来る。その幼さの残る顔を見下ろし、乱暴にオレンジの頭を掻き回した。
ムッと口を尖らせる顔にニヤリと笑いかけた。
「いいぜ。付き合ってやる」
闘技場での共闘に諾と伝えてやれば、我がマスターは瞳を輝かせ飛び上がらんばかりに喜んだ。
気が変わらないうちに速く行こうと急かしてくる。
我がマスターは相も変わらず一挙手一投足で神を翻弄してくる。
やれやれと大袈裟に肩をすくめ、小さな手を掴み戦場へと駆け出した。
「そうださっきのだけどさ」
背中にマスターの声がかかる。肩越しに振り返った。
マスターはオレを見上げ、少しの逡巡の末、口を開いた。
「少しだけってあなたは言うけど。あなたと戦って勝つのはうれしいし、お祭りを一緒に過ごすのも、わたしにとってはすっごいうれしいことなんだよ?」
全然少しじゃないよ?
そう語る頬は徐々に赤みが差していった。
戦いに赴く理由は腕試しでも闘争心を駆り立てられてでもなく、責任者として場を離れないと言うオレと共に過ごすための口実だったワケだ。
あぁまったく本当に。一挙手一投足で神を翻弄しやがる。
「……急ぐぞ」
ぶっきらぼうにそれだけ告げて前方に顔を戻す。
繋いだ手はマスターの熱が移ったのか、じっとりと汗ばむほど熱くなっていた。
<おまけ/蛇足>
結局のところ聖杯を持ち出したサーヴァントによって闘技場が特異点化するわ、本気になったククルカンが周りへの配慮もなく暴れ回るわで、祝いの日だというのに最悪の事態の大立ち回りとなってしまったのだった。
立ちはだかる全てのサーヴァントを打ち負かしたものの、この日のための装いもボロボロになり、ぜぇぜぇと息を切らすマスターの姿はあまりに不憫だ。
多少は喜ぶかと用意しておいた水着に着替えて見せてやったのだが……。
我がマスターは瞳が落ちそうなほどにカッと目を見開き叫び声を上げ、その場にへたり込んでしまった。
「差し引きで言えば少しだけって、どこがよう……」
声を震わせくちびるをついた言葉は嘆きの声かとビビったが、どうやら腰を抜かすほどうれしかったらしい。
「おいおいこの程度で腰抜かしてんなよ。
これからはこの格好でおまえさんと共闘するんだぜ?」
「どええぇぇぇ!!」
オレのひと言は追い討ちをかけてしまったらしく、マスターは意味のわからない奇声を発し泣き出してしまった。
あぁまいった。こっちは祝いの席を台無しにしたというのに、姿を変えるだけで歓喜の涙など。
オレは顔を我が手で覆い、緩む口元を隠した。
uploaded on 2025/08/06