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    torimune2_9_

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    torimune2_9_

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    傭兵×鳥人でファンタジーパロの炎ホです。
    魔法のある世界で色々あって追われてる炎と、ボロボロのホが出会ってから別れるまで。別れた後の話が書きたかったはずなのに出会いから書いてしまったばっかりにそこまで行きませんでした。

    ――男は賞金首であった。
    名はエンデヴァー。炎の加護を持ち、大地をも焼き尽くす力を以てかつては大国の騎士団でナンバーツーの座に就いていた。しかしそれも昔の話。王が代替わりしてすぐ、謎の刺客によって騎士団長が致命傷を負ったことをきっかけに全てが崩壊した。その刺客を手引きしたのは、騎士団長の力と名声を妬んだ新王だったのだ。新たな王にとってはエンデヴァーの存在も煩わしかったのだろう。エンデヴァーが長年騎士団長を超えようと躍起になっていたことも災いし、弁明する間も無く一連の事件の罪を擦り付けられた。
    部下の手を借り国を出たのはいいものの、そうしているうちにあれよあれよと冤罪が積み上げられ、最終的にエンデヴァーの首に掛けられた賞金は一億。希少種である鳥人族ほどではないが、ただの人間に付けるにはゼロが一つか二つは多い額だ。
    一度は忠誠を誓った王による、あまりにもな仕打ち。本来であれば嘆き悲しむか打ちひしがれるところであろうが、ここまでされては悲嘆する気にもならなかった。ただ、残してきた部下たちが息災であればと願うことしかできない。顔を見に行きたいと思うこともあったが、最後に見た王の乱心ぶりを思えば国に戻れないのは明らかだった。
    そうして帰る場所を失ったエンデヴァーは、素顔を隠し傭兵として各国を旅していた。愛刀である大剣こそそのままだが、「エンデヴァー」の象徴ともいえる炎を隠していれば案外正体とはバレないもので、立ち寄った村や町で魔物討伐の手伝いをして日銭を稼ぐ暮らしを始めてもう五年が経つ。騎士をしていたころは強さに執着していたが、こうして放浪者のような生活をしているとその衝動も自然と薄らいでいった。ただ平和な日々を望む民の助けになればと。力を振るう理由はそれでよかったのだと、追われる身でありながらその心は穏やかだった。
    きっともう、あの怒りに似た激情のまま剣を振るうことはないだろう。騎士としてのエンデヴァーは死んだのだ。これから先、ただ一人に執着することなど、もう決して。


    ――がさ


    (来たか)
    草葉の擦れる音に意識を切り替える。現在拠点としている村でエンデヴァーが請け負ったのは森に住みついているという魔獣の討伐だ。村人からの情報によればその魔獣は熊のように大きく、そこらの鐵具では到底太刀打ちできないほどに狂暴らしい。
    二つ返事で依頼を受けたエンデヴァーは、すぐさま件の森へと向かいいくつかの果実とともに罠を仕掛けた。この辺りでは育たない品種ではあるが、一際甘い匂いを放つそれらはいい餌になる。加えて言えば、強い匂いが人の臭いを消してくれるため身を潜めやすい。似たような依頼を何度か受ける中で、この方法が最も手軽で確実性があった。
    一応の保険として拘束用の魔法陣を仕掛けておけば、あとはターゲットが現れるのを待つのみ。斜面に身を潜めたエンデヴァーは、周囲の気配を探りつつその時を待っていたのだ。
    がさ、
    がさ、がさ、
    ナニカが罠を張った場所に近づいてきているのは確かだ。だが、想像とは違う。二足歩行で、弱っているのか音は不規則。少なくとも聞いていた魔獣のものではないだろう。
    (……まさか人か?だが)
    剣に添えた手をぴたりと止める。魔獣が目撃されるようになってからこの森には誰も立ち入らなくなったと聞いている。猟犬も怯えて近づかず、他の野生動物すらも見なくなってしまったと。しかしその足音は二足歩行のそれだ。まさかと思い覗き見れば、その瞬間心臓を射抜かんとせんばかりの殺気がエンデヴァーを貫いた。
    「――――ッ!」
    常人が発せるものではない。反射的に剣を構え、一歩前に出る。そうしてその全容を目にしたエンデヴァーは思わず息を飲んだ。
    「な、」
    それは魔獣ではなかった。
    金を編んだような髪に、琥珀色の瞳。布切れのようなものを纏った身体は細く傷だらけではあったが、その姿かたちは一見見目麗しい青年に見えた。しかしその背に生えた赤い羽根が、人とは違う存在であることを露わにしている。それは、その姿は、王に仕えて国々を巡ったエンデヴァーすらも片手で数えるほどしか見たことのない種族。
    「鳥人族、だと……」
    「……ぁ、ひっ」
    「ッまて!」
    青褪めた青年が一歩後退る。すぐ後ろに魔獣用の罠があることを思い出し咄嗟に叫ぶが、その声に肩を跳ねさせた青年はさらに数歩後退り、晒された素足が仕掛けを踏んだ。足元で展開された魔法陣から生えた白銀の鎖が瞬く間に青年を取り囲み、細い手足を拘束する。藻掻けば藻掻くほどそれは絡まり、その表情が絶望に染まった。
    「来んで!」
    近寄ろうとするエンデヴァーを拒むように青年が叫ぶ。翼を持つ鳥人族はその神秘的な姿から人に狙われやすい。血眼になって探す王族貴族もいるという噂があるほどだ。よく見れば青年の背にある羽根は小さく生え方はバラバラで、まるで強引に毟られたようにも見えた。捕まりそうになったところを逃げて来たのだろうか。であればこの怯えようにも納得がいく。
    「信じられないのも仕方ないが、それでもどうか信じてほしい。俺はこの森に住みついた魔獣を討伐しに来たんだ」
    なるべく穏やかな声を意識しながら、持っていた剣を地面に置き両手を挙げる。
    「…………魔獣?」
    「ああ、そうだ。決してお前を傷つけたりはしない」
    武器を手放したことで敵意はないと分かってもらえたのだろう。殺気を滲ませていた瞳が困惑に揺れ、威嚇するように広がっていた羽根がゆっくりと下を向いた。肌を刺すような空気が静かに霧散する。
    「……どうか、その拘束を解かせてくれ。怪我をしているんだろう。身体を傷つけるような魔法ではないが、無理に暴れれば傷に障る」
    「…………」
    こくりと小さな頭が頷いたのを確認し、手を伸ばす。これ以上怖がらせないよう慎重に、丁寧にエンデヴァーは仕掛けた魔法陣を破壊した。硝子の割れるような音が響いて、青年を縛っていた白銀が散る。
    「…………あの」
    自由になった両手を握って開いて、青年がおずおずとエンデヴァーを見上げた。
    「……あなたは、どこの国の人ですか」
    「どこにも属していない。かつては――という国にいたが、今はこの森を降りたところの村に滞在している。傭兵というやつだ」
    「そう、ですか」
    ほ、と青年が肩を下ろしたのが見えた。そういえば近くの国では鳥人族を信仰していると聞いたことがある。先ほどの質問はその確認だろうか。てっきり金目当てのハンターから追われていたのだと思っていたが、もしかしたら国ぐるみで追われていたのかもしれない。信仰も愛玩も、この青年が望んでいないのは明らかだ。今ここではいさようならと別れてしまえば、この青年はすぐ誰か追手に捕まってしまうかもしれない。そう思った時にはもう口が動いていた。
    「村の外れの一軒家を借りている。羽根が生え揃うまで休むといい」
    「えっ」
    「別に金には困っていないし、お前のような小鳥を愛でる趣味もないが……その羽根では上手く飛べまい。罠にかかったのも腹が減っていたんだろう?」
    「それは、そうですけど……でもどうしてそこまで?出会ったばかりの俺にそこまでする理由なんて無いはずです」
    青年の言葉は最もだ。ふむ、と顎に手を当て、こちらを見つめてくる琥珀玉を見下ろす。
    「強いて言うなら」
    「言うなら?」
    「貧相な身体の子供を放っておけるほど人でなしではないというだけだ」
    あんぐりと口を開けた青年の表情があまりにも間抜けなもので思わずふっと笑みが漏れた。青年に告げた理由が主ではあるが、羽根が美しく生え揃った様を一度見てみたいと思ったからというのもある。どのみち、こんなものはただの気まぐれだ。
    「……お人好しですね、貴方」
    気が抜けたのか、へにゃりと青年が笑う。木々の隙間から差し込んだ光が金糸照らし、まるで蕾が花開くような美しさが在った。ずく、胸がざわめく。決して不快感などではないが、それが何と称されるものか、エンデヴァーには分からない。

    それがこの鳥人族の青年との出会いだった。





    森で拾った鳥人の名は、ホークスと言った。
    傷の手当てをしながら話を聞けば、予想通り隣国から逃げてきたらしい。ただ身体の傷や羽根は彼らにやられたという訳ではなく、予想以上に多い追手に身を潜めていた結果食料の確保もまともにできず、弱ったところを野生動物や魔獣に襲われたせいだと。そう話した傍から、ぐうぅうううと魔獣の唸り声のような音がホークスの腹から響いた。
    「……ッ!すみません、おれ」
    しゅんと項垂れる小さく丸い頭と、同じようにぺたりと垂れる羽根。見た目よりも幼さを感じる挙動は庇護欲を掻き立てる。ふわふわとした金糸を撫でてやれば、わっと驚いたような声を上げながらも抵抗はしなかった。
    「いや、いい。腹が減っているんだろう。どのみちそろそろ食事の支度をしようと思っていたところだ」
    自分から招いた客人を飢えさせる趣味はない。暫くなにも食べていなかったのなら胃に優しいものがいいだろうとホークスを座らせたまま台所へと向かう。スープでも作るかと食糧庫から保存用として燻製にした肉を取り出し、ぱたりと手が止まった。手の中にあるのは鶏肉だが、果たしてこれは共食いになるのだろうか。鳥人の研究はあまり進んでいない。鳥が地を得たのか、それとも人が空を得たのか。どちらにしろ鳥人が鳥を同族と認識していたらまずい。ひとまず喧嘩を売る意図はないことを説明しようと振り返ると、空腹にしょぼくれていた小鳥がまるでご馳走を前にした子供のように目を輝かせていた。
    「…………」
    無言で肉を掲げると、羽根がぱたぱたと忙しなく羽ばたきをする。
    「……好きなのか」
    「大好物です!」
    幸いにも共食いにはならないらしい。それどころか好物とは。鳥人がみなそうなのか、ホークスが変わっているのか。
    「スープにするが、食べられないものはあるか」
    「いえ!毒とかが無ければ大抵のものは食べられます。そのあたりは大抵の哺乳類と変わらないはずですよ?」
    「ならいい。腹が減っているだろうが少し待っていろ」
    「はあい」
    機嫌のいい返事を背に食材を切っていく。食べやすいように野菜は普段より少し小さく、好物らしい鶏肉は多めに鍋へと入れ、火にかける。店で出るような凝った料理こそ作れないが、それなりに美味いものを作れる自信があった。幾度となく野営を経験した中で気づいたことだが、食事の質というものは非常に重要な役割を持つ。
    戦いが長引けば長引くほど精神的に疲弊し、正常な判断能力が失われていく。一日二日であれば携帯食料で事足りたが、それ以上になると次第に士気が下がっていく。そういうとき、温かい食事があるというだけで随分と雰囲気が変わるのだ。
    ぐつぐつと煮だった鍋に軽く塩と胡椒を加え、適当に香草を散らす。十分に火が通ったことを確認して皿に盛りつければ、再び背後からぎゅるるるるると音がした。振り向けば、もう限界だとばかりにホークスが机に突っ伏している。
    「うぅぅ……いい匂い……」
    「できたぞ。顔を上げろ」
    「!!」
    コト、とスープを盛った器を置いた途端ホークスは飛び跳ねるように顔を上げた。食べていいのかと落ち着かない様子のホークスにスプーンを手渡してやり、エンデヴァーも自分も分を用意して席に着く。
    「まだ熱いぞ。火傷に気を付けて食べろ」
    「ッいただきます!」
    こくこくと忙しなく頷いたホークスはスプーンに掬った鶏肉にふうふうと息を吹きかけ、ぱくりと口の中に運ぶ。そういえば他者に料理を振舞うなどいつぶりだったかと思いを馳せていると、しおれたように垂れていた羽根がばさりと音を立てて広がった。
    「おいしい……!」
    どうやらお気に召したらしい。あまり慌てると喉に詰まらせるぞとかけた言葉は届いているのかいないのか。みるみるうちに器の中身が消えていき、並々と入っていたスープはものの数分で空になった。見ていて気持ちのいい食べっぷりについ頬が緩む。お代わりはいるかと尋ねれば元気よく頷き、最終的にホークスは三杯も平らげた。それほど腹が減っていたのだろうが、その痩身のどこにそれだけの容量があったのか。エンデヴァーの倍は食べ、ようやく満足したのか空になった器を前に両手を合わせて頭を下げる。
    「ふぅ……お腹いっぱいです。こんなにきちんとした食事は久しぶりでした」
    「そうか。口に合ったならなによりだ」
    幸せそうに微笑むその表情からは緊張感は感じられない。体温が上がったためか、顔色も良くなったように見えた。くるる……と時折喉を鳴らすような音が聞こえるが、表情からして悪いものではなさそうだ。猫のそれと似たようなものだろうか。こうしてみると本当に見目のいいだけの青年にしか見えず、ただ羽根があるというだけで追われる身となっていることに憤りのようなものを感じた。それは同情というには少々苛烈で、出会ったばかりの青年に抱くにはあまりに重い。
    (……感情移入し過ぎだ。羽根が生え揃うまでの関係だろうに)
    らしくないと息を吐く。食器を片付けつつ、意識を逸らすように本来の目的であった魔獣の駆除をどうしようかと考える。今日はもうすっかり暗くなってしまった。この時間帯に森へ入るのは無謀だろう。ならば明日の朝にでも罠を掛け直すか。思案しつつ手入れ道具を棚から取り出していると、背後でごつんと鈍い音が聞こえた。
    「……ホークス?」
    振り返ると、ぴすぴすと穏やかな寝息を立てながらホークスが眠っていた。睡魔に耐えきれなかったのか、恐らくは額を打ち付けたのだろうが起きる気配はない。警戒心なんて微塵もないような気の抜けた寝顔に、呆れたような、安堵のようなため息が漏れた。
    「まったく」
    わきの下に手を差し込み、ひょいとその身体を持ち上げる。羽根のようにと比喩する言葉があるが、この軽さを形容するには確かにぴったりだろうと感じた。想像よりもはるかに軽いのだ。起こさないようにと慎重に持ち上げたからよかったものの、勢いをつけていたら危うく放り投げていたかもしれない。
    (……身体は細いが……しかし重さの割にこけているという程でもない。身体の作りが違うのか?)
    空を飛べるというし、人より骨が細いのかもしれない。力を籠めれば折れてしまいそうで、先ほどとは違う意味で慎重にベッドまで運んでいく。そっと寝かし、布団をかけてやれば、一仕事終えたような達成感があった。
    「…………おやすみ」
    もう何年も口にすることのなかった言葉が、自然と口から漏れる。緩みきった寝顔を見ていると、胸の奥で炎とは違う温かさが宿るのを感じた。連れ帰ると決めたときと同じ、穏やかで、決して不快ではないなにか。
    (庇護欲、か?)
    奇妙な感覚を胸に抱いたまま、エンデヴァーは身体を休めるべくソファの上に横になった。





    日が昇り、窓から差し込む薄明りが室内を照らす。
    (……朝か…………ん?)
    起き上がろうとしたところで、身体に何かが乗っていることに気付いた。何が、と飛び起きようとして、視界にぴょんと跳ねる金糸が映る。その色を持っているのはこの家に一人だけだ。というより、エンデヴァーのものではない時点で答えは出ている。
    「…………」
    ほんの少し上体を起こし、自分の身体を見下ろす。予想通り、ベッドに寝かせたはずのホークスがなぜかエンデヴァーの上で寝ていた。両手を左右に広げ、胸に顔を埋めるようにうつ伏せになっている。
    霜が降りるほどの気温でも、炎の加護を受けているエンデヴァーの体温は常に人より高く寒さを感じない。そのため寒い時期に野営をすると、エンデヴァーで暖を取るように野生動物が傍で寝ていることがあった。ぷす、ぴす、と時折間抜けな音を鳴らしながら熟睡しているホークスも同じようなものだろうか。エンデヴァーは感じないが、ホークスには寒かったのかもしれない。だとしても何故このような体勢になっているのか。
    「……おい」
    視界いっぱいに映る丸っこい頭。そのつむじを指先でトントンと突けば、わさわさと睫毛が揺れ、暫くして寝起き特有のとろりとした瞳が露になる。
    「ふわぁ……あ、エンデヴァーさんおはようございます」
    「何故人の上で熟睡している」
    「んん……あー……昨日?目が覚めて……エンデヴァーさんがソファで寝てたんで、ほんとは毛布掛けに来たんですけど……エンデヴァーさん温かくて、つい」
    言われてみればソファのすぐそばに毛布が落ちていて、ここまで毛布を持ってきたのは本当らしい。ホークスはといえばまだ意識が覚醒していないのだろう。もごもごと言いながら、再びエンデヴァーの胸に顔を埋めようとする。
    「こら」
    「ッたぁ!?」
    少し強めに額を弾く。びゃっと飛び起きたホークスが額を抑えながら恨めしそうに睨んでくるが、痛くもかゆくもなかった。そもそも暖を取るにしたって人の上に乗る方が悪い。まったく、と上体を起こしソファに腰かければ、空いたスペースを埋めるようにホークスが隣へ腰かけた。その手にはいつの間にか落ちていた毛布が回収されており、繭のようにくるまりながらもう一度ふわぁと欠伸をする。
    「……明日からはきちんとベッドで布団をかけて寝ろ」
    「えー?世話になってる身分でベッドまで占領してちゃ寝れないですよ。俺こそソファでいいんですよ?なんなら床でも。雨風凌げるだけでありがたいですし」
    人の上でぐーすか寝るくせにそんなことを気にするのか。そう思わなくもないが、寸でのところで言葉を飲み込む。
    「……客人にそんな対応ができるわけないだろう」
    「じゃあ一緒にベッドで寝ましょう。あんなに大きなベッドなら、俺と貴方が寝たところで余裕ですよ」
    「む」
    「それにエンデヴァーさん滅茶苦茶暖かいんですもん。お陰で夢も見ないくらいぐっすり眠れました!」
    名案とばかりに満面の笑みを浮かべたホークスが前のめりになる。確かにこの家のベッドは大きい。元は大家族が住んでいた家らしく、エンデヴァーの体格が人並み以上であることを考慮してもそこにホークスが加わったところで、キャパシティという意味では何の支障もないだろう。
    「……俺に気を許しすぎじゃないか?」
    この人懐っこさに吞まれそうになるがホークスとは昨日であったばかりの関係だ。危害は加えないと約束したのは自分だが、どうしてこうも信頼を前面に押し出す事が出来るのか。森で出会ったとき、ホークスの放った殺気はエンデヴァーすらも気圧されるほどの鋭さを持っていた。警戒することを知らぬ幼子ではない。周囲の全てを警戒していなければ生き残れなかったはずだ。それら有象無象とエンデヴァーが違うと、何を以て判断しているというのか。
    当然ともいえるエンデヴァーの疑問に、ホークスはきょとんと眼を丸くして言う。
    「そんなことないですよ。俺は俺の直観を大事にしてるだけです。最初はそりゃびっくりしましたけど、貴方は良い人って分かりましたから。それに、それを言うなら貴方だって不用心ですよ?もし俺が貴方を襲って金品をせしめるのが目的だったらどうするんです」
    「ふん。お前のような貧弱者には負けん」
    「またまたぁ。俺が乗っかっても起きなかったくせに」
    「それは」
    言いかけて、止まる。理由なんてこちらが知りたいくらいだ。
    本来なら、ホークスが近づいてきた時点で意識が覚醒しなければおかしかった。たとえ自ら招いた相手だとしても、最低限の警戒は怠らないようにしていたはずだ。だが実際ホークスはエンデヴァーの上で熟睡し、エンデヴァーも起きて初めてその事実に気付いた。接近しただけでなく、触れられてもなお目覚めるに至らなかった。まるでそこにあるのが当然のようにホークスという存在を、本能が受け入れている。
    それはホークスが鳥人だからなのか、それ以外の理由があるのか。もし本当にこれがホークスの策によるものなら素直に見事としか言いようがない。
    「……エンデヴァーさん?」
    そんな考えも、不思議そうにこちらを見上げてくる双眸を前にするとくだらなく思えた。
    「……はあ。なんでもない。ベッドで寝るのは構わんが、後から狭いだの暑いだの文句を言っても知らんからな」
    「言いませんって!」
    頬を僅かに染め、毛布で口元を隠しながらくふくふと笑う。何がそんなに楽しいのかとも思ったが悪い気はしなかった。なんの意味もない、無駄な掛け合い。そんなことすら長らくしていなかった。
    無意識のうちに、色々なことを見落としていたのかもしれない。疑い、警戒することが常に根底にあり、誰かに気を許すということを忘れていた。一人は寂しいなどと思う歳ではないが、それでも気づかぬうちに孤独を感じていたのだろうか。
    ――ぐう
    「む」
    「あっ」
    腹の虫と、それを掻き消すように発せられたホークスの声に思考が中断される。ふっと口元を緩ませると、顔を赤くしたホークスが腹を押さえてもぞもぞと毛布で顔を隠した。



    朝食を済ませ、昨晩手入れをした装備に身を包む。それを興味深そうにまじまじと眺めていたホークスは、壁に立てかけた大剣とエンデヴァーを交互に見やり、口を開いた。
    「エンデヴァーさん、元々あの森で魔獣を探してたんですよね?」
    「ああ」
    「俺、手伝いますよ。元はと言えば俺が迂闊に近寄ったせいでエンデヴァーさんの仕事の邪魔しちゃった訳ですし」
    探知は得意なんですと、自信ありげに言いながらホークスが背の羽根を一枚引き抜く。手から離れたそれは重力に逆らうように滞空し、くるりとホークスの周囲を回るとエンデヴァーの眼前で止まった。魔法で動かしているにしては魔法陣も詠唱もない。どういうことかとホークスを見れば、ふふんと自慢気に鼻を鳴らす。
    「俺の羽根、こうやって飛ばせる上に周りの音を拾うんです。さっきまではエネルギー不足でろくに使えませんでしたけど、一晩とはいえしっかり食べてしっかり寝たのでそれなりに使い物にはなるはずですよ」
    「それは、加護とは違うのか?」
    「一応加護は人間にだけ与えられるものですから、鳥人族特有の能力だと思ってもらって構いません。ね、いいでしょう?足手まといにはなりませんから!」
    駄目だと言おうとして、きらきらと輝く視線に思わずため息を吐く。それだけ自由に動かせるなら確かに有用だろう。手伝いたいというホークスの思いを無碍にするのも憚られる。何もせず世話になるのは、確かにホークスにとっても心地の悪いものだろう。推定ではあるが、魔獣の強さはそれほどでもない。ならばここは要望通り後衛として連れて行ったほうがいいのかもしれない。
    「……俺が下がれと言ったら素直に聞けるか」
    「ッはい!」
    エンデヴァーとしては渋々絞り出した言葉だったが、ホークスの表情はあからさまに明るくなる。鳥に近いはずなのに、どうしてか犬か猫にでも縋られているような気持ちになった。
    「いい子にしていろよ」
    「もー!!俺の事子ども扱いしてません!?」
    「俺からすればそう変わらん」
    頬を膨らませ地団太を踏んだところで、どうにも小動物がじゃれついているようにしか思えない。
    (庇護欲かと思ったが、これはあれか。動物を可愛がるようなものか?なるほど。妙に面倒を見たくなるのも……)
    「エンデヴァーさん?」
    「……いや」
    一人頷きながら大剣を背負う。鶏肉が好物と言っていたし、働きぶりによっては買って帰ってやろうか。そんなことを思いつつ、エンデヴァーはホークスを連れて森へと向かった。



    「エンデヴァーさん!」
    「エンデヴァーさん恰好良かったです!」
    「うわっ地面抉れてる。その大剣後で持ってみてもいいですか?」
    「あっこの実食べられるやつですよ。持って帰って今日のデザートにしましょう!」
    ぴいぴいとはしゃぐホークスを横目に、つい先ほど討伐を終えた魔獣の亡骸を見下ろす。
    少子抜けするほどあっけない戦闘だった。無論単独でも問題なく討伐出来る強さではあったが、それでも人一人を気に掛けながらの戦闘ともなれば多少手がかかるだろうと、そう思っていた。だが、実際は違った。足手まといなんてとんでもない。頭の回転が速いのか、エンデヴァーの戦闘を見るのは初めてのはずなのに囮としての羽根の動きも妨害も目を見張るほど的確なものだった。初戦闘でこれだ。この先連携を磨けば、ホークスの羽根が万全であれば、届かなかったものに手が届くかもしれない。
    そう。あの男のような高みへ――
    「――ッ」
    ホークスとは違う金髪が脳裏を掠めた瞬間、じり、と目尻を火花が散った。

    恐ろしい。ああ、なんということだろうか。

    あの激情は消えてなどいなかった。どんな手を使ってでも追い付きたい。力が欲しい。そんな醜く恐ろしい業火は、いまだエンデヴァーの奥底で火種を燻ぶらせていた。よりにもよってこの子供を利用しようなどと、コンマ一秒でも考えてしまった自分の愚かさが恐ろしい。
    (手放さなければ)
    心配そうに名前を呼ぶホークスの声を背に、エンデヴァーはそっと胸を抑える。
    (傍においておけば、いつか傷つける)
    「……エンデヴァーさん?どうしました?」
    木の実を両手に抱えたホークスがばさりと羽根を広げてすぐ隣に着地する。まさか怪我でも、と伸ばされた手が触れる瞬間、反射的に一歩下がっていた。宙ぶらりんになった手を伸ばしたままホークスがぱちくりと目を丸くする。
    「……エンデヴァーさん?」
    「いや。大丈夫だ」
    避けてしまったことに気付かれただろうか。だが、今のこの、ささくれ立った心のまま触れてしまえば白く細い手首を手折ってしまいそうだった。
    (たとえ冤罪とはいえ、何も知らない人間からすれば俺は罪人だ。そんな俺とともにいれば、要らんリスクを増やすだけだ)
    羽根が戻るまで、そう時間はかからないだろう。
    あと少し。
    あと少しだけ、何も考えずこの生活を。
    「……帰るぞ」
    「はい!」





    それから二日、三日と時間が過ぎていき、一週間が経つ頃にはホークスの羽根は見違えるほど艶やかに美しく生え揃った。出会った頃の貧相な姿は見る影もない。確かにその姿は神秘的と形容する他ないだろう。
    (……そろそろか)
    それはつまり、別れの時が来たということだ。


    「エンデヴァーさんって加護持ちなんですね。多分、炎の」
    ホークスがそんなことを言い出したのは、七日目の朝のことだった。
    掛けられた言葉に目を見開く。騎士としてのエンデヴァーが火の加護を受けていることは広く知られていたが、ホークスはエンデヴァーの素性を知らないはずだ。その上ホークスの前で炎を使ってみせたこともない。なのにホークスは言い当てた。
    「……分かるのか」
    「まあ、なんとなくは。具体的にどうと言われると困るんですけど……清涼感というか、纏う空気が澄んでるんです」
    ひょいと椅子から降りたホークスがエンデヴァーの隣に立つ。瞳孔の細められた瞳が真っすぐエンデヴァーを見上げ、空気がしんと静まり返った。
    「魔法は学べば誰にでも扱えますが、加護はそうじゃない。血筋だのなんだの生まれに関係なく発現する魔法とは異なる力。本来必要であるはずの魔法陣も詠唱も必要ない。だからこそ加護は選ばれた魂のみに与えられる神からのギフトなんて言われてますが……実際のところどうかなんて誰も知りません。貴方もそうでしょう?」
    ぺらぺらと語るホークスはいつもの幼子のような態度とは違い、どこか達観した大人のような雰囲気を感じた。なにか知っているのかと、自然と表情が硬くなる。
    「……そうだな。この力は確かに加護と呼ばれているが、神の声なぞ聞いたこともない」
    始めてこの手に炎が宿った時も、戦いの中で死に瀕した時も、そんなものは聞こえなかった。神を信仰し加護を祝福だと妄信する王の前では、ついぞその疑問を口にすることはなかったが、エンデヴァーはずっと加護とは何なのか疑問に思っていた。
    「お前は加護について知っているのか」
    「……遥か昔には加護を持つ人間を鳥人族が選定し、天上へ導いたなんて逸話もあるそうです。ご存じでした?」
    「初耳だ。そんな話があるのか」
    「昔話ですよ。俺もこの話がどこまで真実かは分かりませんし、実際俺たちに分かるのは加護の有無だけ……。大方「導く」っていうあたりの解釈が捻じれて、権力の象徴だとか言われ始めたんでしょうね。別に俺みたいなのを傍に置いたところでなんのご利益もないってのに」
    今まで出会った権力者たちに向けられているのだろうか、嘲笑めいた笑みにツキンと胸が痛む。そんな顔は似合わないと言おうとして、眉間に寄った皺に気付いたのだろうホークスがへらりと表情を崩した。
    「すみません。話が逸れちゃいましたね」
    「なぜその話を、俺に?」
    そう言うと、ホークスは一度目を伏せてから真っすぐエンデヴァーを見上げる。
    「もし俺にそんな力があるのなら、貴方のために使いたい。これきりじゃなくて、これからも貴方の傍にいたいんです」
    「――――」
    そろそろ拠点を移そうと、エンデヴァーはこの数日少しずつ荷物を整理していた。理由を口にはしなかったが、この生活の終わりを告げようとしていることにきっとホークスも気付いていたのだろう。思い返してみれば、昨日は中々寝付けないでいるようだった。もしかしたらどう説得しようかと考えていたのかもしれない。同じ気持ちだと言葉を返すことが出来たらどれだけよかっただろうか。
    「……羽根が揃うまでだ。最初にそう言っただろう」
    息を飲む音がして、琥珀色の表面に水の膜が張る。傷つけたと、人の機敏に鈍い自分にも分かった。
    「どうしてです?足手まといにはならないって分かってるでしょう!」
    「だとしても、俺はこの旅に他者を巻き込むつもりはない」
    「巻き込む?傭兵の仕事が危ないからですか?貴方のサポートには自信がありますし、俺が居れば索敵だって出来る!」
    声が震えている。
    力を入れ過ぎているせいで握った拳が白んでいる。
    それでも、首を縦には振ってやれない。
    「つい先日出会ったばかりの男になぜそこまでしようとする」
    「貴方の傍は安心できる。それ以上の理由が必要ですか?損益関係なく俺を助けてくれたのは貴方だけだった!それじゃ、理由にはなりませんか……?」
    「…………駄目だ」
    「ッどうして!」
    「話は終わりだ」
    ホークスの言う通り、索敵能力に長けたホークスがいれば今よりずっと安全に旅をすることが出来るだろし、力押しに弱いというホークスの弱点もエンデヴァーがカバー出来る。正直言ってデメリットらしいデメリットは浮かばない。分かっていても、頷くことはできなかった。
    既に自分の中で片鱗を見せている独占欲が恐ろしい。
    伸ばした手が空を駆ける羽根を手折ってしまうのではないか、守るための炎がその柔肌を焼いてしまわないか。今は良くても、いつかこんな男に着いてきたことを後悔する時が来る。それなら、せめて綺麗な思い出のまま終わらせるべきだ。
    「何を言われても俺の考えは変わらん。お前も自由に生きろ」
    返事は待たなかった。
    鼻を啜る音に振り返りそうになって、唇を噛む。
    穏やかで、幸せで、夢のような一週間だった。この先どんな出会いがあってもこの日々を忘れることはないだろう。


    そうして、エンデヴァーはホークスを置いて村を出た。

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    torimune2_9_

    DOODLE非常事態の中で共依存じみた関係を築いていた炎ホが全て終わった後すれ違って後悔してまたくっつく話……にしたい。ホ視点だと炎が割と酷いかも。一応この後事件を絡めつつなんやかんや起こる予定。相変わらずホが可哀想な目にあう
    愛の在処「エンデヴァーさーん。入れてくださーい」
    分厚い防弾ガラス越しに、書類を眺めるエンデヴァーに向けて声を掛ける。きっとこれが敵や敵の攻撃だったら、少なくとも数秒前には立ち上がり迎撃姿勢に入るだろう。だが、ホークスに対してはそうではない。呆れたようにこちらを見て、それから仕方ないといった様子で窓を開けてくれるのだ。
    「玄関から来いと何度言ったら分かる」
    「だってこっちの方が速いんですもん。それに、そんなこと言いながらちゃんと開けてくれるじゃないですか」
    「貴様が懲りずに来るからだろう!」
    エンデヴァー事務所の窓から入る人間なんて最初から最後まできっとホークスだけだ。敵はそもそも立ち入る前にエンデヴァーが撃ち落とすだろうし、他の飛行系ヒーローは思いつきもしないだろう。そんなちょっとした、きっとホークス以外にとってはくだらないオンリーワンのために態々空から飛んできていると知ったらエンデヴァーはどんな顔をするだろうか。
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