「貴方はきっと世間一般から見れば優しい人という部類なのでしょう」
「……どうだろうな、考えたことも無い」
ネロは差し出された珈琲をローテーブルの上に置き、窓際に座り込むと遠くに見える人々の雑踏を眺めながら一方的に話し出す。
「一か月前の既読スルーから連絡を寄越さなかった、友人でもない男からの突然の呼び出しにも関わらず家にあげ、何も聞かず珈琲を差し出すのはお人好しの域かと。そのうちホームレスが玄関先に住み着きますよ」
「ふ……お人好しだとはよく言われる」
なにか深刻そうな顔をしていると思い家にあげたが、口を開けば普段と変わらない皮肉混じりの言葉に思わず含み笑いが漏れた。
「しかし、そのなにも聞かない姿勢は話を聞いて欲しい人間からしてみたら欠点になるかと」
「……善処しよう。ヴァイスと何かあったのか?」
「……」
何事も自分で解決しようとするネロは相談相手がヴァイスであっても自分自身の悩みを滅多に打ち明けない。そして選んだのは親しくもなく疎遠でもないヴィンセント・ヴァレンタイン。消去法でいくならばヴァイスとなにかあったと思うのが妥当だった。しかし、的を射られたことに不満だったのかバツが悪かったのか、三角座りの状態で膝に額を当て、顔を伏せてしまった。
こうなってしまってはこちらから無理に聞き出すのも不躾だろうとヴィンセントは珈琲を口に含み、ゆっくりと喉へ流し込む。
「……兄さんの服から香水の匂いがしたんです」
しばらくの沈黙の後にボソリと呟いたネロの姿は、いじける子供のようだった。
ふぅー……と吐くヴィンセントの長い溜息が静かな空間を裂く。
「なんですか、その反応は」
「あれほどお前に執心している兄だ、浮気はないだろう」
「兄さんは香水なんて付けませんし匂いがしたのはその日限りです」
「なら泥酔したロッソあたりを介抱したとかではないか?」
「それはそれでロッソを処します。兄さんに近しい人間の香水の銘柄は全て調べましたがあの匂いとはどれも違いました」
何故それだけの労力を尽くすことができてただ一言兄に真実を聞くことができないのかとヴィンセントは頭を悩ます。いやしかし、恋とはそういうものかと己の知見に戯言を飲み込んだ。