書きたいひとコマを書いただけ。2パシフィック・ブイ メインルームーー…巨大なモニターの下で作業を進めるグレースにナマエは近付くと『お疲れ様』と声を掛けた。「あら、ナマエ!お疲れ様〜」グレースはにっこりと微笑むと座っていた椅子から立ち上がる。『今、直美から連絡があったんだけど、もうすぐしたら警視庁の方々がこちらに来られるそうよ。』「分かったわ。」グレースがそう返事したと同時にメインルームに繋がる大きな扉が開く。二人がそちらを見やるとパシフィック・ブイの局長を務める牧野とエンジニアである直美、そして警視庁から来たと思われる男性二名と小さな男の子がひとり、扉をくぐって中へと入って来るのが見えた。『子ども?グレース何か聞いてる?』と隣を見上げれば、グレースはさぁ?と肩をすくめる。一体、どう言う経緯で子どもが混じっているのか分からないまま、牧野によるスタッフの紹介が始まった。ナマエとグレースはよく分からないままに牧野へと近付いた。「では、メインスタッフを紹介させてください。」巨大なモニター下のコンソールまでやって来た牧野がそう言って順番にエンジニア達を紹介していく。グレース、レオンハルト、エド、直美と順番に紹介され、みな各々にアクションを返す。ナマエはグレースの陰でメインスタッフ達へ尊敬の眼差しを向けていた。「…そしてグレースの隣にいる彼女がメインスタッフのサポートをしている日本出身のナマエ。」牧野の紹介にその場にいる者の視線がナマエに注目する。まさか自分まで紹介されるとは思っていなかったナマエは慌てて背筋を伸ばし、『よ、よろしくお願いします!』と一礼した。そんなナマエに「緊張しすぎよ〜」とグレースがナマエの背中をポンと叩く。「ケッ!仕事中にイチャついてんじゃねぇぞ。」その様子を見ていたレオンハルトがボソリと悪態をつく。そんなレオンハルトにグレースは厭味ったらしい笑みを浮かべ、「あら?“ワタシ”の可愛い“彼女”がそんなに羨ましいの?」と煽る。『ちょ、グレース…』大勢の前で“彼女”と断言され、ナマエの頬が紅潮する。グレースとレオンハルトのあいだに見えない圧を感じ、困惑するナマエに同情したエドが助け舟を出した。「あのさ〜、そろそろ時間じゃない?」エドの言葉に「あっ!」と牧野が慌てて腕時計に目を落とす。そして「総員!配置につけ!」と声を張った。ナマエは紅い頬を隠すように俯くと足早に席へと戻っていく。グレースはフンと鼻を鳴らすとレオンハルトには目もくれず自身の席へと腰を下ろした。「(いちいち突っかかって来てうぜぇ奴だな)」グレースもとい、ピンガはレオンハルトに対しての苛立ちをキーボードを叩く指に出さない様、意識しながら作業を進めた。
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「15分の休憩の後、引き続き各設備のテストに入る。」牧野の言葉にナマエは席を立つと他の技術者に交じり、メインルームを出て行く。そしてパントリー近くのトイレへ入ると洗面所前に設置された鏡を覗き込んだ。先程まで紅潮していた頬はすっかりいつも通りの顔色に戻っており、ナマエは安堵のため息をこぼす。そして『グレースってたまに大胆な発言をするから困っちゃう…』と独り言を漏らし、ハンカチを洗面所の縁に置くと蛇口へ手を伸ばした。
グレースと付き合っている事は事実で別に後ろめたい気持ちがあるわけでもないが、なんとなく大勢の前で公表された事にナマエは恥ずかしさを感じていた。と言ってもパシフィック・ブイで共に働く技術者達からはグレースとナマエが女性同士のカップルであると認識されているため、それほど気にする必要はない。それよりも女性同士のカップルだと言う事を初対面の人間にもはっきりと印象付けられた事はピンガにとっていい流れだった。女性エンジニア・グレースとして愛想良く振る舞ってはいるが本当の性別は男性であり、所属する組織の任務を遂行するためここ、パシフィック・ブイへ女性のふりをして潜入していた。コードネームはピンガと言い、ウィッグの下はコーンロウの髪が隠されている。ナマエはグレースの性別が女性ではなく、男性と言う事を初めて身体を重ねた夜に知った。何故、女性のふりをしているのかまでは聞く事が出来ず、普段は“女性”としてグレースに接していた。
「あら、ここにいたのね。」不意に声をかけられ、ナマエは洗面所から顔を上げ、声のした方を見た。『あ、直美。』「グレースがあなたの事を探してたわよ?」直美はそう言うとトイレの個室へと姿を消す。ナマエは『ありがとう』と返事を返すとトイレを後にした。
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『あ…』トイレを出てしばらく歩いたところでナマエは洗面所にハンカチを忘れて来た事を思い出し、踵を返した。足早にトイレまで戻り、中へ入ると二人の清掃員が慌てた様子でこちらを振り返る。手前の清掃員が驚いた表情で小さく「Kitty…!」と呟いたが意味は分からない。それよりも目に飛び込んで来たのはもうひとりの清掃員に抱き留められ、ぐったりとしている直美の姿だった。『な、直美?!』状況が飲み込めないナマエは慌てて直美に駆け寄ると膝を曲げ、直美の身体に手を伸ばす。だが、その時ーー…首に強い衝撃を受け、ナマエは意識を手放した。
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「……!………!……ナマエ!!!」身体を大きく揺さぶられ、ナマエはハッと意識を取り戻した。『…グ、グレー…ス?』目の前には心配げな表情を浮かべたグレースの顔があり、自分がトイレに座っている事に気付く。「あぁ…よかった!気がついたみたいね!」胸を撫で下ろし、ナマエの頬を優しく撫でるグレース。『え、と…私…』一体、何が起こったのか理解出来ずにボーッとした頭でグレースの顔を見つめた。「大丈夫?ねぇ、ここで一体、何があったの?」『ここで…………あ、そうだ!直美!直美は?!私がここに来た時、直美が倒れてて…!』気絶する前に見た光景を鮮明に思い出し、ナマエはグレースの腕をきつく掴んだ。「…アナタ…直美の姿を見たの?」『えぇ!で、直美は大丈夫なの?』グレースは詰め寄るナマエの頬をひと撫ですると静かに口を開いた。「ナマエ…落ち着いて聞いてね…直美はここに侵入した何者かに拉致されてしまったの。アナタはたまたま拉致の現場に居合わせたんでしょう。気絶させられただけのようね。本当に何もなくてよかったわ…。」ナマエの首筋を優しく撫でるグレースにナマエは首に受けた衝撃を思い出していた。
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ピンガは苛立ちに特徴的な眉をさらに釣り上げていた。と言ってもグレースのウィッグを被っているためその眉は前髪に隠れており、誰からも見えない。「(ベルモットにバーボン…よくもナマエに手を上げてくれたな…)」直美を拉致するところを見られた手前、致し方ない行動だった事は理解しているが、自身の“所有物”であるナマエに手を上げられた事が気に入らず、ピンガの腹の底は煮えくり返っていた。任務のために潜入している場所で5年前に知り合ったナマエ。最初はちんちくりんな女ぐらいにしか思っていなかったが長くナマエと関わっていく内にナマエへの執着心がどんどん膨らみ、ついには身体を許す関係性にまで進展していた。「(アイツを愛していいのも、壊していいのも…俺だけ、だ。)」歪んだどす黒い感情が、ピンガを包み込んでいた。
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