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    kurokawappp

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    kurokawappp

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    先日あなやさんに突発的にお贈りしたミリしら超常事変幻覚文です! 注意書きを読んでから大丈夫なかたのみお読みください

    寒々と燻る※このお話は『超常事変~対立スル正義~』の表裏多一と守部圭護の会話を捏造したものです。
    ※ほぼ特設ホームページの知識のみで書かれています。
    以上のことを了承したかたのみお読みください。




     リノリウムの無機質な廊下は果てしなく続いているようにも思われた。表裏は一人、何を思案することもなく、ただ無心で足を動かしている。生徒たちでごった返している昼日中であろうと静まり返った夜間であろうと、表裏にとっての帰路はいつだって薄ら寂しく、灰色な風景に変わりはなかった。
    「こんな時間まで仕事か?」
     不意にかけられた声に、表裏の肩がびくりと跳ねた。けれどすぐに平静を取り戻し、人当たりの良い笑顔を装う。これほど穏やかに、しかし威圧感を湛えて響く低音の持ち主を、表裏は彼の他に知らない。
    「……お疲れ様です、守部さん」
     振り向けばそこにはやはり、皺一つなくスーツを着こなす見知った男──守部圭護が、空き教室の扉に軽く体重を預け佇んでいる。月明かりに照らされた表情は優しく微笑んでいるようにも、こちらを観察しているようにも思われた。おそらくは、両方なのだろう。表裏が何をしても咄嗟に対処可能な程度にしか警戒を緩めていないのは明らかだ。それが彼との僅かな交流から窺い知れた、守部という男の在り方であった。
    「軍部の研究所から協力要請がきていたんです、それでこんな時間になってしまって」
    「なるほどな」
     腕を組んだまま返された相槌を最後に、会話と呼ぶにはあまりに無味乾燥なやりとりは途切れた。表裏が「では」と背を向けるか、守部が「お疲れ」と締めくくるでもすれば、おしまいであるはずなのに。表裏は帰路に戻ることができず、守部もまた、こちらを見つめる視線を外そうとはしなかった。その紫の双眸が、まだ話があると告げている。けれど口を開くことなく、守部は目線一つで表裏の足を拘束していた。言い淀んでいるという雰囲気ではない。言うべきタイミングが来るのを待っているのだ。表裏の気まずさや戸惑いを気遣う必要性は微塵も感じていないらしい。この場の主導権は常に守部側にあるのだという有無を言わせない空気が、表裏の頬をざらりと撫でた。

    「公安が動き出した」
    「⁉」
     数秒後か、あるいは数分後か。ようやく放られた短い言葉に、表裏が目を見開く。駆け巡ったのは動揺と焦燥であった。やっと己の願望に糸口が見えた、世界に一泡吹かせてやることができるかもしれないという時に。今までの献身が無駄になってしまうのか、ここまできて。立ち尽くす表裏をひとしきり眺め、守部は落ち着いた声色で、子供を宥めるように言葉を続けた。
    「奴らが嗅ぎ回り始めるのは想定の範囲内だ。とはいえ、いささか動きが早い……この学園内に、内通者がいると見て間違いないだろう」
    「……自分を、疑っていますか」
    「はは、まさか」
     嘘だ。感情表現の手段として意図的に発された短い笑い声は、そう確信するには十分な乾いた響きをしていた。なるほど、あの視線は表裏に後ろめたい感情がないか、動揺の裏に思惑が隠れていないかと、胸の内を見透かそうとしていたわけだ。じわりと、心の奥底で埋め火にも似た熱が揺らめく。
    「表裏、君には期待しているんだ。我々は大きな喪失を味わい、それでも正義を掲げる同志だと、少なくとも俺はそう思っている」
     反吐が出る。
    内心で己の声が、二つ重なって響く。たとえ能力の有無など関係ないと心の底から信じていたとしても、本人の無意識下に積み重なった価値観は滲み出るものだ。自分のような無能力の日陰者にしか嗅ぎ分けられない、不均衡の意識が。結局のところ守部圭護は『あちら側』の人間で、どこまでいっても『こちら側』と交わることなどないのだ。無能力者は「不幸な庇護対象」で「歩み寄ってやるべき存在」だと、守部自身も知覚していないであろう優劣観が、表裏には確かに感じられた。ツキリと、こめかみに痛みが走る。臓腑を舐める熱は今や、炎となって表裏自身を焦がさんと燃え盛っていた。
    「……ありがとうございます」
     今にも暴れ出しそうな衝動を堪え、一礼して踵を返す。守部も言いたいことは言い切ったのだろう。「ああ」と返し、底の硬い革靴の音が遠ざかっていく。増していく頭痛に顔を歪めながら、表裏は荒い息を鎮めようと努め廊下を進んだ。胸にわだかまるマグマのような粘性の怒りを抑えたのもまた、どろりとした、悦楽の妄想であった。
     守部たちの悲願が成就し能力者と無能力者の垣根が消え去った時、彼は初めて気付くのだろう。己の奥底にあった価値観が、脆く崩れてしまったことに。その時になってもまだ、守部は表裏を「同志」と位置付け、変わらず接することができるだろうか。あの無意識な威圧感で、己の優位性を主張する男が。
    「……ははっ」
     熱を逃がす為に吐き出した息は、不恰好な嘲笑の形で廊下に叩きつけられた。未だ冷めやらぬ燻りを抱え、無機質な廊下を歩く。どれだけ感情を揺さぶられようと、帰りを待つ人のいない家へと続く帰路は、冷たい灰色のままであった。


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    kurokawappp

    DONE互いの思いがすれ違って、ギスギスしてしまう信玄さんと龍くんのお話です。書きたいところだけ書き殴ったのでとても投げっぱなし。
    信玄さんがナーバス気味で頑固なのでご注意ください
    いつか笑って話せるようになる話「えっ、俺をアクション映画の主演にって!?」
    「はい! こちらが資料になります」
     机を挟んでプロデューサーから差し出された紙束を、龍はまじまじと見つめる。誠司と英雄も両側から、印字された文字を覗き込んだ。
    「お、この監督知ってるぜ。ちょっと前にアクション映画でヒットしてたよな」
    「そうなんです! こちらの監督は本格アクション映画にこだわっていまして、今回もスタント無しの映画制作にあたって、木村さんの身体能力や前職に目をつけてくださったんですよ」
    「へぇ、爆発テロが起きた火災現場から要救護者と脱出するストーリーなんだ。ロープ登攀のシーンもあるみたいだし、確かに俺にぴったりかも!」
     プロデューサーはいつになく気合いが入っていて、この仕事に相当の手応えを感じているらしい。それもそのはずだ。有名監督の作品の主演、しかも火災現場が舞台とあれば、一日署長になるという龍の夢に近付くことは間違いないだろう。けれど喜ぶ三人とは対照的に紙面を見つめる誠司の顔だけは、じわりじわりと翳りを見せていく。誠司のギュッと握られた拳に英雄が気が付いたのと彼が口を開いたのは、ほとんど同時だった。
    1991

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