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    鰤パロ くいんしkisとしにがみisgのお話です
    *恋愛要素を含みます 
    *kiisiki  お好きな方でご想像ください
    *週刊少年じゃんぷ ┐″└|─于のパロディ、オマージュ、学パロを含んでおります
    *独自の設定等あります

    鰤パロ 前編【シュテルンカイザーと死神よいち】

    「久しぶりだなァ?世一」
    「—————は?」


    場にそぐわぬ、やけに親し気な声が己を呼んだ。突然の襲撃に厳戒態勢を取ろうとした死神たちは思わず動きを止める。黒い外套と青い二又を靡かせこちらを見下す、今は雲に隠された月のように美しい男。後ろに控えるのは部下たちであろうか、揃いの白い制服に身を包んだ赤い髪を持つ男が何故か潔を睨み付けている。


    「アイツ、隊長の名前呼んでなかったか?」「は?んな訳ないだろ…!」「でも…」

    とっさのことに固まっていた死神たちは聞こえた言葉ににわかに騒ぎ出す。それもそうだ。美しい男は先ほど目の前で死神を殺した、敵だ。此奴が自分たちの隊長の名を親し気に呼んだのだ。しかし混乱する部下も、焦って名を呼ぶ己の相棒も見えていないのか、潔は目を見開き月のような男を見つめる。


    「…んで、おまえが」
    「……ぎ!潔!大丈夫か!」
    「何でお前がここにいんだよ!カイザー!」


    焦るように此方を呼ぶ潔に、男は笑みを深める。あァ、そうだ。ずっとこの顔が見たかった。滅却師として生を受けてから、ぽっかりと穴が開いた心が満ちていくよう。


    「精々楽しませてくれよ?潔世一。」






    「は?何て?」
    「義骸を使って高校生として潜入しろ、そう言ったんだ。お前の耳は飾りか?潔世一」
    「いや、えぇ…。」


    心地よい日差しの差す、穏やかな午後。隊の面々と縁側でお茶を楽しんでいた潔は急な呼び出しを受け総隊長の元へと向かった。きんつば食べれなかったな~、アイツら取っておいてくれるかな。好物のことばかり考えイマイチ緊張感のない潔、そんな彼にため息をつき総隊長——絵心甚八は続ける。


    「最近虚の出現が頻出していた地区は知っているか?」
    「はい、何度かうちの隊の連中も動かしましたし。一難高校…ですよね?」
    「合っている、甚だしい事この上ないが、長年虚が湧く原因も分からず定期的に死神を派遣していた一難高校だ。」
    「アハハ…。」


    嘆きこちらを責めるような絵心に思わず苦笑する。隊長副隊長以外の死神が弱くなっている、総隊長が何度も話すもっぱらの話題だ。潔は比較的若い死神であるので、絵心が前線に出ていた時代を知らない。が、その話になるたびに否定しない冴や愛空の様子を見るに誇張という訳ではないのだろう。必ず長くなるその流れを断ち切るため、潔は急いで軌道修正を図った。


    「それで!その一難高校がどうかしたんですか?確か新人にも任せられるような虚しか出ないって…。」
    「そうだ、毎日のように湧き数は多いものの低級ばかりで訓練にもってこいの場所である、はずだった。」
    「…はずだった?」
    「一週間ほど前から虚の出現が確認されているにも関わらず、死神を派遣する前に虚が消滅している。」
    「え…。」
    「原因を調査させたが不明。他の死神が通報を受け取った線も探ったが該当者は無し。おまけに魂魄が尸魂界へ送られてきた形跡もない。状況から新人では役不足と判断、そこで丁度暇を持て余しており人格的に問題のないお前に白羽の矢が立った、というわけだ。」


    想像よりも面倒な話に眉を顰める。まあ総隊長直々の御呼出しなんて碌なものではないと思ってはいたが。
    虚(ホロウ)、人間の霊体が怪物化した悪霊。此奴らは死神の持つ斬魄刀に斬られる事で、虚になった後の罪が洗い流され魂魄が尸魂界、或いは生前からの罪人であれば地獄へと送られる。そして尸魂界と現世にある魂魄の量、このバランスが非常に重要であり、崩れれば世界の崩壊が危ぶまれるとされている。実際に200年前、それが原因で虚を滅する滅却師をほぼ絶滅させるに至った、そう潔は聞かされている。滅却師のいない現代で起きた原因不明の虚の消滅、それに隊長クラスの人間が召集されるのは可笑しくはない。そう、それは可笑しくないが、一つだけ、潔は気に食わぬことがあった。


    「事情は分かりました、けど。」
    「けど?」
    「何でよりによって高校生として潜入するんすか?体育の教師とかでいいんじゃ…。」
    「お前が童顔だからだ。下らん質問をする暇があるならさっさと準備をしろ。」
    「わー!もう!本当にごめんなさい潔隊長!詳しいお話はこちらでしますので…!」
    「ハハハ…。」


    言うだけ言って話は終わりだとシッシと手を振る絵心、それに酷く慌て謝罪をする一番隊隊長補佐の帝襟アンリ。一周回って乾いた笑みが零れる。何でこの人総隊長なんてやれてるんだろう、実力主義か。思わず思考を外へと飛ばす潔に、改めて事情を事細かく説明していたアンリはこれまた酷く申し訳なさそうに続きを説明した。


    「潜入する義骸や潜入先での注意事項は現世の愛空商店にいる愛空さんにお聞きください。ここまでで質問はありますか?」
    「大丈夫です。ありがとうございます。あ、でも行く前に一度隊舎によっても大丈夫っすか?」
    「どうぞ!準備が終わり次第向かっていただければ大丈夫です。」


    此処で文句を言ったところで決定事項なのだろう、変に駄々をこね長引かせるよりもさっさと終わらせてさっさと帰るに限る。でもその前に食べ損ねたきんつばだ。残していてくれることを祈りながら潔は帰路を急いだ。

    ————————————

    「初めまして、東京から来た潔世一です。よろしく。」
    「自己紹介ありがとう!ということで転校生の潔世一君です。急遽決まったそうで大変なことも多いだろうけど、皆さん是非仲良くしてくださいね。」


    これからクラスメイトになる子供たちは拍手で潔世一を迎える。こちらを見る眼は困惑に満ちながらも拒絶する色は見えない。第一関門は何とか突破したようだ、潔はほっと息をつく。

    黒名によって残されていたきんつば。それを感謝しながら食べた世一は、隊員たちに事情を伝えすぐさま現世へ向かった。愛空商店へ向かえば死神御用達の闇商人、オリヴァ・愛空がニコニコとこちらを待ち構えていた。あれよあれよという間に現世での過ごし方や義骸の説明、死神への戻り方を説明され、気づけば義骸へと入っていた潔はぱちくりと目を瞬く。

    「説明はこれで終わり。質問はあるか?」
    「非常に分かりやすかったデス…。」
    「そらよかった。まあ適応力の天才クンならどうにかなるさ。頑張れ。」

    そうしてケラケラと笑いながら肩を叩き送り出された適応力の天才クンこと潔は慣れない制服に身を包み珍しく緊張していた。虚の消滅に関わるものが校内にいるかもしれない、そう愛空から説明を受けたからである。人の子に怪しまれず、且つ原因調査なんて探偵のような真似事はいくら天才と呼ばれる潔とて初のことであった。しかしその緊張感が、初日に不安そうな転校生として上手く馴染ませているらしい。担任は小さく潔の肩に触れ励ますように声を掛ける。


    「大丈夫よ!うちのクラスはいい子ばっかりで馴染みやすいって評判なんだから!」
    「先生それ誰からの評判~?」
    「私に決まってるでしょう!」


    クラスに漂っていた緊張感が解け笑いが起こる。まあ何とかやっていけそうだ、そう安心し同じく笑った世一にほっと息をつき担任は続けた。


    「みんなで教えてあげるのは前提として、潔君が慣れるまで、特にお世話してくれる人をつけようと思うんだけど」
    「先生。」


    教師の声を遮るように美しいテノールが後ろの方から聞こえた。思わずそちらに目を向けると、すらりとした長い腕を緩く振り上げ、美しい男がこちらを見つめていた。異国の者だろうか、輝く金髪に高い鼻、切れ長の目には紅が差され妖艶さを醸し出している。美形揃いの護廷十三隊に所属する潔すらため息を漏らすほどの美形がそこにはいた。思わぬ形で時が止まった教室に、真っ先に我に返った教師の困惑した声が響く。


    「カイザー君、何かあった…?」
    「よければその役割、俺に任せてくれないか。」
    「ええ!?カイザー君に?!」
    「あぁ、俺自身最近転校してきたし、初めの頃分からなかったことも詳しく教えられると思う。」
    「た、確かに…!じゃあお願いしちゃおっか!潔君!」
    「はい?」
    「早速だけどカイザー君の隣の席にお願いね!今日は移動教室はないはずだし各先生方に連絡は入ってるから大丈夫だとは思うけど、何かあれば周りの子に聞いてみて!もちろん私もウェルカムよ!」


    何故だか酷く興奮している教師に押されるようにして異国人の元へ向かう。近づいても変わらぬ、むしろ輝きを増すような美しさに感嘆する。


    「あー、改めて潔世一です。よろしく。」
    「ミヒャエル・カイザーだ。Freut mich、世一。」
    「ふぁいふみひ…?」
    「Freut mich、ドイツ語でよろしくと言う意味だ。」
    「ドイツ語…じゃあ出身も?」
    「Ja.ドイツからの留学でな。新参者同士、よろしく。」
    「おう!よろしく!」


    柄にもなく緊張していたらしい、着席してほっと息をついた。うまく行きそうな気配にニコニコと笑う潔は、サファイアが歪むようにこちらを見つめていることに気が付かなかった。


    ————————


    昼休み、さっそく潔はカイザーに連れられ校内を案内されていた。


    「ここが保健室だ。サボりたいときにはここに来ると良い。」
    「ハハッ、さんきゅ。そうさせてもらうわ。」
    「まあ施設案内はこんなところだな。何か質問はあるか?」
    「うーん、いや、案内とは関係ないんだけど、何で日本に来たんだろうと思って。」
    「ああ、そのことか。クソノア、いやクソ親父の仕事の都合でな。」
    「クソ親父って…、何の仕事か聞いても?」
    「昔のケリをつけにきた、と」
    「ケリ?何の?」
    「さあ?」


    金と青のコントラストが美しい爽やかな容姿にニヒルな口調がよく似合っている。そりゃ女も男もイチコロだよな~と教室を出る際に全身に浴びた視線を思い出し潔は笑みを零した。


    「でも日本は初めてなんだろ?それでこんなに日本語も上手くて頭もいいんならここじゃなくてもっと良い所行けたんじゃないか?」
    「まァ、そうだな。」
    「否定しないのかよ。」
    「謙遜も過ぎれば嫌味、だろ?生憎俺は自分を安売りするつもりはない。」
    「へえへえ…。」
    「ここでなくてはならない理由があった。何より、」
    「何より?」
    「世一に会えた。」
    「…へ?」


    思わず足を止める潔、それに合わせるよう前の男も動きを止める。ミヒャエル・カイザーという男は人当たりがいいように見えて明確に壁を作り距離を取る、どこか食えない男である。クラスメイトたちもその空気を感じ取り、どこか踏み込むのを躊躇し鑑賞対象とするような雰囲気が漂っていた、らしい。そんな男は何故か、潔にのみパーソナルスペースの侵入を許していた。朝の担任のおかしなテンションは、慣れ合わぬ一匹狼が自ら人と接しようとするものから来たものであったと、気づくのにそう時間は掛からなかった。


    「あ、ありがとう……。」
    「こちらこそ。一目惚れってやつだ。」
    「ひ!?え、あ、いや、うん…。」
    「………。」


    居た堪れない。何なんだこの雰囲気は。異国の人ってこんなにも言葉をストレートに伝えてくるんだ。クラスでは紳士たる振舞いであった男、それがふたりになった途端に口調が荒くなり、皮肉交じりに会話を交わす。まあ、理由は知らんが懐かれているのかな、とは思っていたがここまでとは。慌てる世一とそれを黙ったままじっと見つめるカイザー、非常に気まずい空気が流れている。


    「………。」
    「…なんか言えよ。」
    「……………ふは、世一。」
    「?」
    「ふふ、頬が真っ赤だぞ。まるでティーンのようだ。」
    「は、おま、もしかして揶揄ったのか!?」
    「こんなんで照れちゃってまあ、世一くんはかわいいねえ。」
    「ふざけやがって……!」


    熱を持ち始めていた頬を叩く。言う事なんて聞きやしない、加えて何百年と生きている我の強い同僚を相手取る潔は、そう、少しだけ、分かりやすく懐くカイザーを可愛いなんて感じていたのだ。
    ———悔しい!してやられた!
    そう憤る潔を、カイザーは酷く楽しそうに眺めていた。


    「終わりだ終わり!教室に帰らせていただきます!」
    「案内の感謝もないのか。ヤーパンは礼儀正しい人種だと聞いていたのにガッカリだなあ。」
    「あー!もう!ありがとうございました!はい!これで終わり!」
    「感謝の念が感じられないぞ、世一ぃ。」


    カチン、そう頭の奥で音が鳴った気がした。平穏に、なんて考えは早々に頭から抜け落ちる。潔はキャンキャンと喋るカイザーのネクタイを掴みこちらに引っ張った。鈍い音が響き額合わせになる。酷く驚き目を見開くカイザーに気分を良くし、潔は続けた。


    「舐めんなよガキんちょ。生憎俺はお前に構ってられるほど暇じゃない。玩具探しなら他を当たれ。」
    「………。」


    人の子相手に大人げないとは思わなくもないが、仕方ない。煽られ馬鹿にされても黙っているようなお優しい死神ではないのだ。まあ一人に嫌われたぐらいじゃ任務に支障は出ないだろう。何とかなる、そう自身を納得させふんふんと頷く潔。驚き固まっていたカイザーは、そうして勝手に満足し離れる潔に気づき、自分から距離を詰めた。


    「良き!」
    「なっ……!」
    「俺の目に狂いはなかった!最高だよ世一。」
    「何が…!」
    「こんなクソつまらん辺境国に来た意味はお前だったと言っているんだ。」
    「は?」
    「精々楽しませてくれよ?潔世一。」


    嫌われることを覚悟した言動の何かが琴線に触れたようだ、面倒なことになった。どうやら平穏にとはいかないらしい。また厄介なのを引っ掛けたのか、そう呆れる黒名を思い浮かべ、潔はそっとため息をついた。


    ————————


    「潔―!提出物のことなんだけど、」
    「そのことなら俺が教えよう。」
    「そう?ならこれよろしく!じゃ!」

    「潔くん、球技大会の出場競技で相談が、」
    「それなら俺と一緒のサッカーに参加のはずだが。」
    「カイザーくん!?わ、わかった!ごめん!失礼しました!」

    「んじゃ俺らは帰るわ!ふたりは今日も残ってくんだろ?またな。」
    「あぁ、Tschüss.」
    「ばいば~い…。」
    「何だ世一?元気がないな、体調でも悪いのか。」
    「お前のせいだわ…。」


    珍しく虚の出現もなく平和な日々が続いている。それにも関わらず潔が疲れているのは隣にいる男、ミヒャエル・カイザーのせいである。
    虚の出現がない以上、原因調査は学校の敷地を出入りする生徒や教師から直接心当たりを聞く必要があった。いきなり「最近変なこととかある?」なんて話しかけるのは不審者だし、聞いても不自然じゃない関係性になる必要がある、そう潔は考えていた。その任務のための行動を、ミヒャエル・カイザーは徹底的に邪魔をした。潔がクラスメイトと話をしようとすれば割って入り話を終わらせ、また潔に話しかけてきた生徒でさえカイザーが受け答えをする。加えて放課後、残って校舎を見ようとすれば何故かアイツも残って隣にいる。そうして常に隣にいるカイザーにより、思うように行動できない日々が続いていた。


    「お前さあ、こんなことしてて楽しいの。」
    「何のことだ?」
    「しらばっくれんな、このストーカー男。」
    「俺は世一と居られて嬉しいし友達の居ない寂しがり世一が独りぼっちにならずに済む。Win-Winだろ?」
    「お前が原因で俺は友達が出来ないしお前も大して友達いないだろうが、ほんっとに良い性格してるよ。」
    「お褒めに預かり光栄♪」


    片眉を上げ楽しそうに笑うカイザーを横目に荷を纏める。この口調も態度もクソ生意気な男、ミヒャエル・カイザーは潔以外の前では完璧に猫を被っていた。俳優も目指せるのではないか、と言わんばかりの名演技である。近づくなというオーラを放っていた男が潔と共にいるときは話しかけやすくなる、クラスメイトに留まらず校内全体でその認識が生まれているらしい。勘弁していただきたい。荷を纏め終わった潔は未だにペラペラと喋る男を無視し教室の出口に向かう。


    「どこに行くんだ世一ぃ、話はまだ終わってないぞ」
    「お前が勝手に決めてくれちゃった球技大会のサッカー練習。」
    「適当にやればいいだろうに。毎日毎日練習なんて世一くんは真面目ねえ。」
    「はいはい、悪うございました。てかお前もさっさと準備しろよ。」
    「は?」
    「は?って何だよ。お前も行くんだろ?」


    —————出口に向かった潔は、そのまま帰らずに扉に寄り掛かるようにしてカイザーを見つめていた。どうやら待ってくれているらしい。警戒ばかりしていた子猫が初めて擦り寄ってきたような感覚に思わず頬が緩む。潔は冗談と捉えているようだが、カイザーの一目惚れは事実である。折角日本に来たのだ、そう仕事の合間の暇潰しとして学校に入ったもののまァ、そこも大層つまらなかった。原因不明の暇潰しは湧くものの刺激の無い日々に早々にして飽きていたカイザーは、転校生が来るなんて教師の話も当日まで忘れていた始末である。明日にでも退学手続きを取るか、なんて考えていた風の穏やかな朝、彼は美しい青に出会った。初めはまた冴えない人間が増えたな、なんて失礼なことを考えていたが、その冴えない存在が顔を上げた瞬間、思わず目を見開いた。濡羽色の重めの前髪の隙間から、初夏の朝日に照らされた美しい蒼玉がこちらを貫く。

    カイザーがこの世に生を受けてから、輝く宝石も星空も、容姿の優れた女も芸術品も、皆が美しいとするモノを心から美しいと感じることはなかった。唯一美しいと感じるモノもあったが、それを凌駕するほどの青い瞳に魅了された。欲しいな、初めて素直にそう思った。そうして気づけば態々手を上げ、潔の案内役を買って出たのである。
    ——人格なんかは手に入れてから好みに調教すればいい。物騒なことを考えながら話してみればなんと嬉しい誤算、性格までもがミヒャエル・カイザーの好みであった。棚から牡丹餅、最近覚えた日本語を実感しながら嬉々と潔に絡み、それはもう分かりやすく皆を牽制していた。最初はカイザーの異変に驚いていた生徒たちも、今ではカイザーと潔をセット扱いするようになった。着実に外堀を埋められている、それに気づかずツンツンとしていた子猫が懐くような素振りをし出すもんだから。それはもう本当に嬉しくて口角が歪むのを耐えられなかった。隠すように口元に手の平を翳すカイザーを、子猫は不審そうな目で見ている。


    「本当に世一くんは俺のことが好きねえ。」
    「は?お前が好きの間違いだろ。冗談言ってないでさっさと行くぞ。」
    「あいあい。仰せのままに。」
    「余裕ぶってられるのも今の内だぞカイザー。今日こそその面歪ましてやる。」
    「それは楽しみだ!」


    不機嫌になられても困る、そうしてカイザーは早急に乱雑に荷物を詰め、潔の元へ向かった。


    ————————————


    「あー!何だよ今のトラップ!?どうやってんの!?」
    「よいちくんのクソ雑魚フィジカルじゃ無理無理。大人しく俺にアシストしろ。」
    「断固拒否。お前だってさっき俺の股抜き対応できてなかったじゃん。」


    昼間は学校で生徒として、夜は任務の調査を行いつつ現世での他の指令も受ける潔は、それはもう欲求不満であった。体を思う存分動かせない、という意味だが。潔はそれを、今日も今日とてカイザーとのサッカーで解消していた。未経験の上に義骸とはいえ隊長格の死神、人と競えば怪我をさせてしまうかもしれない。そう断ろうとした潔をカイザーは煽った。逃げるのか、フィジカルが弱いから仕方ない、負け犬。それはもう煽り散らかされた潔はまんまと挑発に乗ってしまった。どんなものかは知っていたがプレイ自体は初であったため、初めは思っていたより柔いボールにビビりながら練習していた。だが、高度な戦術とスタミナ、一瞬の判断力や正確性など要求されるものの多さに戦闘との類似点を見つけ、早々にサッカーにハマった。何よりカイザーの存在だ。サッカーは同じく未経験だと言っていたのにも関わらず、30分後にはサッカー部を抜きゴールを決めていた。センスも身体能力も抜群、そんな彼とのサッカーは本当に楽しいものであった。一瞬、任務を忘れてしまうほどに。そうして現在、夢中になってサッカーをしていたふたりをライトと月明かりが照らしている。


    「もうこんな時間か~。着替えてさっさと帰ろ。」
    「加減も知らん子供みたいにはしゃいじゃって、可愛かったぞ、世一。」
    「お前だって目ぇギラギラにさせてたじゃん。」
    「世一くんに引っ張られただけに決まってんだろ。—っくち」


    汗を拭き着替えている中、隣から聞こえてきた可愛らしい音に思わずそちらを向く。随分と遅くなった校内にはもちろん自分たちしかいない。であれば今のくしゃみは当然隣から聞こえてきたわけで。


    「どうした世一?俺に見惚れたか?」
    「いや…。」


    何事もなかったかのように着替えを再開するカイザー。それをじっと見つめていると、サッカー中には汗すら流れなかった白人らしく白い肌が若干色づきだす。照れてる、そう気づき目を丸くした潔に更に耳を赤くさせるカイザー。左に刻まれた青い薔薇と赤い耳のコントラストに思わず首元へと手を伸ばした。驚きこちらを見るカイザーを気にも留めず潔は続ける。


    「おい世一!」
    「なあ、これ痛かった?」
    「は?」
    「いや、この薔薇入れるとき痛かったのかなって気になって。」
    「…………まあ、神経の多い場所だからな。痛みはあった。」
    「そうなんだ。泣いたりした?」
    「は?んなわけないだろ。お子ちゃま世一クンとは違う。」
    「俺だって泣かないわ。そっか、残念。」
    「残念って、何が。」
    「いや照れてるお前、可愛かったし。泣いてるのも可愛いんだろうなって思って。」
    「は?」
    「さっきからは?は?って何なのお前。」


    信じられないものを見る目でこちらを見るミヒャエル・カイザーに潔は首を傾げる。別に変なことは言ってない、はずだ。気まずい空気を払拭するように話を再開する。


    「というか何で青い薔薇なの?意味とかある?」
    「……………………ハア、青い薔薇の花言葉は?」
    「知らない。」
    「青薔薇は自然界に存在するものではない。また本来では交配や品種改良でも作ることが出来なかったことから「不可能」や「存在しない」、これが花言葉だった。だが近年青い薔薇の開発が成功し、それに合わせ花言葉も変化した。「夢かなう」や「奇跡」といった感じにな。」
    「へえ。」
    「俺には叶えるべきことがある。誰もしようとしない、いや出来ないとされていることだ。それ為すため、自身や周りへの啓示として。」
    「成程。」


    ここではない、どこか遠くを見つめるカイザー。刺青に入れるほどのことだ、きっと難しく執着するほどのことなのだろう。分かっている、それでも何故か、潔は此奴の視線が、思考が、こちらを向かないことに酷く苛立ちを覚えた。何故なのか、なんて考えずに衝動のまま後ろの二又を引っ張り意識をこちらに向けさせる。驚いてまん丸になった目が潔だけを映したことに満足し、そのまま話を続ける。


    「っ!さっきから何なんだお前は!」
    「何なんだはこっちのセリフだよ、ミヒャエル・カイザー。お前まさか諦めてねぇよな。」
    「は?」
    「俺のこと手に入れるために牽制しまくって外堀埋めてんの、バレてないとでも思った?」
    「…!」
    「どんな確執があるとか相手が誰だとかなんて知らない。けど、潔世一が欲しいならそのくらい実現してみろよ。」
    「は…。」
    「生憎俺は夢を諦めるような腑抜けに貰われるほど安くないし、腰抜けを貰うほど安上がりじゃない。」
    「………。」


    見当違いの八つ当たり、そう、これは八つ当たりだ。それでも潔は我慢ならなかった。潔世一は同僚たちから鈍いだの鈍感主人公だの散々な言われようを受けている。確かに、よく知りもしないヤツからの好意や、殺意から一変して好意を持ち始めたヤツなんかは気づかないことも多い。でも、好きだと言う言葉が、好きだと見つめてくる瞳が本当かどうかぐらい、分かる。それに気品の高い猫のような男が、自分だけに懐くというのはどうにも。吐息のかかる距離で思考に浸りだす潔に、茫然自失としたカイザーが呟く。


    「…いつから気づいていた。」
    「さあ、でもそんなに早くはなかったけど。初日の放課後とかかな。」
    「序盤だろうがそれは。お前、好かれてるって分かって気持ち悪くなかったのかよ。」
    「何で?」
    「…ヤーパンはあまり人権問題が進んでいないと聞く。それに、初対面の人間に性的に好かれるのは不快だろう。」
    「ええ…、いきなり弱気じゃん。他はどうか知らないけど、少なくとも俺はお前からの好意を不快に思ったことはないし俺の気持ちをお前が決めつけるな。そっちの方がよっぽど不快だ。」
    「………おまえ………本当にイかれてんな………。」
    「お褒めに預かり光栄、だっけ?でもそんな俺のことが好きなんだろ?」
    「最高だよクソ野郎……。」


    焦り落ち込む、初めて見るカイザーの表情に溜飲を下げる。寧ろ最近は揶揄われてばかりであったため、優位に立つことが出来て非常に気分がいい。鼻歌を歌いながら着替えを済ます潔に、カイザーもジト目を向けながら着替えを終えた。


    「んじゃさっさと帰るか!飯でも食おうぜ。」
    「さっきの今でよくそのテンションで行けるなお前は。」
    「な!腹が減るのは仕方ないだろ。ずっと練習してたんだし。」
    「へいへい、仰せのままに。…いや、待て。」
    「何?」
    「俺の気持ちは伝わっているんだ。ならお前もちゃんと言うべきじゃないか。」
    「は?」
    「は?じゃない。俺の気持ちは知ってるくせに、不公平だ。」
    「ええ…。」


    ワクワクしながらこちらを見つめるブルーサファイアにこっそり息を詰める。今は期間限定の潜入任務であり、原因が分かれば自分は尸魂界へと戻る身だ。それにも関わらず、これから現世で生き続ける人の子に死神が関わっていいものか。悩み言い淀む潔に、キラキラと輝いていたサファイアが陰りを見せた。仕方ない、ため息をつく潔に不安の色を乗せた瞳が揺れる。


    「あー!もう!仕方ない!」
    「!?何がだ。」
    「言ってやるからそんな不安そうな顔すんな!何でお前俺に関する事だけそんなに自信ないんだよ。」
    「うるさい。」
    「はいはい、んじゃよく聞いとけよ?潔世一はミヒャエル・カイザーのことが————」

    ———————ビービービー

    「……タイミング最悪だろ。」
    「は?何が」
    「今すぐ帰るぞ。校門まで送ってやるから荷物持って急げ。」
    「世一お前このタイミングでその着信を優先するのか。そっち方面までイカレ野郎なのか。」
    「俺だって優先したかねぇよ!いや喧嘩してる場合じゃな——


    後ろでガラスが、校舎の壁が割れ散る音が響き渡る。咄嗟にカイザーの手を引いて走り出した。確かに平和ボケしていた自覚はある。それでも感知能力に定評のある潔でさえ感知が遅れた。低級だったからではない、寧ろ今では何故気づけなかったのか思うほどの霊圧だ。逃げる前に見た大きさかから見るに中級(アジュー)大虚(カス)といったところだろうか。倒せないわけではないが状況が悪い。黙って手を引かれるカイザーの様子を見ながら走り、空き教室へと入った。
    何故か焦っていないカイザーに違和感を感じながらも、潔は彼を逃がす算段を立て向き合う。潔の手に握られた、キャッチーな入れ物に入る義魂丸が音を立てた。


    「お願いがあるんだけど。」
    「何だ?」
    「俺今から一瞬気絶するからさ、体抱えて逃げてくんない?」
    「は?気絶?」
    「そう、怖くて意識失うから。頼んだ。」
    「運ぶのは構わんが、はいそうですか、とはならんだろう。体は大丈夫なのか。」
    「心配してくれるのはありがたいんだけど大丈夫。若干動揺して性格変わるかもしんないけど、まあ気にせず俺の為にも逃げてくれ。」
    「………分かった。」


    渋々ながらも頷くカイザーに寄り掛かるようにして義魂丸を飲む。その瞬間弾き出されるようにして潔はその場に立った。最近はずっと義骸に入っていたが、相変わらず身に馴染む死覇装と斬魄刀に息を吐き前を向く。義骸を抱え歩き出そうとしていたカイザーと、目が、合っている。思わず後ろを振り向くが外には月しか浮かんでいない。また前を向く。またもや目が合っている。確実にこちらを見て、口をぽかんと開けるミヒャエル・カイザーがそこにはいた。


    「は?お前その姿…。」
    「え、見えてんの!?何で!?まだ義骸抜け出せてない!?いやでもカイザーが義骸抱えてるし、何で。」
    「世一、落ち着け。」
    「あ、ハイ。」
    「世一。お前死神だったのか。」
    「は?」


    時が止まった。今此奴は何といった?死神、そう聞こえた気がしたが。混乱し固まる潔に硬い表情のカイザーが改めて言い直す。


    「死神だったのかと聞いているんだ。お前の聞き間違いじゃない。」
    「…お前、死神のこと知ってんの。」
    「ああ知ってる。いや、知ってるなんてもんじゃないな。」
    「は?どういう」


    後ろと前からの爆音に咄嗟にカイザーを庇う。土埃が消えた先には、ニタリと此方を見つめる中級大虚。流石大物、態々こちらの退路を潰してくれたしい。潔は腕の中の存在の無事を確認し、そっと息を吐き立ち上がった。


    「———言いたいことも聞きたいことも山ほどある。そこで大人しくしてろよ、ミヒャエル・カイザー。」
    「あいあい。」


    肩を竦めるカイザーから視線を中級大虚へと移す。この程度、普段なら渾名らしく戦闘を楽しむところではある。が、今回は後ろに守るべき存在がいる、短期決着が望ましい。であれば、使う技はひとつしかない。相棒の斬魄刀を握り締め、すっと息を吸い呟く。


    「卍解 
    —————飛(ひ)花(か)落葉(らくよう)櫻喰(さくらのばみ)」


    潔の持つ斬魄刀——櫻喰が其の刀身を鈍く薄桃色に光らせる。そうしてカイザーが射程から外れるまで一気に加速、虚の懐へと潜り込み、腹に大きく一太刀を入れた。
    ———その瞬間、刀傷から薄桃色が噴き出る。ひらりとこちらに舞ってきたものを思わず手の平へと乗せたカイザーは驚く。血ではない、桜の花びらだ。傷口からまるで満開の桜が春風に吹かれたかのように、花弁が吹雪いている。自身から噴き出る花弁によって視界が遮られるのか、虚が大きく体を動かす。それに合わせて花弁も散り、気づけば辺り一面美しい花弁に覆われていた。美しい光景に言葉を失っていたカイザーは気づく。花弁が、どんどん赤くなっている。最初は淡い白にも近い筈だった花弁が濃く、美しく色付いていた。

    「綺麗だろ?俺の卍解。」

    いつの間にか隣にいた潔が話しかける。こちらに舞う花弁を一枚、手のひらに乗せた潔は口に含んだ。


    「中級大虚にもなるとやっぱ綺麗に咲くな。まあそろそろだと思うけど。」
    「…何がだ。」
    「俺の卍解、喰うんだ。霊子を。」
    「は…。」
    「傷口から霊子を喰って花を咲かす。放っておけばそのまま霊子が分散、桜の花弁となって散るって訳。言うだろ?桜の下には死体が埋まっている、って。」
    「…。」
    「ただまあ、そのまま散られると死神の仕事的によくないからさ。こうして霊子を分散させて弱ったところを、


    一瞬で跳躍した男が首目掛けて刀を振るう。気づけば男の持つ斬魄刀も随分と濃く、赤みを帯びていた。美しい一太刀が振るわれた虚は、抵抗する間もなく、自身から咲いた花弁に倒れる。衝撃により舞い散る桜の中、己の斬魄刀である櫻喰を鞘に納める潔はこちらを向いて続けた。


    —————斬って送ってやる。」


    満月を背に舞い乱れる赤の中、潔の持つ蒼玉だけが青く美しく光っている。この世のものとは思えぬ光景に、ミヒャエル・カイザー知らず知らずのうちに唾を飲み込んでいた。

    —————形の整った目と口をまん丸にしこちらを言葉なく見つめるカイザーに、潔は内心ニンマリと笑う。まあ実際、卍解なんぞ使わなくても勝てる敵ではあった。が、潔とて男なので気になっているヤツにかっこいいところは見せたい。思っていたよりずっと効果があったらしい様子にスキップでもしそうな潔は、こちらに見惚れているカイザーの目が更に見開いたのに気づいた。


    「カイザーどうかした?もしかして怪我…!」
    「っ世一後ろ!」


    その言葉にとっさに振り返れば、眼前に広がるのは鋭い爪。先程の虚は消滅まで確認した。であればこれは、新たな虚、それも先程の虚とも変わらぬ霊圧。狡猾にも戦闘が終わり気が抜けるところを狙われたらしい。先程鞘に納めた斬魄刀を出すのも、破道の詠唱も間に合わない。少しでも損傷を抑えるよう庇うように顔の前に腕を翳した瞬間、青く光る美しい矢が虚を打ち抜いた。見事、頭を撃ち抜かれた虚は目の前で消滅する。中途半端に腕を構えていた潔は思わぬ出来事に腰を抜かした。


    「え…。」
    「無事か世一、怪我は?」
    「は、いや怪我はないけど。え、お前、それ。」


    いつの間にかこちらに向かっていたカイザー。その手には先程の矢のように美しく光る弓が握られていた。潔はそれを知っている。だってそれは。


    「あぁ、これか。神聖(ハイリッヒ)弓(・ボーゲン)だ、と言っても死神のお前は知っているだろう?」
    「まあ、知ってる、けど。いや!そんなこと言ってる場合じゃなくて!だってそれ使うってことはお前、」
    「——改めて自己紹介といこうか。ご存じの通りミヒャエル・カイザー、滅却師だ。だから言っただろう?死神のことは知っていると。」
    「は……。」


    開いた口が塞がらないとは正にこの事。思わぬ事実に驚く潔を置いて、優秀な脳は思考を始める。
    ——滅却師、道理で死神を見ても驚かないわけだ。虚が出現して直ぐ反応が消えていたのも此奴が、滅却師が対処していたなら頷ける。生き残りがいるというのは知っていたし、監視の任務を受けたこともある。が、異国の者がいた記憶はない。であれば此奴は…。
    壁も窓も吹き飛んだ開放的な教室に思考の海に沈み出す潔を面白そうに眺めるカイザー。妙に穏やかな雰囲気の流れる奇妙な光景を終わらせるよう、遠くから聞き馴染んだ声が聞こえてきた。


    「―ぎ!潔―!無事かー!」
    「黒名!?何でここに…。」
    「今の男の声は何だ、知り合いか?」
    「俺の死神仲間というか相棒というか…。」
    「逢引中に堂々浮気か世一?全くもって情緒の欠片もないなお前は。」
    「いや俺が呼んだんじゃな————ってお前!」
    「いちいち耳元で声を荒げるな。何だ?」
    「お前ここにいちゃダメだろ!さっさと立て!」
    「何故?ちょうどいい機会だ、お前の同僚とやらにフィアンセとして俺を紹介しろ。」
    「んな冗談言ってる場合じゃねえだろ!見つかったらやばいんだって!」
    「————こっちに戦闘の痕跡が!黒名副隊長!」


    小さく舌打ちをする、時間がない。大方中級大虚の反応が複数出現したことから救援に来てくれたのであろう。何時もなら優しさに感謝しすぐさま抱き着きに行くところであるが、今は状況が悪い。今回の元凶で監視を逃れていた滅却師の生き残り、己の立場をイマイチ理解していないようなカイザーにため息をつき、潔は立ち上がった。


    「俺が誤魔化すからお前はどっか違う教室にでも隠れてろ。」
    「は?何で。」
    「いいから!時間がない、言う事聞けって。」
    「嫌だ、と言ったら?それにお前の気持ちをまだ聞けてない。」
    「忘れてなかったのかよお前…。」
    「潔隊長―!ご無事ですかー!」「潔!返事もできない状況か!」
    「世一。」
    「あー!もう!この我が儘っこ!」


    ため息をつく。しゃがみ込みこちらを見上げていたカイザーの腕を引き、倒れ込むようにして立ち上がった彼を抱き締める。潔は普段見上げている形のいい頭を撫で、耳元に囁く。


    「好きだよ、カイザー。」
    「っ…!」
    「初めは見た目に反してクソみたいな野郎だなって思ってたけど。皮肉ばっか言う癖に好意はストレートに伝えてくるお前に絆されちゃった。」
    「世一。」
    「青くて綺麗な瞳が甘くなるのも、俺のこと追いかけて揺れる二又も、俺が触ると赤くなる青い薔薇も全部可愛くて仕方ない。だから、」
    「…世一?」
    「だからさ、言う事聞いてくんない?滅却師が死神にどういう目に合わされたか、お前なら良く知ってるだろ?今はそうじゃないかもしれない。でも、お前が他の死神に監視されるのも見つかるのも、俺が嫌なんだ。」
    「…。」
    「だから今は逃げろ。俺がどうにかするから。頼む。」


    指通りのいい髪を撫で、詠うように自身の気持ちを告げる。されるがままなカイザーは腕の中でため息をつき、顔を上げた。目が合う。一瞬にも、永遠にも満たない時間が流れたように感じた。またもやカイザーがため息をつく。どうやら決着がついたらしい。


    「…我が儘世一。」
    「うん。」
    「…仕方ないからここは引いてやる。恋人の言う事を聞いてやるのも彼氏の務めだからな。」
    「ふは、ありがとな。」
    「世一。」
    「うん?」


    至近距離に美しい青いサファイアが、いた。目を見開く潔を気にも留めず小さくリップ音が鳴らす。時が止まったかのような潔を見て、カイザーは満足そうに笑い壊れた窓に手を掛けた。


    「またな、潔世一。すぐに迎えに行く。」
    「…は、え?」
    「直ぐに会えるから浮気なんて考えるなよ。じゃあ。」
    「え、いやまっ!」


    意識が戻ってきたのか、口を震わせる潔に腹の底から笑ったカイザーはそのまま飛び降りる。潔は驚きすぐさま下を覗き込んだ。が、そこには月明かりによって生まれた黒い闇が広がっているだけであった。へろへろと座り込む潔。タイミングがいいのか悪いのか、そこに潔の隊員たちがやってきた。


    「潔隊長発見!潔隊長いましたー!黒名副隊長―!」
    「潔!ここにいたのか!大丈夫か、って、」


    割れた窓際に座り込む潔、無事を確かめるためその顔を覗き込んだ黒名は思わず止まる。そこには熟れた林檎のように顔を真っ赤にした自身の隊長がいた。自分でも分かっているのか、直ぐに顔を隠した。


    「ど、どうしたんだ潔…。」
    「見ないで黒名…。」
    「わ、わかった…。」


    初めて見る潔の姿にすっかり動揺して律儀に後ろを向く黒名。それに感謝しながら、目の前であの男のように美しく輝く満月に聴こえるよう、恨み言を吐く。


    「覚えてろよ、あんのクソガキ…。」


    酷く楽しそうな笑い声が、何処かで聞こえた気がした。


    ——————


    「だから言ったじゃん何もないって…。」
    「「すんません隊長!」」
    「スマンスマン。皆、あんな真っ赤な潔初めて見たから気が動転して。」
    「いや、俺も紛らわしいことしてごめん…。」
    「何も無かったならいい。安心安心。」
    「黒名ぁ…。」


    カイザーからのキスに珍しく顔を真っ赤にしていた潔。それを見た隊員の動揺は凄まじいものであった。隊長が死んじまう!そう言って潔を担ぎ、急いで尸魂界へ帰還。そのまま四番隊の元へと向かった。潔も黒名も止める暇を与えぬ見事な連携であった、後に黒名はそう語る。
    アポなし訪問に目をまん丸に開いた四番隊隊長———氷織羊は、焦ったような顔の隊員と彼らによって担がれながら酷く申し訳なさそうな顔を向ける潔に素早く状況を察した。潔のみを残すように指示し、居座ろうとする隊員たちをさっさと返して潔に顔を向ける。


    「んで潔隊長、今日はどうしたん?見た感じ怪我とかはなさそうやけど。」
    「全然元気です。ウチの隊員がご迷惑おかけしてすみません…。」
    「アハハ、元気があってええやないの。それに健康に気を使うんは大事なことやし。」
    「本当にすみません…。」


    言葉を重ねれば重ねるほど、しおしおと枯れていく潔に氷織は笑みを零す。責めているわけではないのだが。潔が総隊長の指示のもと、現世へと向かっていたのは知っている。大方その任務中に何かあったのだろう。そう予想するものの本当に体に異常はないようであった。であれば、


    「なあ、潔くん。任務中に何かあった?」
    「へ!?」
    「隊長想いで有名な潔クンところの隊員があんだけ焦るっちゅうことはそれだけの異変があったってことやろ?潔くんが素直に連れられてきたんから任務は終わっとるんやろうし、このあと報告があるとは言え、総隊長には言いづらいこともあるやん。」
    「…。」
    「無理にとは言わんけど、僕でよかったら話してみぃひん?これでも口は硬いほうやで。」
    「氷織…。」


    隊員や同僚の優しさが染みる。久方ぶりの穏やかな瀞霊廷に、任務で張っていた気がやっと緩んだような気がした。隊員たちの突然の奇行も氷織に掛けた迷惑も、元はと言えば潔のせいである。原因を教えることはできないが、相談するぐらいはいいんじゃないか。今の潔は初めて訪れた春に、何時もなら論理的思考力を発揮し、これは喋るべきか留め置くべきか、正確に判断できる自慢の脳も機能を停止していた。分かりやすく浮かれていたのである。浮かれポンチの潔世一はこれを自分が言えばどうなるか、なんて考えずに恥かしそうに告げる。


    「あの、さ。こんなこと初めてで、どうすればいいか分からなくて。」
    「うん。」
    「氷織は、恋、したことある?」
    「……………何て?」
    「ああああ!この年になってこんなこと野郎が野郎に相談するなって感じだよな!?ごめん!」
    「いやそれは僕が聞くって言ったんやし、別に構わんよ。そんなことより恋って言うた?」
    「え、うん。そう、恋。あっ恋愛って意味の方のな!?」
    「そのくらいは分かるけど、恋って。何?潔くん任務先で好いた人でも出来たん?」
    「あはは、まあ、そんなとこ…。」


    衝撃的なカミングアウトに氷織は思わずこめかみを抑える。あの年若くして隊長となったにも関わらず浮ついた話などひとつもない朴念仁潔世一が、恋。イマイチ自身の影響力を理解せず、モジモジと恥ずかしそうにする潔に更に頭痛の種が増えたような気がした。戦闘時以外は優しいお茶仲間のためにもここは忠告しておくべきだろう。小さく息を吐き、頬をほんのり赤くした渦中の人に向き合う。


    「なあ。潔くん。」
    「うん?」
    「今日はこの後すぐに報告いかんとやろ?せやから恋の相談は今度のお茶会でさせてや。」
    「え!で、でもそんなことの為に態々時間取らせるのも…。」
    「ええのええの、僕が聞きたいんやし。それよりな、潔くん。」
    「ん?」
    「それ、話す相手は選んだ方がええよ。潔くんは自分が思うとるよりずっと有名な自覚を———

    ———ガタッ


    音と同時に感じた霊圧にふたり同時に振り返る。そこにはやっちまったと言わんばかりの表情をした二番隊副隊長——乙夜影汰がいた。


    「ちーっす、潔、氷織。」
    「そんなところで何してんの乙夜……。」
    「まあ二番隊らしく諜報活動?」
    「…どこから話、聞いてたん。」
    「え~…『なあ、潔くん。任務中に何かあった?』ってとこから?」
    「序盤も序盤やないか…。」
    「んじゃま、お邪魔しました~。」

    嵐のように現れ嵐のように去っていった男にぽかんと固まる医務室。先に意識を取り戻した氷織は深いため息をついた。

    「最悪なことになってもうたなあ、潔くん。これから気張りや。」
    「……え!?俺!?」
    「暫く平穏はない思うたほうがええよ。まあ愚痴やら相談は聞くさかい。」
    「本当に何!?」
    「もうどうにもならへん。さっさと報告済まして隊舎籠っとき~。」
    「急に投げやりじゃん…。」


    早々に諦め困惑する潔を総隊長の元へ送り出す。明日にはきっと瀞霊廷だけでなく尸魂界全体が大騒ぎであろう。騒がしくなりそうな気配に、氷織は大きく息を吐いた。


    ——————————


    氷織に送り出され総隊長へ報告に向かった潔。一難高校での虚の消滅の原因は中級大虚による虚の共食いであった、そう伝えることとした。特に疑われることなく、御苦労の言葉を受け退出した世一はほっと息をついた。まあ、実際共食いで消えた虚も存在しただろうし滅却師一人で対処できる虚なんてたかが知れている、バレることはないだろう。そう一人納得し隊舎に帰還、達成感で直ぐに眠りについた。

    ———翌朝、久方ぶりの自室での睡眠に微睡む潔は隊員たちの酷く興奮した声によって起床した。


    「んなわけねぇって!あの隊長だぞ!?四番隊のかわいい子ちゃんに迫られても体調が悪いんじゃないかって心配してたあの!」
    「でも記者はあの乙夜さんだぞ!信憑性は高いだろ!」
    「それに任務の迎えに行った奴らが顔真っ赤にしてる隊長見たって!」
    「な~に朝っぱらから騒いでんのお前ら……。」
    「あー!潔隊長!潔隊長だ!」「潔隊長!あの!本当なんですか!」
    「なにが……?」

    朝の騒音騒ぎの原因はどうやら自分らしい。何かしたっけな、寝起きで働かない頭で考えている潔の元に相棒の黒名が何やら紙を持って現れた。

    「潔、おはよう。これこれ。」
    「黒名おはよう。えーっと、って…。」


    黒名が潔に渡したのは、尸魂界の新聞こと瀞霊廷通信。二番隊隊長の烏旅人と副隊長の乙夜影汰、二人が主催者として発行している情報紙だ。時たま技術開発局の二子一揮による小説やペンネームオシャこと蟻生十兵衛によるファッション講座などが掲載されており、潔自身もよく楽しんでいた。
    そんな死神による死神のための情報誌、その一面にデカデカと載るのは潔世一の顔。
    見出しは「難攻不落、潔世一ついに陥落か!恋のお相手は人間?」


    「…は、え?ナニコレ?」
    「で、どうなんですか!隊長!それ本当なんですか!」
    「え、いや、まあ…。」
    「「ぎゃー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」
    「うるさ!」
    「どんな相手なんですか!」「見た目は!?」「人間なんすか!?」
    「何なのお前ら…。」


    野郎共の悲鳴が響き渡る。お祭り騒ぎどんちゃん騒ぎ、大興奮の隊員たちに潔はドン引いていた。何なんだ。野郎が野郎の恋愛話なんて聞いて何が楽しいんだ。潔は隊員が興奮する理由が分からず首を捻る。その様子を外から眺めていた黒名が困惑する潔と隊員の間に入り込んだ。


    「お前ら落ち着け。潔がビビってる。」
    「っ副隊長!すんません」
    「潔、大丈夫か?」
    「黒名…!」
    「で、潔。」
    「うん?」
    「どんな人なんだ?好きになったのは。」


    止めに来てくれた、そう思っていた黒名のワクワクとした目に潔はヒクリと口元を引きつらせる。どうやら己の味方はいないらしい。普段から冷静沈着、こちらの無理難題にも応えてくれる頼れる相棒の楽しそうな姿に、ため息をついた。仕方ない。


    「……どんな人って。」
    「!容姿は?」
    「容姿…金髪に碧眼、あと凄く綺麗。」
    「へえ。じゃあ性格は?」
    「性格~?性格は…、うん、凄く悪い。」
    「悪い?」
    「そう、俺のこと揶揄うしバカにするし煽るし口も悪い。マジでクソ。」
    「クソ…。」
    「でも、すげーストレートに気持ち伝えてくるんだ。ちゃんと好きって言葉にもしてくれるし、何より綺麗な青い目が好きだよって伝えてくる。あ、あと俺がじっと見ると照れるんだけど、肌の色相薄いから照れると分かりやすくて。」
    「潔。」
    「あとは軽薄そうに見えて刺青にするほど叶えたい夢があるのもいいな。青い薔薇があんなに似合うのって多分アイツぐらいだろうし。あとすんごいいい匂いすんの。何かの香水だと思うんだけど似合ってて」
    「潔!」


    夢中に喋っていた潔は黒名に声を掛けられ口を止める。俺、思ってたよりずっとアイツのこと好きになってたんだな~なんて少し照れながら思考の海から上がれば訪れたのは沈黙であった。先ほどまで祭りでもあるのかと言わんばかりの騒ぎであった隊舎が水を打ったかのように静まり返っている。周りを見渡せば顔を真っ赤にする者、倒れ伏せる者、砂糖の塊でも食べたような顔をする者、様々な惨状が広がっていた。首を捻る潔にほんのりと頬を赤くした黒名が話しかける。


    「潔、もうこれ以上はやめてやってくれ。オーバーキルだ。」
    「え?何が?」
    「俺ももう十分。そこから先は本人に言ってやるべきだ。」
    「そ、そう?分かった…。」


    穏やかな朝、死屍累々の男どもと元凶でありながら首を傾げる潔。鳥の声だけが響き渡っていた。


    ———————————


    あの後さっそく噂を聞きつけやってきた同僚たち。床に広がる惨状と諦めたように首を振る黒名から即座に記事は真実だと判断され記事は瀞霊廷、ひいては尸魂界中を回った。潔の好いた人は金髪碧眼の美女である、とか口が悪い美女に罵られるのが好きらしい、とか事実と憶測がごちゃ混ぜになって尸魂界を騒がしている。

    死神ひとりの恋愛話によくここまで騒げるな~、まあ当の本人はそんな感じであったが。暫くの間、様々な死神から揶揄われ付きまとわれた潔。それが少し落ち着いたところでこっそり見に行った一難高校には想い人———ミヒャエル・カイザーの姿はなかった。逃げろとも見つかるなとも言ったし、潔の想い人を探そうとゴシップ魂を燃やし現世に向かった死神も首を傾げていたから、いないことは解っていた。しかし、それでも。自身のいた記憶が記換神機によって消され、想い人もいない高校を後にした潔はそれはもう落ち込んでいた。何故ならそう、連絡先を交換していなかったたのだ。完全に消息を見失ってしまったからである。

    どこかソワソワとしながら現世に向かった潔が、帰ってくると口数も少なく落ち込んでいる。想い人に逃げられたらしい、噂が追加されるのに時間は掛からなかった。


    「んじゃ元気出しなよ潔~!」「そうそう、お前じゃすぐいい人見つかるって。」
    「ハハ、ありがとな蜂楽、千切。」


    此方を訪ねてきた級友を見送りほっと息をつく。別に振られたわけじゃないんだけどな、言えば更に強がっていると気を使われそうな言葉を飲み込み再びため息をついた。最近は隊員まで気を使いだし部屋には新たなお茶と茶菓子が置かれていた。分かっているのだ、連絡先も知らず消息も掴めない異国人。いくら滅却師の生き残りとはいえ向こうから行動を起こしてくれなければこちらが出会う手段はない。


    「すぐ迎えに来るって、すぐっていつのことだよ。バカカイザー。」


    どんどんと暗くなる思考を振り切るよう、まだ熱い茶を一気に飲む。こんなことをしている場合ではない、午後の鍛錬に向かおうと立ち上がった瞬間であった。


    ———ドン!

    地響きと共に巨大な光の柱が上がる。霊子だ。考えるより先に斬魄刀を持ち外へと飛び出した。続く黒名と共に最近どこかで見たような美しい青い光、いや火柱に向かう。


    「潔!」
    「黒名!状況は。」
    「分からない。でも、ここだけじゃなく色んな所に上がってる。」
    「攻撃方法じゃない…?でも物凄い霊子濃度だ。とりあえず根本に向かう。」
    「御意。」

    近くにいたのであろう、平隊員たちが火柱を警戒するように囲んでいた。隣には霊子調査員がいる。

    「潔隊長!黒名副隊長!」
    「状況は?」
    「分かりません。濃度が高く計測に時間がかかっておりまして…。」


    小さく舌を打つ。状況を見るに直接攻撃ではない。何よりこの霊圧、つい昨日、目の前で見たものとそっくりだ。であればこれは。前を見据え警戒を高める潔と黒名。そこに霊子調査員の声が響く。


    「霊圧補足!サンプル抽出霊圧との適合率93%!
       ————————滅却師です!!!」

    その言葉に思わず動揺した潔を追い越すように一隊員が前に飛び出す。

    「っおい!ま——

    ————走り出した隊員を青く美しい光が貫く。上半身をなくした身体が支えをなくすようにして倒れる。
    一瞬訪れた静寂を壊すようにコツリと靴音が響いた。

    「————悪いな。」

    青い火柱から人が現れる。
     
    「死神は皆殺しとの命令だ。」

    先頭を歩く、長身の男がフードを外した。

    「慄け死神共。これより星十字騎士団がお前達を静粛する。」

    —————————潔が焦がれた、曇り空に隠された月のような男が、そこにいた。
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