仗露道場2024/11/12「こたつ」(2023/2/1お題)「うおおおおッ、すげェェェェェ‼︎」
カラリと障子を開けるや、仗助は子どものような歓声をあげた。
それをほほえましいと感じているくせ、「ガキかよ」なんて鼻で笑ってしまうのはぼくの性分だ。ただ、広い背中の後ろからひょいと首を伸ばして覗き込んでみると。
「へえ、悪くはないじゃあないか」
掃き出し窓の向こうにはたっぷりと湯をたたえた露天風呂、そして美しい紅葉とせせらぎが広がっている。
「クールだなァ。ま、露伴は慣れてんのかもしんねーけどよ」
「別に慣れちゃあいないさ」
取材旅行で泊まる時は利便性重視だし、ひとりで旅行していた頃も特に部屋にこだわる発想はなかった。だがこの贅を尽くした美しく快適な場所で三日間、恋人と水入らずで過ごせるのだと思うと、確かに心弾む光景だ。
露天とは別に檜造りの内風呂もあり、洗面台にはボウルが二面あるのが、ふたりして身支度に時間がかかるぼくたちにはありがたい。寝室は広々した居間とは別になっていて、いまどきらしく純和風の旅館ながらベッドになっていた。通常のものよりやや低めのしつらえで、枕元の行燈風ランプのオレンジの光が妙に意味ありげに見えてドキリとする。
「なあ露伴、こっち来いよ!」
浮かれた声に呼ばれて居間に戻ると、仗助は満面の笑顔でコタツにもぐり込んでいた。
対面の布団をめくると、そこで畳が切れて四角く穴が開いている。
「ほう、掘りゴタツか。なかなかいいもんだな」
昔の実家や、正月に泊まった両方の祖父母の家にはコタツがあった。とはいえ思春期にもなると親とコタツを囲む気にはなれず、靴も脱がない今の家は言わずもがな、もう長らくご無沙汰だった。しかし久しぶりに入ってみると、ぬくぬくと包み込まれる暖かさが心地いい。
「おれ初めてだけどよォ。確かに、クセになるなァコレ!」
「え……?」
思わず洩らしてから気がついた。杜王町の歴史は、ぼくはもちろん調べたことがある。変わり者かつ仕事熱心な担当者の肝入りで、開発当初から徹底した「欧風のまち」としてつくられた。今見ても目新しい、まるで輸入住宅のような家が建ち並ぶ光景は昭和の昔からで、日本の平均的な住環境とはかけ離れたそこ以外を仗助は知らない——短い休みに電車を乗り継いで行く「田舎の祖父母の家」を、こいつは持たないのだから。
「なあ、露伴ちにもコタツ置いてくんねェ?」
「いやだよ、ダッセー。だいたい床ブチ抜けってのか?」
ぼくの内心を知ってか知らずか、仗助はのん気した声を出す。それに憎まれ口をたたいて、なんとかとりつくろうことができた。
「おれがクレイジー・ダイヤモンドでやるっスよ。夏には元どおりになおすからさ」
「相変わらずムチャクチャだな」
たわいない会話を交わしながら、仗助は実にさりげなく茶を淹れてよこした。これも日頃は口にする機会のない緑茶の、郷愁を誘う香りが鼻先をくすぐる。興が乗ったぼくは卓上に置かれていた茶菓子に手を伸ばした。こういうものも普段はあまり食べないが、たまには悪くない。
「つーかよォ。なんで隣に座んねーの、露伴」
「はあ?」
正面で仗助が唇を尖らせている。確かに、二人がゆうゆう横並びできる大きさではあるが。
「コタツって、そーいうもんじゃあないだろう」
「なんでだよ。こっち来りゃいいじゃあねーか。テレビだって見えねェだろ、そっちじゃあ」
「ソファと一緒にしてないか?」
ぼくとしては冗談半分のつもりだった。だが、仗助はしごく真面目に「だってよォ」とのたまう。
「これじゃあイチャイチャできねーだろ」
「オイオイ……」
心底あきれ返り、次の瞬間思い至った。そうか、向かい合ってるからこそのコタツのセオリーを、こいつは知らないんだな。
ぼくは内心含み笑いしながら表面はそしらぬふりで、つま先を仗助のほうへと伸ばし始めた。