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    らいむ

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    仗露道場2024/11/15「チョコレート」(2023/2/4お題) 二月半ばの杜王町は春からまだ遠い。しかし今日は珍しくも暖かないい日和で、ブラインドを上げた仕事部屋の窓からは明るい光が差し込んでいた。
     机から引き出した椅子に掛けたぼくの足元には、段ボール箱がいくつも口を開けている。朝一番に届けられたのを、かたっぱしから二階に上げて開封したのだ。ちょっとした引っ越し業者並みの労働だった。
     いっぱいに詰め込まれた菓子には、正直言って興味はない。だが同封されているものは重要だった。
     編集部でいったん中をあらためられているから、ペーパーナイフは必要ない。ぼくは次々便箋を開き、貴重な読者の生の声をむさぼるように読んでいった。ここに書かれた一言一句、どれも次の作品に活かすべき重要なものだ。プロの批評のように理路整然とまとまっているわけではなく、それどころか作品とは何ら関係ない自分語りが混じっていることもしばしばだが、それも含めて収獲だと考えていた。
    「『露伴先生こんにちは』……はい、こんにちは。『わたしの名前はななみです。小学三年生です。わたしが先生のマンガを読むようになったのは、お母さんが先生のファンだからです。はじめは少しむずかしいと思いましたが、すぐにファンになりました』……へえ、このパターンは新しいなァ。それに若い」
     ちょっとした秘密と言うべきか。ぼくには読者からの手紙を、声に出して合いの手を入れながら読むクセがあった。初めて手紙をもらった時からそうで、若い頃は気恥ずかしさを覚えることもあったが、この方法には実利もあることに気づいてからは、ひらきなおって意識的にやっている。つまり読者の感想を——絶賛であれ罵詈雑言であれ——客観的に受け止めることができるのだ。
    「『露伴先生こんにちは♡』……こんにちは。『私はS市に住む女子大生です。高校時代から先生のファンで、ちょっとでも先生の近くに行きたいッ! て気持ちで受験がんばりました。念願かなって今はTH大生です♡』……ふーん、まァうまくいったんならよかったんじゃあないの?」
     TH大生からの手紙はよくもらった。というより、TH大生は手紙にそう書いてくる率が高いんだろう。いわゆる「いい大学」だという自負がそうさせるんだろうが、ぼくみたいな大学はおろか、高校もギリギリで卒業したヤツになんでそれを言いたがるのかは謎だ。
     読者ならまだいい。漫画家にさえ、大学名が枕詞のヤツがいるからな。TH大ぐらいはさすがに知ってるが(あと、康一くんが卒業した大学も。たいした学校じゃあないですよと康一くんは言ってたが、そんなことは問題じゃあない。康一くんに選ばれたってだけで、値千金と誇っていい)、山ほどあるその他の大学の名前をいきなり出されてもピンと来ないってのに。
    「『今日はぜひお伝えしたいことがあります。実は、こないだ露伴先生を見かけました! 去年のクリスマス、駅ビルの紳士服のお店です。私は好きな人に告白するため、プレゼントを買いに行ってました』……フム」
     確かにその日はそこへ行った。それに自分で言うのもなんだが、誰かをぼくと見誤るとは考えにくい。ただ、サインを求められた記憶はなかった。
    「『あの時一緒にいた、背の高い男の人。あの方が先生のパートナーさんですよね⁉︎ 腕も脚も超長くて先生とサイズ合いそうにないし、どう見ても漫画オタクって感じじゃあないし、いつもジ◯ンプのコメント読んでるからすぐにわかりました!』」
     悪気はないんだろうが、ところどころナチュラルに失礼だな、この。確かに仗助の服は「裾も袖も余る」と書いたが、ぼくだってスタイルは並以上なんだけど。
    「『パートナーさん、とっても素敵な方ですね! あっ顔じゃあないですよ?(笑) 確かにお顔もとっても素敵でしたが、私は他に好きな人がいるので、露伴先生安心してください』……なーに言ってんだい」
     ぼくは君がほんの赤ン坊だった頃から仗助を知ってるんだぜ。あいつがゴキブリポイポイばりに女を引きつけることなんか、先刻承知だってんだ。小娘にそんなこと言われたからって、そうとも、いまさら気になんかするもんか。
    「『素敵なのはズバリ、先生に対する愛‼︎ です。先生のことがすっごく好きでチョー大事にしてることが、遠目に見てるだけでビシバシ伝わってきました! 先生もリラックスしたご様子で、こっちまで幸せになれちゃうような幸せオーラ全開で、せわしない年の瀬にとってもいい気分になれました。あの方が先生のミューズなんですね!』……さすがに恥ずかしくなってきたなァ、オイ」
     身長一九五センチ筋骨隆々のリーゼントついでに三十過ぎたオッサンをミューズ呼ばわりは、いくらなんでもどうかと思うぞ。
    「『プライベートのお邪魔になっちゃあと思ってサインは遠慮しましたが、正直ちょっぴり後悔してます(笑) そこで、バレンタインのチョコレートを送ります! パートナーさんとご一緒に召し上がってください。私もお二人にあやかって、両想いになれるようがんばります。先生の作品とお二人の愛を、これからも応援しています♡』……ま、くれると言う好意はありがたくもらっとくけどさァ」
     漫画はともかく恋愛のほうは、別に応援してもらう必要もないんだけどな。むしろそっちこそ応援が必要なんじゃあないのって感じだが、それを要求してこない謙虚さは評価できる。
     こういう手紙は初めてじゃあなかった。ぼくが有名人のはしくれだからか、それとも他に理由があるのか知らないが、思い出したように舞い込む中には妙に秘密めかしたものもあった。やたらこっちを「心配」したり、「おふたりのことは誰にも言いません!」とか一人相撲で深刻ぶられても正直反応に困る。
     お互い成人で、他にも特に障害はなく、ステディな関係を十年以上続けているのだ。それも彼女が書いてきたとおり、冗談みたいに美しい男に、これ以上ないってぐらい愛されている。漫画家という要素を除いたぼく自身に特筆すべき点はなく、それどころかお世辞にも恋人向きの人間じゃあないことを思えば、こと恋愛に関して、ぼくはものすごい幸運に恵まれていると言うべきだろう。最近よく聞くフレーズを使うなら「前世でどれだけ徳を積んだら」ってヤツだ。
     くだらないことを考えてたら、階下でガタガタ音がした。「ただいまー」とのん気した声、それから「露伴、いねェの? ろはーん!」と連呼される。
    「こっちだ」
     ぼくは吹き抜けから顔を突き出して呼ばわった。
     仗助は夜勤明けだってのにハツラツと、一段飛ばしで階段を駆け上がってきた。「ただいま」なんて甘くささやきざま、外気に冷えた唇でチュッとぼくにキスを落とす。
    「仕事部屋にいたの? 珍しいな」
     確かに夜勤明けの日にはこっちも仕事を終えていて、一階で迎えることが多い。だがそう言う仗助も常にはなく、両手にいくつも紙袋を提げていた。
    「君と同じ理由だよ」
    「?」
    「ほら、バレンタインだからさ。朝から仕分けしてたんだ」
     教えると、仗助はうんざりした納得顔になった。
    「おれンとこはさァ、マジに男しかいねーわけよ。なのになんでか知んねーけど、毎年毎年どっからか湧いてくんだよなァ」
    「そりゃ同僚が情報流してんだろ。たぶん売られてるぜ、君」
     こいつに会わせてやるってのをダシに、合コンだの何だのを取りつけてるヤツがいるんだろう。
     仗助はふくれっ面で黙り込んだ。そんなことは、こいつもとっくにわかっている。ただ仕事の性質上、協調性が重視される職場で同僚、特に目上の人間の意向を無碍にはできないのだ。
    「前もって言われんなら、断ることもできんだけどよォ」
     それで振りまくっていたら、いつしか夜勤明けを待ち伏せされるようになった。ほとんどの年は平日に当たるから、女たちはわざわざ休みを取って待ちかまえていることになる。それもまた同じ勤め人として、仗助には心理的負担になっているようだった。
    「恋人がいるってちゃんと言ってんだぜ、おれ」
     ぼくの機嫌を窺うように言いつのる仗助に、むしろぼくはちょっぴり機嫌を損ねた。ぼくがそんな女に妬いて、へそ曲げて当たり散らすようなヤツだと思ってんのかよ。
    「ぼくはちィ〜〜とも気にしてないぜ。チョー素敵なぼくのミューズに、チョー大事にされてるからなッ」
     あてこすりのつもりが我ながら笑えてきて、最後のほうは噴き出し半分になっていた。そんなぼくを、仗助は目を丸くして見つめている。
    「ど、どーしたんだよ、露伴?」
    「ぼくは君と違って、見る目がある女性に囲まれてるって話だよ」
     便箋をヒラヒラ振りながらうそぶいてやったが、こいつの悋気は尋常じゃあないのを長年身をもって知っているので、早々にネタを割るのも忘れない。手短に説明してやると、仗助は満面の笑顔になった。
    「へえ、露伴のマンガのファンが! おれのことを『パートナー』って‼︎ やっぱ、一緒にいるとこ見るとわかるんだなァ」
     デレデレしていやがるが、こいつはぼくがその昔ジ◯ンプの誌上でパートナーの存在を公表したってことしか知らないし、それ以上を知ろうとしない。漫画に興味がないからだ。だからその巻末に毎週掲載されてるコメント欄で、その後自分がどう語られてきたかも知らない。
     君を悩ませるチョコがこれ以上増えないのは、ぼくがお断りを入れてやったからなんだぜ。
     そう教えてやったら、どんな顔をするんだろうな。想像するだに愉快で、ぼくはひとり含み笑いを洩らした。
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