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    モブ視点の両片想いのゾロサン

    途中から三人称視点にかわります。

    構って欲しくて「ミリーナ!どこ!……もう、どこ行っちゃったのよ」

    恋人を探すこと30分。わたしはもう疲れてしまって、道の横に避けてしゃがみこんだ。
    この島で育ったわたしと違い、恋人のミリーナは移住してきて時間がたっていない。
    町の中は道が要り組んでいてわかりにくいので、たまに住人でも、今いる場所がわからなくなるというのに、わたしは恋人と暮らすこれからが楽しみすぎて、ついはしゃいでしまった。
    その結果がこれだ。恋人の迷子。
    特別治安が悪いわけではないけれど、それでも、かわいい恋人を一人にするのは不安で仕方がない。
    息を整え、また探そうと顔を上げると、ちょうど目の前に膝をついた男がいた。

    「レディ、どうかしましたか?」

    差し出された白いハンカチ。黒いスーツに身を包んだ金髪の男。
    少し警戒した私だったけれど、男は片手に大きな紙袋を抱えていて、そこから美味しそうなブレッドと真っ赤なリンゴが覗いていて、毒気が削がれてしまった。そういえばお昼を食べていなかったわ。相談中にはぐれてしまったから。

    「具合が悪いなら……」
    「いえ、違うの。少し休んでいただけ。……ねえ、その……肩につかないくらいの長さのブロンドで、白いワンピースを着ている女の子を見かけなかったかしら」
    「見てないな。はぐれたのかい?」
    「そう。あの子はこの町に来たばかりなのに、わたしが手を離してしまったの」

    顔を伏せたわたしに、また男がハンカチを差し出した。汗を拭くのに使ってと言われ、悩んだものの、ありがたくお借りすることにする。きっとハンカチから洗剤の清潔な香りがしたから、さらに毒気が削がれたのだ。
    男はハンカチを受け取らなかった方の手を掴み、わたしをゆっくりと立たせた。そのまま近くにあるベンチに誘導され、座らされる。男は紙袋を持ったまま座らない。適度に取ってくれる距離がありがたかった。

    「はぐれてどのくらい?」
    「30分くらいよ」
    「そこまで離れていないといいけど……少し待ってね」

    男はそう言うと、長い金色の睫に縁取られた、真っ青な瞳を閉じた。
    今更ながらに男の顔の造形に視線が奪われる。
    綺麗な男だと思った。愛嬌のある渦巻きの眉毛を抜かせば、まるで童話の王子様のよう。顎髭と煙草がダンディーだけれど、この男本来の持つ綺麗さは失われていない。
    男はシミ一つ無い顔を、不意に明後日の方向に向けた。そしてすぐにわたしに向き直る。

    「多分見つけたよ。きっと無事だ」
    「見つけた?どうやって?」
    「魔法を使ったのさ」

    パチン、とされたウインク。緊張を解すために言った嘘かもしれないが、やけに信憑性がある気がした。王子様じゃなくて、魔法使いだったのかも。

    「案内してもらうことは出来る?お礼は、あまり高くない物でなければするわ」
    「そんな、気にしないでくれ!おれは君みたいなかわいいレディとご一緒できるだけで十分だ」
    「随分安上がりね」

    だろ?と笑いながら差し出された手を取り立ち上がる。汗を拭き終わったハンカチも回収された。旅人らしくて、洗って返そうにも、数時間後にはこの島から離れると言うから。

    「本当に弁償しなくていいの?」
    「まだ使えるからね。それより、足は平気かな」
    「ええ……ありがとう、痛めていたなんて気付かなかったわ」

    手を差し出されて気がついた。わたしは走っている間に、足を挫いていたらしいって。
    だからベンチに誘導されたのね、とは、気付いても言わない。紳士の親切は気付かないフリをするものだと、ミリーナに教わったから。
    男はわたしが辛くない程度のペースで歩きながら、わたしにこの島のことを聞いてきた。まだ買い出しの途中だと言うから、おすすめの安いお店を教えてあげた。今のわたしに出来る一番の恩返しである。男が乗っている船は万年金欠のようで、ちょっと引くくらい感謝された。
    そして男は、自分を料理人だと言った。

    「凄いわ。わたしは料理が苦手なの」
    「そうなの?食べてみたかったな」
    「苦手って言ったじゃない」
    「だからこそさ。料理が苦手って言う奴の大半は、正しい手順を知らないだけなんだよ。一度教われば、すぐ得意になる」
    「そう……そういうものなのね」

    考えてみれば確かに、誰かから教えを乞うたことはなかった。教えようか、という提案に首を振る。

    「わたしは料理が出来なくていいの」
    「それはどうして?」

    わたしは男に向けて、おそらくはじめて笑顔を向けた。

    「恋人が、こんなわたしをかわいいって言うから」



    男は突然のわたしの惚気に苦笑した。

    「参ったな、釘を刺されちまった」
    「あら、そんなつもりはなかったわ」

    わたしは首を振り、しっかりと否定する。
    確かに男は軟派で、道行く女の子全員に目を向けていたし、わたしにもデレデレとした様子を見せるけれど、どこか本気でないのが伝わってきたのだ。
    そして、料理が苦手な人の話をした時、随分と柔らかい表情をしていた。

    「あなたと恋人の話が出来ると思ったの。わたし達は秘密の恋人だから、周りの人には話せない。でも、旅人のあなたになら大丈夫かなって」
    「秘密の恋人……?」
    「そうよ。わたしね、女の子とお付き合いしているの」

    男は目を見開くと、「そうなんだ」と呟いた。わたしは頷いて肯定する。
    この島は住みやすくていい場所だと思う。でも、恋愛は異性とするもの、という固定概念があった。だから少し、窮屈でもあった。
    ミレーナは素敵な恋人。誰に紹介しても恥ずかしくない。だから一度だけでも、他人に紹介してみたかった。その相手にこの男を選んだのは、男が随分紳士で、優しい人だと感じたからだ。

    「ブロンドで、ミディアムくらいなんだっけ。白いワンピースはよく似合いそうだね」
    「ええ、とってもよく似合うの。わたしがプレゼントしたのよ」
    「そりゃあ似合うはずだ!その子を一番知っている人が選んだんだから!」

    予想通り、男は変に茶化したりせず、ちゃんと話を聞いてくれた。わたし達のこと、これから棲む新居のこと、ミレーナの料理が美味しいこと。

    「仲が良いんだね」
    「そうよ。沢山喧嘩もしたけどね」
    「そうなんだ」
    「恋人ってそんなものでしょう。ねえ、あなたは?」

    男の腕を引き、顔を覗き込む。男は気まずそうに頬をかいた。

    「恋人はいないよ」
    「恋人は、ね。それじゃあ好きな人がいるのね」
    「……そうだね。何年も前に惚れちまって、そこからずっと同じ奴が好きなんだ」

    わたしは小さな声で「男の人?」と聞いた。男は小さく頷いた。やっぱり。口ぶりからして、なんとなくそうだと思っていたの。

    「どんな人なの?どこが好き?」
    「ムカつく奴だよ。口を開けば腹が立つことばっかり言いやがる。おれ達は小さいことでもなんでもお互いに負けることが許せなくて、ずっと喧嘩ばっかりなんだ。好きなところなんて無いよ」
    「でも、好きな人なんでしょう?」
    「ああ。……どこが良いのかもわからない奴が好きなんだよ。好きなところは思い浮かばないのに、ほっておけない理由ばっかり口から出そうになる」
    「例えばどんなところなのかしら」
    「……少し、君と似ているかもな」
    「わたしと?」

    男は眉を下げて頷く。

    「料理が苦手なんだ」
    「手順を教えてあげないの?」
    「教えたよ。……でも、2年会えない期間があって、また出来なくなってたんだ。忘れちまったんだろうな」

    寂しそうな呟きに、わたしはなんて声をかければいいかわからなくなってしまった。慰めるように掴まっている腕を撫でると、男は眉を下げたまま笑う。

    「また料理が出来なくなっちまってるから、おれが食わせてやらねえとって思っちまう。おれじゃなくても良いのに」
    「……そう言われているの?」
    「いいや。あいつは飯作れとしか言わないよ。飯炊きにはちょうどいいのかもしれないね、同じ船に乗ってるから」
    「……」

    わたしが何かを言う前に、男は顔を前へ向けた。
    そこにはわたしの大切な恋人、ミレーナがいる。
    ミレーナの姿を確認した途端、わたしは走り出しそうになってしまった。彼女の前に、今となりにいるのと同じくらいの身長の、強面な男が立っているから。
    走り出そうとして、足が痛んで、バランスを崩したところで男に支えられた。大丈夫か聞かれ、青いだろう顔で首を振る。

    「み、ミレーナを助けないと」
    「大丈夫、アレはおれの仲間だから」
    「仲間……?本当に?」
    「ああ。あいつが一緒にいたから、きっとミレーナちゃんも、怖い目にはあっていないよ」

    あんなに怖い顔の人はなかなか見ないのに、男はそんなことを言う。指をさすので恐る恐るまた目を向ければ、こちらに気がついたミレーナが笑顔でわたしに手を振った。本当だ、怖い目にはあっていないみたい。

    「アリサ!」
    「ミレーナ……」

    男に支えられながら、駆け寄ってくる彼女を待つ。
    ミレーナはわたしの前までくると、腫れ上がった足を心配し、男に頭を下げた。一緒になってわたしも頭を下げる。

    「本当にありがとうございます。ロロノアさんも、助かりました」
    「おれは何もしてねえ」
    「えっと……」
    「アリサ、紹介するわね。ロロノアさんよ。あなたとはぐれて困っていたら、声をかけてくださったの」
    「声かけただけだ」

    繰り返しなにもしていないという男、ロロノアさんを見る。きっとなにもしていないというのは本当だろう。でも、ミリーナが変な輩に絡まれないよう、一緒にいてくれたということだろう。ミリーナは紳士の親切は口にしない。今も微笑んで終わりだ。
    それはさておき、ロロノアさんはどこからどう見ても堅気ではない。この島は穏やかで豊かだから、よく海賊が補給で立ち寄る。もしかしたらこの人もそうなのかもしれない。
    ……ロロノアさんが海賊なら、この人も?
    男はわたしの考えなんて簡単に察しただろうに、明言せず、優しい声音で「もう大丈夫だね」と言った。

    「安い店を教えてくれてありがとう。もうはぐれないように気をつけて」
    「……ええ、ありがとう。ねえ、」

    あなたも名前を教えてちょうだい。そう口にする前に、男が後に仰け反った。男の手がわたしから離れる。入れ替りでわたしを支えたのはミレーナだった。
    突然の出来事に何かと驚いていると、それはロロノアさんが男の髪の毛を引っ張ったからだった。すぐさま目をつり上げた男が怒鳴りかかるも、ロロノアさんは一切そちらを見ない。
    彼が見ているのはわたしだ。そこでわたしはピンときた。もしかしてこの人、なにか勘違いをしているのかも。

    「あの……」
    「買い出し残ってんだろ、さっさとしろアホ眉毛」
    「んだと!?てめえがおれに指図すんじゃねえ!」
    「あの…!ねえ!」

    わたしはまた男の腕を掴む。デレッとした男に、わたしを支えているミリーナが少しだけ眉を寄せた。それと同じ顔を、ロロノアさんもした。
    やっぱり。やっぱりそう。わたしに魔法は使えないけど、わたしはちょっとだけ勘が良いの。

    「わたしの恋人、どうかしら」
    「ちょっと、アリサ!?」
    「凄くかわいいね!話で聞いていた通りだ!君がプレゼントしたっていうその白のワンピース、凄く似合っているよ」
    「そうでしょう?ありがとう。ずっと誰かに自慢したかったのよ」
    「相手に選んでもらえて光栄だなぁ」

    本当に嬉しそうに笑った男。わたしも心から嬉しくて、同じように笑う。
    ミリーナもロロノアさんも、わたし達がちっともそんなつもりじゃないことに気がついたのか、また揃って気まずそうな顔をした。そう、そうよ。わたし達は恋の話をしただけで、お互いに恋はしていないの。

    「ねえ、あなたの名前は?」
    「サンジです、素敵なお嬢さん」
    「サンジさん。安いお店以外にも、良いことを教えてあげるわ」

    男、サンジさんはきょとりと目を丸くした後、興味深そうに身を乗り出した。また襟首をロロノアさんに引かれているが、後を見ずに足蹴にし、遠くの方へ飛ばしてしまう。その力強さに驚くが、ロロノアさんがいないのは都合がよかった。

    「わたしね、料理が苦手って言ったでしょう?出来なくて良いとも」
    「そうだね」
    「でもね、全く出来ないわけじゃないのよ。簡単なものは作れるし、ミレーナが何度も作っているものは、こっそり作り方を覚えているの」
    「え!?そうだったの?」

    驚くミレーナの手を握り、サンジさんを見つめる。サンジさんも不思議そうに首をかしげた。

    「そうなんだ、どうして隠しているんだい?」
    「だって出来ないふりをしていたら、恋人が構ってくれるんだもの」

    もし、もし本当に、サンジさんの好きな人とわたしが似ているのならば、2年という月日で忘れたのではなく、忘れたふりをしているのかもしれない。
    そうであってほしいと願うのはわたしの自由。
    わたしはこの短い時間で、サンジさんを好きになっていた。勿論恋愛という意味じゃない。人として、という意味で。

    「……あいつはそんな、かわいいたまじゃないよ」
    「そうかもしれないわね。でもわたしは、そうであれば良いなと思ったのよ。わたしと同じなら良いな、って」

    わたしはミレーナと手を繋いだまま、サンジさんへ手を振った。サンジさんはわたし達へ別れを告げると、蹴り飛ばしたロロノアさんの方へ歩いていった。一緒に残りの買い出しをするのかもしれない。

    「ロロノアさんね、好きな人がいるんですって」

    ミレーナが、サンジさんの背中をぼんやり見つめながら言う。

    「わたしの髪、その人と同じ髪の色だったみたい。あなたとはぐれて探し回っていたら、突然目が合って。驚いて固まっていたら、申し訳なさそうに弁明されたのよ。つい視線で追ってしまったんだって」
    「そう。そうなのね」
    「ええ、そうなんですって」

    ミレーナはブロンドの髪の毛を撫で付けた。サンジさんも同じ色をしていた。
    ロロノアさんの好きな人が、本当にサンジさんかはわからない。サンジさんの好きな人がロロノアさんかもわからない。
    でも、わたしは、いやわたし達は、そうであれば良いわねと願っていた。






    頭に大きなたんこぶをこさえたゾロと連れ立って歩く。途中だった買い出しの続きをしなければならない。大量に飲み食いするものだから、リアカーをかりて、何往復かして。
    一生懸命そんなことを考えるサンジだったが、どうにも、先程わかれた恋人達が忘れられなかった。

    二年前、あまりにも生活力の無いナミ以外の仲間達に、簡単に料理を教えたことがあった。
    チョッパーとウソップは日頃の手伝いの成果か、すぐに簡単なものは作れるようになった。そして凝ったものへ手を出したがった。今度教えてやると約束した後、そんな機会が失われたことを覚えている。
    ゾロも、覚えがよかった。チョッパーやウソップよりも手際が良いものだから、たまに、本当にたまに。練習と称して、サンジの分の夜食を作らせたこともあった。
    最後に作ってもらった記憶はシャボンディ諸島につく直前の夜のことだ。あの時期のゾロとサンジは、とても微妙な距離感だった。スリラーバークの一件が尾を引き、互いに互いを図りかねていたと思う。
    夜食を求められた時、つい言ってしまった。おにぎりを作る準備をしながら、「おれに言わなくても自分で作れるだろうに」と。お前におれは必要ないだろう。そんな気分だったから。
    すると、ゾロは「そうだな」と肯定した。そしてサンジが準備した食材を使い、自分でおにぎりを握った。もう頼まねえ、そう言われなかっただけマシだった。
    サンジはあの夜のことを、2年間ずっと後悔した……のに。
    2年後に会ったゾロは、綺麗さっぱり、料理のりの字も忘れ去っていた。

    だから、サンジは馬鹿みたいな小さい喜びを掴んだのだ。
    ゾロは料理が出来ないから、サンジがやってやらねばならない、と。
    ゾロにしてやれることがある。その事実だけで、実りもしない片想いを、後生大事に抱えてこれた。

    「おい」

    アリサに言われた言葉がぐるぐると頭の中を回る。構って欲しくて、なんて、そんなかわいらしい思考がこの男にあるとは思えなかった。

    「……おい、コック」

    なのにも関わらず、そうであったら、という願いを抱いてしまった。ホールケーキアイランド以降、自分が欲張りになった自覚はある。そこにゾロも含んでしまっていたなんて、今更ながらに気がついた。

    「おい!」
    「っ、ああ、……悪い。なんだ」
    「……買い出しすんだろ。店なんて見えねえんだが」
    「は?……おい、ここどこだ」

    ゾロの声に周囲を見渡す。奴の後を歩く形になっていたからか、いつのまにか町外れに出てしまったようだ。こんなところに店はない。大通りへ戻らなければならない。
    時計を確認し、あまり時間がないと気付く。考え事は後にして、船の仕事に集中しなければ。
    とそこで、サンジの持っている小型電伝虫がプルルルと鳴いた。ゾロと顔を見合わせ、幾ばくかの嫌な予感に顔を歪める。
    出ないわけにもいかないので応じれば、焦った様子のナミの声がした。

    『あ、サンジくん!?一人!?』
    「んナミさぁん!いいや、残念ながらマリモも一緒だよ」
    「おい」
    『丁度良かった!海軍が来たから、すぐ港を離れなきゃいけなくなったの!撒いたら戻るけどしつっこいから、ちょっと時間がかかりそうで……』
    「なるほどね。目立つこいつを宿かなにかにぶちこんで待機してれば良いかい?」
    『お願い!数時間……ううん、わからないわね。数日かかるかも。買い出しは後にして、サンジくんも身を隠しておいてっ』
    「了解。食材はまだあるし、作り置きが冷蔵庫に入ってるから、お腹がへったら食べてね」
    『うん、ありがとう!それじゃ!』

    慌ただしく切れた通話。サンジはゾロへ目を向けた。ゾロは海の方へ目線をやっている。

    「この開けた港で襲われちゃたまらねえな」
    「だな。聞いた通りだ。てめえは今すぐ適当な宿行け」
    「お前はどうすんだ?」
    「……どうすっかな。どうせ買い出しはするんだし、下見だけでもしておきてえけど……」

    急いで見て回る必要が無くなったなら、しっかり吟味したい。海軍が船を追いかけているなら、今はまだ、この島に上陸していないとも言えるわけだし。
    そう告げると、ゾロは納得したように頷き、手を差し出してきた。サンジはぼんやりとそれを見つめる。何だろう、これは。
    思い出されるのは先程の恋人達だ。彼女達は手を握っていた。仲が良さそうで、幸せそうだった。彼女達がこれから、この島で、幸せになれば良いと心から思う。
    なんてことを考えていたからだろうか。
    サンジはゾロの手の上に、荷物を抱えていない方の手を乗せていた。乗せた後に気付く。違う。ゾロは荷物を持とうとしてくれたのだ。その状態で宿に行こうと。

    「っ、ちが……っ!」

    慌てて手を引こうとして、その前に握りしめられる。まるで彼女達みたいに、ゾロとサンジは手を繋いだ。サンジは混乱してしまう。なんだろう、これは。なんでこんな。

    「……宿」
    「……は……?」
    「宿、どこにするんだ」

    ゾロはサンジの手を繋いだまま、大通りの方へ足を向けた。ぐいぐい引っ張るものだから、転けないように着いていくしかない。振り払うなんて選択肢は思い付きもしなかった。

    「お、おい、手……っ」
    「掴んできたのはてめえだ」
    「間違えたんだよ!離せって!」
    「うるせえ!」

    ぴしゃりと怒鳴られ、口を閉じる。きっとサンジは真っ赤だろう。ゾロも、後から見える耳や首が真っ赤だ。互いに慣れないことをしている。いや慣れないどころか、あり得ないことを。
    人通りが増え、通りすぎる人達が、ゾロとサンジの手を見てぎょっとした顔をする。見ていられなくて顔を伏せるが、そうするとしっかり握りしめられた手が視界に入って、更に恥ずかしくなる。ああ、なんだってこんなことに。どうしてこんなことを。

    「……飯」
    「は、あ……?」
    「今夜は宿に泊まるしかねえんだろ。腹減ったからなんか作れ」
    「……おれに言わなくても、」

    お前は自分で作れるだろう。作れるようになっていたじゃないか。
    口に出そうとして、また肯定されたらと思うと、続きが言えなかった。
    ゾロが立ち止まって振りかえる。こちらを見ているのはわかるが、顔を上げられない。
    恐ろしくてたまらなかった。どうして言いかけてしまったのか、心の底から後悔する。アリサが、今までサンジが想像もしていなかったことを口にするものだから、影響されてしまったのだろうか。それはとても恐ろしいことだ。

    ゾロは暫く黙った後、適当な宿に入り、適当な部屋を取り、サンジの荷物を奪ってキッチンへ置いた。唖然とするサンジはずっと置いてきぼりだ。置いてきぼりのまま背中を押され、部屋から追い出される。この部屋は二人部屋で、二人分の料金も払っているのにも関わらず。

    「おれが作れるからって、てめえの飯を食わなくて良い理由にはならねえ」
    「……ゾロ?」
    「でもてめえは、おれが出来ることは、てめえの出る幕じゃねえと引っ込むだろうが。だからもう料理はしねえ。決めた」
    「……なんだよ、それ」
    「買い出し、じゃねえな。下見か?終わったら帰ってこい。んで、飯作れ。良いな」
    「お、おい!ゾロ!」

    バン、と勢いよく閉められた扉。途方にくれた気持ちで立ち竦み、このままここにいてもいけないと、ノロノロ足を動かして宿を出る。
    どうしよう。どういうことだろう。
    ぐるぐる考えたって答えが出るはずもなく、下見がてら買い足した食材を抱え、サンジはもう、逃げ出したい気持ちで一杯だった。だってあんなことをして、あんなことを言われた後に、狭い部屋で二人っきりだなんて耐えられない。
    出た時よりも思い足取りで宿へ向かう。部屋の前でうろうろしていると、突然開いた扉からぶっとい腕が飛び出して、サンジの胸ぐらを掴み、部屋の中へ引きずり込んだ。

    その後二人の部屋からは、絶え間なく物音が聞こえ続けた。時折人の声だったが、やけに高いものだった。
    そうして翌日、部屋を出た二人は、くすぐったい空気に包まれていた。



    偶然二人を見かけたアリサは、大好きな恋人と、満足そうに笑った。
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