友バの出会い 捏造SS友バの出会い 捏造SS
まだ少年のバデーニはワクワクしていた。
背丈は、まだ大人の半分くらい。
10才にも満たない年齢であった。
しかし、好奇心は誰にも負けなかった。
太陽と月が重なり始め、昼間でも薄暗かった。
当時の天文学は、プトレマイオスの理論は完璧であり
太陽と天とは必然的に完全であり、
天空の決められた航路を巡っているハズだった。
それ以外の”異常な現象”は起こり得ないハズだった。
それが、今、バデーニの目の前で起こっている。
バデーニは興奮して、観測手帳を持ち、部屋を飛び出した。
家庭教師は呆れ顔で見送った。
何かに夢中になったバデーニを止める事は出来なかった。
バデーニは良い観測場所を探して、走り回った。
同じく、手帳を持って走ってくる同じ年頃の少年と出会った。
その少年はヤンと名乗った。
*
「はぁ…はぁ…」
全速力で走ったので、子どものバデーニは息が切れた。
町の中では、建物の屋根が邪魔して、太陽がよく見えない。
辛うじて太陽が見える、広場に座りこんで、太陽が欠けいく様子を
スケッチしようとした。
手をかざして、目を細めて太陽を眺める。
「い……ッ!」
薄暗くなっているから大丈夫だと思ったが、肉眼で太陽を見続けると
目に痛みが走った。
目を手で抑え、しばらく経って痛みが治まった。
目を開けると、視界がぼやけた。
これでは、スケッチが出来そうにない。
「くそッ……!」
バデーニは天を仰いで悪態を吐いた。
日食が終わる前に、太陽を直接見ないで観測する方法を探さなければ……!
バデーニは立ち上がった。
そこへ、息を切らして走ってくる同じ年ごろの少年が現れた。
茶色い短い髪の少年は、手帳を持ち、もう片方の手には麦わら帽子を持っていた。
バデーニは閃いた。
*
茶髪の少年は、バデーニと目が合うと走り寄って話しかけて来た。
「ねぇ、君も太陽を観察しているの?」
「そうさ! その麦わら帽子、貸して。」
「あっ!」
バデーニは少年の返事を待たずに、麦わら帽子を奪った。
そして、麦わら帽子を地面にかざし影を作った。
「やっぱり! これなら太陽を観察できるぞ!」
バデーニは叫んだ。
嬉しさで、地面をピョンピョン飛び跳ねた。
「ええっ!?」
少年はビックリして、地面の麦わら帽子の影を見た。
麦わら帽子の影の中を、大量の三日月がぎゅうぎゅうに詰まっていた。
「すごい!」
驚きのあまり、少年から声が漏れ出た。
帽子の網目から漏れ出た光が、全部、三日月型に欠けていたのだ。
「やっぱり、私の予想通りだ!」
バデーニは少年に
「これ、持ってて動かさないで!」と麦わら帽子を押し付けた。
少年はビックリした。
「えぇ!? 待って! 僕も観測したいんだけど!」
「は?君は誰?」
「僕の名前はヤン! 君の名前は?」
「私はバデーニ。 ヤンくん、私と一緒に観測しよう。」
*
ヤンとバデーニは、一緒に日食を観測し始めた。
ヤンが麦わら帽子を持ち、地面に影を作った。
バデーニが影の中の太陽の形の変化を、観測手帳に書きこんだ。
ヤンはバデーニの手帳を覗き込んだ。
バデーニの観測手帳には、丸(〇)がたくさん書きこんであった。
左から右へ、丸が一列に並び、欠けた部分だけ後から書きこむようにしてあった。
ヤンは感心した。
「すごいや、バデーニくん! 僕も真似しようっと。」
「は? ヤンくんは、あとで私のを見て写せばいいだろ?」
バデーニの発言に、ヤンは腹を立てた。
「じゃあ、バデーニくんには帽子を貸さない。」
「はっ!?」
ヤンは帽子を被った。
バデーニは抗議した。
「なんで? 私も、君も、書くのは同じ太陽じゃないか!
ヤンくんが帽子を持って、私が記録を書く。
その方が早いし、別々に書くのは時間の無駄だ。」
「僕だって、バデーニくんみたいに、自分で観測記録をつけたいんだよ!!!」
ヤンは大声を出した。
バデーニは呆れた。
「はぁ?このやり方を考えたのは私だが?
早くしないと太陽の形が変わる!
私の言う通りにしろよ。」
ヤンはムカついて、地団駄を踏んだ。
しかし、言い返す言葉が見つからなかったので、バデーニの言う通りにした。
二人は、しばらく無言で観察を続けた。
日食のせいで薄暗いとはいえ、昼間の照りつける石畳の上での観測は、
少年たちの体力を奪って行った。
バデーニは身体がふら付き、観測手帳を落としてしまった。
「大丈夫?」
ヤンが心配そうに聞いた。
「だ……大丈夫。」
そう答えたバデーニは、石畳に膝をついた。
「ちょっと、休憩しよう。」
ヤンはバデーニに手を差し伸べた。
「うん……。」
バデーニは素直にヤンの手を取った。
*
「ふぅ……。涼しい。」
木陰に移動したヤンとバデーニは、深呼吸した。
「ああ!!」
バデーニは、突然大声を出した。
「木漏れ日が、三日月の形をしてるじゃないか!!」
「え!?」
ヤンもビックリして木漏れ日を見た。
木陰の明るい部分が、――普段は丸い形をしているところが、
……日食の、三日月の形に欠けていた。
「ヤン君! これなら、二人で一緒に観測記録を付けられるぞ!!」
「え?、やったぁ! バデーニ君の記録みせて!」
「いいとも!」
二人は仲良く並んで、日食の観測記録を付けた。
日食が進み、ほぼ終了するまで、二人は夢中で記録を付け続けた。
午前中に始まった日食は、正午の教会の鐘の音を挟み、二時間ほどで終わった。
「ふぅー、疲れた……。」
バデーニは、足を投げ出して大きく伸びをした。
「ねぇ、”アレ”って何だったのかな?」
ヤンはバデーニに聞いた。
バデーニは、身を乗り出した。
ヤンの顔に自分の顔を近づけて、小声で囁いた。
「”アレ”って、日食(eclipse)のことか?」
「日食(eclipse)っていうんだね!」
ヤンはビックリして大声を出した。
「静かに!」
バデーニはヤンの口を塞いだ。
(誰かに密告されるかもしれない。)
(何でさ! 日食はみんなが見ているのに!)
バデーニは腕を組んで、考え込んだ。
「聖書には、『キリストが処刑される時、昼間でも暗くなった』と書いてある。
日食を見て観測するのは、たぶん大丈夫だろう。
しかし、『何故、日食が起こるのか?』を研究すると、
”悪魔と通じて未来を占い人を破滅に導く者”として異端審問官に捕まるかもしれない。」
バデーニの説明を聞いて、ヤンは、ゴクリ…と生唾を飲み込んだ。
バデーニは溜め息を吐いた。
「プトレマイオスの宇宙は、C教では絶対の真理だから……。」
ヤンは無邪気に聞いた。
「プトレマイオスって何?」
バデーニは、ビックリした。
「君はプトレマイオスを知らないのか?!」
「うん……。」
「私は家庭教師に、こう教えてもらった。
プトレマイオスは、”アリストテレスの「地球を中心にして太陽がその周りを回っている」という天動説”の……。」
その時、ぐぅぅ、と二人のお腹が鳴る音がした。
バデーニは恥ずかしそうに頬を染め、身体を小さく丸め、膝を抱えた。
「えへへ……。バデーニくん、一緒にパンを食べる?」
ヤンは、カバンを探り、黒いパンとリンゴを取り出した。
「私、黒いパンを食べたことない。」
「え……。」
ヤンは絶句した。
「バデーニくんの口に合うか分からないけれど、食べてみるかい?」
「うん。」
バデーニは黒いパンを、一欠けら口に含んだ。
「うえぇ……。」
バデーニは、口からパンを吐き出した。
「不味いし、固い……。」
ヤンは怒った。
「吐き出さなくてもいいだろう?! 一週間前に焼いたパンだから、食べられるさ!!」
バデーニは驚愕した。
「一週間前!? 毎日、パンを焼かないのか!?」
ヤンは呆れた。
「……バデーニくんは、お坊ちゃまなんだね。」
「そうだけど、それが何か?」
「僕とは全然、違うんだなって。リンゴ食べる?」
「うん。リンゴなら、私でも食べられそうだ。」
バデーニは、ヤンから受け取ったリンゴを齧った。
「……。」
バデーニは、無言でリンゴをもぐもぐと噛んだ。
そして、目をつぶってゴクンと飲み込んだ。
「ど、どう?」
ドキドキしながら、ヤンはバデーニに感想を聞いた。
「焼かないリンゴは、酸っぱいな。」
「……。そうだね。」
(聞いた僕が馬鹿だった。)
「ヤンくん。これから、私の家に遊びに来ないか? ご馳走する。」
ヤンはビックリした。
「僕なんかが? 本当にいいの!?」
バデーニは頷いた。
「それに、君ともっと話がしたい。プトレマイオスの宇宙について、私が教えてあげよう。」
ヤンは目を輝かせた。
「ありがとう! 一緒に、月や太陽の不思議について話せる友達が欲しかったんだ!」
バデーニは頬を染めた。
「私も……、友達がずっと欲しかったんだ……。」
バデーニはそう言って、立ち上がろうとしてふら付いた。
「大丈夫?」
そう言って、ヤンはバデーニの身体を引き起こした。
繋いだ手の力の強さに、バデーニはびっくりした。
「君は、力持ちなんだな。」
「そうさ!毎日、剣術の稽古で鍛えているんだ。」
「ふふっ、じゃあ異端審問官に捕まりそうになったら、ヤン君に追い払ってもらおう。」
二人は笑いながら、並んで歩いて行った。
END