猫神「なんだ?それ」
闇慈の腕の中の生き物を見る。
「ん?猫」
「猫はわかってる。どうしてお前がそれを抱えてるのかって話をしてんだ」
それなりに大きなその猫はふてぶてしく闇慈の腕の中に納まり、ごろごろと喉を鳴らしている。
仕事というか出稼ぎというか、舞の帰りだったのだろう。
きちんと着込んだ着物の袷に猫が潜り込んで、闇慈が擽ったそうに笑う。
「こら、んなとこ舐めんなって。あぁ、これなぁ。今日舞わせてもらったご神木の化身っつーか、まぁそんなもんだ」
確かに猫は法力の塊のような存在だった。
ただ、問題はそこではない。
「そのご神木の化身がどうしてお前の腕に納まってんのかって聞いてんだがなぁ」
「どうも舞を気に入ってくれたみたいで。まぁ懐かれたというか、憑かれたというか」
「つまり、離れねぇんだな?」
「そういうこと」
梅喧の口から溜息が漏れる。
度々あるのだ。
すでに忘れられた神々を畏れ、敬い、慰めるこの男の舞を気に入り、取り込みたがる神と、それを連れ帰る闇慈。
大概は桁外れた法力を持つ闇慈を持て余すか、式神の絶龍に追い払われて元の場所に戻る。
忘れられて久しい神々は、神と雖も希薄な存在なのだ。
ただ、もちろん例外はいる。神は甘く見ていい存在ではないし、闇慈と長くいればいるほど神としての力を取り戻してしまう。
信仰が力ならば、それを畏れる闇慈の傍にいるのが一番手っ取り早い力の付け方なのだ。
「さっさと元の場所に返してこい」
懐いた猫がいつ爪を立てて闇慈を攫うか。梅喧とて神と戦いたくなどない。
「わーかったよ。あ、姐さんも行こうぜ。こいつの本体、酒の肴にはちょうど良さそうな見頃の梅なんだ」
「ほう。そんならちょいと花見酒でもするかぁ?」
「そうこなくっちゃ。ならいい酒探してくるから待っててくれ」
猫を置いて酒を探しに行く闇慈を見送る。
花見酒のついでに、人の物に手を出そうとした神への牽制でもしてやろうと猫を睨んだ。