夏の遊び「しーしがーみさーん!あっそびーましょー」
その一言と共に来訪した真経津は、その日は何をするわけでもなく獅子神の作った昼ご飯を当然のように食べながら来週の水曜日の町内夏祭りに浴衣で来るようにと厳命して帰っていった。
「浴衣、なぁ」
浴衣は、持っていた。
獅子神の体格に合わせた浴衣というのは残念ながらすぐに手に入る物ではなく、安物ではなくそれなりの生地のものを反物から作ったものを一着。
貯金を減らす意図で、家や車を買ったときに気まぐれで作ったもの。
着たことはなかった。
幼い頃、夏祭りに浴衣で遊びに行く約束をするクラスメイトを横目に見て、母さんに強請って、怒鳴られた。
そんなもの、アンタに要るわけがない。浴衣なんて似合わない。無駄。
似合わないから、身の程を知らないから、母さんは怒っている。
だから、浴衣は要らない。
そう思っていた。
母が獅子神にそんな金を使ってくれるはずもなかった。
大人になって、浴衣というものは金がかかると知った。
高いものだと知って、口座の金を減らすために買った。
一人で祭りに行く勇気はなくて、一度も着たことはなかった。
「園田、浴衣の着付けってできるか?」
「着付け、ですか?」
流石にできないとは言われたが、美容室でもやっているし、ネットで調べたら男性の浴衣は女性よりも単純だから、簡単に出来るものだと知った。
***
「あ、獅子神さんおそーい」
「貴方が遅いとは、珍しいな」
「遅刻した敬一くんには罰ゲームとして最初から-2点スタートだ」
「神を待たせるとはいい度胸だ」
「悪かったな、浴衣の着付けに時間かかっちまって。つか叶、-2点ってなんだ?」
真経津からは聞いていなかったが、今日の夏祭りは叶の仕事込みの配信らしい。
夏祭りに定番の金魚すくい、ヨーヨー釣り、射的などなどの競技ゲームプラス、誰が一番楽しそうに遊んでいたかを視聴者に決めてもらうらしい。
「お前の配信でやったらお前がトップに決まってんじゃねぇか」
「まあ、出来レースというやつだけどな」
「だろうな」
そう言いながら5人で夏祭りの出店をまわる。
獅子神にとってはこれが人生はじめての夏祭りで、テレビで見たことはあっても実際に来るのは初めてであった。
それも、友人と呼べる人間と一緒に。
「なあ、村雨、これなんだ?」
こそっと村雨に聞く。
最初に見つけたのは色々な動物やアニメのキャラクターだろうもののお面屋。
「ああ、お面だな。気になるならば買ってみればいい」
子供向けのアニメ作品のお面に混じって能面や動物の面が混じっている。
「これなど、貴方に似合いだと思うがな」
そう言って村雨が指さした狐の面を見る。
臆病な狐、と村雨によって自覚したばかりの獅子神にとって、確かに似合いだ。
それを他ならぬ村雨に指摘されるのは案外悪い気分がしなくて、テキ屋の兄ちゃんに頼んで狐の面と、あと少しだけ嫌がらせを込めてもう一つ、般若の面を村雨に渡す。
「機嫌が悪いときの先生にそっくりだからな」
笑いながら手渡すと、本当に般若の面と同じ顔で不機嫌そうに睨まれた。
お面を引っ掛けて他のメンバーと合流すると、「なんだ、ふたりともまだ配信が始まる前なのに随分と楽しんでいるじゃないか」
と叶に笑われた。
一応仕事として来ている以上、叶は祭りの運営に事前に許可を取っていたらしく、祭りでまわる店は事前にある程度決められていた。
「これ以外は行ってもいいけど撮影は不可だから得点にはならないからな!」
炎上商法でしか見てもらえない配信者など大した実力はない、と豪語していた叶は案外きっちりしている。
全員で指定の店を回りながらスーパーボールすくい、射的、輪投げ、金魚すくい、対戦できそうなゲームを一通りと、食べ物屋をまわる。
何味かもわからなさそうなカラフルな綿菓子、ぴかぴか光る玩具屋、物珍しそうに見る獅子神を皆微笑ましそうに見る。
「うん、これはオレも負けていられないぞ」
26歳にしてあの様子に、観測者のコメントには『ケイイチくん帰国子女?』『そもそもハーフとかでは?』『夏祭り初めてっぽいの可愛い』などなど、妙に高評価を叩き出している。
結局対戦物では真経津、叶、天堂、村雨が接戦、観測者投票では滑り出し好調の獅子神であったが、祭りの和太鼓体験を叩きに行った村雨、のど自慢ステージに飛び入りの叶の大逆転。
最終的には予想通り、叶の勝利という形で終わった。
「あー楽しかった」
祭りを満喫した5人は帰路に付く。
といっても、そのまま祭り会場から最も家が近い獅子神宅で朝まで遊ぶ予定だ。
もちろんそれも獅子神はさっき聞いた。
「着替えは…」
「この間獅子神さんち行ったときに獅子神さんが最近使ってない王冠部屋に全員分隠しといた」
「真経津てめぇ」
「夕飯は肉がいい」
「さっきまでお前出店でしこたま食ってなかったか?」
「あの程度の量で私の腹が満たされるとでも?」
「園田さんにお肉買っといてって言ってあるからちゃんと大丈夫だよ」
真経津の根回しから、祭り会場が獅子神宅に近かったのは意図的だったと知った。
「あと今日の配信をアーカイブに載せるから再チェックも必要だな!」
「家でやれ!」
「神は明日の朝ごはんにクロックムッシュを所望する」
「お前ら本当に自由だな」
なんたかんだいつもの流れに戻って、獅子神の夏祭りの夜が更けた。