だってこれは、ハッピーエンドなふたりのおはなし※Attention
プロバスケットボールプレイヤー×バスケ雑誌編集者
各キャラの未来捏造を多く含みます。
バスケ知識に間違いがあるかもしれません。あらかじめご了承ください。
また、年代的に無いはずのプロリーグが日本にある設定で書いてます。
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「宮城さん! 流川選手帰国するんですって!」
ずいっと後輩の見せてきた雑誌には【イケメンすぎるスーパーバスケットボールプレイヤー流川楓】と書かれた見出しと見出しに嘘偽りない、試合中の姿を切り取ったであろうユニフォーム姿の美丈夫が映っていた。
ディフェンスを抜け走りだす瞬間なのだろう、長いまつ毛に縁どられた意志の強そうな目が先を見つめている様子は強い闘志が感じられるいい写真だ。
「この試合私も見てたんですけどすごかったですよ流川選手!」
「そうなんだ」
「この後三人抜きしてそのままダンク決めたんです! 一人目を抜いた時のドリブルのテクニックが本当にやばくて!」
興奮気味に話す後輩へ「知ってる」という言葉は苦笑いの様な笑顔で呑み込んだ。
そう、オレはこの美しい男を知っている。
誌面に載っている様な力強い瞳は一番近くで見てきたし、クールと持て囃されるその表情の変化だってテレビ越しでも分かる。
インタビュー記事で語る、澄ましたこんなかっこいいだけじゃない意外にガキっぽい所も甘えたな部分も知っている。
コートの上だけじゃない。好きなものを見つめるときの優しい顔も特別な時にだけみせる柔らかい笑い方だって全部、知ってる。
全部、たぶん流川の事をオレは他の人よりもたくさん知っている。
なんせこの男はオレの『元カレ』なんで。
――まぁ、そんな事言えるはずもなくオレは後輩の語る流川の顔美しさやプレーの素晴らしさにうんうんと頷くしかなかった。
「いいな~流川選手のインタビュー行きたいな~」
「来シーズンにむけてとかで記事組めんじゃね? 編集長に頼んでみれば?」
「え~多分そうなったらあの人自分で行きますよ! 仙道選手の時だって毎回編集長が行くじゃないですか」
「あれはもう仙道さんに人生狂わされてるよね」
はは、と自分たちが高校の時、まだ記者だった編集長がずっと仙道を追いかけていた姿を思い出す。彼女の見る目は確かで仙道は今や日本バスケ界を牽引するひとりだ。
この前は編集長がどうしても外せない会議でオレが仙道の取材に行ったが昔と変わらず飄々と食えない男だった。
『流川は元気にしてるか?』なんてオレたちの関係を知っているくせに悪気の無い笑顔で意地の悪い質問をしてきたところも。
そんな事を思い出していれば「でも」と後輩が残念そうな声を出した。
「流川選手ってあんま取材うけないですよね」
「そういうの興味ねぇんだろ」
「浮いた噂も無いしバスケ一筋って感じしますもんねぇ」
「……だね」
渡された雑誌を、ペラとめくると次のページにはシュートを決める瞬間の流川の写真が載っていた。
彼が一番美しいのはこの瞬間だとオレも知っている。
流川がオレの出したパスでシュートを決めるのが嬉しかった。あいつからパスを求められるのが嬉しかった。
思い出せばあれが恋のはじまりだったのかもしれない。
恋なんて呼べるほど完成した感情では無かったがきっとはじまりはそうだった。
*
告られたのは流川からだった。
高校の卒業式の日『好きです』と試合中の時のような真剣な目で見つめられオレは間抜けな顔で『はぁ?』と返したのを覚えている。
流川はそれに、ムッと口を尖らせ『付き合ってください』と不貞腐れたまま言うものだから告白する奴の態度じゃなさすぎて思わず笑ってしまった。
それにまた流川は不機嫌になり、ジッとオレの方を鋭い目つきで睨んできて『オレ今告白されてるんだよな?』と困惑した。
――冗談か? と思ったがそんな性質の悪い事をする奴では無いし、何より見上げた先、黒髪に隠れた流川の耳が見たことないほど赤くなっていて緊張からか手も固く握られていたのを見てそれが冗談でもなんでもなく流川の一世一代の告白でその相手は間違いなく自分なのだと自覚させられてしまった。
オレはバクバクになる心臓を悟られない様いつも通りの表情を心掛けたが出来ていたかなんて分からない。
でも淡い色の桜が舞い散る中流川の耳の方が真っ赤じゃんなんて思ったらそんな姿が可愛くてどうしようもなかった。
なぁ、流川と声をかけると、じとりとオレを見てくるものだから、だからそれ告る相手に向ける目じゃねぇぞとオレはまた笑いながら『あぁ、オレもこいつ好きかも』なんてぼんやり思った。
『でもオレアメリカ行くぜ?』
『オレも来年行くから関係ねぇ』
『遠距離じゃん。オレ恋人とは一緒にいたい派なんだけど』
意地悪をした自覚はある。なんて答えるのだろう。そう思い流川を見れば眉をひそめて『それなら』と低く唸った。
『来年また告るからそん時OKして下さい』
一瞬何も言えなくなって流川を見ると少しだけ潤んだ瞳に春の桜が反射していた。苦しそうな、しかしどこか期待する様な表情の、恋する美しい男がそこにいた。
来年も、してくれるのか。
あのバスケ一筋の流川楓の中にまた一年オレを居続けさせてくれるのか。
しあわせと喜びと、ふつふつと沸くあたたかな気持ちになぜか泣いてしまいそうになって誤魔化す様に茶化した声を出した。
『OK一択かよ』
『だってあんたもオレの事好きでしょ』
一発KO。その時の流川の顔は忘れない。目を丸くするオレに勝ち誇った様な顔で『来年楽しみにしてます』と微笑んだ。
お前こんな顔で笑えたのかよ。流川の親衛隊が見たら倒れてしまうだろう微笑みをオレはのちの一年、何回も思い出して悶える羽目になった。
というか今も忘れられないしあの後マジでアメリカで告られて三年付き合った。アッという間の三年だった。
一年燻らせた恋心は思っていたよりも重症だったらしく気づけば一緒に住んでバスケしてセックスしてバスケして勉強してバスケしてセックスして。
楽しかったし幸せだったのは間違いない。あの流川楓にあれだけ愛されて不満など出るはずが無い。
朝、先に起きて長いまつ毛が震え流川が目をあける瞬間を待つのが好きだった。
オレの作る飯をリスみたいに頬張って旨そうに食う流川が好きだった。バスケをしている時はもちろん、大きな手がオレの首筋を撫でるとき、優しい瞳で見つめられる時、すべてが大好きだった。
じゃあなぜ別れたのかと聞かれれば答えは簡単で。
流川楓の人生にバスケ以外が組み込まれる事にオレがだんだんと不安になってしまったのだ。
きっとその不安は最初からあった。しかし流川といる事が心地よすぎて見ないふりをしてきた。それがじわりじわりとインクの染みが広がる様に気づけばオレの弱い部分に染み込んでいた。
そんな不安が誤魔化しきれなくなりつつあった三年目のある日、オレが熱を出し大学を休めばそれをどこから聞いたのか流川が練習を切り上げて帰ってきてくれた。
店員に言われるがまま買ってきただろう薬や飲み物の入った袋を下げて焦った顔で帰ってきた流川を見てオレは熱で朦朧とした頭が急激に冷えていくのを感じていた。
オレはそれが酷く恐ろしかったのだ。オレよりバスケを優先しなかった流川楓が、怖くなってしまった。
『何帰って来てんだ……! 早く練習戻れ!』
本気で怒鳴ったオレに目を見開いた流川は傷ついた顔をした。流川の顎から伝う汗に彼が急いで帰ってきてくれた事が分かる。
流川は普段ドラックストアなんて行かないだろうし、こっちじゃあ日本と違って薬もパッケージだけじゃ何に効くか分かりづらい、それでも流川はオレの為に慣れない事をしてこうやって今、目の前にいてくれているのだ。
そんな自分のためにしてくれた行動が嬉しくて仕方ないのにそれが恐ろしくて、熱でぐちゃぐちゃの頭が更にぐちゃぐちゃになった。
熱のせいにしてオレはそのまま流川に酷い事を言った気がする。
それを流川は全部黙って聞いていて、全部言い切って喉がヒリヒリと痛むオレに『すみませんでした』と低い声で呟いて枕元に買ってきてくれたペットボトルを置いて部屋を出て行った。
出る間際、ちらりとこちら見た流川の目はオレがあんなに酷い事を言ったのにそれでも優しく愛しいものを見る目のままで『行かないで、傍にいてくれ』と言いたくなってしまう。
バタンと重たい扉が締まって、荒い呼吸がだんだんと落ち着いてくると涙がボロボロと零れてきた。
あんな酷い事を言って流川がもう戻って来なかったら。そんな後悔はもう痛いほど知ってる胸がズキンズキンと痛み、それにひとり布団にくるまって耐えた。
それでも流川は帰ってきた。
夜になっていたから多分練習に戻ってから帰ってきたのだろう。寝たふりをするオレの額に手をあてて、ホッとした様に息を吐く音が聞こえた。
そうして治ってからもぎくしゃくとするオレに流川はいつも通りだった。変わらず愛してくれた。
それがオレはもっと怖くて、時折泣いてしまいそうなほど苦しかった。
オレの事なんてついでの様に扱ってくれたら楽だったのに。お前のバスケ人生のおまけ程度に。
愛されることがこんなに怖いなんて思わなかった。
大学も卒業に近づき、こちらでの生活もちょうどおわりに近づいていたのでオレは流川に黙って帰国の準備を進めた。
バスケットプレイヤーとしてはとても充実した生活を送れたと思う。
フィジカルだけじゃなくテクニックでも圧倒的な選手ばかりのアメリカという国でバスケができた事は本当に素晴らしい経験になった。
最初はオレの事を舐めてスラングを飛ばして煽ってきたチームメイトも最後には『帰らないでくれリョータ!』と抱き合うほどの仲間になれた。
こちらでできた仲間といえば大学は違ったがなんだかんだ気が合い良い友人になった沢北なんかは『え!? リョータこっちでプロになるんじゃないの!?』と本気で驚いていた。そしてわんわんと泣かれた。
泣きながらオレを抱きしめる沢北を宥めながら『こいつにもそう思われるくらいオレは通用していたのか』と誇らしい気持ちになる。
ただこちらでプロのバスケ選手として生活するにはまだ難しい点も多かった。
バスケの技術、という点では無く海外でバスケだけで生計を立て続けるという点について日本には前例が少なくそれに対する仕組みも整ってなかった。留学だっていろんな情報をかき集め、安西先生やいろんな人に相談してなんとか実現できたことだ。
だから何か自分の経験を生かしてもっと海外へ挑戦をしやすい環境を作れないか、そういった活動を日本で出来ないかと考えたのだ。オレなりに何かバスケに恩返しがしたい、そう考えながら日本に帰る事を決心した。
そうしてオレが流川に帰国と別れを伝えたのはフライトの二週間前だった。
『別れよ流川』
流川が起きるのを待って抱きしめられた腕の中告げた。
昨日もセックスした相手からまさかそんな事言われると思ってなかったのか寝起きの流川は幼い顔で目をしぱしぱさせながら泣きそうな顔をした。
昨日の獣みたいな顔がこんな風になるなんてこいつもだいぶ表情筋が育ったな、なんて感心しながらオレは大分すっきりした気持ちだった。
流川の寝起きが悪いのを分かっているのでオレはそのまま腕を抜け出すと準備していた荷物を持って家を飛び出した。
そこからそのまま沢北の家に帰国の日まで居候させてもらったのだが、やはりすぐ居場所はバレて何度か流川が押しかけてきて言い合いになったが(沢北はその度にげんなりとした顔をしていた)
結局平行線の話合いに飽きたのか流川は不機嫌を隠さない顔のまま帰国の際には空港まで見送りに来てくれた。
『どあほう』
高校の頃花道に対してよく言っていたあの口癖を久しぶりに聞いた。
オレの目を見てそう拗ねたように口を尖らせていう流川に『応援してるぞ』と拳で胸を叩けば不機嫌そうだった顔は更に眉をひそめ顔を逸らした。
それが流川に会った最後だった。
*
「流川選手に取材申し込んだら『宮城さんなら受ける』って連絡が返ってきたのよ」
だからよろしくね、と編集長はにっこりと笑った。
「いや、え、オレっスか?」
「何か変かしら? 元チームメイトだしあの流川君ならその位言いそうじゃない?」
「いや、あの」と言い訳を探そうとするが指名されてしまえば仕事として逃げる事は出来ない。
あんにゃろう、と涼しい美貌を思い出すがどこかで少し喜んでいる自分がいるのも事実だった。
流川とはあれ以来会う機会も無ければ連絡も無かったので一度も会っていない。
バスケ部の集まりにもやはり海外という事もあり顔を出すことは無かったしオフシーズンに流川がこうやって帰ってくるのは多分はじめての事だった。
会いたくなかったわけでは無いが気まずい気持ちがあったのも事実なのでこうやって仕事として会えるならちょうどいいかもしれない。
あれから三年、バクバクと鳴る心臓に平気な顔をして「了解です」と返事をした。
*
といってもやっぱり二人きりは気まずいしかといって……と悩んでいたのだがちょうどスポーツライターとして活躍している彦一の手が空いていると知ったので『カメラマンとして同席してほしい!』と頼み込んで二人での取材となった。
流川には知らせていないがオレが取材する事には変わりないし……と言い訳をして当日を迎え、楽しみだった気持ちが不安と憂鬱に変わり吐き気を耐え現場へ向かう。
今回はカフェでインタビューと撮影後近くのストリートのバスケコートで動きのある写真の撮影という事になっていたのでそのカフェへ向かった。
駅で一緒になった彦一には「どないしたんですか宮城さん! えらい顔色悪いですよ!?」と驚かれてしまったが、それに苦笑いで返事しながら流川に会うまでにはなんでもない顔にしないとと腹に力をいれた。
シンプルな店内だが都会的な清潔さのあるそのカフェはバスケの帰りに何度か立ち寄っていることもあり店長とも顔見知りなため撮影も快くOKしてくれた。
ただ娘さんが流川のファンらしく『サインが欲しいから宮城君頼んでおねがい!』と言われた事についてはオレも流川に交渉できるか不安な点である。
なんせ元カレといっても三年会ってないのだ。まだ若かったアイツはもう立派な大人になっているだろうし、もしかしたらオレと付き合った事を若気のいたりなんて思っているかもしれない。
黒歴史にされてたらつれぇな……なんて思いながら彦一と質問の見直しやこの前赤木の旦那がコーチを務める大学の練習を取材した話などを聞いていれば、カランとドアベルが鳴った。
「いらっしゃ……いませ」
店長の声が感嘆の様な吐息で終わる。
入口を見ればそこには三年前よりも色気という面でだいぶ成長したカジュアルなジャケット姿の流川がいた。
身長も少し伸びただろうか、身体の厚みも前とは違う。
ジャパニーズビューティと持て囃されているさらさらの黒髪の合間から覗く涼やかな目元は変わらず長いまつ毛が影を作っており神秘的な印象を与えていた。
店長は生の流川の姿に感動した様に目を丸くしている。
オレも流川の名前を呼ぼうとしたが声が出なかった。流川がいる。それに自分の胸がこんなに震えるなんて予想してなかったのだ。
先に声を出したのは彦一だった。
「お久しぶりです流川さん! 相田彦一です!」
流川は彦一を一瞥するとオレの方を向いた。さっきまでの人形の様に無表情だった顔が不機嫌そうに歪む。
「オレ先輩なら取材受けるって言いましたよね」
子供のわがままの様な言い方に笑ってしまった。見た目の色気は大分増したが変わってない部分もあるようだ。
「彦一はカメラマン、取材はオレがさせてもらいます」
流川へ名刺を渡し席へ案内する。好みが変わってなければアイスコーヒーの氷少な目シロップ一個だなと思いそれでいいか聞けば流川は少しだけ驚いたように目を開いてそして「……ス」と肯定とも否定ともつかないような声で返事をした。
「レギュラーシーズンはお疲れ様でした。先日の大会も素晴らしい活躍でしたね」
インタビュー前の軽い雑談でもと思えば流川はじとりとこちらを睨んでいる。そんな顔も様になるんだから本当イケメンだなお前。
「……何か?」
「……それやめて欲しい」
「……それとは?」
「敬語、いつもの感じがいいです」
「……いやこれ仕事なんで」
外回り用の笑顔でにっこりと切り捨てれば流川は不機嫌そうに舌打ちをした。いや、こいつ見た目ばっかり大人になって中身ぜんぜん流川楓まんまじゃねぇか。
オレと流川の険悪な雰囲気を感じた彦一が焦った様に割って入った。
「あ! 宮城さんもし僕のこと気にしてはるんなら気にしないでくださいね! お二人が元チームメイトでアメリカではルームシェアしてたのもしっとりますし! 仕事とは言え流川さんもそっちの方が答えやすければ宮城さんもぜひいつも通りに話してください!」
関西のイントネーションでまくしたてる様に言い切られてしまい、流川も、そうだそうだと言いたげな目でこちらを見ている。
こうなるとこちらが意地を張る方が不利だし意固地になっているようで恥ずかしくもある。
「……分かったよ、これでいいんだろ」
しぶしぶといった風に口調を戻せば途端に昔に戻った様な気持ちになった。流川と朝も夜もずっと一緒にいたあの日々に。
あの時もこうやってアイスコーヒーをふたりで飲んでいろんな話をした。
流川はオレが口調を戻した事にいくらか機嫌をよくしたのか眉間のしわは消えていてこちらを、ジッと見ていた。
「じゃあインタビューはじめていいか?」
「……ウス」
カチッとボイスレコーダーのスイッチを入れるとオレは流川に向き合った。
*
「じゃあ次は外での撮影なんでちょっと移動しますね、といってもこっから五分もしないとこなんで僕先行って準備してきます」
「ん、悪いな彦一」
「いえいえ! お二人は積もる話もあるでしょうしゆっくり来てください!」
そんな風に気を使われ、から笑いで返して彦一を見送ると店長がよければとアイスコーヒーのおかわりを持ってきてくれた。流川に気づかれない様ウィンクをしてきて「これはサインの催促だな」と頼まれごとを思い出す。
アイスコーヒーを置きながら店長はそわそわと流川を見た。
「お二人ってルームシェアされてたんですね」
「あはは、まぁこいつ生活能力皆無で見てらんなかったってのもあるし、見ての通りバスケの能力はピカイチなんでその事だけ考えて欲しかったってのもありましたしね」
さっきの会話が聞こえていたのか。別に隠していたわけもなんでも無いがヤル事ヤってたわけではあるし流川が何か余計な事を言う前にオレが店長へ返事をした。
「へ~愛がありますね」
そんなオレの言葉に店長は感心した様にオレたちの顔を交互に見るが流川は納得いかない様にオレを見ていた。
「オレの事置いて行ったケド」
拗ねたような言い方にちょっと心を揺らされつつ「余計な事を言うな」とも思いながら誤魔化すように流川に笑いかける。
「言い方な。あ、流川、店長の娘さんがお前のファンらしくて一枚サイン書いてほしいんだけどそういうの駄目?」
「別にいいスよ」
「本当に! ありがと~! 娘は君の大ファンなんだよ!」
「ざす」
色紙をもらいさらさらとそこに慣れた手つきでサインをする流川になんだかやはりあの頃とは違いスターなのだと感じる。
日本でこれだけ人気ならあっちではもっとスター扱いだろう。なんてたってオールスターゲームに二年連続選ばれる男だ。
恋人とかいるんかな、とつい指を見ていれば「先輩もサインいる?」と聞かればーかと返事をした。
*
カフェを出るとさんさんと降り注ぐ日差しが眩しくて目を細めた。サングラス持ってくれば良かったなと思えば、ヌッと影が出来る。
流川が隣に並んだ事でオレに影が出来たのだと分かりありがたくその影に入れてもらいながらコートへ向かった。
「この前の試合すごかったじゃん」
「どれ」
「〇〇との試合、お前が三人抜いてダンクしたやつ」
「あぁ……」
思い出したように斜め上を見る流川にあんなすごいプレーしといて忘れてんなよと軽く胸を叩けば流川は、フッと笑った。
「見てくれてんスね」
「お前ねオレバスケの雑誌編集だぞ。そりゃ見るだろ」
多分流川のはこの仕事じゃなくても見ていただろうけど、とは言わず流川を覗き込むとまた口を尖らせていた。
「沢北のも見てんの」
「あ? あぁまぁなアイツPGも様になってきたよな」
「……」
露骨に無言になった流川にそういえばこいつと沢北はむこうにいた時もなんだかんだとコート外でも小競り合いをしていたなと思いだす。
流川にとって同郷のライバルがいるというのは良い刺激になったのだろう。しかも相手は沢北という素晴らしいプレイヤーだ。花道とは違う意味で沢北は流川といいライバルの様に見えた。
「あ、そういえば花道とは会ってねぇの?」
日本のプロリーグで活躍後アメリカへ乗り込んだ花道はサマーリーグから参戦し、そこで今のチームから指名を受け今は向こうでピカピカのバスケットプレイヤー一年目を過ごしている。
花道とは定期的に連絡をとっているので近況は知っているがそういえば流川の話は出てこなかったなと思った。
「今アイツの話必要スか?」
ムと口を尖らせ嫌そうな顔をする流川に「お前らむこうでも仲悪いの? 日本人少ねぇんだから仲良くしろよ」と言えば「どあほうとは時々ワンオンワンする」という驚きの事実が返ってきた。
高校でもお互いを認め合っている雰囲気はだしていたが今も上手く(?)やっている様で安心する。二人は近くにいた方がお互いを高め合う上でも良いのだろう。
思わず嬉しくなって笑っていたら流川がオレの手を引いた。
「どあほうはよく先輩の話をオレにしてくる」
「へ、あぁ花道しょっちゅう連絡寄越すからな」
「……オレにはくれなかったじゃないスか」
「いや、どんなツラでお前に連絡すんだよ」
オレからフッた相手に、そうは言えず流川を見ればしょぼくれた犬みたいな顔でこちらを見ていたので「もしかして連絡待ってたんかコイツ?」と胸がそわりと浮足立つ。
「悪かったよ、でもお前もしなかったじゃんオレに連絡」
そういうと流川は「先輩が先にするべき」とまた不機嫌そうに口を尖らせた。
「なんじゃそら」
声を出して笑う。不思議とずっと胸にあったしこりのようなものが溶けていくのを感じた。
流川とこうしてまた笑えるのが嬉しくて胸がぽかぽかと温かい。
もうすぐコートについてしまう。
もう少し話していたかったなと思うと自然と歩みが遅くなった。
夏の暑い日差しの中、流川もオレに合わせてゆっくり歩いてくれていた。
*
「怪我すると大変ですしシュートシーンと全身の立ち姿撮らしてもろて今日は終わりです!」
こくりと頷いた流川はジャケットを脱いで傍のベンチにかける。
元々綺麗な顔のわりにごつい身体の男だったが脱ぐとそれが更に感じられた。
そういえば昔アレに抱かれてたのか……なんて思えばその時の事を思い出してしまいかけて慌てて顔を振りやらしい思い出をかき消す。
「流川」
る、の時点でオレの声に反応してこちらを向いていた流川はボールを持ったまま近寄ってきた。
「屈んで、髪軽く直すわ」
そこまで乱れて無いが一応と言えば流川は何も言わずオレに頭を差し出すので犬みてぇと思いながらサイドの髪を後ろへ手櫛で何度かとかしてやるとちらりとこちらを見上げてきた瞳と目が合った。
凪いだ瞳がオレを映している。穏やかで優しい顔だった。
「……おし、もういいぞ」
その顔を見ていたらなんだかそわそわとして耳が熱くなるのを感じ流川の腕を叩き背筋を伸ばさせる。
「かっけぇですか」
「お前?」
こくりと頷くから何を今更と笑ってやった。
「お前以上の男前はそうそういねぇよ」
その言葉に流川にしては嬉しそうに微笑んだ。瞳は優しいままでその顔に見惚れてしまって更に耳が熱を持つのを感じた。
「ねぇ、先輩パスだして」
「……シュート決めるだけだからパスいらねーだろ」
「先輩からのパス欲しいス」
譲らないと口を引き結んだ流川にこうなるとひかねぇなと思い分かったよとオレもスーツを脱いで腕をまくった。
彦一の「じゃあ流川さん、ここからお願いします」という声で流川がシュートエリアに立つ。
コートの中で流川を見たのは久しぶりだった。
いつもオレにパスをくれとみつめてきた意志の強い瞳が試合でもないのにオレを見ている。
「先輩からのパス欲しいス」なんて高校の時だって言わなかったくせに。
心の中が流川でいっぱいになって口許がニヤけてしまう。
ストリートではずっとやってたからボールの感触自体は全然久しぶりでも無いのに流川にパスを出すというだけで少しだけ手が震えた。
嬉しくて、武者震いの様な震えだった。
オレの放ったパスを受け流川はジャンプシュートを決める。
その瞳はボールとゴールだけをきらきらと見つめていて、オレの一番好きな流川楓がそこにいた。
それをこの位置でもう見ることなど無いと思っていたのに。オレは嬉しくて何故か涙が出そうになるのを目に力を入れ耐えた。
綺麗な放物線を描いたボールはそのままゴールへ吸い込まれる。
「ナイシュッ」
手を出せば流川は、パチンと手のひらを合わせてくれた。
昔、シュートを決めた流川に『もっと嬉しそうにしろい!』と言った事を気にしていたのかあれからいいシュートが決まると時々流川は手を合わせてくれるようになった。
高校の時だから付き合う前の話だ。素晴らしいシュートに見惚れてハイタッチを忘れていれば流川か『ん』と手を出してくることもあった。そうやってだんだんと懐くこいつが可愛くて仕方が無かったのを思い出す。
かっこいいくせして可愛いんだもんなぁ……。見上げた顔は褒められた犬の様に満足気だった。
*
「じゃあ次ゴールを背景に全身撮りますね、せっかくだからジャケット無しで先撮ります」
「ボールどうぞ!」と彦一に渡された流川は慣れたようにボールを小脇に抱え一度、彦一のカメラを見た。
レンズ越しにはどう見えているのだろうこの最高の被写体は。今から写真のチェックを楽しみにしながらその様子を見ていると流川が突然こちらを向いた。
バチッと目が合ったままなかなか流川は目を逸らさない。
彦一が困った様な顔をしたので「流川オレじゃなくてあっち、カメラ見ろ」と言えば流川はなぜか大きなため息を吐いてカメラへ向き直った。
長い足を肩幅くらいに開き、顔を若干下に向けたまま目線だけをカメラへ向ける。
オレなら睨んでると言われてるなと思う顔も流川がすればセクシーになるのだから本当に顔面が強い男だ。
時々こちらを見る流川にヤジの如く「イケメン!」「かっこいい!」などと言っていたのだが「惚れちゃう!」と叫んだあたりで流川が、キッとこちらを睨み「どあほう」とでもいいたげな顔をしたので静かに見守る事にした。
*
「次ジャケット羽織りましょうか」
彦一の提案でベンチにかかってた流川のジャケットを持って近寄れば流川がオレに背を向けたので、あぁと納得しジャケットを広げ袖を通してやる。
広い背中、と思いながら流川を見ていればそのまま振り返った流川がオレに「どっスか」と言ってきた。
「いいジャケットだな、お前気にしねぇだろうけどこのブランド今流行ってんだぜ」
「……」
「流川?」
「オレは?」
オレは? その問いかけにしばらく何のことか分からず流川と見つめ合いながらはてなを浮かべていたが、ムスッと口を尖らせた流川にあぁ! と笑いながら肩を叩いた。本当に可愛い男だよお前。
「うん、似合ってるすげぇかっけぇよ」
満足気な顔をした流川はまだ何か期待する様にオレを見た。
「惚れました?」
「……え」
流川の目がオレをじっとみつめ答えを待っている。
その言葉に、ジンと胸が痛んだ。
あぁそうかオレはまだ流川を好きなんだ。
自覚してしまえばじくじくと痛みだした胸と鼻の奥の痛み、気を抜けばせりあがってきそうな涙を左手をぎゅっと握り耐える。
仕事だから、なんて言い訳をして会わなければよかった。
捨てるなんて出来なくて心の奥のずっと深い所にしまい込んだはずの気持ちが本人を目の前にしたらこうも簡単にひきずりだされてしまう。
こんなみっともなく執着してしまう位ならあの美しい三年間でこんな気持ち燃やし尽くしてしまえばよかったのだ。
そうすればきっと今だってなんでもなく返事できたはずなのに。
「……ばーか」
もう惚れてるよ、ずっと。なんて言えるはずも無いのでオレはかっこわるく笑いながら誤魔化した。
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【サンプルはここまでになります。
セックスシーンのある小説になりますので当日は年齢確認ができるものをご持参ください。】