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    サクライロ

    【2023.10.4】
    諸々検討の結果、ポイピクの投稿を停止することに致しました。後日アカウントを削除します。
    ご覧くださった方、リアクションをくださった皆様。本当にありがとうございました!
    今後はくるっぷ+pixivにて細々活動していきます。
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    サクライロ

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    死ぬ病も途中なのに、いちゃらぶに飢えて書き殴って参りました。多忙な新年のお話。いい加減皆様には食傷気味かもしれませんが…🤣
    本音は「姫始めさせたい🤤💕」でしたので、この一万字はその前座だったりして。メリバ世界線ではなく、BA本筋上のafterです。欲を言えば、20歳頃に比べてパパス体型に近づいたがっしりテュールといちゃつくフローラとか絵で見たいよねぇ。描き初めしようぜ私!←今更⁉︎

    ##小説
    ##主フロ

    降り積む日月【BA after・新年エピ】 年明けは例年慌ただしく感じていたけど、まさか、ここまで忙しくなるとは。
     グランバニアばかりが出向くことに異を唱える者もいるが、そこは半世紀も世間を騒がせた負い目もあるし、ルーラ……転移自在の古代魔法を継承しているのが実質僕とルナだけなのだから、致し方ない部分もある。
     そのルナも、今年はついにラインハットへと輿入れする。
     これまで彼女の能力に大いに助けられてきた事実を痛感するとともに、少しずつ上向いてきた人間世界の情勢と、その歯車に否応無しに組み込まれている自分達の存在感を改めて認識せざるを得ない。
     魔王の脅威を退けて六年。新年の祝祭は各地で年々賑わいを見せ、親交のある地域からはこぞって祭典への誘いをいただく。加えてルナは婚礼前からほとんどラインハットの儀礼式典にかかりきりで、ようやく王政を軌道に乗せたばかりの僕らは、大わらわで新年を迎えることとなった。まだ幼い下の弟妹達はサンチョと乳母達に預けて、僕とフローラ、リオがそれぞれ自国の式典をこなしながらも各地のお招きに応じるという、てんやわんやの数日間を送っていたのだった。
     昨年は特に色々あって、ルナの婚礼に関しても、本当はもっと準備期間を設けてやりたかった。けれど、リオが長年の想い人をついに口説き落としたことで事情が変わった。どうしても彼女じゃなくちゃ嫌だ、けれど実子を諦めたくないと主張する息子に数年挙式を待てとは言えない。さりとてラインハットとも以前から話を進めていた手前、延期するわけにいかないし。めでたいことなのだけど、それは全然構わないのだけど!
     新年の祭礼が落ち着いたら、程なくリオは継承の儀を行うことになるだろう。
     リオのことだから王太子のままがいいって言いそうだけど、コリンズが婚礼とほぼ同時に即位することを考えると、恐らくこちらも同様のタイミングで譲位してしまった方が角が立たない。寧ろグランバニアこそ、いつ勇者様は王になられるのかって散々噂されているんだよね。……ビアンカには、まぁ、頑張ってもらって……
     子供が大人になるのはあっという間だ。ついこの間生まれたと思ったアルスがもうすぐ六歳になる。感慨に耽る間もなく、子供達はそれぞれの人生へと巣立っていく。
     でも、こんなふうに今、彼らの人生を見守っていられることは、僕らにとってものすごい幸運なのだとも思う。
     平穏は突然脅かされる。これからだって、いつ何が起こるか誰にもわからない。僕みたいな奴はやっぱり、未曾有の騒乱で命を落としそうだとも思う。だからこそ。
     せめて、命ある限りは、守る力を。
     力及ばず喪う後悔なんて、もう絶対にしたくないから。
     これから久方ぶりに母国へ帰還する。その数日後にはラインハット王国との会談が待っている。今夜は少しゆっくりできたらいい、そんな淡い期待を抱きつつ、長く世話になった砂の国の人々に別れを告げて。
     真っ白な冬の太陽が、滑らかな砂地に影を落としていく。
     そういえば初めてテルパドールを訪れた時も、ちょうど年の瀬で日が短かったんだっけ。
     懐かしい記憶をふと思い出しながら、母国から連れてきた従者達と魔物達を魔法陣へと引き入れる。最後に深く一礼して、僕はこの地に於いて特別に許されて久しい転移魔法を厳かに唱えた。


    ◇◇◇


    「さっ…………すがに、疲れた」
     何日ぶりに戻ってきたやら。グランバニア城の自室、その寝台に腰を落ち着け、襟をゆるめた瞬間重い息が漏れた。出迎えてくれたフローラが心配そうに僕を覗き込む。
     王族の中でもいち早く、年明け直後に帰城していたフローラは、僕の代わりにグランバニア城内を良くまとめてくれていた。その合間に、甘えたい盛りの子供達の世話もしている。乳母達に任せて構わないのだけど、上の双子をちゃんと育ててやれなかった所為か、フローラは自分にできる世話はどんなに些細なことでもやりたいと言う。放っておくと夜半の授乳の後、睡眠時間を削りに削って替えたてのおしめを手ずから洗い始める始末。
     どうにか王妃を捕まえて休ませてくれまいかと、何度サンチョや女官達から泣きつかれたか知れない。
    「フローラはどう? 無理してない?」
    「大丈夫ですわ。皆様、とても気遣ってくださいますし」
     にこやかに答えた妻の向こうで女官が静かに頷く。フローラの『大丈夫』も大概信用ならないが、近年はこうして側仕えの第三者が客観的な評価を下してくれるようになった。決して僕らに甘くないクロエ女史が肯定したなら、今回は本当に安心していいということだ。
     つまりはそれほどこの一点において、僕ら夫婦が信用されていないという話である。
    「アルス達は寝たばかりなんだっけ」
    「はい。あと一刻半は起きないと思います」
     穏やかに頷いたフローラに微笑みを返し、手招きした。首を傾げたフローラが僕の隣に腰を下ろして、その身体を、包み込むように抱きしめる。
    「へ、陛下……?」
     うん。真っ昼間からごめん。でももう、君に触れないとどうにも調子が出なくて。
     答える代わり、妻の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。つい腕に力が篭ってしまい、フローラが切なげに身を捩る。くすくす笑いながら力を緩めて、顔色ひとつ変えず部屋の隅に佇む女官に声をかけた。
    「悪いけど、しばらく外してもらっていい? ……出来れば、夕方まで」
     言い終わるより早くため息をつき、察しがいい女官は僕に囚われた王妃をちらりと見遣った。この後の予定に支障がないか、これだけで読み取ってくれるのだからつくづく有能な侍女である。
     どうやら問題はなさそうだが、同じく僕の目的を感じ取ったフローラは女官の冷静な視線の手前、微かに赤面して俯いた。
    「二週間だよ。もう限界。フローラが足りなくて、枯れそう」
     冷めた視線には気づかないふりをして、年甲斐ないわがままを主張する。困惑するフローラに控えめな苦笑をひとつこぼし、馴染みの女官は恭しく会釈をして退室していった。
    「フローラは、平気だった?」
     音もなく閉まる扉を見届けて、二人きりになった王の寝室で。妻のこめかみに唇を近づけて囁くと、白いうなじがふぁっと薄桃に染まった。眉尻を下げたフローラが腕の中から僕を見上げる。甘い花の香りが媚薬のように鼻腔をくすぐって、すぐにでも君を貪りたくなってしまう。
     恥ずかしそうに視線を泳がせて、フローラは僕の胸板に額を押し当て、囁いた。
    「へ、いきじゃ、ありません……でした」
     とく、とくんと、背中に添わせた掌から伝わってくる。
     僕を想う彼女の音が、皮膚を介して、僕の静かな興奮と混ざりあい溶けていく。
    「あなたに、お会いできなくて……寂しくて……」
    「うん。僕も」
     さらり、碧い髪を梳くと、フローラは野薔薇色の頬を恥ずかしそうに綻ばせた。
     肉体年齢は二十代後半にさしかかった彼女だけれど、この初々しさ、少女のような無垢さはどれだけ時間が経っても、肌を重ねても変わらない。
     正直、このまま押し倒したくてたまらなかったけど。
     向かい合った唇をほんの一瞬ついばんで、やっと彼女を解放する。頬を染め目を瞬かせる君に笑いかけながら、その太腿を軽く叩いて見せた。意図を察したフローラが優しく頷くのを見て、仰向けにことんと頭を預けた。
    「だから、少しだけ甘えさせて? 僕の最愛の奥さん」
    「もう……」
     困ったようにもう一度笑い、フローラは膝に埋めた僕の黒髪をそっと撫でる。「お疲れ様です。テュールさん」と耳許に降る鈴のような優しい響きに、凝り固まった疲労感が緩やかに解きほぐされてゆく。
     ああ、ものすごく、気持ちいいな。
     本当は、ほんの短時間でももっと深く君の熱を感じたかったし、隙あらば今年初めの睦ごとを、なんて下心もあった。
     けれど、こうして君の香に包まれながらやわらかい膝を借りていると、この上ない幸福感に包まれて。僕のしょうもない欲望なんて、どうでも良くなってくる。
     胸許に置かれた小さな手に指を絡め、暫しうとうとする。
     ほんの束の間だったが、ふと、額を撫でてくれている方の手が止まっていることに気がついた。
     責めたかったわけじゃない。ただなんとなく、寂しさを感じてしまったのだと思う。
    「──……、フローラ?」
    「ご、ごめん、なさい。あの」
     存外に、甘えた声で呼んでしまった。気恥ずかしさをこらえて仰ぎ見ると、これまた思いがけず、湯気が出るほど紅潮した妻と目が合った。
     さらりと流れ落ちた、滝のような碧髪を掻き上げて。僕に劣らぬ恥じらいを帯びたフローラが、今にも消えそうな声で、告げる。

    「しばらく、会わなかったからか、その……すごく、どきどき、して……」

     その反応は、反則すぎる。
     この穏やかな幸せで満足しようって、たった今、ふしだらな欲望を飲み下したばかりなのに。
     目が合ったのは一瞬で、彼女はすぐに視線を逸らした。耳も、首も、襟から覗く鎖骨まで鮮やかな薄紅で染め上げて。心なしか、頭を乗せた太腿がじわりと熱をもっていく。さっきまでとは違う、甘くて熱い緊張が、肌越しにとくとくと伝わってくる。
     そんな顔されたら、僕だって自分を騙しきれない。
    「ずるい、です。ど、して、そんなに……」
    「え、何。どうしたの、惚れ直しちゃった?」
     珍しく動揺した様子の妻が可愛くて、嬉しくて。でも調子に乗ってるとは思われたくなくて、ぎりぎりの理性で冗談めかして言った、のに。
     相変わらず素直な君は、もう身体ぜんぶを真っ赤に染めて小さく頷く。
     そうしてまた惜しげもなく、僕を喜ばせる言葉を口にしてくれるんだ。
    「いままでだって、おかしいくらい……すき、です、のに」
     羞恥にかすれゆく声を聴き逃すまいと、耳を澄ました。
     羽音のようなその吐息、囁きを、僕はいつだって、欠片だって聴き逃したくないと思ってる。
    「それ以上、逞しくなられては……わたし────」
     辿々しく伝えてくれるフローラが、あまりにも可愛くて。
     思わず腕を伸ばして、碧い頭を後頭部から引き寄せた。そのまま額に、目尻に、頬に、鼻先に。最後は桜貝のような唇へと、吸いつくように己の唇を寄せていく。
     久しぶりの彼女の感触はとてもやわらかくて、花蜜のように甘い。ん、と時折漏れる声も愛らしく、触れたところからじわじわと、渇いていた何かが満たされていくのを感じる。
     他の何にも代えられない。何度だって思い知る。これが僕の、最上の『幸せ』なんだって。
     尚も唇を啄みながら、顔から首、鎖骨へと。愛しい妻のかたちを、無骨な指でゆっくりとなぞっていく。途中、フローラがひくんと背筋を震わせた。瞬間、燻らせた情欲が肚の奥でずくりと脈動する。
    「そう、なの? 自分じゃわからないや。フローラからどう見えるのか、教えて」
    「あ、……え、と……っ」
     本当に君は、いつまで経っても奥ゆかしくて、初々しい。
     年相応にしなやかに、洗練された美しさを纏った貴婦人へと変貌を遂げていく君だけれど、ふとした瞬間に見せる、少女のような無垢な雰囲気は出逢った頃と変わらない。
     あどけなさとも、妖艶さとも違う。神秘というには生々しく、けれどどこか、触れたら消えてしまいそうな脆い不安が絶えず胸をざわつかせて。
     閉じ込めてしまいたい。
     ひどく大人びた、少女のような君を、僕の内側に、ずっと。
     ────そんなことを思っていたから、
     君が続けて口にした『それ』に、虚を衝かれた。

    「なんて、言ったらいいのか。あなたが、以前よりずっと逞しくて……雄々しい、大人の殿方に、見えて」

     僕が?
     瞠目する僕を微かに見つめて、すぐに君は瞳を伏せた。
     恥じらいを、初恋めいたときめきを、碧い睫毛の奥に隠して。
    「おかしい、ですよね。ほんの二週間、お会いしなかっただけなのに。こうやって見下ろすと、肩がすごく、広くて……リオとは全然、違って。こんなに精悍な方だったかしらって思ったら。この力強い手に私、何度も愛していただいたのだって……思って、しまったら」
     ほんのり、悦びと戒めを湛えて。さっき僕と絡めていた指を、彼女はもう一方の手で大切そうに包み、胸許に抱きしめた。
     薬指に、僕のものである蒼い証がほのかに灯る。
     その仕草ひとつで、僕は苦しいほどの幸福感に心臓を掴み取られる。可愛くて可愛くて、息の仕方も忘れてしまいそう。
    「へん、な、気持ち、に」
     贖罪めいたその言葉を、唇を塞いで遮った。
     腕を引いて、よろめいた身体を抱き込んで、やわらかなシーツへと彼女を押し倒して。んぅ、と溢れた可愛い声ごと、ぬるい唾液を吸い上げる。勢いで捩じ込んだ舌を滑らかな歯列に這わせ、咥内を激しく蹂躙する。
     くち、ちゅくんといやらしい水音が鼓膜に直接響く。酔い痴れる。脳髄からくらくら、抱き合ったまま情欲の水底に深く、深く沈んでいく幻覚に溺れるような。
     こんな劣情、何度だって、君にしか感じないから。
    「……愛してる」
     は、とようやく息をついた。水糸を引く唇を指で拭って、僕を見上げるフローラの眼差しを、正面から捕まえる。
     水面のような虹彩に自分だけが映り込む、恍惚。
    「愛してる。愛してるよ。今だって、フローラにもっと触れたくて仕方ないよ、僕は」
     秘め事のように、密やかに。
     昂りを吐息に押し込め、低く、静かに囁く。
     感じてくれてる?
     たった今君を貪りたいと思ってる、僕の浅ましい衝動を。
    「……もっともっと、愛したいんだよ。今だって」
     でも、まだ。こんなに明るい時間だし。
     少し休んだら、やらなきゃいけないことがまだ、たくさんあるし。
     何より、疲れた君を大切に、慈しみたいと思うから。
    「夜まで我慢しようと思った、のに……」
     ──……こつり、
     息を止めて僕を見つめる妻の肩に、額を預けた。
     とく、とく。優しい鼓動が、触れたところから甘く伝わる。首筋から花の香り。真っ白な鎖骨はもうずっと、淡い薔薇色に染まっていて。
     君が止めて。でないと、抑えられる気がしない。
     このままきつく抱きしめて、掻き乱して壊したい。そんな淫らな衝動を後押しするように、フローラの細い手が僕の背を滑りおちた。
    「…………、たし、も」
     澄んだ鈴の音が。微かに震える、君の儚い囁きが。
     重なった二つの鼓動に共鳴して、溶ける。
    「あなたに、あいして、欲し────」


    「父さん! 帰ってたんだおかえりー。早速だけどルナが帰国したらすぐ鍛治の祭礼あるじゃん? あれやっぱりビアンカさんにも来てもらったらどう──……って、あれ?」


     バァアアン‼︎ と扉を開け放ち、上の息子が何やら大声でまくし立てながら入ってきた。ほとんど反射的に叫びかけたフローラの口を咄嗟にキスで塞ぐ。寝台に倒れ込み、重なり合った両親を目にしたリオははたと足を止め、石化の如く固まった。
     そういや鍵かけるの忘れてたな。衛兵にも特に何も言わなかったし、これは僕の失態か。
    「……あー、もしかしてお邪魔、した……?」
     この一、二年で一気に背が伸びたリオは、ルナに劣らず随分と大人びた。しかし色事に耐性がないところは、如何にも僕の息子というべきか。思いがけず両親の睦み合いに遭遇してしまった彼は、さりげなく耳まで赤く染めて、もじもじと視線をさまよわせている。
     まぁ、ノックくらいはさすがに覚えてもらわないとな。いい歳して躾がなってない! なんて僕がビアンカに叱られるのは釈然としない。何だろうね、宿屋修行でその辺の常識は身についたと思っていたのだけど、戻ってきたリオは以前より身内に対する距離感が緩くなった気がする。ダンカン父娘との生活に慣れた所為だろうか。
     僕に声を遮られ、羞恥に震えるフローラを優しく慰めてから、思いっきり慇懃な笑顔を整えて立ち上がってやった。
    「ただいま、リオ。留守を預かってくれて有難うな。で、火水の儀の件だっけ?」
    「うわ……父さん帰って早々、笑顔がめっちゃ怖いね……」
     わざとらしく後ずさる息子に満面の笑みで詰め寄って、しかし相談事は相談事なので、気を取り直して真面目な顔を取り繕う。
    「呼ぶのはいいけど婚約式がまだだから、今回お前がエスコートするのは難しいと思うよ。ビアンカだって、いきなり正式な場は気後れするだろ」
    「……だよね。うん、グランバニアの祭礼がどういうものか、ビアンカさん全然知らないじゃない? 特に火水の儀は王妃に役割があるから、今回母さんのお務めを見ておけるんならその方がいいんじゃないかって思ったんだ、けど」
    「フローラが負担に思わないなら、それは別に構わないけど。ビアンカの都合次第かな。急だけど、とにかく誰か遣いに出られる人がいるか聞いてごらん。リオは行けないだろ? もし来られるならドレスの用意もいるよね」
     鍛治の祭礼は、僕が即位してから復活した古い儀式だ。鉱床に恵まれたグランバニアは、古くは山中にドワーフを中心とする鍛治師達が炉を構え、金属や石の加工を盛んに行っていた。凶王の時代に鍛治師達も散り散りになり廃れてしまったが、グランウォールの鉱脈深くには今なお稀少な鉱物が多く眠っている。腕の良い鍛治師が減った嘆きを聞きつけた僕は、腕利きの鍛治師であるサラボナのノルン親子に熱烈に働きかけ、めでたくアンディの勧誘に成功したのだった。もちろん義父にもちゃんと話を通してある。それだけではなく、なんと彼らの伝手で、山奥の村に住むドワーフの工匠もグランバニアに来てくれることになった。昔、母さんとフローラの花嫁のヴェールを手掛けてくれた名工だ。ちなみにあの萬屋は気さくで陽気な弟子のドワーフが継ぐことになったそうで、今、ルナの婚礼の為にフローラのヴェールの手直しを依頼している。
     重臣達の提言で、鍛治関連の儀式も復活の運びとなった。
     特に鍛治は、良い火と水があってこそ高い品質が保たれる。その為か、火と水のリングを持つ僕らが今のグランバニアの国主であることに、ドワーフの親方は特に満足している様子だった。
     王妃教育というと大袈裟だが、ビアンカにも春には王宮に入ってもらう手筈になっている。しかし当然ながら、今の彼女には彼女の生活があるわけで。それにルーラが通じない山奥の村と連絡をつけるには、どう頑張っても時間がかかる。僕もサラボナへの送迎はできるが、直接訪ねる時間はない。同じく予定が詰まっているリオも、残念そうに肩を落とした。せめてもと、申し訳なさげに母親の意向を窺う。
     話を振られたフローラは、息子の突然の闖入に驚き寝台の上にへたり込んでしまっていたが、真っ赤な顔をなんとかにこりと微笑ませて応じた。
     一生懸命笑って見せているものの、息子にキスシーンを目撃された衝撃は如何ばかりか。
     どうにも気まずい雰囲気のまま、再度頭を下げながらリオが出ていった。その外で様子を窺っていたサンチョが入れ違いで覗き込み「あのう陛下、よろしければ私めもお時間を頂戴したいのですが」と遠慮がちに申し出る。小一時間休めただけでも御の字か。了承の意を伝えて、未だ赤面顔でうずくまる妻に歩み寄った。
    「ごめんね、ちょっと出てくる。今のうちにフローラは休んでおいて。その代わり」
     碧髪をかきわけて、頬を優しく撫でる。上目遣いに僕を見つめるフローラがとびきり可愛くて、やっぱり断って休んじゃおうかな、なんて邪な考えが頭をかすめた。不思議そうに首を傾げる彼女に苦笑を返し、小さな耳にそっと、顔を近づける。
    「今夜のフローラは全部、僕にくれる? ユーノとアルスの世話は皆さんにお願いして」
     密やかに囁けば、すぐにこくり、と控えめに頷いてくれる。
     淡く微笑んだ、透き通った眼差しに惹かれるように、白い額に唇をそっと押し当てて。
    「……約束だよ」
     こんな口約束ひとつで疲れが吹っ飛ぶんだから、我ながらつくづく調子がいい。
     翡翠の双眸に見送られ、寝室を名残惜しく退出した。今宵妻と睦み合う時間を作るべく、溜めた仕事は絶対今日中に片づけてやると固く心に誓って。


    ◆◆◆


    「いやぁ、本当に坊ちゃ……陛下と妃殿下は、いつまでも仲睦まじくていらっしゃいますよねぇ」
     どうやら退室時のやりとりを盗み見ていたらしい。僕の傍らに一歩下がってついてくるサンチョが嬉しそうに目許を抑え、しみじみと呟いた。
    「ルナ様もリオ様も、お二人をよく見てお育ちですから、絶対にお幸せになられますね。いいえ、お幸せになっていただきませんと! ううう、まことサンチョは嬉しゅうございます。パパス様もマーサ様も、今のお二人やお孫様達をご覧になって、さぞや安心なさっていることでしょうねぇ」
     三日に一度は同様の内容を繰り返すサンチョである。とはいえ二週間ぶりなので、苦笑しつつも微笑ましく聞いていたが、ふと先ほどの妻の言葉を思い出し、にこにこと思い出に浸る幸せそうなサンチョに問いかけた。
    「あのさ。……僕、父さんに似てきた?」
     彼女が示唆した自分の姿は、まるで在りし日の父のようで。
     広い肩。力強い大きな手。きっと一生追いつけない、逞しくて雄々しい背中。
     突然の質問に、サンチョはくりくりしたまるい瞳をきょとりと瞬かせて僕を見た。頭からゆっくり順に眺めて、深い笑い皺を刻んだ肉親のような忠臣は、溢れんばかりの優しい笑顔で深く頷く。
    「お戻りになったばかりの、二十歳の坊ちゃんはマーサ様の面影が大層お強かったですものねえ。来年はいよいよ御年三十にもおなりで、以前にも増して筋骨隆々としてこられました。ええ、似てこられたと思いますよ。サンタローズ村にいらした頃のパパス様に」
     僕にだけ聞こえるよう声をひそめたサンチョが、ふふ、と嬉しそうに首を傾げる。
     この城では、僕が知らない父の話はよく聞く。けれど、サンタローズ村での父さんの話ができるのはサンチョだけ。
     サンタローズにいた頃の話をすると、サンチョは決まって辛そうな顔をしていた。けれど、ラインハットと公式に盟約を結び、ルナの婚礼も決まって。いつの間にかあの日々のことも、こうやって懐かしく、笑って話せるようになってきた。
    「リオ様も、ますます坊ちゃんに似てこられましたね。ご家族が仲睦まじく並んでいらっしゃるのを見るのが、サンチョめは本当に幸せで。ああ、恥を晒しても生き永らえて良かったと、最近とみに思うのでございます」
    「まだまだ。曾孫だって可愛がってもらわなきゃいけないんだから、長生きしてよ」
     しんみり零したサンチョの肩をぽんぽん叩き、どちらからともなく笑い合った。
     大人になったらそれで終わりかと思っていた。僕の記憶の中の父さんやサンチョは、初めから完成された大人だったから。
    『完成』なんて、どこにもなかった。サンチョは今や爺やと呼べるほど老けたし、僕は父さんが父親になった年齢を超える。父さんに追いつけた気はまったくしないけど、それでも少しずつ、昔仰ぎ見た彼に近づけているらしい。あと数年で父の享年も追い越す。あの父より年配になっていく自分の姿なんて、どうしたって想像がつかない。
     それでも、少なくとも人間は、望もうと拒絶しようと変化し続ける生き物らしい。それは成長かもしれないし、摩耗かもしれない。生命の終焉へと残酷に流れ続ける時の砂は、僕らが人である限り、絶対に止められない。
     もう誰も石化なんてしてない。誰の時間も平等に流れ、過ぎ去っていく。
     フローラが少女期を脱して、ますます成熟した女性らしさを纏っていくように。ヘンリーやデール様から、老成した威厳を感じられるように。サンチョの栗色の髪が、いつしかすっかり白髪混じりになってしまったように。
     僕にとって、フローラは何よりも大切な存在で。
     フローラもまた、僕を大切にしてくれて。
     出会った時からずっと愛してくれている。大人になって、少しずつ歳を重ねて変わっていく今の僕を。それこそ、これからは老いていくばかりの僕を。
     変わらないのが愛だと思ってた。そうじゃない。きっと、積もっていくんだ。毎日、毎秒、新しい僕と君が出会うたびに、少しずつ違う愛しさや感動が生まれて。これまで積もらせてきた時間や記憶の上に、僕らの想いはとめどなく降りしきる。
     今まで全然現実味がなかったけど、今だから信じられる。
     きっと、幸せと哀しみを繰り返した時間の果てにも僕らは一緒にいるだろう。子供達と仲魔達、孫達にも囲まれて、仲睦まじく暮らしているだろう。もしかしたら僕達の髪の色も、遠い未来にはお揃いになるかもしれない。そう思うとなんだか、くすぐったい心地になる。
     手を繋いで。ずっとずっと、隣に居て、微笑んで。
     いつかどちらかが見送るその日まで、一緒にいよう。
     愛を、時間を重ねて、想い出をたくさんたくさん、積もらせていこう。
     その日が来ることは、今はまだ、とても怖い。
     それでも、僕は君を愛することまで恐れたくない。
     最期の、別れの瞬間だってきっと、僕は君に恋をする。
     そんな僕を、僕は君に全て捧げて生きていきたい。
     そう願ってやまないから。

     また一つ、新しい時間を彼女と共に刻んでいける。そんな幸せをひっそりと噛み締めながら、僕はサンチョに促されるまま、グランバニア城の冷えた廊下を足早に渡っていった。
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