キスする星昴22カ所 #6【喉】【喉:欲求】
一大事とは得てして突然やってくるもの。聖人君子と評されるまで己に厳しく、他人にはおしなべて平等、真っ当に生きている昴流にも、一大事は予告なしにやってきた。
くさい。毒々しいほどの、女性ものの香水が匂う。
普段は清楚な物腰に、優しい言葉づかいである昴流が。汚らしい言葉で思うとなればそれだけで、彼に訪れた衝撃がいかほどのものかをご承知いただけるであろう。
夜の仕事を終え、お疲れのご様子である星史郎を迎えた玄関。常の生活ではまず嗅ぎ慣れない邪な匂いが、昴流の鼻を鋭敏に突いた。ぴくりと動いたのは柳の眉頭、すらり一直線の鼻先。
「ただいま、昴流くん」
「……おかえりなさい、星史郎さん」
む、と端正な昴流の唇が曲がるのを星史郎は、自分の帰り時間が遅いことへのお叱りと受け取ったようで。しなくともよい弁明をすらすらと披露していく。が、それではもちろん、急降下する昴流の機嫌の速度は変わらず。下落の一途をたどる。
1985