入学式の朝「あ。」
「あ、おはようございます。」
今日は大学の入学式の日だ。この日のために田舎からやって来る両親と大学近くで待ち合わせをしていたので、それに合わせて家を出たところ、隣の久々知君も同じタイミングで出てきた。
「そうだ、この前は高野豆腐ありがとうございました。美味しかったです。」
「美味しかったですか!?って、もう食べてくれたんですか!?」
「え!?あ、はい、美味しかったですよ」
「あぁ、良かったです!あの高野豆腐セット、こんな機会じゃないと買えないと思って俺も買って食べてみたんですけど、本当に美味しいですよね!まずあの色合いと香りと、一口食べた時のあの食感と、旨味が…」
なんてこった。こんなに話す人だとは。
「…ものすごく高野豆腐が好きなんですね」
「本当に好きなのは豆腐なんです!」
おぉ。今度は豆腐について語り出した。よっぽど好きなんだな。でも、話を聞いていたらこちらまで豆腐を食べたくなってきた。今夜は豆腐料理でも作るかな。
そんなことを考えながら歩いていると、突然大きな声で呼ばれた。
「ハチー!」
「うわっ、母ちゃん!なんでこんなところにいるんだよ!」
「早く着きすぎちゃったから散歩してたのよ。あら、お友達?」
「おはようございます。アパートの隣の部屋に住んでます久々知です。」
「あら〜久々知くん。よろしくね。八左ヱ門の母です。んで、こっちは父と、…」
「兄ちゃん!」
「おほー!お前達も来たのか〜!」
「うん!父ちゃん母ちゃんにお願いして連れてきてもらった!」
俺の周りには、両親をはじめ、妹や弟たちも集まってきた。道端だったので恥ずかしい半面、久しぶりの賑やかさに嬉しくもなる。
「あのぅ、名前、八左ヱ門って言うの?」
しまった。そう言えば久々知君が挨拶に来た時、名前を言ってなかった。
「あ、はい、竹谷八左ヱ門って言います…」
「あんた、自己紹介してなかったの?」
「そんな大きな声で言わないでくれよ母ちゃん!」
「ハチでいいわよ、仲良くしてあげてね〜」
「もう、母ちゃん!」
前言撤回、やっぱり恥ずかしい。久々知君と話すのはまだ2回目なんだから、そんな割り込み方やめてくれよ。
「本当にハチって呼んでいいんですか?」
久々知君が小声で聞いてくる。その様子がどことなくスマートに見えてドキっとする。
「ハチで大丈夫です。てか、同級生なんだし、敬語じゃなくてタメ口にしませんか?」
タメ口にしませんかって、何とも矛盾した問いかけ方だなぁとまた恥ずかしくなる。
「うん、わかった!ハチ!じゃあ、俺のことも兵助でよろしく。」
「わかった、兵助。」
こうして、俺の中で、久々知君は兵助になった。