豆腐パーティー「あっ、ハチ」
「おっ、兵助。…と、お友達?」
金曜日の夜。夕食は節約のために自炊するか、思い切って外食するかで散々悩むも決められず、いったん外に出て考えようと玄関のドアを開けた矢先に、八左ヱ門は兵助とばったり会った。兵助の隣には、ドレッドヘアーらしき個性的な髪型に、顔の輪郭も目も丸く人懐っこそうな人がいた。
「兵助、友達?」
「うん、ハチだよ。俺があげた高野豆腐、美味しいって言ってくれたんだ!」
「あぁ…そうなの…。俺は尾浜勘右衛門。兵助と同じ高校出身なんです。今は大川大学の、コミュニケーション学科にいます」
「俺は竹谷八左ヱ門です。兵助の隣に住んでいる者で、生物学科にいます」
一通り挨拶を交わした後、勘右衛門が言った。
「あの、八左ヱ門さん。よければ豆腐パーティーに来ませんか?」
「豆腐パーティー?」
「ちょっと勘右衛門、それじゃ材料足りないよ」
「こんだけあれば充分だよ」
八左ヱ門は二人の様子をまじまじと見つめた。なるほど、二人が両手に持っている買い物袋は今にもはち切れそうだ。というか、兵助は豆腐しか持ってなくないか?
「高野豆腐を美味しいって言ってくれたんなら、兵助の料理も気に入ってくれるよ」
「そうかなぁ…そうかもしれないなぁ………ハチ、俺が作る豆腐料理、食べてくれる?」
曇りなき眼とは、このことを言うのだろう。そもそも、夕食をどうするか悩んで家を出ようとしていたところだ。断る理由がない。
「二人が良ければお邪魔しようかな」
「やったぁ!」
兵助と勘右衛門、二人が声を揃えて言った。
1時間後、八左ヱ門は勘右衛門が豆腐パーティーに誘ってきた理由を痛感した。
これでもかと言うほど、豆腐が出る。冷奴食べ比べに始まり、豆腐飯に豆腐の味噌汁、麻婆豆腐、豆腐チャンプルー、豆腐の唐揚げ、田楽豆腐。
次々に豆腐料理を振る舞える兵助の技量に感心しつつ、この量を二人だけで食べようとしていたのかと思うと驚愕する。
「ねぇ、勘右衛門。豆腐パーティーっていつもこんなに出てくるの?」
「そうなんだ。こっちがお腹がいっぱいだと訴えても、『そんなこと言わないで』って出してくるんだ」
「毎回よく食べられるな」
「このためにいつもお昼ご飯抜いてる」
そんな話をコソコソとしていたら、杏仁豆腐が出てきた。どうやらこれが締めのデザートらしい。
「次はハチの分もちゃんと材料用意しておくね」
「いや、俺は今回の分がちょうど良かったかな…」
「ハチ、小食なの?」
「兵助が大食漢なんじゃないか?」
「そうかなぁ?」
そんな会話を聞いて、勘右衛門が言った。
「兵助は相変わらず豆腐への情熱がすごいな」
豆腐好きが高じて、自身で大豆を育ててみようと思ったことから、この大学の植物学科に入学したこと。地元のスーパーに売られている豆腐は目をつぶっていてもどの豆腐なのか当てられること。そして、豆腐へ愛情を注ぎすぎるがあまり、歴代の彼女からは「私と豆腐どっちが好きなの?」と聞かれていたこと。
そんな話を、面白おかしく勘右衛門が言ってきた。
「新年度が始まったばかりの頃はモテるんだけど、豆腐小僧っぷりが露わになるとモテなくなるんだよな」
「でも、豆腐への愛情は譲れない」
「わかるぞ兵助!俺も生き物への愛情は譲れない!」
今度は八左ヱ門のターンだ。これまでに飼ってきた生き物の話、実家で飼っている生き物の話、小さい頃から昆虫標本を作り、その中の一部はアパートにも持ってきている話。
「何なら、今その標本持って来ていい?」
「もちろん!」
兵助の答えに後押しされ、急いで部屋に戻り、昆虫標本をどっさり抱えて戻ってきた八左ヱ門を見て、勘右衛門は呟いた。
「帰りたい…」