約束「あれ、あっちにいるの兵助じゃん」
食堂を出てしばらく歩いた場所で、八左ヱ門は兵助を見かけた。
八左ヱ門は三郎・雷蔵・勘右衛門と一緒にご飯を食べていたものの、三人は「3時限目の講義があるから」と先に食堂を後にしていため、一人で歩いていた。
一方、兵助は男性3人に囲まれている。3人と兵助は知り合いではなさそうな雰囲気だ。
この時期の大学内は、サークル活動に勧誘しようとする上級生がたくさんおり、昼休み前後はビラを持った上級生をよく立っている。しかし、サークル活動と見せかけて、そうではない団体も時折混ざっているらしい。ビラを持っている人には不必要に近づかないようにと、同じ学科の先輩に言われていた。
兵助、あの表情は困ってるよな。
「おほー!こんなところにいたのか。探してたんだぞ。ほら、行くぞ」
八左ヱ門はそう言いながら兵助に近づいて行き、兵助の手を取ってずんずん歩いて行った。3人組が何か言っているようだが、気にしない。
「ごめん、八左ヱ門」
3人組からだいぶ離れたところで兵助に言われ、足を止めた。
「怪しいサークルに勧誘されかけて、断りたいのになかなか諦めてもらえなくて、困ってたんだ」
「そんな時は無視するんだよ」
「無視して歩いてたけど、周りに俺以外の人がいなかったからか、しつこく追いかけられてさ。ありがとう、助かったよ」
「そうか、助かったんならよかった」
八左ヱ門はにかっと笑った。つられて、兵助も表情も柔らかくなる。それと同時に兵助の腹の虫が鳴った。
「そうだ、食堂に行きたかったんだ」
「あ、ごめん!逆方向に連れてきちゃったな」
「いいんだ、もうあの方面に行く気分じゃなくなったし。コンビニで何か弁当でも買おうかな」
「俺もお供しようかな。4時限目まで時間あるし」
二人は学校近くのコンビニに入った。兵助はかろうじて残っていた弁当と共に、豆腐パックと豆乳をカゴに入れた。
「本当に好きだなぁ、豆腐」
「うん。これは食後のスイーツみたいなもんだよ」
「だいぶヘルシーだな。ん?この豆乳、コーヒー味もあるんだ」
「ハチはコーヒー飲めるの?」
「いや、飲めないから練習しようと思って。だから、これ買ってみる」
「俺もコーヒー飲めないんだけど、ハチが買うなら俺も買ってみようかな」
コンビニを出て、大学構内のベンチで弁当を食べつつ、コーヒー味の豆乳を飲んでみる。
「おほー、これなら飲めそう!」
「豆乳以外の味がするのはいかがなものかと思ってたけど、これはアリかも」
「あれ、コーヒーが飲めないから避けてたんじゃなかったの?」
「いやっ、ちがっ、そんな………そうだな」
「豆乳とはいえ、コーヒー味の飲み物を飲めるようになったんだから、俺たちは今日一歩大人に近づいたな。乾杯」
「何だそれ。乾杯」
二人は笑いながら、紙パックを小さく掲げた。
「そうだ。来週から兵助も一緒に食堂でご飯食べないか?」
「急にどうしたの?」
「俺の高校の友達が、今勘右衛門と同じ学科らしくて。今日食堂で会って、一緒にご飯食べたんだ。もう一人の友達も一緒なんだけど、そいつが来週から席を取ってくれることになってるんだ」
「じゃあ、そっちに混ざってみようかな」
「よし!来週こそ食堂で会おう。もう変な集団に捕まるなよ」
「うん、わかった」
ゆっくりと動いていた歯車が、少しずつ加速する。