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    血圧/memo

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    血圧/memo

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    多分続かない小話

    2024.2.10 切っ掛けなんて些細なことだ。とある事件に首を突っ込んだ際に被害者の部屋の本棚に並んでいたのが、こういった類の本だった。何か事件の参考になるかもと適当に目を通し、そういやアレは続き物で、とても良いところで終わっていたなあなどと記憶しており。
     それから数年。
     例の組織の件で正式に日本滞在することになり、多忙だったり暇になったりして、まあ暇を持て余してしまったり、他国で下手なことは出来ない立場で暇を持て余すことが苦痛で、なんとなーく数年前のアレを思い出して。
     気が向いて検索した。
     ネット通販で買った。
     気になるラストまで読了し満足した。
     折角ならと同じ作家の他作品も買った。
     どうせ暇だし。
     他作品も面白かった。
     ふむ。なるほど。
     他の作家も検索してみよう。
     そこからはなし崩しだった。赤井秀一が暮らすホテルの一室には、あっという間にBL本の山が出来上がった。


     赤井秀一は異性愛者だ。同性愛を否定する気はないが、即物的な言い方をすれば、赤井は同性相手には勃起しない。絶対に無理だ。
     だというのに何故かBL小説にハマってしまった。
    (いやまあ別に俺自身の性的指向と趣味は全く別物だからな)
     赤井は誰ともなしに言い訳をする。
     BL。ボーイズラブ。所謂男性同士の恋愛。
     赤井は本を読むが恋愛小説は敬遠していた。なのに何故かBL小説は面白いと感じたのだから不思議なものだ。すっかりハマってしまい、お陰でホテルを出て部屋を借りてしまった。増え続けるBL本を清掃員に見られるのも憚られたからだ。
     どうも電子書籍は好きではない。読みにくいし目が疲れる。赤井はネット通販でBL小説を買っては読み、あまりに増えると合衆国の自宅へと宅配便で送っていた。同志でも居れば譲ることも可能だろうが、赤井はこの趣味を誰にも明かしていない。
    (言えるか)
     もう不惑も射程圏内だ。この歳にしてこんな趣味に目覚めたなんて、人に言えるわけがない。
    (だが、)
     たまに、羨ましくなる。
     気に入りの作家のSNSを覗くと、同志たちが楽しそうに会話しているのだ。本来の赤井からすると失笑にも値しない語彙力皆無の会話は、けれど今の赤井には何よりも眩しくて尊いものであった。
     いいなあ。
     好きなものを好きだと言いたい。
     ただ好きだという気持ちを共有したい。
     けれど流石に三十をとっくに越えたおっさんが女性の輪に混ざるのは如何なものかと、赤井はSNSを眺めるだけに留めている。
    (……でも)
     やっぱりいいなあ。
     読書と妄想との狭間でぼうっとしていた赤井は、気が緩んでいた。
     休憩スペースのドアが開いた。
     あ。とドアを開いた男が瞬いた。
    「失礼。お疲れ様です」
     降谷零だった。
     降谷は休憩スペースに入ると奥の間仕切りを閉じた。衣擦れの音がするから着替えだろう。
     赤井は、固まっていた。
     失態である。
     この休憩スペースは仮眠や着替えにも使われる部屋で、何時誰が出入るするか分からない。しかし間仕切りはあるし座り心地の良いクッションはあるし緊急でなければ邪魔されることはほぼ皆無、読書するには心地良い空間だった。
     大失態だ。赤井は、固まったまま動けなかった。
     いつもならドアが開く前に気配に気付くだろうに気配にも気付けなかった。仕切りも閉め忘れたままで、きっと、降谷零に見られてしまっただろう。赤井が手にしている単行本サイズの本の表紙を。男同士が寄り添うイラストを。
    (…………ど、うしたらいい、)
     すぐに衣擦れの音は止み、降谷が姿を現す。降谷は壁沿いの自動販売機にコインを投入し、小さな機械音が鳴ると珈琲の香りが漂った。
     降谷は手元のモバイルを操作しながら自然な所作で椅子に座り、珈琲の紙コップに口をつける。
     その降谷の一挙一動を赤井は見張った。
     赤井の脳内はフル回転だ。
     取り敢えず何食わぬ顔を装った。本も敢えて隠さないほうがいい。隠せば弱点だと悟られる。降谷零の気を逸らせ、彼の気を逸らす会話は何だ?
    (っくそ、よりによって降谷零)
     因みに現在、赤井と降谷零の関係は、可もなく不可もなくといったところだ。因縁は解消したのかしないのか、多忙に紛れて曖昧になってしまったのか。特に不仲でもないし、親しくもない。単なる同僚。顔見知り程度だった。
     しかし赤井は知っている。
     降谷零は恐ろしい男だ。
     今更降谷が赤井を脅すというのは考え難いものの、しかし分からない。彼は赤井を憎んでいた。今も見せないだけで本当はずっと憎み続けているのかもしれない。もしくはこれを機に、冷めかけた憎しみが再び過熱するかもしれない。
     ふう。
     息をついた降谷が顔を上げた。
     不意に目が合う。
     まずい。何を言えばいい。
    「降谷くん、」
     応えるように降谷が首を傾けた。
    「……君は上がりか」
    「ええ。軽く打ち合わせしてから帰ります。赤井はこれからですか?」
    「ああ」
    「お疲れ様です。大変ですね」
    「……ああ」
     赤井は適当に頷いた。日本の警視庁内に間借りしているFBIだが、ここ一週間ほどは本国とのやり取りが発生している所為で勤務時間が夕方から明け方にかけてだ。時差のあるアメリカの時間帯に合わせる羽目になっている。
    「昼夜逆転しちゃったら戻すの大変そうですね」
     苦く笑う降谷に、赤井は適当に頷く。
     何を言えばいい。
     まずい。困った。
     全く頭が回らない。
    (そういえば、)
     絵に描いたようなBL本の登場人物みたいだな、降谷零は。
    「それって予約限定版ですか?」
    「、っは?」
     赤井の声が裏返った。
    「その本」
     と、降谷が赤井の手元を指差す。
     赤井は咄嗟に何も返せなかった。
     そんな赤井に察したのか降谷はすぐに小さく笑った。
    「すみません。ちょっと気になっただけです」
     降谷の言葉から、コレがどういった内容の本なのか降谷が理解していると伺える。そしてこの手の趣味嗜好を大っぴらに明かすことを望まない赤井に気遣い、さり気なく会話を切り上げようとしていることも。
     既に「雨降りそうですね」などと窓を見ながら話題を変える降谷の横顔。降谷零の笑みを見るのは何度目だろう。以前では考えられなかったけれど、今では穏やかに笑う降谷を赤井も目にするようになった。
     いや。
     それよりも。
    「……降谷くん、」
    「はい」
    「……その」
    「? はい」
    「予約、限定版とは」
     赤井が気になったのはそれに尽きる。
     ああ。何と業の深いことか。
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