バレンタインのお返しにはそれはカルデア軸における、深夜の会話だった。
「今回は心肺一時停止の仮死!蘇生処置後、起床のタイミングで強制的にカルデア帰還になりますよろしく!!」
「慣れているな」
「えへへ」
「褒めてもないんだが」
ぱちぱちと音を立てる焚火を前に、男女が締りのない会話をしていた。この冥界から生還する気しかない藤丸立香、そして管理人補佐に足を踏み入れつつあるデイビット・ゼム・ヴォイドである。デイビットは、仁王立ちで宣言した藤丸に折りたたみ椅子を勧め、彼女は和やかにそれを受け取って腰をかける。
「ちなみに死因はチョコだから心配しないでね」
「チョコレート……?」
「わあ、デイビットのそんな顔初めて見た」
デイビットは敵として彼女の旅路を阻んだ過去がある。故に深く関わるべきではなかろうと思っていたのだが、思わず首を突っ込みたくなるような死因が耳に入ってしまった。炙っていたマシュマロをビスケットに挟んで手渡す。これで情報量程度にはならないだろうか?と考えてのことだ。死因がチョコレートだろうと、デイビット的にはマシュマロは別腹で入ると疑っていない。
「もう少し詳しく聞いていいか」
「あっ、深い話じゃなくてね?ただ牛サイズのチョコを食べきろうとしただけなんだ」
「??」
「えっと、カルデアではね……」
デイビットはこうしてカルデアでのバレンタイン文化を知り、そして現在がカルデアの暦におけるバレンタイン期間であることを知った。
「バレンタインデーか、オレはテスカトリポカに何もしていない。申し訳ないことをしてしまったな」
デイビットにとってバレンタインデーは愛と感謝を伝える重要な日だ。□□□□□もエレメンタリースクールでカードの交換を行っていたし、父さんにももちろん贈っている。
デイビットが感謝を伝えるべき存在は決まっているが、まさかとうに日がすぎていようとは。
「うーん、カルデア式は20日間ぐらいやってるよ。だから細かいことはよし!ってことで」
「さすがの規模だ」
「そう!大事なのは日時より感謝の気持ち!!」
「なるほど、胸に刻んでおこう」
テスカトリポカは貢物を断るような性格ではないだろう。しかし藤丸と同じようにチョコレートを贈っても、見栄えや味を比べられる可能性を考えるとさけたいところではある。生きていればディナーを予約したかもしれないが、デイビットが属するのはテスカトリポカの領域で全て彼の手のひらの上だ。
「何か準備するならポカニキをこっちに引き止めておこうか?」
「それは……申し訳ない。迷惑になるだろう」
「大丈夫!ポカニキ絆上げ周回してサバコインでアペ解放したいし」
「……サバコイン?」
こうしてデイビットは藤丸の協力のもと、準備の猶予に加えちょっとしたサーヴァント事情の知見を得たのであった。
周回帰りでぐったりとソファに座り込んだテスカトリポカに、デイビットはなんでもないような顔をしてマグカップを差し出した。器は湯気のたつ焦げ茶色の液体で満たされており、ふんわりと甘い香りを漂わせていた。
「どうした?気が利くな」
「日頃の感謝の気持ちだ。受け取れ」
結局デイビットはチョコレートを準備した。ただし、湯煎で躓くことに早々に気がついたため、温めた牛乳に刻んだ板チョコをとかすホットチョコレートだ。藤丸に確保してもらった3日間の猶予は、使用するチョコレートのカカオ濃度や、加えるスパイスの研究に費やされることとなった。本格的なショコラトルとは大きく異なるだろうが、テスカトリポカならばその違いも楽しんでくれるはずだ。
「感謝ね。おっ、食堂で飲んだのとは違うな」
「……オレなりに趣向を凝らしてみたんだ。変か」
デイビットの葛藤も露知らず、テスカトリポカは一口飲んで目を瞬かせた。真っ先にカルデアで口にしたものと比べられ、これも避けるべきだったとデイビットは失敗を悟った。
「ああ、感想を伝えるべきだったな。美味い、なかなかにオレの好みだ」
「そうか、よかった」
いつの間にか緊張で強ばっていた体がほぐれ、デイビットはそっと胸を撫で下ろす。こういった余分ついては長いこと切り捨て続けていたせいか、デイビットは自身に不安や悩みに対する耐性がないらしいことに気がついた。
「で?返礼品は何がいい。オマエ用にスパを増設してやろうか?」
「実は欲しいものと確認したいことがある」
デイビットにとってこの要求は、贈り物が気に入られるかどうかと同じくらい緊張することだった。
「ひとつの貢物に対しふたつの要求ねえ」
「オレたちの関係にかかわることなんだ」
「おっと、そう言われちゃ仕方がない。オマエはオレの気を向かせるのが上手くて困るよ」
飲み干したマグカップをテーブルへ置き、テスカトリポカは足を組んで体勢を変えた。半透明のオレンジ色の向こうにある瞳がスっと細められ、空気が張り詰められる。
「それで?我が神官がそうまでして乞う望みはなんだ」
「テスカトリポカ、その場でジャンプしてくれ」
テスカトリポカが作り出した重々しい場は、デイビットの一言という軽いジャブで砕け散る。そして3拍程度の間と、どうも緩んだ雰囲気に耐えられず、先に口を開いたのはテスカトリポカだった。
「……全能神から小銭のカツアゲか?」
「違う、いいから早く」
「オマエな、そういう雰囲気じゃなかっただろ」
とは言っても、この全能神は律儀なので要求を飲んでくれるのである。立ち上がってぴょんぴょんと2回、供物に対する対価をやると言った以上、理解できないと顔に出しつつもやる。
「不服そうだな?これに何の意味があるっていうんだ」
「コインはないのか」
「よし、カツアゲだな。歯食いしばれ」
「だって藤丸が……」
「お嬢が?」
そう、この行為にはきちんと理由がある。そしてその理由は、先日の藤丸立香の発言が原因――いや、きっかけであった。
「藤丸が、サーヴァントとの絆が高まるとコインが貰えると言っていた」
「あー」
「オレは貰ってない」
サーヴァントコイン、カルデアでサーヴァントと絆レベルが上がると貰える謎のリソース。デイビットはその存在を藤丸から聞き、自分が得るべき報酬をテスカトリポカが着服したのではないかと考えた。誠に遺憾である。レートまで確認してはいないが、デイビットでも3枚くらいは貰える権利がきっとあるだろう。
「オマエは使わん」
「論点はそこじゃない、逸らすな」
日頃の感謝を伝えるというバレンタインデーの目的も、もちろんデイビットにとっては重要だった。しかし、元マスターとしてサーヴァントコインなるものを手に入れるべく、貢物の対価として口を割らせることも重要なのである。一度対価を払うと口にした以上、その言葉を飲み込めると思うなよとまではさすがに言わない。
「……ないならそう言えばいい」
デイビットとテスカトリポカの間に、藤丸との間にあるような絆なるものは存在しない可能性も覚悟はしていた。デイビットは結局失敗してしまったのだし、最後は藤丸に負けてしまった。マスターとしても彼女が上なのは、デイビットとて理解している。
「オレ的にはせめて1枚くらいは貰えるんじゃないかと思っていたんだ」
「いや、まて」
「貢物をした後なら確率が高いと考えた。いや、どうやら思い上がっていたらしい。忘れてくれ。」
「〜〜〜!!少し待ってろ!!」
「気をつかう必要は無い」
「いいから!動くな!!」
そして、コインが180枚。虹色の石が162個と礼装が1枚。
「テスカトリポカ、これはオレが受け取るべき正当な権利を行使した結果だ」
「……」
「よって、おまえに返礼を要求する権利はまだ残っている」
「このクソガキ!」
「箱が欲しい。これを収納する、立派なものを頼むよ」
「……期待してろ」
「うん」
これがどれほどの絆の高さを示しているのか、藤丸立香を通してデイビットが知るのはもう少し先のこととなる。そして、重要なリソースを飾りにすべきではないとデイビットが考え込むのも。そこから、テスカトリポカの強化に使えとデイビットが藤丸立香に譲渡したことで冥界が大荒れになるまであと少しだったりする。