テスデイと例の部屋 壁も床も真っ白なそこそこの広さのワンルーム!
ど真ん中にベッド!
サイドテーブルにはローションや怪しげな薬!
隅のキッチンにはレトルト食品がたっぷり!
「噂に聞くセックスしないと出られない部屋だ、間違いない」
「ミクトランパにンなもんあってたまるか!」
周回帰りのテスカトリポカと休息中のデイビットが目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋だった。テスカトリポカの感覚を信じるならば、ここはミクトランパのどこかに存在するのは間違いないらしい。だが、否定してもあるものはある。目の前どころか、その中にふたり揃って居るのだから存在することは明白だ。冥界でも地獄でも天国でも学校でも、この部屋は欲望によって発生する。
「脱出にはセックスしかない。よしヤるぞ、脱げ」
「展開早いな……」
「脱がしてやろうか?」
「オマエは経験 の記憶がないのに勢いがよすぎる」
テスカトリポカとデイビットの肉体関係は、メヒコシティで魔力供給を目的として数回行った程度である。好きな様に扱ってよい、そういった条件で、テスカトリポカは魔力供給をじっくりと楽しんだ。しかしそれは、精神面で計画に影響が出ないよう、記憶容量が0の時のみというデイビットからの条件をのんでいたはずだ。記憶に残らないうえ丈夫な身体だったため、テスカトリポカは好き勝手エグくてキツいことをしたことを思い返す。もしや全て記憶していて、仕返しの隙をうかがっている?掘られないために、ケツの穴をコンクリで埋める覚悟を決めるべきだろうか。
「ン?おい、よく見ろ兄弟。セックスすると出られなくなる部屋だと」
「何?」
「1週間ヤらなければ開く、ヤッたら1年間出られなくなる部屋」
謎のヤる気に満ちたデイビットから貞操と命を守るために、テスカトリポカは部屋の物色をしつつ武器を探していた。しかし、代わりに見つけたのは『部屋の説明書』なるもの。キッチンには刃物はなかったが、どうやらここに案内一式がまとめられているらしい。バスルームやコンロの取り扱い、冷蔵庫の説明書がまとめて置かれた一番上。そこにでかでかと『セックスすると出られなくなる部屋についての取扱い』と書かれた冊子があったのだ。
覗き込んできたデイビットにここだとページを開いてやり、赤のゴシック体で『セックスすると1年間出られなくなります』の文字をみせる。下に素敵な一年をお過ごしくださいだの、充実のサポートだのと書いてあるのが不快さを煽る。テスカトリポカ的にはミクトランパにそんなものをつくるな、大人しくスパで休養してろというのが全てだ。巻末にあったアンケート葉書にびっちり書いて送り付けてやろう。
「そうか。よし、ミクトランパなんだからおまえの力でさっさと出るぞ」
「さっきの勢いどこに消えた。まあいいがオレのやる気がな……」
ヤるヤらないよりも、犯人に物申したい気持ちがテスカトリポカの中で膨らんでしまった。内側から破壊しここから出てしまえば、痕跡を辿ることが難しくなる可能性がある。
「全能神なのに?自分の気力もコントロールできないのか?」
「オイ、言葉には気をつけろクソガキ。オレは一年ここで過ごしてもいいんだぞ」
「困るのはおまえだろ。カルデアとの契約がある」
「いいや、カルデアは定期的に微小特異点に寄り道する。南極 はまだ先だろう」
「そ、うなのか……」
「ショック受けんなよ。オレが見るに一年程度問題は無い」
行先を示したものとして、まだヤツらはたどり着いてないのかと思うのは当然だ。テスカトリポカは一応デイビットの反応への理解を示しつつも、どうしたものかと思案する。神経を逆撫でたので、部屋は解析して追跡をかけておきたい。しかしさっさと出てしまいたいとは考えていた。
「……そうか、うん。ならばオレを縛れ」
「おいおいここで新しいプレイの提案か?」
「違う」
テスカトリポカは、まあ座れよとデイビットに折りたたみ椅子を差し出し、自身はベッドへと腰をかけた。解析にはデイビットを参加させた方が効率が良さそうなのだが、まずは互いの意思の確認くらいはしておくべきだろう。なにより、先程からデイビットの様子がおかしい。部屋からの精神干渉というのも、無いとは言いきれないのだから。
「オマエはどうしたい。直ぐにでも出たい素振りではあるな?」
「おまえが直ぐに出るべきだからだ。そしてカルデアに契約通り協力するのが正しい」
「縛れってのはなんだよ」
「おまえとの魔力供給の詳細は記憶できていないが、気持ちが良かったとだけ記録している」
「ほうほう」
「なので機会があれば……、シてみたい、とは」
「続けてくれ」
ゆらりとデイビットの視線がぶれたのを見逃さず、テスカトリポカは相槌を打つ。そして歯切れの悪くなった言葉の続きを引きずり出すように、あえて何も気づいていないような穏やかな口調で容赦なく続きを促した。
「う、考えていた、んだ」
「へーえ」
「今回は丁度いいと思って、それで、オレは気が急いた。ようだ」
「なるほどなるほど、よぉくわかった」
どうやら魔力供給の名目で行ったアレが、都合のいい部分が切り取られて保管されている。そして、デイビットに『おまえを殺す』とまで言わせたプレイは記憶されていなかったらしい。仕返しをすると決めたら絶対に実行する男なので、処女喪失の危険が無くなったことにテスカトリポカはそっと胸を撫で下ろす。
「つまり、あの日の経験が出来ると思って高まった感情をコントロール出来ず、おまえを襲う可能性が高い。よってオレには物理的な拘束が適切だ」
しかし、深呼吸の後に真顔を作ったデイビットが口にした要約は、やはりテスカトリポカの想像を上回っていた。襲う?抱かれる側のデイビットが!?しかも性欲を持て余して!テスカトリポカを!!そうしないために縛れだと!
テスカトリポカは腹を抱えてゲラゲラ笑った。デイビットがなんだコイツという顔をしているが、それすら面白さに拍車をかけてくる!もうこの部屋の犯人だとか仕組みは、テスカトリポカにとってどうでもいいことに成り下がっていた。ヒィヒィと肩で息をしながら、サイドテーブルの引き出しから手錠を取り出しデイビットにかけた。ついでに強化や耐久性向上の魔術を重ねがけしてこれでよし。
「よし、兄弟。これから一週間、オレがオマエを全力で誘惑してやろう!」
「…………なぜ??」