時からこぼれおちた男時とは常に一方通行である、どれだけ願おうとそれを覆せる人などいない。時計の針が巻き戻らぬのも、坂を転げ落ちる果実がこの手に戻らぬのも、飲み干した水が盃に戻らぬのも、誰もが抗えぬ事象。それが時という仕組み。
まだ真新しい木の香りが漂う小屋の中で、私は剣の手入れをしていた。研磨し続け摩耗した剣は、大分短くなってきていた。
かちり、かちりと、机の上に置いた懐中時計の秒針が時を刻んでいく。
「バルナバス、今日はどんな願いを?」
秒針と短針と長針がひとつに重なった時。口元に柔らかな笑みを浮かべた黒髪の男が、机を挟んだ先で小首を傾げた。傷ひとつない均整のとれた体はまるで造り物のようで、動き出した彫刻と言ったほうがしっくり来る程だ。
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