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    ketorice

    ヴァリスゼアにいるヒカセン、クライヴくんとひろし推し。

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    ketorice

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    バルクラ ロゴスになってしまったヴ

    時からこぼれおちた男時とは常に一方通行である、どれだけ願おうとそれを覆せる人などいない。時計の針が巻き戻らぬのも、坂を転げ落ちる果実がこの手に戻らぬのも、飲み干した水が盃に戻らぬのも、誰もが抗えぬ事象。それが時という仕組み。


    まだ真新しい木の香りが漂う小屋の中で、私は剣の手入れをしていた。研磨し続け摩耗した剣は、大分短くなってきていた。
    かちり、かちりと、机の上に置いた懐中時計の秒針が時を刻んでいく。
    「バルナバス、今日はどんな願いを?」
    秒針と短針と長針がひとつに重なった時。口元に柔らかな笑みを浮かべた黒髪の男が、机を挟んだ先で小首を傾げた。傷ひとつない均整のとれた体はまるで造り物のようで、動き出した彫刻と言ったほうがしっくり来る程だ。
    剣を置いて手招きすれば、男は机に乗り上げぺたりと座り込む。
    緩いウェーブを描く胸ほどまで伸びた黒髪に指を差し込み、手櫛でくしけずってやれば男は笑みを深くした。
    「市井まで買い出しに……生きるためには食わねばならんのでな」
    「そうか、なら付き合おう」
    衣一つ纏わぬ男は、私が瞬き一つする間に簡素な旅装を身に着けていた。
    「この村に来てどれくらい経つ?」
    「……ひと月ほどだ」
    「そうか、わかった。あなたもこちらへ来れば良いのに」
    そんな甘い言葉に、首を横に振る。
    私が神になるなどあってはならない、私は神の従順な下僕であるべきなのだから。


    ――あなたが願った世界を創ったから、ここで一緒に暮らそう?


    私の願いは結実したが、しかしその願いによって宿願は終ぞ果たされなかった。

    黄金色の穂が一面に広がり、薄紅色の果実がたわわに実り、流れる澄んだ小川に小魚が悠々と泳いでいる。
    ここで人は私ひとり、そして気まぐれに訪れる神がひとり。
    市井に溢れるは、神が創りし土塊の人型。それに意思はなく、決められた営みを義務的にこなし、連綿と循環している。
    住まいとしている山中の小屋を出て、男を伴い市井へ下れば土塊たちが健気に日々を暮らしていた。
    「おや、山に越してきた方じゃないか。今日は何をお探しかな?」
    「菜ものはあるか、肉ならある」
    今朝仕留めたばかりの獣を差し出せば、土塊は畑から野菜を摘んできた。
    私はそれを袋に詰めると、挨拶もそぞろに踵を返す。
    「もういいのか?」
    男の問いに、ああ、と頷く。
    見飽きた顔と、聞き飽きた話。どの村に行ってもそれは変わらず、変化は地形と獣の種と土塊が作る野菜くらいなものだ。



    「今日はどんな願いを?」
    まるで無垢な子どものように、男は問い続ける。
    「……お前は何を願い今を続ける」
    問いに応えず、問いで返す。
    すると男は小首を傾げ、くつりと喉を震わせた。
    「私はあなたの願いを叶えたんだよ、バルナバス。あなたの願いがわたしを創った、だから私に願いなんてない」
    この問答も何度したかわからない、けれど私は変化を祈り時折こうして問うようにしていた。
    それが如何に無駄な事なのか、理解はしていたが。


    ――神<アルテマ>をも喰らい、己が神<ロゴス>となり、私が植え付けた願い<呪い>は歪んで叶えられた。


    私は常に一つの方向へと歩き続ける、それは時という不可逆であり不可侵の事象。
    老いぬ体で、凪いだ心で、ただ日々を歩き続け、彷徨い続け、この隣のモノの手を引き続ける。
    「私が終えたいと言えば、お前は終わらせてくれるのか」
    問えば男は必ずこう答えるのだ。
    「あなたは終わりを望まないよ、バルナバス」
    まるで幼子を慈しむ母のような笑みに、蠱惑的な甘い声音。
    優しく包み込むようで、全てを突き放す神の言葉に、しかし砕ける心など持ち合わせておらず、男の手を取り今の住まいへと戻るため歩き出す。


    世界の幻想は終わり、全てを己の身ひとつに背負った男は、今日も隣で悠久を謳い続ける。
    これは今を生きぬ者、私と離別してしまった物、常に隣に在り続けるモノ。
    その男は神となり、時からこぼれ落ちてしまったのだ。
    時からこぼれ落ちた男は、そこに在るが同時に無く、私の心を手に取りうっそりと微笑み続けているのだ。
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