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    H0tChickenFries

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    H0tChickenFries

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    前出したものに加筆したものです

    イリナャちゃんに持ち帰られる 迷い込んだみたいに自ら足を踏み入れたバーの入り口で溜息を吐いてしまっていた。落ち着いた音楽が流れているのに体は重く、今日は色々とついていない日だなぁと思いながら奥へと広がる廊下を進んでいくとこじんまりとしたカウンターやソファに囲まれたブースが目に入る。此処ならごちゃごちゃした路地裏からも目から血が出そうな位書類を見つめるあの仕事からも少し逃れられるーーそう、信じていたところだった。
    「あの~お疲れのところ申し訳ないんですけど……」
     バーカウンターに腰掛けようとして聞こえてくる堅い足音、こちらに近付いてくる声に何だか聞き覚えがあった。見覚えのあるダークブラウンのスーツの上着を片手に持つ上司を見かけてしまう。何も悪いことをしている訳でもないのに思わず胸がどきりとした。仕事が終わってすぐに此処に足を運んで夜と呼ぶにはまだ若い時間に他のお客さんは見当たらない。恐らく、いや確かに自分を呼ぶ声だろうに人違いであることを願ってしまった。
    「お隣、お邪魔しても良いですか?」
     微笑みかけるバーテンダーに快く挨拶するイリーナさんに(半ば反射的に)勿論です、と答える。すぐ隣に座ってくるその仕草がとても滑らかでそもそも質問だったのか、私の返事を待っていたのか疑ってしまうけれどあまり気に留めないようにした。酔いがもう回ってきたのかもしれないことを考えて、何も言わないままにしておいた。
    「この子はうちの新人でーーああ、何飲みますか?私はマルガリータで」
     当然のことみたいに自分のことを説明するイリーナさんはこのバーの常連なのだろうか。バーカウンター越しの女性に微笑みかける姿が手慣れた様子に見えた。
     重なった氷に滴るピンク色の液体をぐびっと飲み干して同じものをお願いしますとバーテンダーに伝える。グレープフルーツの甘味が味蕾に染みて喉奥が熱くなる。空っぽになった背の高いグラスをちらりと見るなりふぅん、と声を漏らしたイリーナさんは相変わらず何を考えているのか掴めない表情だった。控え目な照明に照らされるシャツは柔らかそうで、どうしてだかひどく艶やかに映る。
    「こんな所でどうしたんですか?仕事終わりに一息つこうと?」
    「そんなところです、イリーナさんは?」
    「私は行きつけって感じですかね」
     バーに居る理由を訊ねたイリーナさんが首を傾げると胸の飾りのぶら下がった部品同士がぶつかって衣擦れみたいに微かな音がした。この場所にある程度入り浸っていると彼女の口から出たのに少しだけ疑わしく思ってしまうのはどうしてなのだろう。どうも彼女が毎日お酒を飲むようには見えないというか、お酒にだらしない人だと思えないのか……けれどこの場所の雰囲気は彼女に似合っていた。というか、イリーナさんがこういった場所に似合う人なのだろう。バーカウンターの後ろには見慣れないお酒の瓶がぞろりと並んでいて、少し距離があるのもあるけれど中身が何なのか分からない。きっと私には手が届かないお酒なんだろうなぁなんて考えながら、疑心暗鬼になっている内心を悟られないように言葉を交わしていれば注文した飲み物が目の前に運ばれてきた。 
    「奢りですよ、昼間のことはあまり気にしないでくださいね」
    「良いんですか?」
     隣に座る彼女は何も言わずにグラスに口付けた。良いって言ったじゃないですかと言わんばかりの目で見てくる(ような気がする)ので私も冷たいグラスに入ったそれを体に流し込んだ。芳醇なテキーラの風味の中で甘さとも感じられる酸味が渇きを潤してくれるような気がして、喉が渇いている訳でもないのにグラスの中はあっという間に減ってしまった。
    「予想はしてなかったけど……まあ、安心しました。溜め込まないで発散するのが長続きするコツですから」
    「お怪我は大丈夫なんですか?」
    「保険適用内だったので、はい」
     それは良かったです、と言葉が零れる。そして保険会社で働く人達はこの様な会話ばかりしているのだろうかと疑問に思ってしまう。慣れている人はきっとこういう疑問すら抱かないのだろうけど、新入りの私は聞いてしまいたくなる衝動を抑えきれなかった。
     保険会社の社員が保険に入っているのは都市の事情を考えて当たり前だけど……数時間前眼前であんな怪我をした人が今ケロッとしているのは何だか不思議な光景だった。
     都市の大半の人は入っていないような保険に加入しているようなものだろうか、と思う。死んでも何も返ってこないし、何かあれば運が悪かったねで済まされる人生、私もそこに帰属していたけれど……。保険範囲を広げようにもそれに着いてこれるだけの収入がある人は多くない。彼女が言っていたように、毎回同じような仕事をしているから逆にありがちな事故が浮き彫りになって保険も適用されやすくなるのだろう。
     私達の仕事は報告に偽りがないか、条件に沿っているかだとかを確認することだけど社員もあの長くて複雑なプロセスを辿らないといけないのかと思うと気の毒にも思えるが、生憎入社して間もない私には真相は不明であった。社員だから簡単にしてもらえるような特別扱いがまかり通る訳じゃなかろうし。けれど何はともあれ、目の前の彼女が無事で良かった。グラスに再び口付けようとするけれどすぐに氷が当たって、お酒をもう飲み干してしまったと気付かされた。
    「すみません、同じものお願いします」
    「……また飲むんですか? 何杯目なんですあなた」
    「これは自分が出すからいいんです」
    「ほどほどにしないと翌日に響きますよ~」
     カウンターで会話を交わす自分達を見てバーテンダーの方はにこりと微笑んでいた。見られてなんだか恥ずかしい……と横に視線を持って行けば今度はイリーナさんが心配そうな口ぶりの割にはニヤニヤしながらこちらを見つめていて、どうやら逃げ場は何処にもないことを分からされてしまった。隣に人が居るのに空のグラスを見つめ続けるにもいかなくなってイリーナさんの方に体を向けると彼女は満足気に口を開いた。
    「ところで、どういった経緯で未来生命で働くことに?」
    「えっと、それは……」
    「ああ……別に無理に言わなくて良いですよ、他の話題でも良いです。貴方のことが知りたいだけですから」
     細い眼差しの下で綻んだ口元ーー血色の良いぷっくりとした唇は柔らかそうで、普通に話しかけてくるだけの彼女を魅力的に感じてしまいそうになる。自分よりずっと年上なのは明らかだけど綺麗な顔で覗き込まれると胸がどくんと熱くなってしまう。まるで、誘惑だった。
    「いえ、ただ知り合いに紹介して貰っただけなので……それだけです」
     こっちが振り絞った返答に対してイリーナさんは成程ね、と溢してにこりと笑いかけてくるだけだった。少し暗いから分からない、けれど……もしかしてこの人、もう酔ってる?そんなことを思ってしまう程に彼女の微笑みは途切れなかった。ただお酒で気分が良くなっているだけなら心配も要らない、けれど。
     無意識にグラスに触れたままにしていた手に指が触れてくる。それが誰のものなのかは言うまでもなくて、心臓が止まったみたいな時間が流れた。
    「よく来るってことはお酒、好きなんですか?」
    「好きですね、ふふ」
     猫撫で声みたいな言葉の響きが頭から離れてくれないまま彼女の指先は手の甲を優しく撫でるようにゆっくりと円を描いていた。
     イリーナさんの青い瞳を見つめても彼女は何も言ってくれなくて、言いたいことがあるなら言えばいいじゃないですかと言わんばかりに見つめ返されてしまう。手袋をはめた指で裸の手に触れてきているのがずるくて、もやもやする。
     やり返すつもりで重なった手の下からそっと彼女の手に触れてみる。くすくすと笑い声が聞こえてきて、その可愛らしい声に頬が緩んでしまう。まるで子供の遊びみたいなやりとりの中じゃれついてくる手が更に甘えん坊になって漸く絡まり合おうとした時ーー入口から賑やかな声が聞こえてくるのに気付く。
    「うーん、ここじゃ場が悪いですね……」
     イリーナさんの方をちらちら見ても状況が変わる訳でもないけれど、困った表情から目が離せなかった。グラスは空っぽなのにまだ満たされない感じがして、けれどこの場所に留まる理由もうまく言い表せないわたしはただ彼女から何か言われるのを待つだけだった。
    「……一緒に来ますか?」
     助け舟としか言いようがない提案に私が頷くなりイリーナさんは椅子から立ち上がって他のお客さんの注文を取っているバーテンダーに軽く挨拶をした。彼女に着いていきながら賑やかになりつつあるバーの中を通り抜けて外に出ると生温かい空気が出迎えられてまだまだ暑い日が続くのを思い知らされる。
    「私の家で問題なさそうですかね」
    「大丈夫ですけど、その」
     いつの間にか外は暗くなっていたけれど静かになった訳でもなくて、夜の灯かりが眩しい路地裏はむしろ賑やかになっていた。すぐそばで沢山の人が行き交っていても気になるのはさらっと腰に置かれたイリーナさんの手で、びくっと跳ねそうになった体を抑え込めても声には本音が表れてしまう。
    「おっと……これはごめんなさい、先に聞いておくべきでした」
    「手は、繋ぐのじゃダメですか?」
     ぽかん。そんな言葉が似合いそうなちょっぴり驚いた顔をしてイリーナさんは立ち尽くしていた。ほんの少しの沈黙の後、見覚えのある表情を浮かべながら彼女は仕方なさそうに口を開いた。
    「……そんなの見て見ぬふり出来ないじゃないですか」
     彼女の方から手を繋がれてわたしは自然と微笑んでしまった。イリーナさんは頬を赤らめながらも手を握っていてくれた。頬に触れられなくとも、それがお酒のせいではないことは明らかであった。
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