メンヘラな1日バンカラ街の喧騒、絶妙に無視出来ない頭痛、湿度を含んだ室内の不快な温度。なんて事ない、良くある不快な朝だ。
枕元のイカ型の携帯をケーブルを手繰り寄せて見つける。...目当ての通知は来ていなかった。おはようと一言メッセージを残し、頭痛と少しでも期待した自分の馬鹿さに溜息をつき、布団から起き上がる。
テーブルの上には血のついたティッシュとロング缶。お菓子の小袋も何個か床に散らばっている。あーあ、夜中にお菓子も食べちゃってる。
こんなこと、良くないのは分かってる。やめればお金ももっと余裕がある。でもこれがないと私は生きていけない。これがないとあまりにも現実が辛い。
私の彼氏、カベルネ君は楽しむためにお酒を飲んでいる。私にはそれがよく理解出来ない。私にとっては酔うためのものでしかなくて、何も考えられなくなりたいから飲む物なんだ。
...そもそも飲み会なんて行かないでって言ってるのに。
...今日は朝から病んでる日だ。
考えるのをやめよう。
テーブルの上の片付けを終えて、洗面台で顔を洗う。お酒で気絶するように寝たはずなのに疲れた顔だ。心做しかゲソのツヤも良くない。
どこにでも売ってる肌、ゲソ兼用の安いクリームを塗って馴染ませれば見れないことは無い感じになる。
ここまででもう一度携帯を見る。返事はかえってこない。時刻はお昼前、まだ寝てるなんてことは考えにくい。どうせ私のメッセージも見ずバトルに熱中してるんでしょ。バトルは別にいい。カベルネ君はバトルで生計を立てているからそこはとやかく言えない。でもマッチングの合間とかにちょっと連絡返すくらい出来ないの?
さっきと変わらない通知画面に再度溜息を着く。
携帯を傍らに置いていつもの一張羅に着替える。ギア高いんだよ。私にはなかなか買えない。バイトで稼いでそこから生活費を引けば残ったお金なんてそんなに多くなくて...。
カベルネ君みたいにバトルが出来るなら稼げるんだろうけど私はそうもいかない。
人に好かれたくって、嫌われたくなくって自分を演じていたら周りに誰も居なくなっていた。そんなだからロビーは居心地が悪くて避けるようになった。だからバイトでは余り喋らず最低限の居場所を失わないようにしている。
そんな中、私の隣から離れていかないのがカベルネ君なんだ。私が隣を歩いていい人、私が居場所にしていい人。だから私はこの人を手放す訳には行かない。でもカベルネ君は人当たりがいいし、いつもボーイガール問わず誰かが近くにいる。私がちょっと離れた隙に誰かが私の居場所に入り込んでくるかもしれない、そうなったら私はいよいよ1人だ。考えただけで体の内側から冷えていくようで抑えが効かなくなる。
……電話していいかな、バトルしてるかな。終わったら折り返してくれるかな、でもそれで折り返しが来なかったら本当に耐えられない気がする。
何度目か分からない溜息をついて携帯を置く。
こんな気持ちでバイトなんて行ったって上手くいかないのが目に見えてる。ふと今日は休んでしまおうか、なんて思う。でもバイトに行かないと月末が苦しくなる。それに今日の夕方はカベルネ君に会えるんだからそれまで淡々とシャケを倒していれば余計なことを考えなくて済む。その間は携帯も見なくて済むわけだし、一石三鳥くらいだ。
カラカラの体に水道のぬるい水をコップの半分取り入れる。
再び携帯を見るもやはり新規の通知は無い。
怒りのような、恐怖のような自分でも分からない感情を息を吸って吐いて逃がす。
ロビーの様子を見に行くべきだろうか……。考えがまとまらなくて水道のシンクの前でしばらく今日の行動を考える。
ただ一言。おはようって返してくれれば私はバイトに行けるのに。
トーク画面を開き、今何してるの?と付け加える。数秒待つけど既読はつかない。
大丈夫、大丈夫……。バンカラマッチって1試合結構長いし、延長まで入ればもっと長い。そんな数十試合もするほどカベルネ君はバンカラマッチに入れ込んでいる訳では無いし、昼前には休憩して返事を返してくれるよ。
でもその間は?バトルとバトルの間にはちょっとした空き時間があるわけで、その間は何をしているの?カベルネ君の隣には誰がいるの?隣にいる人はボーイ?ガール?私より可愛いガールだったらその人のところに行ってしまわない?
一緒にバトル出来ない私より、一緒にバトルが出来る可愛いガールならそっちが選ばれるに決まってる。カベルネ君ってかっこいいし、活躍なんてした日にはガールなら好きになってしまう。ナイスなんてされた日には自分に気があると思っても仕方がないよね?そしたら私はもう要らなくなってしまう。
こんな泣き虫で面倒くさくて、性格の悪い私なんて、私がカベルネ君なら選ばない。ただ出会った時、その場にいたのが私だっただけで、カベルネ君は優しいから困ってる私を助けただけ。
……嫌になってきた。
バイトに行かないといけない。ロビーに様子を見に行きたい。ロビーに行って、真実を知るのも怖い。家にいてこのまま夕方まで過ごすのも気が狂いそう。
携帯が振動する。
電源をつけて通知を見ればカベルネ君の名前。
「おはよう!今はホコの時間だからガチホコしてたよ。俺のゴールでノックアウト取れたよ!」
ついでに送られてきた写真。カベルネ君の名前が1番上で、その下3つはよく聞くカベルネ君の友達の名前。
大活躍しなかったらこのまま昼まで連絡返さなかったくせに……と思う反面連絡が返ってきたことに、知っている名前が並んでいることに安堵する。まるで劇薬のように心が穏やかになるのを感じる。
おめでとう、と返し靴を履く。
……商会に行こう。それで、最初のカプセル沢山貰えるあたり位までやって、オカシラ出たらそこまでで休憩して、今日はマキアミロールにしようかな。私はお気に入りの靴を履き終えて家を後にした。