モブヤニ同棲体調不良小説朝目が覚めるといつもの見慣れた天井とバンカラ街の喧騒が聞こえてきて眠りから現実へと一気に覚める。部屋はまだ肌寒く日が登りきっていないのが分かる。タコは早起きなのだ。
しかしながらこの部屋にはもう1人タコが居る。
ヘビースモーカーの彼はいつもなら僕より早く起きてベランダでタバコを吸っていたり携帯で何か見ていたりするのだが2人で寝るには狭すぎるこの薄い布団にはまだ人がいるようだった。
今日は遅起きなようだ。
遅起きとは言ってもまだ早い時間には変わりないしそっとして布団から出る。
彼、何食べるかな。ちょうど食パンが2枚残ってるし今日の朝食はパンでもいいだろうか。
同居人が寝ている以上、返事は貰えないので勝手に今日の朝食をパンにする。オーブントースターで焼いている間に昨日自分が飲んだお酒の缶を濯ぐ。
少し肌寒いしスープも付けよう、お湯を沸かし、粉末のコーンスープを開封する。パンが焼けた音がしたがスープに着手しているため少し放置だ。
パンも取り出したし、いい時間になった。同居人を起こそう、そう思って布団の方に向かう。
「朝食が出来たぞ。そろそろ起きてくれないか?」
しかし彼は布団に潜り込んで丸まってしまった。前に君は眠りが浅いと言っていたからな、昨晩はあまり寝れなかったのだろう、それでもバイトがあるから起きてもらわなければ困る。君には借金もあるのだから。
「なあ、今日は肌寒いし起きたくないのは分かるがスープも作ったから起きてくれないか?」
無視だ、ここまで聞き分けが無いのも珍しい。布団の上から肩を揺さぶり強制的に起こしにかかる。反応しない、ここまで来ると違和感を覚える。
「大丈夫か?調子でも悪いのか?」
布団の中に手を突っ込んでどこの皮膚か分からないが触れると医者でもなんでもない素人でも分かるほど熱い。
「これは、熱があるんじゃないか……?」
「頭痛い……寒い……辛い……。」
普段あまり自分のことを話さない彼の弱音に少しドキッとしながら寒いなら、と押し入れから毛布を取り出す。
布団と毛布の2枚体制に少しマシになったのか顔を出してくれた。
顔が蒸気していて目がいつもより水分を含んでいる。官能的な様に場違いにも少しの興奮を覚えた。
「何か食べられそうか?」
「……無理……。」
これは参ったな。今日のバイトは僕も休みにしておこう、カフェイン中毒のイカには悪いが僕はこの弱っているタコの方が大事なんだ。
「スープだけでも飲んでおかないか?少しは栄養を取った方がいいと思うんだが。水分も取れるし……。」
「……少しだけなら……。」
渋々といった感じだったがYESの返事を貰えたので並べておいたスープのカップを布団まで持っていく。
ヤニカスのタコはいつもの倍くらいの時間をかけて起き上がった。座っているのすら少しキツそうな様子だ。
手にスープカップを握らせるが自分の足よりずっと遠くを見ているようでまるで焦点が合っていない。
肩を叩いて我に返すと緩慢にスープを口に運び出した。
2、3口飲むと手を止めてしまった。かなり食欲が落ちているな。昼は食べやすいうどんやゼリーでも用意しておくか。
スープカップを回収し、もしかしたら昼に飲めるかもしれないとラップをして冷蔵庫にしまう。部屋に戻ろうとドアの沓摺に足を踏み入れた時、こぷっ……と嫌な音がした。この音は聞き覚えがある。深酒した翌日にまれに聞くことになるヤツだ。
音の発生源に目をやれば目を見開いて口元を押さえるタコが居る。
近くにあったゴミ箱を口元に持っていく。
1回目の嘔吐反射は堪えたらしく荒い呼吸を繰り返している。
背中を摩ってやると胃液と今しがた飲んだコーンスープが混ざったものを吐いた。
嘔吐反射による生理的な涙と吐瀉物なのか鼻水なのか分からない液体と粘っこい唾液が糸を引いてゴミ箱に付けられた袋と繋がっていて顔面がぐちゃぐちゃだ。
「だ、大丈夫か……?」
大丈夫じゃないのは見ればわかるがかける言葉がそれしか無かった。
「……ごめん……。」
「謝らないでくれ。」
ティッシュを箱ごと渡し、自分は台所に水を取りに行く。
顔面の体液をあらかた拭き取り鼻をかんでいるのを見届け落ち着いた頃に水を渡す。吐瀉物を受け止めたゴミ箱を受け取り袋をきつく縛りゴミ出し用の袋に入れた。
「頭痛くて……起き上がったら気持ち悪くなって……でも吐くとは思わなくて……。ほんとごめん……。」
いつものガラの悪さとか斜に構えた感じとか何処にやったんだと思うくらいしおらしくなってしまった。
「体調が優れない時は仕方がない。謝らなくていいんだ。僕は君の恋人だろう?こんな時は大人しく頼ってくれ。今日は一日そばに居るから。」
そっとヤニカスのタコを横たえ軽い口付けを落とす。
「今ゲロったから汚ねえのに……。伝染ったらどうするんだよ……。」
「これだけ一緒に過ごしておいて今更だろう。伝染ったら今度は君が看病してくれ。」
「俺……看病の仕方とか……分かんねぇよ……。」
吐いて疲れたのか段々言葉が緩慢になり目を閉じてしまった。喋らせないために僕は黙る事にした。
空が暗くなり、一度は日差しで暖まった部屋も再び肌寒くなった。どうやら僕も半日程寝ていたらしい。ここのところ連勤していたし、無意識に疲れていたのかもしれない。同居人はまだ寝ている。今のうちに何か食事を作ろう。うどんなら彼の主食だからいつでもあるのだ。
貧乏な僕らのうどんは素うどん一択なのだが少しでも栄養のあるものを食べさせたいし冷蔵庫に残っていた人参と卵を入れた。出来上がったそれを器に盛り、部屋に戻るとヤニカスのタコは起きていた。
「調子はどうだい?」
「だいぶ良くなった……。」
やはり睡眠は大事だな。軍にいた頃の教えだ。
「うどんを作った。食べられそうか?」
「……うん。」
食欲が戻ってきたことに安堵する。あんな辛そうな様子はなるべく見たくないからね。
うどんを1本ずつ食べている。まだ本調子ではなさそうな様子だがなんだか可愛いな。
「気持ち悪くないか?大丈夫か?」
「大丈夫、頭もそんなに痛くないしちょっとダルいくらい。」
首元に触れるとまだ少し熱い気がするが朝よりは随分熱が引いている気がする。
行儀が悪いが自分の分のうどんも持ってきて隣で食べる。僕のは素うどんだ。
「今日ごめんな。お前も休みになってしまって。お前の楽しみ酒くらいしかねぇのに。」
僕の酒代を心配しているようだ。酒しか楽しみがない?そんなこと無いんだけどな。
「酒はもちろんだが君が居るだろう?君は僕にとって大切なんだから。それとも君は違うのかい?」
「……大事に決まってるだろ……。」
「そういうことだ。僕は君と1日過ごせて不謹慎だけど楽しかったよ。」
とどめに唇に口付けをする。
熱とは別の理由で顔面の温度を上げてしまった彼を後目に先にうどんを食べ終えた僕は皿を片す。
「お前のそういうところずるい、お前だけいつも余裕そうなのムカつく。」
戻ってくれば文句を言われた。そんなことないんだけどな。熱に浮かされているようなあの表情や弱音をこぼす姿は非常に官能的だった。それを言うと彼はまた変態だとか、恥ずかしがってズルいと言うのだろう。あまり興奮させて熱がぶり返すと困る、黙っておこう。
「弱ってる君は可愛かったよ。」
おっと、少しだけ本音が漏れてしまった。
「はっ、はあああ?!」
「ま、そういうことだから早く風邪を治してくれ。じゃないと押し倒してしまうからね。」
落ち着かせたかったのに最後のは逆効果だったかな。反対側を向いて布団に潜ってしまった。
おやすみ、の意を込めて肩の当たりをぽんぽん、と叩くと彼の分のうどんの皿を片付けた。