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    case669

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    よわよわ
    レオジャミ

    ##レオジャミ

    寝苦しさを感じて目を覚ます。寝室に射し込む明るい日の光の中、まるで抱き枕でも抱えるかのようにジャミルの右側からしがみ付いている一回り大きな熱い身体。普段から同じベッドで眠っているが、朝までジャミルの肩を枕に両手両足でがっちりと抱え込み、こんなにもべったり絡みついているのも珍しい。レオナによってすっかり裸のままベッドに入るのが当たり前になってしまった所為で、互いの肌が汗でぬるりと滑っていた。道理で寝苦しいわけだと思った所で思い出す。
    レオナは昨晩、出張から深夜遅くに空港に帰ってきた筈だ。空港に着く頃には公共交通機関は動いていないし、迎えを呼ぶにも遅すぎる時間だからそのまま近くのホテルに泊まり、今日は会社に顔を出してからゆっくり帰ると、飛行機に乗る前に通話した覚えがある。だからジャミルはキングサイズのベッドに一人寂しく寝ていたというのにいつの間に帰っていたのか。
    そっと頬に掛かる柔らかく波打つ髪を避ければ現れるのは眉間に皺を寄せて眠る少し窶れた顔。
    「んん……」
    むずがるように頬を擦り付け、ぎゅうとしがみつく腕に力が込められていた。見慣れない可愛らしい仕草にジャミルの頬が緩む。壁に掛けられた時計を見れば時刻はジャミルの起床予定時間よりも早い。まだゆっくりしていられる。だがそれにしても熱い。この男の体温はこんなに高かっただろうかと、ふと掌をレオナの額に押し当てる。
    「あっつ……」
    風邪だろうか、過労だろうか。纏う汗をそっと拭えば、うっすらとレオナが目を開く。
    「……おはようございます」
    「…………ん」
    普段の半分も開いていない目蓋の下でさ迷う濡れた瞳がジャミルを見付けるとふわりと笑い、そうしてまた閉じられてぎゅうと抱き締められる。
    「体調、悪いんですか」
    「……へぇき……」
    問えばもにゃもにゃと不明瞭な声が返ってくるが、碌に舌も回っていないのはどう見ても平気では無いだろう。ジャミルよりもよっぽど優れた身体を持つ成人男性がふにゃふにゃになっている。
    「俺、そろそろ仕事に行こうと思うんですけど、ひとりで大丈夫ですか?」
    「……ん」
    こくりとジャミルの肌に懐くように頷くものの、確りと絡み付いた手足は全く離れる気配がない。
    「……それとも、仕事を休んで側にいた方が良いです?」
    「ん」
    再びこくりと頭が縦に動くが、一瞬の間を空けてからゆるゆると横に振られる。それから、ようやく思い出したかのようにおずおずと離れる体温。
    「へーき……」
    もぞもぞと鈍い動きで布団の中で泳いだ身体が自分の枕を見付けてぽふりと頭を乗せる。その、言葉とは裏腹にしょぼくれた顔。いつもキリリと吊り上がった眉は垂れ下がり、熱に潤んだ瞳がもの悲しげにジャミルを見ていた。心なしか唇まで尖らせている。
    「……寝てれば、治るから、気にするな……」
    少しだけ理性を取り戻したような唇がそれらしい事を言うが、そんな目で見られたらそれじゃあ行ってきます、だなんて言えるわけがない。本人は自覚していないのだろうが、明らかに行って欲しくないとその目が訴えている。幸いにもジャミルの今日のスケジュールはさほど忙しく無いから完全に休みにすることは出来なくとも、在宅でなんとかなるだろう。
    「……俺も休みますね。色々取ってきますから、少しだけ一人で我慢しててください」
    良い子に自分の枕に収まる頭に口付けを一つ落とし、ベッドから下りる。部屋を出る間際に振り返ると、まるで忠犬のようにじっと悲し気な顔でジャミルを見つめるレオナに思わず笑ってしまった。


    服を着て、ノートパソコンと必要な書類、それから朝食代わりのバナナを一房。水分補給には2リットル入りの水のボトルとコップを二つ用意した。あとついでに体温計と各種薬の入ったピルケース。何度かに分けて寝室に運び込んだが、ジャミルが部屋を出てすぐにまた眠りに落ちたのかレオナは瞼を伏せたままただ少し苦しそうな呼吸をしているだけだった。最後に水で絞ったタオルを二つ程握り締めて戻って来た時もレオナは眠ったまま。下手に起こしてしまうよりはこのままそっと寝かせて置いた方が良いだろうかとベッドの傍らに立ちそっと様子を伺えば、わかっていたかのように再び持ち上がる瞼。熱に蕩けたエメラルドがじっとジャミルを見て、じゃみる、と呼ぶ形に唇が音もなく動いていた。誘われるように手を伸ばせばまるで撫でろと言わんばかりに頭を差し出され、その見慣れぬ素直さにジャミルの頬が緩む。
    「会社、連絡はしてあるんですか?」
    「……空港……出る時、した……」
    「なら良いです」
    ベッドに戻りながら汗でしっとりとした髪を撫でる。布団の中に足を入れて枕を背に座れば、すかさずレオナがもぞもぞと動いてジャミルの腿を枕にした。
    「俺も休み取るんで、安心して寝てください」
    「ん……これ、邪魔」
    ぐい、と無造作に引っ張られるのは裸のままウロウロするのも躊躇われて履いたスウェット。勝手に引きずりおろそうとしているようだが普段の半分の力も出ていないのかただ闇雲に布地が伸びるだけだった。
    「脱いだら寒いんですけど」
    「じゃま」
    まるで駄々っ子のような良い様にジャミルの頬は緩みっぱなしだった。あまり他人を甘やかしたいという気持ちになった事は無かったが、今のレオナはとことん甘やかしてやりたいと素直に思う。普段、頼れる年上の男が弱っていると何故こうも可愛く見えてしまうのか。
    はいはい、と仕方なくという態を装いながらウエストゴムを下ろし尻の下まで脱げばあとはずりずりとレオナが足で蹴るようにして脱がせてくれたが、足首辺りまで脱がせた所で満足したように右足にぎゅうと抱き着かれた。仕方なく自分の足で蹴るようにしてなんとか脱ぎ捨てて漸くジャミルの腿を枕に安心しきったように息を吐くレオナの頭を撫でる。腿に乗せられた頬は熱い。今この体温という事は、これからもっと上がるのかもしれない。外気に晒された左の太腿が多少寒いが右足に絡みつく体温で凍える事は無さそうだ。汗で絡む髪を優しく解きほぐすように撫でていればとろりと目蓋が落ちてすぐにまた寝息へと変わる。それを見届けてから、ジャミルは各所への連絡の為にスマホを取り出した。


    バナナで空腹を訴える腹を宥めながら、折り曲げた左足を机代わりに作業に熱中していたらお昼近くになっていた。レオナに自由を奪われた右足の感覚が無くなっていることに今更気付く。流石に一度動かして血流を戻したいし、レオナに水分補給もさせたいと思い、右足を抱き締めたままぴくりとも動かずに寝ていたレオナの肩を軽く揺すって覚醒を促す。
    「ちょっと、一回起きてください。お水飲みましょう」
    二度、三度。肩を揺らすと重たげな目蓋が小さく瞬く。露になったエメラルドが左右にのろりと動き、そうしてジャミルを見付けると驚いたように見開かれた。
    「……仕事は?」
    「休みましたよ。貴方が寂しそうな顔するから」
    先程よりもレオナの意識ははっきりしているようで、熱で潤んではいるものの知性を取り戻した瞳で首が傾く。
    「……なんの話だ?」
    「覚えてないんです?」
    パソコンを横に退かしながらレオナの髪を撫で様子を伺うも、訝し気に眉を寄せて考え込むばかり。
    「――――ぁ」
    だが不意に、何かに気付いたように微かな声を上げ、それから再びジャミルを見る。
    「……わすれろ」
    目が合ったのは一瞬。すぐに恥じ入るようにシーツの上に突っ伏した頭を、ジャミルはぐしゃぐしゃに撫でまわしてやった。
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