誰にもあげない「だから言っただろう、試飲も大概にしろと」
「ん〜……うへへ、丹恒は今日もかっこいい……」
「あ、ぶな……ふらつくなら凭れていろ」
「うん……」
凭れかかれる石段に連れて来られた俺は、心配そうに覗きこんでくる綺麗な顔に吸い寄せられるみたいに唇を寄せた。
「おい、酔っ払い」
「ふぎゅ」
あと数センチでキス。するかと思えば、丹恒の手がほっぺたをむぎゅっと掴む。かわいい顔に何をするんだ、って抗議したら、そうだなかわいいな、て適当にあしらわれた。仮にも恋人ですよ、ってむくれて暴れてもいいんだぞ、なんて働かない頭で思う。
「たんこー、のどかわいた……」
「ああ、飲み物を買ってこよう。何がいいんだ?」
烈火濃茶はなんでこんなに飲んだ後で喉が渇くのかわからない。試飲でぐでんぐでんになって肩まで借りたうえに、畳み掛けるように俺はわがままを口にする。けど、見捨てられても文句は言えないわがままにも、丹恒は頷く。
さすが丹恒、すき!って腰に抱きついてみたけど、やっぱり剥がされた。解せない。
物が二重に見える視界に目を細めながら、俺は屋台のメニューを確認する。ソーダ豆汁はパスとして、炭酸水はしゃっくりが出そう。カコカーラも今は気分じゃない。そうなると、残る選択肢は一つしかなかった。
「仙人爽快茶がいい!」
「まさかとは思ったがそれを選ぶのか」
「うん。えーっと、氷は……」
「氷少なめ、甘みは多め、ホイップも多め、だろう」
わかっている。そう言って笑うと、丹恒は俺の頭を優しく撫でた。そのまま屋台に向かうかと思えば、俺にフードを被せる。
「俺、別に寒くないけど?」
「今のお前の顔を周りに見せたくないんだ。かわいいからな」
理由がわからなくて首を傾げると、丹恒は掠れた声でそう囁いてから屋台に向かって歩き出した。甘い言葉を吹き込まれた俺のほっぺたはただでさえほわほわと熱っぽかったのに、途端にぼぼっと熱くなる。
なにいってんだよ、ってひとりぶつぶつ言いながら袖でほっぺたを擦って、景色にゆっくりと馴染んでいく丹恒の背中を眺めた。
星がまたたく夜空と、屋台の隙間を縫って施された星を模った金色の電飾の下、屋台に並ぶ客たちの中では頭一つ抜きん出た横顔は、ゆっくりと前に進む列を見てる。その後ろ、三人で並んでる女の子たちが丹恒を見てこそこそと話してるのが見えて、俺の口はむむ、と尖った。
丹恒は目立たないようにしてるけど、とても女の子たちの視線を奪ってしまう。俺と変わらない年頃の子から、姫子くらいの年齢の大人の女性まで幅広く、丹恒とすれ違えば必ず振り向く。
丹恒は真面目な性格で、他人からの好意に疎い。だから人からアプローチを受けても「よくわからない」らしくて、本気でわかってなくて俺に「どういう意味かわかるか?」って訊いてくるくらいだ。
この前なんて、二人組の女性たちが「道に迷っちゃってぇ」なんてあからさまにナンパして来たことがあったけど、「この先百メートル直進してから南に折れると案内板がある」って真面目に道案内した。隣にいたのに女性たちに強引に押し退けられて唖然としてた俺は、笑いを堪えきれなくて丹恒にしがみついて笑った。
そんな丹恒だから、自分からすきだと言ってくれた俺以外の誰かに靡くなんて有り得ないってわかってる。けど、かっこいいだろ丹恒は、って気持ちの裏で、独り占めしたい欲がむくむくと湧き上がってくる。子供じみたやきもちだ。
もやもやした気持ちに胸のあたりを摩ってると、いつの間にか注文を済ませて両手に仙人爽快茶を持った丹恒が戻ってくるところだった。落ち着かない気持ちをなんとかしたくて立ち上がった瞬間に、違う屋台の影から出て来た女の子たちが丹恒を呼び止める。
あ、あれはちょっと手強いタイプだ。
なんとなくだけど、丹恒に絡んでくる女の子たちを見るうちに、そういう判断ができるようになってしまった。声までは届かないけど、口の動きで「一緒にご飯食べませんか」って誘ってるのがわかる。
丹恒は極力手短かに必要なことを口にしてるんだろうけど、やっぱり退くつもりがないらしい。連れがいるんだと言ったのか、女の子たちが俺を振り返って黄色い声をあげた。どうせあれだ。「おまけもそれなりにアタリだ」なんて思ってる。
失礼な反応はともかく、俺ははやくその場から奪いたかった。丹恒に向けられる視線に、胸がちくちくと痛むから。
足のふらつきなんてもうどこかにいった。まっすぐに丹恒を捉えたまま走ると、その首にしがみつく。両手が塞がったままの体でもしっかりと俺を受け止めた丹恒が、驚いて瞬いた。
その綺麗な顔の、一番おいしいところに食らいつく。
きゃ、て小さな声が聞こえたけど構わずに唇を吸い上げた。気持ちよくておいしくて夢中になってたら、そのうちに、ふ、て呼気が触れて、丹恒が俺の唇を甘く食んだ。
どれくらい経ったかわからないけど、唇を離した時には女の子たちはその場からいなくなってた。丹恒の唇を濡らす雫がもったいなくて舐めると、いつの間にかフードが脱げてさらされてるうなじを引き寄せられる。
もう一回するのかな、って思ったら、丹恒が「続きはあとで、だ」って笑った。その表情と纏う空気は、言葉に出来ないくらい色気がある。
さっきフードを被せてきた丹恒の気持ちがわかった。納得するしかない。
俺も、いまの丹恒を、誰にも見せたくないから。
「帰ろ、丹恒」
いますぐキスしたい気持ちは、もう少しお預けだ。