8/30🆕💚💛「お姉ちゃんの言う通り」「だから言ったじゃん。もう認めなってば」
ズゴゴゴ、と氷の下で薄くなったミルクティーを行儀悪く音を立てて吸い上げながら、星がびしぃ、と指を突きつけてきた。
鼻先を押され、潰すようにぐりぐりされて手で払うと、にんまりした笑顔を向けられる。いやもう、にんまりを超えてにやにやだ、これ。
「認めるも何も、俺と丹恒はしんゆ」
「友達が告白されてる時に泣きそうな顔して見たり挙句その場から引き剥がすみたいにして連れ去るのは純粋な親友がやることじゃないよ」
「うぐぅ」
「丹恒は俺のだから!って顔してたじゃない」
「うぐぅぅぅぅ」
見られたくない場面を全部見られてた上にノンブレスで痛いところを突かれて変な声が出る。
一昨日、帰り際に同じ講義を取ってる女の子に呼び止められた丹恒は、その子に「付き合って欲しい」って告白された。
夏季休暇中に何度目の成長なんだよ、って突っ込みたくなる成長期を迎えた丹恒は、身長が伸びて精悍になって、これまで以上に女の子たちの視線を集めてる。
家庭の事情で会えなかった間に随分と雰囲気が変わって、男の親友の俺ですら、大人びた表情や所作に心臓がドキドキするようになっちゃったんだ。
もともと少し目線が上だったのに、更に高くなった丹恒を見上げる。すると、そんな俺にたまらなく柔らかくて優しい微笑みが向けられる。
その破壊力は本当に半端なくて、その微笑みを見るたびにに惚けるしか出来なくなった。「いやいやいやドキッてなんだよ」って自分に突っ込みながら戸惑ってたところに、昨日の告白事件だ。
まだ丹恒が返事をしてないタイミングで二人の前に現れて、「丹恒お待たせ!行こう!」って丹恒の手を引っ張ってその場から逃げた。
(最悪すぎるんだよなあ……)
最寄駅とは反対の方向に走っていく様子のおかしい俺を優しく止めた丹恒は、俺が落ち着くまで待ってくれただけでなく、心配だからってタクシーで送ってくれて。
寝る前にも落ち着いたかどうかの確認をするという、丹恒、俺の彼氏だったっけ?なんて勘違いをしそうなくらい手厚いフォローを受けた。
いや、させてしまった。
俺だって、あの時なんであんなことしたんだ、って帰ってからベッドでじたばたしてたんだ。どうしたんだ、って奇行を心配してくれた丹恒の優しさへの罪悪感でいっぱいで。
「それなのに、丹恒への想いは親友以外ない、って証明するために合コンに行くのなんなの?馬鹿なの?お姉ちゃんはそんなふうにあんたを躾けた覚えはないよ」
そうなんだ。
あまりにもおかしな自分の行動に悩みまくった結果、バイト先にいる同い年のスタッフからの合コンに行こうぜ、の誘いに乗っちゃったんだ。
女の子と話したら、このよくわからないモヤモヤの正体がわかるんじゃないか、丹恒への好きは親友としての好きなんじゃないかって。
「まあいいや。どうせかえって自覚しちゃうに決まってるよ。丹恒のことで頭いっぱいになっちゃいな。スイーツビュッフェ、なのと二人分賭けとくからね」
「な、ならない……」
「…………」
「……たぶん……」
「どうだか。お姉ちゃんの予想が外れたこと、今までにあった?」
ふふん、て鼻で笑われた。
情けないことにぐうの音も出ないし、尻窄まりの言い訳ばっかりだ。これでもかってくらい畳みかけられていっぱいいっぱいになってるし、昨夜「明日、泊まりに来ないか」って誘ってくれた丹恒の、残念そうな「そうか……」って声がずっと耳に残ってる。
合コンに行くんだ。
とはさすがに言えなくて適当に誤魔化したんだけど、丹恒を騙したみたいで胸がちくちく痛い。
「まあいいや。あんた、昔から試してみないと気が済まないでしょ。行ってみてから考えれば」
あんまり遅くなるんじゃないよ、って子供を嗜めるみたいに言う星に頭をぐしゃぐしゃにされて見送られた俺は、気乗りしないまま待ち合わせ場所に歩き出した。
わかってた。
わかってたけども。
帰り道をとぼとぼ歩きながら、深々と溜息を吐き出す。
星に言われなくても、萎んだ気持ちで向かった時点でわかりきってた。
結局、かわいい女の子はいたし、中には俺なんかに優しく話かけてくれた子もいたけど、ただ話しただけ。
どこの大学行ってるの?好きなアーティストいる?なんてテンプレの話題に乗っかって言葉は交わしたけど、特に盛り上がることもなくて、ひたすらちびちびとコーラを飲んでただけだった。
それはそうだ。ずっとメッセージが届いてないかってスマホを気にしてて、酒も飲まないお子ちゃまなんか興味を持たれる筈がない。
それに、俺の頭の中は最初から最後まで丹恒のことでいっぱいだったから、どっちにしても上の空にしかならなかったと思う。
結局、最初の店を出たところで輪を抜けて帰ることにした俺は、無意識に向かってた場所に気付いてうわぁぁあって頭を抱えるしかなかった。
もう一つの見慣れた街並みと、目の前に聳え立つマンション。
ここは、丹恒が住んでる場所だったから。
時間はまだ早いし、泊まりに来ないかって誘ってくれたぐらいだ。きっと訪ねれば迎え入れてくれるとは思う。
けど、嘘をついて断ったくせに図々しいだろ、って脳内の自分が横からほっぺたを意地悪くつついてくる。都合良く丹恒の厚意を利用するみたいで、絶対によくないことなのも自覚してたから。
「……帰ろ」
自分から「やっぱり泊まりに行きたい」って連絡するのも気が引けて、来た道を戻ろうとした。
「穹……!」
マンションに背中を向けて歩き出したところで、腕を引かれる。
丹恒だ。
慌てた様子だったけど、俺の顔を見て安心したように眉を下げる。
俺はと言うと、丹恒の顔を見た途端に会いたかった気持ちと会えた嬉しさとで、やっぱり心臓が跳ね上がった。体温がどんどん上がっていくのを感じる。
見下ろされてること、丹恒の視線を向けられることに後ろめたさを覚えて、へらりと笑って誤魔化してみた。
「……えーっと、その……やっぱり俺、遊びに行きたいな〜と思ったんだけど……迷惑かな〜って」
口ごもりながら言うと、「迷惑なわけがないだろう」って丹恒が微笑む。掴まれてた腕が自由になって、あたたかさが離れたことを残念に思ってたら、てのひらを優しく握られた。
「実はお前が来る筈だ、と星から連絡が来たんだ。だから駅まで迎えに行こうと思っていた」
すれ違いにならなくてよかった。
丹恒の言葉に、握られた手をぎゅ、って握り返す。
何から何まで全部、星の言葉通りになってる自分に変な声が出そうになった。おまけに先手を打って丹恒に連絡まで入れてるとか、星はエスパーなのかもしれない。
「バイト先の飲み会だったんだろう?だが、あまり飲んでいないのか」
言って、丹恒が顔を近付けた。アルコールの香りがしないことに不思議そうに首を傾げる。星のついた嘘に感謝だ。
「コーラしか飲んでないし、あんまり食べてないからお腹空いた」
気が抜けたせいかタイミング良くお腹が悲しげに唸って、俺と丹恒は顔を見合わせて噴き出した。
「そう思って夕飯を作ってある。ハンバーグとオムライスだ」
「たんこーせんせ〜!」
お子様向けメニュー大好きな俺にとってはありがたすぎる。勢いつけてしがみつくと、丹恒がくつくつと喉を鳴らした。
その振動がてのひらから伝ってきて、それをもっと感じたくてどさくさに紛れてそっと胸元に擦り寄ってみる。
一瞬だけ丹恒が息を詰めた気配がしたけど、引き剥がされたりはしなかった。
「俺、やっぱり丹恒が好きなんだなぁ……」
絶対に丹恒には聞こえないように、けど、自分を誤魔化さないように呟く。
このとくとくと脈打つ音をずっと聴いてたい。
なんて思いながら、一昨日みたいに「どうした?」って心配してくれる声に何でもない、って返して、丹恒の横に並んだ。
「あーあ、バイト代入ったら星となのに奢らなきゃいけないか〜……」
「いったい何をしたんだ」
「へへ……内緒」
だから言ったじゃん。
ドヤ顔でへへん、て胸を逸らす星の顔を思い浮かべながら、俺は丹恒の横顔を見上げた。