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    yama

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    yama

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    恋人関係の丹穹。先に進みたいけど我慢しようとする丹恒くん。
    (丹恒くん視点)

    知らないばっかじゃないよ 恋人とは一体何なのだろうか。
     先程からずっと脳内を占拠している疑問に対する解答を探しながらも、俺は胸に凭れ掛かるぬくもりに集中力を削がれていた。
    「なぁなぁ丹恒、この旅の報告書ってまだ続きある?」
    「ああ、ここは実は他の場所と関連があって……」
     不意に穹が顔を上げたせいで、鼻先をくすぐった柔らかい髪に少し動揺する。もちろん、悟られるようなヘマはしないのだが。
     枕を持参した穹が資料室にやってきたのは、日付も変わろうかという時間になってからだった。まとめたいデータがあるから今夜は徹夜になるかもしれない。そう思っていた予定は、「へへ……入ってもいい?」と上目遣いで伺いを立てる穹によって瞬時に変更された。とてもあっけなく。
     俺は姫子さんに依頼を受けての調査を終えて列車に戻ったばかり。一方で穹は別件で三月に同行し、奇しくも同じタイミングで列車に戻ってきた。三日ほどではあるが俺たちは顔を合わせていなかったんだ。
     たったの三日。されど、三日。
     おまけに今回の行先は通信機器が上手く作動せず、メッセージの交換を出来ないままだった。羅浮に降りた際も同じような状況だったが、何とも歯痒くてたまらない思いを抱えての再会となったわけだ。
     ただの仲間や友人ならばともかく、想いを伝え合い、恋人になったばかりでぬくもりを感じられないことはおろか、声すらも得られない状況は思いの外、俺の安らぎを奪っていたらしい。
     だから、やるべきことよりも穹に触れたいという欲が秤を傾かせるのは致し方ないこと。己に言い訳をしても許される筈だ。俺は、そうして自身の選択に目を瞑ることにした。
     とは言っても、恋人になったばかりの穹との接触は至って健全だ。お帰りとただいまの言葉とともに軽い口付けを交わし、強く抱きしめたあとはこうしてぴったりと密着しているだけ。色恋を差し引いてもいつもと変わらない、就寝前のひととき。
     何の警戒心もなく預けられた体は、入浴を終えたばかりだからかいつもよりも体温が高い。加えて、二人で共用しているボディソープがふわりと香っている。同じものを使っているにも関わらず、穹が纏うと途端に良い香りになることがいつも不思議で仕方がなかった。
    「ん?風呂に入ってきたけど埃っぽい?」
     穹のことばかり考えていたせいで、無意識にうなじに吸い寄せられてしまったらしい。そんな俺に気付いて振り向いた穹に訊かれて、内心の焦りを隠しながら首を振った。変に思われただろうか。
    「……いや、いいにおいがする」
    「そっか?ならいいんだけど。街を出る直前で追いかけられてさ、なのと二人でガラクタが積んである場所で隠れてたから汚れたんだよ」
    「それでバスルームに直行したのか。痛めたところは?」
    「へいき。さっき丹恒が確認してくれただろ」
     抱きしめても痛がらなかったことを指して穹が微笑む。確かに、と返せば満足そうに頷いて端末に向き直り、さきほどよりもぎゅうぎゅうと背中を密着させてきた。
     共に液晶を見るふりをしながら湧き上がる欲を抑え込んでいることなど知らないだろう穹は、こうしていつも無意識なのか甘えるように胸元に頭を擦り付けてくる。性的な意図などないことはわかっているが、このかわいらしい所作が今の俺には少しばかり酷だ。
     恋愛以前に誰かに興味を持てなかった俺以上に、穹はそういったものに疎い。拾った雑誌の中に裸体に近い画像が掲載されていた時は、「どうしようこんなの拾った!」と赤くなって見せに来たことはある。それが卑猥であることはわかっていたようだったが、恋慕う相手との口付けの仕方は知らなかった。
     ただ、もとより好奇心旺盛な穹だ。恋人という関係に収まってすぐに、なのや友人から恋愛の話を聞いて「キスをしたい」とねだってきた。可愛らしく誘ってくるその唇を奪って、初心者同士の俺たちは初めて口付けを覚えた。
     他人の唇の味など知らなかった俺は、好いた相手のものは今までに口にしたどの甘味や果実よりも甘いのだと知り、そして、それ以上の充足感で体が満ちていくのをとても心地よく思った。
     柔らかなあたたかさに包まれる幸福に浸りながら、穹とならばこのまま、体を無理に繋げなくともかまわない──そう感じていたくらいだ。
     けれど、欲というのは際限を知らないもので。ぬくもりを知ってしまってからというもの、俺は触れ合いだけでは満たされぬ自身の衝動と向き合うことになる。
     隣で眠る穹へのやましい情との戦いに疲弊しひと月ほど経った頃、「早すぎるだろうか、拒絶されたらどうする?」と悶々とした末、その先を求めた。
    「穹、お前を……抱きたい」
     柄にもなく甘い声で囁いたのではないかと思うし、初めてだと話していた穹を怖がらせないように、けれど機会を逃さぬように抱きしめた。穹がどう返してくるのか、期待と懸念が入り混じって心臓が痛いほどに脈打っていたのを覚えている。
     穹は最初に戸惑った様子を見せていたが、やがて俺の体を抱きしめ返してくれた。小さな声で「うん、いいよ」と返す声の甘さにたまらなくなって、口付けをしようと、俺はうなじに手を当てがった、のだが。
    「丹恒が好きなだけぎゅってしていいよ。俺もいっぱいぎゅってする!」
     飛び出した言葉に、俺は一瞬固まってしまった。
     そうではなく、と物申したい気持ちに先手を打つように、穹が嬉しそうに胸に頬を擦り付けるから、「あ、ああ」と口にするのが精一杯で。
     結局その晩の誘いは見事に打ち砕かれた。
     情に欲が絡むとこうなる。そこからまず説明が必要なのだな、と思い知ってから、俺は二の足を踏み続けている。だから、今夜もこうして背後から抱きしめるだけだ。
     そう、抱きしめるだけ。疾しい気持ちなどはない。とは言え、少しくらいなら触れても天罰は下らないだろう。などと狡い考えがないわけでもないのだが。
     さきほどよりもしっかりと抱きしめて、最近は綺麗に筋肉がつき始めたものの、それほど厚くはない腹に手を回す。真剣に端末を見ている肩口に顎を乗せるようにすると、穹の手がぴくりと驚いたように動いた。不自然に硬直したように感じて眉を寄せる。
     いつもならば「丹恒甘えたいのか?いいよ、たくさん撫でてやる〜!」などと言ってわしわしと髪をかき回してくるのに、何故か今夜は黙り込んでいた。
     もしやこの抱擁も嫌になったのだろうか。そう思い慌てて体を離そうとすると、腹に回していた手をぎゅっと掴まれる。離すなと言わんばかりの強さだった。
     何かを口にしようとして、はく、と唇を開いて閉ざすことを繰り返していた穹が、油切れの人形もまだ滑らかだが?と思うくらいのぎこちなさでゆっくりと振り返る。
    「っ、あのさ……抱くのは、もう少し待って欲しい、かな〜って……だめ、かな」
     そしてそう言い終えると、視線を泳がせながら頬を染めた。耳だけでなく首あたりまでぶわりと赤くなった姿は、「入浴して体が火照っているから」では説明がつかないほどだ。
    「……ただのハグではないぞ」
    「…………うん、」
     意地悪な確認だとはわかっていたが、態と口にした問いに穹は迷いなくこくりと肯く。
    「……俺だって、丹恒としてみたいって、思ってるよ」
     続けて小さな声で紡がれた言葉を、俺は一語一句も聞き逃さなかった。
     あの時には、抱きたい、に含まれた欲の意味を伝えずにいたのに、今夜の穹は正しく汲み取って恥じらっている。それはつまり、そういうことなのだろう。
     自ら調べて、求められている行為の意味を知り、あわてふためいて動揺のあまりベッドの上でひとしきり悶えている姿を想像して、思わず喉を鳴らした。
     脳内を覗く術は持たずとも、不名誉な様を思い浮かべられていることを悟ったのか、穹が俺の手をぱしぱしと猫のように緩くたたく。照れ隠しだ。
    「笑いすぎ……!」
     次の報告書をはやく見せてくれよ、と急かしながら、視線から逃れるためにすぐに俯いてしまった後ろ姿がたまらなく愛おしくて。
     ふたたび背後から抱きしめると、俺は熱くなったうなじに唇を寄せた。
     
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