Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    yama

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💚 💛 🍰 🍭
    POIPOI 15

    yama

    ☆quiet follow

    現パ口丹穹、メイドの日。

    丹穹5月10日「お、お帰りなさいませ〜ご主人様」
     恐る恐るテーブルにグラスを置くメイドに、俺は少しだけ視線を向けた。内心では「やばい怒ってる……」と思ってる目で、ちらちらと俺を見ているのがわかる。
    「……」
    「……」
    「……えー、と」
    「…………」
    「……お、怒って……るよな……」
     しばらくの沈黙のあと、わかりやすくしょんぼりしたメイドが眉を下げて上目遣いで見上げてきた。
     決して俺は、校内を一緒に見て回ろうという約束を結果的に反故にされたことに難色を示しているわけではない。不機嫌そうに見えるとするなら、他に要因があるからだ。
    「いや、怒ってない」
    「そ、そっか……?そうなんだ……へへ、あ、俺が奢るから好きなの頼んでいいよ。おすすめはこの萌えきゅんオムライスと……」
     安堵の表情を浮かべた穹は、メニュー表を広げると隣の椅子に座ってぴたりとくっついてくる。楽しそうにメニューの内容を話す声を聴きながら、周囲に視線を巡らせた。


     昨日から行われている学園祭だが、今日は一般に開放していて校内には人がひしめき合っている。
     そんな中、イベントを一緒に見てまわろうと俺と穹は約束していたのだが、時間になっても穹が待ち合わせ場所に現れないまま十分ほど経ってしまい、どうしたものかと思案している最中だ。
     穹はクラスの手伝い、俺は委員会で担当している見廻りの業務があったが、昼の一時を過ぎればお互い自由の身になるはずだった。
     予定外のトラブルが起きたのか、人が多くて迷子になっているのか──。
     穹に限っては後者もよくあることだ。だから一度連絡をしてみるかと思ったのだが、人の多さ故か、何度電話をかけても先程から『電波が届かない』と繰り返されるばかりだ。
     役に立たないスマートフォンをポケットに仕舞い、俺は星のクラスへと向かおうと決めた。姉弟なのだから、何か知っているだろうと思って。
    「あ、いたいた!」
     だが、踏み出した瞬間に後ろからぐい、と腕を引かれる。聞き覚えのある声に振り返れば、そこには今まさに探しに行こうとしていた星と、「人多すぎ〜!」と嘆く三月がいた。
     二人一緒にいるところを見ると、俺と穹と同じように約束していたのだろうか。
    「ちょうどよかった。穹を見ていないか」
    「ちょうどよかった。穹のことなんだけど」
     お互いに同じタイミングで口火を切ってしまったために、言葉が被る。だが、穹の名前が出たことで俺は眉を寄せた。
    「……穹がどこにいるか知っているのか」
     尋ねるまでもなく、俺を探していたとなると十中八九、星は穹の居場所を知っている。そして今までの経験上、あまりよろしくない事に巻き込まれている可能性が高いということも予想できてしまった。
    「いや〜、実はね……」
     気まずい時に頭を掻く癖は同じだし、表情もよく似ている。さすが双子の姉弟だ。ますます胡乱げに眇められていく俺の眼差しにへらりと笑うと、星は隣で申し訳なさそうに小さくなっている三月と顔を見合わせた。
     星によると、星と三月のクラスは催しとしてメイドカフェを営むことになったのだが、クラス一の美少女である三月を指名しようと、校内外問わず男性客が殺到したらしい。
     その中にはあからさまにスマートフォンを向けて写真を撮ろうとする輩もいて、結局三月は星の判断ですぐにメイド役を降りたのだが、どうにも付き纏う客が何人かいたようで。
     会場となっている教室にはいられない、けれど一人には出来ないからと星が連れ出すことになったが、それではホールスタッフの数が不足してしまう。
     幸か不幸か大盛況の店を後にするには気が引けて、二人分の穴をどうするか悩んでいたところに偶然にも穹が様子を見に来た。そうして白羽の矢が立ってしまった、という訳だった。
     やはりな、という溜息が漏れ出る。
    「ごめんね、ウチのせいで……」
    「いや、それは仕方がないことだ。念の為委員会にも報告して見廻りを増やしてもらおう」
     安全なところで楽しむといい、と二人を見送って、俺は件のメイドカフェを目指す。
     通い慣れた教室だ。迷うことなく程なくして目的地に辿り着いた俺は、くまやうさぎのぬいぐるみや、やたらとかわいらしい装飾品でデコレーションされたドアに躊躇して立ち止まった。
     自分がここに来て良いものか、という戸惑いが大きい。場違いも甚だしくないだろうかと考えてしまう。その間にも、この人ここに入るのかな、という好奇心に満ちた視線をいくつも受けているの感じた。
     まあいい、なるようになれだ。
     そう覚悟を決めた俺だったが、ドアを開いて、すぐに固まった。
    「「「お帰りなさいませ〜♡」」」
    「あ!た、丹恒……!」
     並んで出迎えた数人のメイドのコスプレをした生徒の中に、俺を指さす穹がいたからだ。


     メイドカフェだよ、とは聞いていたが、ホールスタッフは男女問わないどころか、男子生徒も同じようにメイドのコスチュームを着ていた。
     穹は男だからギャルソンスタイルなんだろうか、と思っていた俺は、聞いてないぞあいつ、と脳裏に浮かぶ調子の良い笑顔に恨み言を向ける。あとで問いたださねばならない。
     テーブルの横を通り過ぎる、スカートのせいで動きも表情もぎこちなくなっている男子生徒たちの姿に同情を禁じ得ない。
     テーブル各所ではメイド役のスタッフが客と食べ物に向かって謎の歌を歌い、呪文を唱えている。料理が美味しくなる儀式らしい。
     この文化に馴染みのない俺には異様な光景にしか見えないが、その際の客との距離感が近く、なるほどこれではスタッフに対して強引なアクションを起こす者も出るわけだ、と納得した。
    「お待たせしましたー。萌えきゅんオムライスと恋のレモンスカッシュファーストキスの味でーす」
     背中がむず痒くなるネーミングのメニューをすらすらと口にしながらトレイを携えてキッチンから戻って来た穹は、手際よくプレートとグラスをテーブルに並べる。
     俺自身がコスプレに明るくないゆえに、どこがどうだという細かいことはわからないが、身に着けているコスチュームはとてもよく似合っていた。
     膝上丈のスカートとニーソックスに包まれた足は、客として来ている短いスカート丈のスタイルの女子よりも綺麗だ。
     髪色に合わせたカラーリングのウィッグも淑やかに結い上げられ、星や三月にしてもらったのかはわからないが、長い睫毛に縁取られた瞳は涼やかで美しく、見ようによっては中性的に見える容姿も相俟って一際目立つ存在となっている。
     肩幅がありそれなりに体つきがしっかりしているところはさすがに性別の差を感じさせるが、それを差し引いても、十分に客たちの視線を集める容姿であることは間違いなかった。
     それはそれとして、だ。
    「……見えそうだぞ」
     スカートを穿いている自覚がないせいなのか、いつもと変わらない立ち姿の穹は肩幅以上に足を開いていた。
     丈が短かすぎるわけではないが、普段は隠れている部分が見えてしまっていて、正直なところ視線のやりどころに困る。
    「え?ああこれ?実は下はハーフパンツなんだよな。残念ながら。見る?」
    「っ、おい……!」
     指摘すると、穹はふふんと鼻で笑って見せてこようとする。慌てて裾を捲り上げようとする手を止めると、別に見られても問題ないって、と笑った。
     だが、そうは言いながらもさすがに気になったのか、律儀に足を閉じ、スカートの裾をくいくいと丁寧に直した。初めて穿いたと言う割にはいささか自然すぎるその仕草を、つい目で追ってしまう。
     視線に気付いた穹が、「似合わないのは俺が一番わかってるから……あんまりじろじろ見るなよな……」と拗ねたように言った。
    「……そうは言ってないだろう」
     どちらかと言えば、むしろ似合っているんだが?
     口からこぼれそうになった言葉を押し留めて、俺は下手くそなフォローを入れる。三月が時折口にする、「穹ってばあざとかわいい〜!」という言葉をたった今理解できた気がした。
    「何だよ、もしかして丹恒もこの絶対領域とかいうのが好きだったりする?」
     あざといとかわいいの意味を脳内で検索しながら悶々とする俺の前でニーソックスと肌の隙間に指を入れると、穹はにんまりと笑った。
    「……ちがう」
    「ふ〜ん……?」
     色々なものを飲み込んで否定すると、穹が疑うように顔を覗き込んでくる。近い。そして何だか甘くていいにおいがする。何かをつけられているのか、教室内に漂うスイーツのにおいのせいなのだろうか。
     うなじに鼻を寄せたい。ふとそんな欲が浮かんだ。
    (いや、何を考えているんだ……)
    「近い」
    「何だよ、照れてる?仕方ないか、まあ俺、今は美少女だからな」
    「自分で言うのかそれを」
    「ほらほら照れ隠しはいいからさぁ」
     べったりとくっついてくる穹を手で制しながら、俺はメイドに扮している穹に向けられている視線を確認する。
     斜め前のテーブルに、こそこそとばれないようにしているつもりかもしれないが、スマートフォンで写真を撮ろうとしている男が二人いることは、席に着いた時点で気付いていた。服装から考えて、一般の客だろう。
     三月から得ていた情報通りの特徴を持つ男たちは、今度は穹をターゲットに決めたようだった。万が一にも盗撮を実行したら灸を据えるだけでは済ませないつもりだが、牽制はしておいて損はないだろう。
     足を閉じろと忠告したのも実はシャッターチャンスを窺っているのを視界に捉えたからなのだが、穹は背を向けているので気付いていない。
     そもそも自身で「俺って美少女だから」などと口にしてはいるが、実際のところはただの冗談でしかないようで、容姿の美醜に頓着しないどころか、周囲からの評価や下心を含む視線にも聡くない。無防備にもほどがある。
     今だって、「オムライスに何描いて欲しい?名前にする?」とケチャップを片手に訊いてくる。随分と呑気なものだ。
     何はともあれ、俺としては学園祭という浮かれたイベントのノリだとしても、そう簡単に恋人の姿を撮らせるわけにはいかない。
     たとえスカートの下が色気ゼロのハーフパンツだったとしても、だ。
     特に睨んだわけではないが、穹曰くだいぶ強いらしい眼力とやらの効果があったのか、不埒な視線を寄越していた男どもは俺が見ていることに気付いたのか、目を逸らしてそそくさと姿勢を正す。
     こそこそと二言三言話し、スマートフォンを慌てて鞄の中に放り込むと、慌ただしく教室を出て行った。
     これでひとまず犯罪は阻止出来たか、と安堵していると、「ごめん丹恒、なんかハート歪んだ」と眉を下げて穹が謝る。
     ケチャップで絵を描くことに奮闘している穹のメイドの姿は似合っている。女装やコスプレとやらに興味はないが、かわいいと思ったのは事実だ。
     けれど、人目に晒されるならここから連れ出す必要があった。体裁ぶって理由をあれこれと考えるつもりは毛頭ない。穹を不特定多数の目に晒すことは、俺が耐えられないのだから。
    「丹恒、俺と話してる時に余所見するなよ」
     他のメイド役の女子を見ていると思ったらしく、うわきだ、と穹が眉を寄せる。拗ねて尖らせている唇が、つやつやと瑞々しく輝いていた。
     けれど、俺は何もつけなくても柔らかくてふっくらとしている甘い唇に口付けたいんだ。いつもの穹に触れたい。
    「丹恒?」
     決めた。もう連れて帰ろう。
     数秒後に腰を抱かれて、下手くそなハートが描かれたオムライスごとこの場からテイクアウトされることなど知る由もない穹は、あざとくかわいく首を傾げて俺を見ていた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ❤☺💗💗☺💖💖💖🙏❤❤💖💞💘💘🙏☺
    Let's send reactions!
    Replies from the creator