【まんまる月夜】※白狼宿儺×白狼虎杖 その日は、綺麗な綺麗な満月の夜だった。
群れを離れ、一匹で生きる白狼の悠仁は傷が浮かぶ顔を上げて日が暮れ始めたことで見えた空に浮かぶ満月を見ていた。
「――まんまる月夜だ」
悠仁は思い出したようにそういうと、巣穴にしている洞穴から抜け出して狩りに出掛けた。
猪、鹿、鳥、兎。獲物となる動物はあちこちにいるが、そのどれもが悠仁に気付くと慌てて逃げ出してしまう。
所詮自然界の掟に縛られて生きる者同士。狩る者と狩られる者、どちらも命懸けなのだから逃げられるのも仕方ないのだが。
「うーん……兎、かな」
耳を澄ませて近くにいる兎の足音を聞き、限界まで距離を詰める。
兎もこちらに気が付いたのか、途中で足音が止まって注意深く周囲の様子を窺っている様だった。
――…三、二、一。
兎が逃げ出そうと地面を強く蹴るタイミングを見計らって、悠仁は大きく跳躍して上を取る。
「ごめんな」
「――ッ」
せめて痛みは一瞬である様に、と一噛みで喉と首を確実に潰す。
たかが獲物だというのに、食わねば死ぬのは己だというのに、殺す間際に謝罪をしてしまう。
決して狩りが出来ないという訳ではなかったが、そんな悠仁という異物を排除するために群れは悠仁を追い出したのである。
◇
兎を一羽仕留めた悠仁は獲物を咥えて森の中を歩き出した。すっかり日が落ちてしまった森の中は暗いが、狼の悠仁は夜目が効くので問題は無かった。
トテトテと肉球に触れる地面の感触。サワサワと脚を擦る背の低い草花。群れにいた頃はいつも最後尾を歩き、周りの事を見る余裕もなかった悠仁は。気楽にこうした事を感じて楽しめる今をそれほど悪く思っていない。
満月に急かされるように掛けた森を抜けた先に、小高い丘があった。
その小高い丘の上で悠仁と同じ、だが悠仁よりも体の大きな白狼がどっかりと腰を下ろしていた。
「遅い」
「しょーがないだろ! 狩りしてたんだから」
丘の上で悠仁を待っていた白狼の宿儺は、奇形で産まれたため四つある眼で悠仁を見下ろした。
宿儺は態度も悪く、いつだって悠仁の事を下に見ていてやれ「つまらん」やれ「下らん」とは言うが、いつだって四つの眼は悠仁を見てくれるので悠仁は宿儺の眼は割と好きだ。
「狩り、なァ……相も変わらず獲物に情を掛けておるのだろう」
「楽しんで殺すオマエよりはマシだ」
目を細めて睨み付けるが、宿儺はどこ吹く風でケタケタと嗤う。
悠仁の言う通り、宿儺は楽しんで狩りをする。
――否。殺す事を楽しむために狩りをする。
猪、鹿、鳥、兎、熊も、人間ですら宿儺から見ればどれもただ暇潰しと快を得るために殺す獲物でしかない。
悠仁は宿儺の隣に同じように腰を下ろすと、咥えて来た兎を置いて宿儺に差し出した。
「……兎か。小さいな」
「食うだけならこれで十分でしょーがっ!」
そんな宿儺と、何故知り合いなのか。それはまだ悠仁が群れに居た頃に出会った宿儺が獲物を気に掛ける悠仁に気付いたことが切っ掛けだった。
宿儺にしてみれば狩るためにいる獲物に毎回謝罪をする悠仁は異質に見え、それだけで興味を引かれた。
興味、といっても決して良い意味ではなく。宿儺は悠仁が意味の無い狩りをするように仕向けてゲラゲラと嗤ったりしたのだが。
だから悠仁は宿儺にあまり良い感情を持っていない。
――では何故、そんな二頭がこうして共に過ごすのか。
それは、ある約束があるからだった。
宿儺が殺す事を楽しむために狩りをしていると知った悠仁は、後先も考えずに宿儺に食ってかかった。
「なんで意味もなく殺すんだよ!」
「あ? 意味ならあるが?」
そう言った宿儺にならばと耳を傾けた悠仁だったが、続く言葉に絶句した。
「楽しむ為だ。俺が快を得るた為狩る。それだけだ」
食べるためでは無い。ただ楽しむために殺す。そう言い切った宿儺のことを悠仁は理解出来なかったし、したくもなかった。
「食べるためじゃないなら……だったら殺す必要なんてないだろ」
「下らん。そも捕食者と被食者の関係だ。狩られる者を狩っただけの事よ」
「だからって……」
尚も食ってかかる悠仁を宿儺は面倒だと思ったが、ふと。ある事を思い付いて口を開いた。
「俺に、殺しを楽しむ為の狩りを辞めろと言うのか」
「そー言ってんだろ」
「そうか、そうさなァ……」
考えるような素振りを見せるが、宿儺は続く言葉を既に考えていた。
「では小僧。オマエが俺に食わせる為に獲物を狩って来い」
「俺が……?」
悠仁が僅かに動揺したのが見えて、宿儺は内心ほくそ笑んだ。
「嗚呼。何、毎日とは言わん。そうさなァ……夜毎、月が昇るだろう」
「月?」
上を見る宿儺に釣られて悠仁も空を見上げれば。真っ黒な夜空にはチカチカと星が瞬き、その中で一際大きな、綺麗な満月がぷかぷかと浮かんでいた。
「あれと同じ満月の夜、獲物を狩って俺の元へ来い」
それは、単なる暇潰しで気まぐれだった。
「フザケんなッ なんで俺がそんなこと……」
ただ、それを約束すれば悠仁は自分で食べる訳でもない、宿儺がちゃんと食べるかも分からない獲物を狩らなくてはならなくなる。
悠仁が望まない狩りを、殺しをするのを酷く嫌っているのだからそんな話を受けるはずもないのだが。
「オマエがそれを約束するのであれば、俺はその晩だけは唯殺す為の狩りを辞めてやろう」
「――ッ」
悠仁の眼が、明らかに揺らいだ。
「どうする」
悩んで、悩んで。やがて悠仁は静かに口を開いた。
◇
その晩から月に一度。満月の夜に悠仁は自分が食べる訳でもない獲物を狩り、小高い丘の上で待つ宿儺に届けている。
それは悠仁が群れを追われてからも続き、気付けば既に半年もの時が過ぎていた。
宿儺は最初悠仁が狩って来た獲物を食べないつもりだったが、悠仁が宿儺が食べるのを見るまで居座る様になったので渋々ではあるが、差し出された獲物の肉を食らった。
飽きれば、悠仁を殺すつもりだった。
だが悠仁は約束は約束だと、宿儺は殺すための狩りを辞めるのだからとこの晩だけは宿儺の行いに文句こそ言うが決して咎めたりはしなかった。
そんな苦々しい表情を浮かべる悠仁の前で話す殺しの話しは、大層気分が良かった。
「最低だな」「趣味悪ィ」そう返される言葉には棘が見えるが、そんな文句にもならない文句すら、宿儺に快を得させた。
「愉しいなァ。なぁ、小僧」
「なんも楽しくないけど?」
夜空に浮かぶまんまるな月の下。今夜も二頭はいつか来る終わりが訪れるまで続く語らいをしている。