夏準はキスをするのが上手い。
技術的な話ではなく、雰囲気作りが上手いというかなんというか、とても自然にキスをしてくるのだ。いつも気がついたらキスされているというかそういう雰囲気になっているというか、思い返すとこっぱずかしくて頭を抱えたくなるようなそういうあれだ。経験値の差もあるだろうけれど、夏準は普段から何をするにしてもスマートだから、というのが大きいと思う。これまで生きてきたなかで、身体に染みついている行動なのだろう。
そんな夏準があまりスマートではなくなる瞬間も確かにあって、今それを見られるのは俺しかいないというのは申し訳ないような嬉しいような、なんとも言えない気持ちになる。夏準曰く、過去をあわせても世界中に俺ひとりしか知っている人間はいないらしい。
本当は俺にも見せたくなかったと言っていたが、俺はあの瞬間の夏準を見るのが結構好きなので、これからも余裕をなくしてほしいと思っている。……が、夏準から余裕をなくさせるのは簡単なことではないのだ。夏準みたいに俺からもふいうちのキスをして、そういう雰囲気作りをしてみたりしたら余裕をなくせるだろうか?少しのあいだ考えてみたものの、とても残念なことに俺がいっぱいいっぱいになるほうが先な気がする。
「アレン?飽きたんですか」
違うの観ます?とふたりしかいないのに囁くような声で聞かれたところで、意識をスッと現実へと戻した。すぐ隣に座っている夏準が、俺の顔を覗き込んでいるせいでいつもよりも近い。すこし動けばくちびるが触れる距離だ。そう思ったと同時に、夏準にキスをしている自分がいたことに気がつく。
「……あ、」
「突然キスしておいて、なんですかそれ」
「間違えた……」
「何を間違えたんですか。キスをしたのが?」
「いや、キスするのは間違えてない」
「へえ」
「違うんだよ、もっとこう、スマートにだな……」
「はは。アナタとは程遠いワードですね」
「……おまえだっていつもスマートなわけじゃないだろ」
くちびるを尖らせて不貞腐れたようにそう言うと、ついばむようにキスをされた。ぺろ、とくちびるを舐められて、口を開けるように促される。このまま流されそうだ、と自分でも分かる。夏準のこれを俺もできるようになりたいのに、夏準相手に実践できる気がしない。
「……映画は?」
「アレンが先に観るのやめたんじゃないですか」
「そうだけど。……はー、やっぱりおまえってさぁ」
「なんです?」
「こういうの、上手いなって」
「アナタをその気にさせるのが?」
にっこりと笑みを浮かべながらそう言う夏準に反論しようと思ったものの、今回もすっかりその気にさせられたので何も言い返すことができない。悔しい。
「……そうだよ」
「おや、素直に認めるんですね」
「うそついたってどうせバレるし。スマートじゃないおまえ、見たくなったから」
「映画よりも?」
「映画よりも」
「特別に見せてあげてもいいですけど、映画よりも高いですよ」
「そこをなんとか」
「まあ、そもそも見られるかどうかはアナタ次第なんですけどね」
「それはその……がんばります」
「へぇ、何してくれるんですか?」
「…………考えるから待ってくれ」
「待ちませんよ、そんなの」
こうやって、身体がゆっくりとソファに沈む感覚が好きだ。この感覚を味わうのは夏準に押し倒されるときだからだということは、これまでもこれからも夏準には内緒である。ひさしぶりの感覚を味わいながら、このあと何回ふいうちのキスができるだろうか、と考えるのであった。