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    ここの

    @coro_ze31989

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    君は魅力的(モブ視点の蜘蛛ケー)



     花屋にとって春は掻き入れ時である。そこかしこで人の出入りが発生するこの時期、別れの場面に欠かせない花束を求めて多くのお客様が店に訪れた。
     店頭にはいつ送別会の場に出されても立派に役目を果たせるように、準備万端の花束が並んでいる。けれど手に取るお客様は、来店する方のうち半分くらいである。もう半分の方々は、相手の好きな花を選んで贈りたいからとオーダーメイドを所望されるのだ。用意するのにもちろんそれなりのお時間を頂く。
     元々花が好きで仕事場を決めた店員がほとんどだから、忙しいのを苦痛とはまったく思わない。ただ悲しいことに人間の体力は有限である。早朝から仕入れにディスプレイにブーケの制作にと忙しなく立ち働いていた店長は、お客様が途切れたタイミングでとうとう限界が来たらしい。「ごめん、ちょっと休憩してくるわ……」と言うなりふらふらとバックヤードへ引っ込んだ。後には女性が外国語で歌うのほほんとしたBGMとバイトの私が残された。
     壁にかかった時計へ視線を走らせる。見本を兼ねてプリザーブドフラワーで飾り付けられたそれは、まもなく3時を指そうというところだった。家事を預かる立場の人が自宅へ戻る頃合いで、外で用事を済ませた人が立ち寄るにはまだ早い時刻だ。ようやく訪れた閑散に私はほっと肩の力を抜いた。レジカウンターを出る。購入された分が不自然に間いたディスプレイを調整したり、自然に落ちた花びらを掃除したりと細々した仕事はいくらでもあるのだった。
     そんなことをしていると、ふと店先に人が立つ気配を感じた。顔を上げていらっしゃいませと挨拶を投げかける。視界に飛び込んだのは、格式高そうな着物姿の方と、鳶色の髪をまとめた若い方。ふたり連れの男性だった。
     花屋にとって着物姿のお客様は珍しくない。茶道を嗜まれる方なら、茶室に飾る花を求めに来る。生け花をされる方は言わずもがなである。若い男性だって、ホワイトデーの時期などにはちらほらと顔を覗かせる。しかし、これほどまでにどういう関係なのかまったくわからない、正反対の印象の男性ふたりが連れ立ってやって来たのは初めてだった。思わず興味深く注視しそうになったけれど——お客様ふたりの視線がこちらへ向けられた。着物姿の男性は不審そうに目を細め、若い男性は揶揄うような微笑を浮かべた。私は慌てて目を伏せた。
     お客様ふたりは遠慮のない足取りで店内へ入って来た。「おっ、あるじゃねえか」と若い男性が一点を指差す。ふたりが寄って行く方をこっそり見る。胡蝶蘭が並ぶ一角だった。お祝い事のお供として定番の花だから、通年を通して店先に並べられている。男性たちは鉢を手に取って、目線の高さに掲げながら吟味を始めた。私は離れたところの床を履きつつ耳をそばだてた。カウンターに立つタイミングを伺うためだけれども、単純に彼らふたりに興味を抱いたこともある。

    「なあ、これがいいんじゃねえ? この中じゃ一番生き生きしてるぜ」

     ふいに若い男性が連れの方へ一つの鉢を掲げて見せた。入荷したばかりのピンクの胡蝶蘭だ。たしかに並んでいるものの中では最も葉の勢いがある。目を引くのもわかるような株だった。
     しかし、着物姿の男性の反応は芳しくなかった。花を一目見るなり「それはならぬ」と首を振ったのである。何でだよ、と若い男性が不満を露わにする。

    「桃色の胡蝶蘭の花言葉を知らぬのか。吾君を愛す、というのだ。配偶者のある相手に贈るには相応しくなかろう」
    「そうなの? ったく面倒くせえな。花ひとつに名前ならまだしも、よくわかんねえ意味まで見出すなんてよお……」

     若い男性が溜息をついて鉢を陳列台に戻した。私は密かにくすくすと笑い、一方で着物の男性の教養に感心もしていた。花屋で働く立場ならば、有名な花言葉ならそれなりに把握している。聞かれることがあるからだ。こうしてお客様の立場で知識があるパターンは珍しい。よほど花が好きか、誰かに花を贈り慣れているか。はたまた贈りたい相手がいてよほど熱心に調べているか——私の取り止めのない思考は、お客様が白い胡蝶蘭を手にカウンターへ向かわれたのを目にして打ち切られた。慌てて後を追う。レジに立つなり若い男性の方がにっこり笑って「会計頼むわ」と鉢を置いた。

    「贈り物ですか?」
    「そう。札付けてもらえる? 紙でいいんだけどよ」
    「畏まりました。お名前はいかが致しますか」
    「名前はいいや。御祝、って赤で入っててくれれば。配送も頼める?」

     頷いて返す。男性がポケットから財布を出して、その中から名刺大の紙を取り出した。「ここに送ってくれるかい」と差し出して来る。受け取って見ると、宛先と送り主の情報が書いてある。名前はどちらも個人名ではなかった。私はそれを専用のクリアファイルにしっかりと仕舞った。
     会計処理を済ませる。レシートを返すと、若い男性が笑って「よろしく頼むぜ」と言った。着物姿の男性もこちらを見て会釈する。ありがとうございました、と私も頭を下げた。
     そうして男性ふたりが店を去ろうとしたところで——ふとその足取りが止まった。その背中を目で追っていた私がどうしたんだろうと首を傾げたところで、突然子供の声で「あれっ!」と驚いたように叫ぶのが聞こえた。

    「えーっ、ふたりとも何してんの!」

     そう言いながら店に入ってきたのは、背中にランドセルを背負った男の子だった。近所に住んでいるらしく、お客様としても通行人としてもよく姿を見かける子供である。口調からして男性ふたりと知り合いのようだ。

    「よお、お前ら。偶然だな」

     若い男性が面白そうに言う。私は目を見張った。お前らと言ったけれど、入って来たのは少年ひとりだけだ。ますます困惑に支配される私をよそに、着物姿の男性が今までの硬い口調はどこへやら「ケータ」と親しげに名前を呼んだ。

    「お主も花を買うのか」
    「というか、予約しようと思って。ほら、そろそろ母の日だからさ」

     言いながら男の子がレジへ寄ってくる。「カーネーションを予約したいんですけど……」と声を掛けて来た。照れ臭くなったのか語尾が小さく萎んでいく。それを見てようやく私は昨年のことを思い出した。今ぐらいの時期に、お父さんらしき男性とこうやって予約をしに来たっけ。子供の成長を微笑ましく思いながら「ちょっと待ってね」と予約表を一枚引っ張り出した。

    「切花がいいかな?」
    「はい、えっと……4本欲しいんです」

     男の子は指を折って数えながら本数を伝えて来た。自分とお父さんの分、あとは兄弟の分だろうか。私は微笑ましい気持ちで予約表に書きつけた。転写された控えを千切って封筒へ入れる。料金を受け取って男の子へ封筒を渡した。
     ありがとうございました、と男の子へ言うか言わないかのところで——突然、カウンターへ一輪の花が置かれた。「これも会計を頼めるか」と続く。私は驚いて顔を上げた。目の前に立っていたのは着物姿の男性であった。

    「は、はい。ご自宅用ですか?」
    「そうだ。あまり凝った包装でなくて良い」

     男性の澱みない口調に若干気圧されつつも、私は花を手に取った。燃えるように赤い一輪のラナンキュラスである。透明袋のラッピングを施すと、たちまちシンプルなブーケへと姿を変えた。
     商品を受け取った男性は満足げに頷いた。それから隣を見て——何の気なしに様子を眺めていた男の子の方へラナンキュラスを差し出した。

    「ケータにやろう。部屋へ飾るといい」

     私は愕然とした。大人の男性が同性の子供に花を贈るというシチュエーションの不可解さはもちろんのこと、選ばれた花がどういうものか知っていたからである。
     ラナンキュラスは春の定番人気だ。お求めになるお客様が多い分、自然と花に対する知識も身についていた。品種改良によって様々な色合いが作り出されたこの花は、色によって花言葉が異なる。赤い色の花言葉は……。
     男の子はきょとんと目を見張ったのち、不思議そうに差し出された花を受け取った。

    「ありがとう……ところで、この花なに。バラ?」
    「知らぬのか。花金鳳花だ」

     男性がいかつい表情を優しげに緩めて言う。「お主は赤がよう似合うな」と囁いた。真っ赤なシャツを纏った男の子の手に持たれたラナンキュラスは、まるで初めから彼の物になるのが決まっていたかのように咲き誇っている。
     若い男性がしょうがなさそうに笑った。「キザだね」「やかましい」と軽口を叩き合いながら、男の子と連れ立って店を出て行く。私に出来るのはその背中を呆然と見送ることだけだった。
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