溶け落ちるロウソク。
※健全オベぐ
甘くはない?かな…
いちゃいちゃはしてないけど多分絆は15。
文字通り命の火を燃やしながら藤丸リツカは生きているのだろう。運命力カッスカス…大した力もないのに、震える足を無理やり立たせて
まだ、立てるから。
と強がりと共に今までこなしてきた。
馬鹿だなー。と、そう思う。
白紙化されてる間の人間は藤丸リツカの存在を知らないし、感謝なんてしないだろう。知っているのは一握りの人間のみ。人理を救ったとて何も知らない人間はのうのうと平穏な日常を過ごし、細いロウソクみたいになった彼女が残るだけ。
「ドドドドエムって感じだ、気持ち悪」
「わっ…独り言?声でっか!」
マイルームのベッドに横たわりながら、オベロンが嫌悪と吐き気の混ざった顔で見ていると言うのに、当の本人はニコニコと何が楽しいんだかこちらに笑顔を向けている。さらりと揺れる、緋色の髪。まさに燃えるロウソクの火の中心みたいで見ているだけで胸がモヤモヤする。
「なあ、ちょっと気分転換しないか?」
「気分転換?何?遊んで欲しいのオベロン?」
そういうんじゃない!といつもなら返す所だがオベロンは一度咳払いをすると指先をリツカの方に向けて何か呪文のような物を唱えた。
「人を指差す行為は相手を呪う。って勿論魔術師の端くれなら知ってるよね?今きみに呪いをかけたから〜」
「は?!何してるの?!」
大慌てで額に手を当てたりあちこちを弄る仕草にオベロンがにやけ顔を隠せないでいると「鏡、見てみなよ」と彼女の後ろに立つそれを指差した。そこに映っていたのは腰の下まで真っ黒な髪の毛を伸ばした藤丸リツカの姿。
「え、何これ?オベロンこんな事も出来るの?長〜い!香子さんとかなぎこさんみたい」
呪ってやった。と言ったのに目の前の彼女は嬉しそうに鏡の中の自分を見ている。妖精眼で見ても嘘偽りのない感情にオベロンはため息を吐く。
「こんなに長かったらシャンプーのCM出れそう」
「でも残念。作った所でそれを見る人類は誰もいない」
「もー…例え話だよ!」
今度はぷくっと頬を膨らませ、コロコロと表情を変える様は少しばかりオベロンの心を擽る。
「あ、ねえねえ!魔術師は髪の毛に魔力を溜め込むって言うでしょ?もしかして、これだけ長かったらパワーアップしてたり…」
「しないさ。それ、俺と同じ見かけだけの物だから本質は変わらないよ」
「そっか…強くなってたら良かったなー…」
皮肉をこめて言ってやってもリツカの心には全く響かぬ。毛先を一掬い手に取り、さらさらとそれを手遊びしている。そうして何かに気づいたのか「あ」と声を上げるとベッドに横たわるオベロンの隣に腰をかけ瞳をキラキラさせながら彼の顔を見つめた。
「これ、さ…君の髪の色と同じだね…お揃いにしたかったの?」
「はぁ?!っ…違うから!」
そういう意図でやったわけではないが、なるべく緋色から離れた…火の燃えぬ色を連想したらその色になってしまった。オベロンは薄ら頬を染めてそれを否定するも、真意を言う気にはなれない。
自分と同じ…深い闇みたいな髪色をした藤丸リツカ。緋色の髪の彼女を見ているのが不快だったから…気まぐれに変えてみたものの、オベロンは違和感を拭い切れない。やっぱり…この姿は似合わない、な。
パチンっ、とオベロンが指を鳴らすと、藤丸リツカの髪は瞬時に元の髪型に戻ってしまった。
「あれ?もうおしまい?もう少しヘアアレンジとかしてみたかったな…」
「いや〜思ってたより似合わなくて見るに耐えなかったからさぁ…あとお揃い扱いされるのも癪に触るし」
視界の中で揺れる緋色の髪。キラキラと光るそれは炎のゆらめきのようで…その眩さは自分が焦がれた星の輝きにも見える。結局…そんな彼女だからこそ…自分は此処に居るのだろう。命の火を燃やさぬ彼女だったら…自分は此処に喚ばれていないし、妖精国でのあの終わりはなかったはずだ。自分の趣向が拗れたそれみたいで何だか腹立たしいが…オベロンはため息を吐き出すとリツカの頭をぐしゃぐしゃっと撫でた。
「わっ…ちょっ…何?どうしたの今日?情緒不安定?」
「生憎ときみたちのお陰で俺は毎日情緒不安定だよ〜」
「んー…にしても何かおかしいっていうか」
変な所で勘が冴えるのが腹が立つ。そういえば藤丸リツカは妖精国でオベロンの嘘を見抜いていた…。だとしても、だ。
「自惚かもしれないけど…君に何か心配かけてたんだとしたらごめんね…あと、ありがとう!」
「心配なんかするもんか」
「良い気分転換になったよ!」
「だから…」
妖精眼を持ってないくせに…。彼の嘘をわかりきったように対応するリツカにオベロンは舌打ちをすると頭をガシガシっと掻き乱した。
数多もの人類の為に消費されるのも、他人を消費しておきながら…素知らぬ顔で人生を過ごすであろう人類も腹が立つ。
「ねぇ、一瞬だけでも君とお揃いだったのは楽しかったよ。髪が長いのも…自分じゃない誰かになれたみたいで楽しかった…。でも、君の隣に立つ私はさ…この髪の方が似合ってるなって思うからさ…」
「……そりゃそうだ、こんな奈落の底の虫と一緒だなんて人理の救世主サマの名に泥塗る行為だもんな」
はいはい、と。藤丸リツカは慣れたように聞き流しながら告げる。これが本心ではないと、わかっていると言いたげに。
「だから、君の所に行くならこの色の方が君が見つけやすいでしょ?」
「…は?」
「青の補色がオレンジだから、濃紺とか黒でも映えるかなって…」
本ッッッ当…馬鹿じゃなかろうか。
「あのなぁ、奈落の底には一切の光も届かない…つまり色の判別なんか出来ないんだぞ?」
「あ、そっか。んー…まあ、でもさ…君の隣に居るならこの色の方が良いなって…っとにかくさ、私はこのままで大丈夫だから…」
ふんわりと、花が綻んだみたいな笑顔がオベロンの顔面に迫る。散々オベロンの頭を捏ね繰り回した悩みなんか払拭していくみたいな眩い笑み。
「君に大切に思って貰えるだけで…まだまだ立てるから大丈夫だよ」
「その足がなくなってからじゃ遅いけど…あ、待てよ。きみ…足が無くなったら俺に義足作れとか言う気だろ?ウッワ──…断る」
「え?道具作成とかで作れない?んじゃあダヴィンチちゃんに頼もうかな…何か凄いの作ってくれそうだし…」
「いや、作れない事はないけど!」
変なプライドが働いて言い返した所で、オベロンは眉間に皺を寄せながら目の前の彼女を睨み付けた。そこまでわかっているなら、肝心な部分もわかれよ!!
「ねぇ、君もわかってるよね?私がこういう人間だってさ?」
オベロンからの返事はない。肯定、という事だろう。
「諦めたくないから…だから…嫌だと思うんだけ、最期まできみの力を貸してほしいんだ…」
「……きみ、凄く残酷な人間だよな」
「あ、それ嘘でしょ?」
「ははー…本心だよバーカ!」
本心でもあり、嘘でもある。
藤丸リツカは自分がボロボロになっていく姿を、彼女に特別な感情を抱いている自分に最期まで見ていてほしいと言うのだから。
残酷で…他人の為に優しすぎて…愚かで、哀れで…。
「ま、頼れる仲間が誰もいなくなったら名前を呼べとは言ったからな…そこは勿論責任は取るさ。だが、その後どうするかまでは確約出来ないな」
「うん…確約しなくても君の事信じてるから大丈夫だよ」
本当に。本当に…眩しいと、思う。
全信頼を自分に寄せて安心しきった彼女の笑顔。真っ暗な自分にはない、温かな光…。
彼女の笑顔を見つめながら、揺れる緋色の髪は炎のゆらめきではなく星の瞬きの方が合っているのかもしれない、と。誰に告げられるわけでもない感情を一人抱いていた。