御曹司なroに惚れ直すcgのrocg 千切の体によくフィットした特注のスーツを身に纏って、綺麗で豪華な廊下を歩く。スーツと共に新調した革靴が足音を鳴らして、それに気づいた廊下に控えている使用人たちが頭を下げていく。千切はその人達1人1人に同じように頭を軽く下げると、目的地の扉の前に立った。
扉の側に控えていた使用人に千切は招待状を渡すと、扉を開けてくれた。扉の奥には、綺麗に着飾った人々の姿。
庶民の千切には、まるでファンタジーの世界のように見えるその場に、小さく息を吐いてから、一歩踏み入れた。
千切が本来であれば踏み入れることのないパーティーに参加する事になったのは、数週間前の事だ。自宅に1通の手紙が届いた。
送り主は、スポンサー会社の会長の娘。手紙の内容は、今度開かれる企業の主要人物が集まるパーティーへ招待したい、と書かれていた。
本来であれば、そう言ったパーティーに招待されることは名誉ある事である。少しでも他のスポンサーを増やしていけるチャンスでもあり、アピールする場所となる。手放しで喜ぶべき事だ。
ただ、千切はそれを読んでから眉を下げた。招待状を送ってくれた会長の娘は、千切の恋人である御影玲王に好意を寄せている相手だった。この間偶然会った際に、かなり睨まれたので、恐らく千切と玲王が恋人である事に気づいたのだろう。探偵などを雇って調べさせた可能性もある。彼女にはそれができる財力があるのだから。
何か良くないことが起こりそうだとは理解しているが、招待者はチームのスポンサー会社。会長の娘とは言え、そのお誘いを断れるはずがない。
千切はため息を吐きながら、招待状に参加の旨の返信をした。
目線だけで辺りを見回して、招待してくれた会長の娘を探す。親子で共にいる姿を見つけてから、千切は2人の側に寄った。挨拶と共に、招待してくれた事のお礼を伝える。その後、世間話を少ししてからその場を離れた。
何かアクションを起こしてくると思っていたが故に、当たり障りのないやり取りをして席を外れた事を不思議に思う。会長に何か吹き込んだりするかと思ったが、どうやら違うようだ。会長は娘に途轍もなく甘いと噂だったが、それを利用しない方が逆に不気味である。
パーティーに来て、まだ15分程しか経っていなかったが、さっさと帰りたい、と千切は思った。
企業の重役の方達と数名程会話をしてから、少し喉が乾いて飲み物をもらう。アルコール類もあったが、飲みたい気持ちを我慢してアップルジュースを手に取る。これならワインのようにも見えるので、相手からアルコールを勧められる事もないだろう。
グラスに口をつけながら、テーブルの上に並べられている料理を見る。滅多に食べることがないだろう品々がたくさん並べられていて、やはりお金持ちは凄いな、と千切は心の中で思った。
「美味しそうな料理はありましたか?」
後ろから声をかけられて振り返る。そこには例の会長の娘が立っており、ニコリと笑っていた。
「…ええ、どれも素敵な料理ばかりですね」
千切も負けじと笑って返す。勿論、念のために料理を褒めることも忘れない。
娘は千切の隣に立つようにテーブルへと近づくと、小皿を取って、並んでいる料理を皿に盛り付ける。綺麗に盛り付けると、それを千切へと渡した。
「どうぞ。私のお勧めです」
「…ありがとうございます」
差し出されるお皿を受け取らないわけには行かず、千切はお礼を言って受け取る。お腹は別に空いておらず、盛り付けてもらったお皿を見て、全て食べなければならないのだろうか、と少し悩んだ。
「きゃっ!」
パシャッ、と悲鳴と同時に音が鳴る。千切のスーツが一部変色していくのを見て、飲み物をかけられたのだとすぐに理解した。
「あ、ごめんなさい…」
慌てて千切へと謝る様子に、わざとかどうかが判断でず、千切は愛想笑いを貼り付けて「大丈夫です」と伝える。このままこの汚れを言い訳に帰ってしまおうと千切は思った。
「染み抜きをすぐした方がいいですよね…控え室にご案内します…!」
「え、いや」
「こちらです」
千切の手首を掴んで歩き始める。振り解こうにも、人目がありすぎるためにできず、千切はそのまま控え室まで大人しく着いて行く選択肢しか用意されていなかった。
控え室に着くと、娘が扉を開けて千切を中へと促す。恐る恐る入ってみたが、特に何も無く、更にもう一歩踏み出した。
「ずっと邪魔だっだの」
しかし、安堵する千切を嘲笑うように、娘が突然後ろからそう言い放つ。千切は少し目を開きながら振り返ると、娘は先程の美しい笑みを消して、背筋が凍るような不気味な笑顔をしていた。
「やっと消せるわ…私の方が、何倍も御影様とお似合いだと思わない?」
「…こんなことする奴が?むしろ月とスッポンじゃねぇの?」
「下賤の癖に生意気ね…でも、その口もすぐに閉ざしてあげる…ほら、ずっと貴方を待ってたのよ?」
笑顔を崩さないまま、娘がそう言って千切の後ろを指差す。刺された方へ顔を向けると、いつのまにか大柄な男性が3人、部屋の中にいた。
千切は娘を睨みつけるように顔を向けると、娘は不気味な笑顔を更に深くする。
「貴方をたーくさん可愛がってくれるわ。良かったわね」
その言葉を聞き終える前に、千切は部屋を出ようとするが、走り出す前に男達に腕を掴まれる。腕力がかなりあるようで、腕を全力で振ろうとしても振り解けなかった。
千切のそんな様子を見た娘は、そのまま部屋を後にする。扉の鍵もしっかりと閉めていった。
鍵のかかる音に、千切は少し絶望を感じながらも、相手の思うようにさせないと必死に抵抗する。だが、力のある男3人相手では、抵抗も虚しく、そのまま備え付けられていたベッドへと押し倒された。
「かなりの金額を払ってくれたとは言え、男を抱けってのは気分が乗らなかったが…こりゃ大当たりだな」
「むしろ、そこらの女よりもいい顔してるじゃねぇか」
「コイツ処女じゃないんだろ?ならやりやすいな」
押し倒した千切の上で繰り広げられる会話に、やはり依頼で抱けと言われたのか、と千切は唇を噛み締める。
こんな奴らに抱かれるのはまっぴらごめんだ、と千切はより抵抗するが、上手く抜け出せずに焦りばかりが募っていった。
1人の男がスーツとシャツのボタンに手をかける。千切は体を捻って抵抗したが、肩を抑え込まれてしまった。スーツのボタンは丁寧に外したが、シャツのボタンは面倒なのか、力任せに左右に引っ張られる。ボタンがいくつか取れてしまったのを見て、千切は「このシャツ高かったのに…」と苛立ちが募った。
「綺麗な肌だな」
そう言って手を伸ばしてくる男に、千切は体を捻って避けようと踠く。だが、そもそも肩を抑え込まれているために意味はなく、男の手が千切の肌に触れた。
撫でられる感覚に、気持ち悪さばかりが千切を襲ってくる。何処かで隙が、せめて足が自由になれば千切に勝算が生まれるのだが、相手もそれは心得ているのか中々隙を見せない。
この男達に抱かれたとして、それで千切の価値が下がるとは思っていない。玲王に愛想尽かされるとも。
だからと言って、なら触らせていいかと言われたら勿論違う。好き好んで挿れられる方になってるわけじゃない。玲王だから許してるのだ。
そんな千切の気持ちを、当たり前だが男たちが汲み取ってくれる訳もない。1人の男の手が、ズボンのベルトに当てられる。それを感じ取った千切は、ズボンが脱がされる瞬間がチャンスだと考えた。脱がし切るには一瞬だけでも力を緩めなければならない。失敗はできない一回きりのチャンスに、千切は集中して身構える。
「なぁ、ここラブホじゃねぇけど」
男達が慌てて扉の方へ振り返る。そこには恋人である玲王と、その後ろに黒いスーツを着た男が数名立っていた。
「処理しろ」
玲王がそう言うと、スーツの男達が素早く動いて千切を抑え込んでいた男達を引き剥がし、拘束する。あっという間の出来事に、千切が呆然としていると、玲王がベッドに乗り上げて抱きしめた。
「遅くなってごめん」
そう言った声は少し震えていて、千切はその背に腕を回して優しく撫でる。
「んーん、むしろ早かった」
被害を受けたのはスーツだけ、というとても幸いな結果になったのだ。玲王が悲しむことではないと、千切は思った。
玲王はゆっくり体を離すと、晒される肌を見て、そこに手を当てる。腹部からゆっくりと撫でて行くその手つきに、千切は思わず声が出そうになったが、口を閉じて堪えた。
「お腹以外触られたところは?」
「直接はないけど…」
「そうか」
千切の返事に安堵の息を吐いた玲王は、目尻へとキスを落としてから、後ろを振り返る。
「スーツは?」
「先ほど届きました」
「持ってきてくれ」
「かしこまりました」
指示を出された男が部屋を出て行く。それを見送った千切は、玲王の方へと顔を向けた。
「よくここがわかったな」
気になっていた疑問を伝えると、玲王は千切ににっこりと笑顔を向ける。ポケットから携帯電話を取り出すと、画面を千切に見せた。
「GPSで見つけた」
「……」
「お前のスマホからキャッチしてるから、出かける時は毎回持っとけよ」
「…おう」
色々と文句は言いたかったが、今回はそれで助けられたのも事実だ。とりあえず今は素直に頷いておくことにした。今日のような事態を、玲王は想定してくれていたかもしれないので。
千切が少し遠い目をしていると、先ほど出ていった男が戻ってきて、玲王にスーツケースを渡す。そして、また部屋を出て行く。
「お嬢、着替えるぞ」
「…これは?」
「今度渡そうと思ってたスーツ」
楽しそうに笑う玲王の手にあるスーツは、かなりの有名ブランドで、値段も一般市民が容易に買えるものではない。誕生日が近いわけでもないのに、何故用意していたのかはちょっと疑問だが、しかし、今はそのスーツに頼るしかなかった。
そこまで考えて、千切は今のスーツがもう着れないことに改めて気づいた。今来ているスーツも、玲王が一生懸命千切に似合うようにと考えて、特注してくれたものだったのだ。
「ありがとう、玲王…でも、このスーツダメにしてごめん…お前がくれたのに」
「ん?別に気にすんなよ。同じのもう一回作ればいいし」
「いや、それは流石に…」
「まぁ、他の柄とかも増えてるし…今度また店に行くか。色々試着してみて合う柄で作ろうぜ」
玲王はそう言いながら、千切の着ているスーツを脱がして行く。千切は脱がされながら、何だか納得できなくて「うーん」と唸った。
「俺、お前が好きだけど、別にお前の資産の恩恵に預かりたいわけじゃないんだけど」
千切は思い切って玲王にそう伝える。玲王はその言葉に目を丸めた。
「え?何それ。そんなこと考えたのか?」
「そりゃそうだろ。お前に貰ってばっかじゃん」
「えー、別に俺はそれが楽しいからしてるだけだし…気にしなくていいけど」
「いやいや。俺の金銭感覚は庶民的だからあんな高価なもの貰っても怖いんだけど」
「怖い?」
「壊したり汚しそう
「壊しても汚してもいいよ。また買えばいいじゃん」
「それが嫌なんだよ…」
駄目だ、話にならない、と千切は思ってため息を吐くと、そんな千切をみていた玲王が今度は「うーん」と唸る。
「別にお前に合わせてもいいけど…俺は俺が持つ財力で最高にいいものを好きな奴にあげたい」
「……」
「だから、本気でお前が困って絶対に使えないってならない限りは、俺が良いと思ったのをずっとお前にプレゼントするつもり」
「…自分勝手だな」
「そこはエゴイストって言ってくれよ」
玲王がジャケットを広げてくれたので、千切は袖に腕を通す。ボタンを止めて、腕を動かしたり体を捻ってみると、ジャストフィットなだけあってとても動きやすい。あと、着心地がとてもいい。
「違和感ないか?」
「ベストフィット。ありがとう」
「おう」
嬉しそうに笑った玲王は、脱いだスーツを集める。千切はその横顔を見つめてから、床に転がされた革靴を拾って履いた。
ずっと貰ってばかりの自分が、恋人に何を返せるのだろうか、と千切は少し考える。
そして、徐に口を開いた。
「…玲王」
「ん?」
「歯ブラシを毟るお前も」
「え、何」
「メンヘラになるお前も」
「お嬢?」
「凪が大切なのも踏まえた上で、俺は玲王が好き」
「…うん」
「ただ、御曹司のお前には、ちょっと…慣れなくて」
「うん」
「今日の事とかあって、色々考えた方がいいと思ったけど」
「……」
「…使用人の人とかに、的確に指示出したり、命令したりしてるお前を見て、御曹司のお前に見惚れた…どんな玲王も好きだって自覚させられた。金銭感覚に慣れるのはもうちょっと待ってほしいけど…でもお前との未来を俺は誰にも譲らないから。玲王もその覚悟をしとけよ」
革靴の紐をギュッと結ぶと、千切はゆっくりと立ち上がる。千切は微笑みながら玲王の方へと顔を向けると、玲王は目を見開いた顔をしていた。
しかし、すぐに口元を綻ばせて、千切に抱きつく。
「お嬢はやっぱかっこいいな」
「知ってる」
「そんな素敵な恋人を、俺も手放す気はない」
「おう」
「まぁ、俺も…もうちょっと一般的な金銭感覚を身につけるよ」
「コスパの良さを教えてやろう」
「ハハッ、楽しみにしてる」
抱きしめていた体を離してから、触れるだけのキスをする。本当はお互いにもっと堪能したいが、ここはまだパーティー会場だ。
「さて、このまま帰るか」
「…帰ってもいいのか?」
「大丈夫だろ。今頃会場の方も困惑してるだろうし」
「困惑?」
「今回の件も踏まえて諸々の痛いところを突いてるところ」
「スポンサーなのに大丈夫なのか…?」
「チームに穴が開く分はうちが補うから気にすんな」
サラリと何でもないようなことを言う玲王に、千切はまた少しだけ遠い目をする。慣れるように頑張ると言ったが、本当に慣れることができるのか、千切はかなり不安になった。
とは言え、満足そうに玲王が笑っているので、今はこれでいいのだろう。今まで何とかなってきたのだから、これからも何となる、と千切は思うことにした。