悪役令息パロ(途中) 子どもを庇って車に轢かれたら、貴族に転生しました。
何て、かなり流行った旬ジャンルのような台詞が千切の脳内に流れた。
中世ヨーロッパを連想させる、高価でキラキラとした貴重品達。紙の上でしか見たことのない、メイド服を着たメイドや、燕尾服の執事達。目が覚めた千切の目に入って来た情報はそれだけで、しかしそれらは非日常過ぎて、折角目を覚ましたのに、また倒れてしまった。
「熱も下がり、後遺症もありません。もう大丈夫ですよ」
メガネをかけた少し高齢の男性の医師が、優しい笑顔で千切とその家族に伝える。ベッドに腰掛けながら、診察されていた千切は、チラリと家族の顔を見た。
母は安堵したように胸を抑え、姉も「良かったぁ」と笑う。その後ろにいる父の表情は読めないが、怒っているわけではなさそうだ。千切はそれだけ確認すると、一度目線を落とした。
膝の上に置いてある掌を見る。ぐーぱー、と手を動かしてみた。小さな、ここで目覚める前のような大きな手はなく、千切はそれが無性に悲しくなった。
「豹馬、どうしたの!?」
姉が慌てて声をかけて来て、そこで初めて自分が泣いていたことを知った。幼い姿では感情のコントロールができないのだと、千切がこの世界で得た初めての知識だった。
家族に恥ずかしながらも慰められて、1人になって漸く落ち着いた千切は開き直った。
前の世界に戻ったとしたも間違いなく死ぬだけだし、それならこの世界を楽しんだ方が勝ちである。それに、どうやら千切はこの世界では貴族らしい。千切の身の回りの事は、全て執事かメイドがしてくれた。
お風呂まで一緒なのは正直恥ずかしいが、慣れさえすれば大丈夫だろう、と千切は思っている。
ただ、残念なことに、この世界の知識が中々手に入らない。元々の〝千切豹馬〟の知識も多くはなく、この屋敷の中の知識しか持っていなかった。
そもそも、千切の屋敷はかなり広い。門から屋敷までも距離があり、広い庭や温室などもある。領地に本邸があるらしいので、更にここよりも広いのだろう。まだ行ったことは無いが、千切は迷わないかが心配である。
父の仕事の関係で王都にいるが、千切がもう少し大きくなって馬車の長旅ができるくらいになれば、一度行こうという話になっている。楽しみ半分、心配半分であった。
大きくて長い廊下をてくてくと歩く。メイドや執事とすれ違うたびに、共に行こうかと声をかけてくれるが、千切はその全てを断って書斎へと向かっていた。
大きな扉を何とか開けて、中へと入る。初めて入る部屋に、千切は思わず口を開けて見上げてしまった。書斎、と言っていたがどう見ても図書館と言っても差し支えないほど中は広い。父の知識欲が凄いと聞いたことがあるが、ここまでとは、と千切は驚いた。
本来であれば、司書が1人いるのだが、本日はお休みだと聞く。今日なら1人でゆっくりできると思っての行動だった。
まずはこの世界のことを知るために、千切は地図の置いてある場所を探し求めるために、本棚へと近づいた。
◾️蜂楽と
「ちーぎーりーん!!」
「蜂楽」
「どーん!!」
ご丁寧に効果音を口にしながら飛んできた蜂楽を、千切は両手を広げて受け入れる。ソファの前に立っていたので、受け止めて後ろに倒れたが、柔らかい素材が受け止めてくれた。
抱きついてきた蜂楽は、嬉しそうに千切の首に腕を回して、グリグリと頭を千切に押し付ける。千切もそれを笑いながら受け入れて、押し付けられる頭を撫でた。
「ちぎりん!!会いたかった!!」
「はいはい。そう言っても、前に会ってまだ3日しか経ってないけど」
「俺は毎日会いたいの!!」
千切に顔を押しつけていた蜂楽が、ガバッと顔を上げて訴える。幼く可愛い顔は可愛らしいのだが、蜂楽なりに真剣なのだろう、真面目な顔をして千切を見ていた。
千切は、その視線を受けて見つめ返すと、少しだけ口角を緩めてから、その頭をもう一度撫でた。
「よしよししてやるから、今のペースで我慢してくれ」
「うう~」
「よしよし嫌か?」
「嫌じゃない!!」
慌てて否定する蜂楽を、千切は見つめる。蜂楽は、その視線に口をキュッと結んでから、ゆっくりと頷いた。
「その代わり、ちぎりんのよしよしは、俺だけの特権ね!」
「別にいいけど」
何故か千切に撫でてもらうのが好きな蜂楽は、事あるごとに撫でろと要求してくる。別に嫌ではないのだが、何がそんなに気に入っているのかが未だに不明だ。お手軽なので、千切としては有難い限りなのだが。
いつもより多めに、千切は蜂楽の頭を撫でてやる。ご満悦な顔を向けてくる蜂楽を見て、千切は喜んでくれるならいいか、と思うことにした。
蜂楽廻は公爵家の息子である。そして、現当主は母の蜂楽優が担っていた。
蜂楽の父は、数年前に持病で亡くなった。当時は誰が当主の座を担うかで揉めたらしい。公爵としての立場は、かなりの重責を担うが、それでもその権限は魅力的なものがあるらしい。その座を狙うものと、蜂楽の母とで揉めに揉めて、最終的に蜂楽優が勝ち取ったそうだ。その時の蜂楽優の対応や立ち回り、そして彼女の人脈は周りの者から一目置かれるほどだったようで、今も尚、その手腕は尊敬の的となっているらしい。
そんな忙しい蜂楽の母を、親友であった千切の母が心配して、息子の廻の面倒を見ようか?と声を掛けたことによって、1年程共に過ごしたのが、蜂楽との出会いだった。
当時の蜂楽は、それはもう千切の家の者すべてに警戒していた。彼の家が冷戦状態なのだ。家の中がそんな状態であれば、他人の家なんて余計警戒心が強まるだろう。当たり前の反応である。
子どもながら、母のためにと頑張る蜂楽の姿を見て、これは良くないと千切は思ったのだ。大きくなるにつれて、貴族の子ども達は、嫌でも社交界特有の対応と警戒心を求められる。無邪気に遊べるのは今だけなのだ。少ない子どもでいられる時間を、警戒ばかりで費やすのは勿体ない。
そう思った瞬間から、千切は蜂楽を庭や書斎、応接間など、屋敷の中の様々な場所に連れまわした。最初は急に蜂楽を連れ回し始めた千切に嫌がる素振りを見せていたが、少しずつ警戒心を解いてくれて、気づけばこんなにも懐いてくれるようになっていた。ちょっと懐き過ぎているような気もするが、笑顔になってくれたのでいいだろう。千切は前世のときから、蜂楽の明るい笑顔が好きだった。
ちなみに、蜂楽には前世の記憶はない。それとなく確認してみたが、首を傾げていたので間違いないだろう。残念だが、それでも見知った人に会えるのは千切にとって嬉しいことだった。
「ねぇ、ちぎりん」
「ん?」
「ちぎりんとずっと一緒にいるにはどうしたらいいのかな?」
「ずっと?」
「そう、ずっと。俺はずっとちぎりんの隣にいたい」
真剣な顔でそういった蜂楽に、千切はは「うーん」と頭を悩ませる。
ずっと、は友人である限り叶うだろう。蜂楽との仲がそんな簡単に崩れるとは千切も思っていない。ただ、隣にいる、というのは捉え方によって意味が異なるような気がするのだ。
「あのさ、蜂楽」
「なーに?」
「大きくなっても隣にいたいって思ったら、また教えて?」
「なんで?」
「隣にいる方法っていっぱいあるんだけど、大きくなったからの方がどんな風に隣にいたいのかが明確になると思って」
「…ふーん?」
千切の言葉に、蜂楽はどことなく納得していないような声を上げる。千切はそれに失笑すると。幼い蜂楽が千切の言っていることを理解できなくて当然だ。
それでも、千切はあえてそれ以上は何も言わない。変なことを言って約束などになってしまっては良くないからだ。貴族の口約束は思っている以上に怖い。
「大きくなったらって、いつ?」
「え?あー…そうだな…18歳とか?」
「18歳?なんで?」
「この国の成人年齢だから」
「なるほど」
蜂楽は指定年齢は納得したのか、ふむ、と頷いた。時折こうして賢く見えるのだから、蜂楽は侮れない。
少し悩むポーズを見せた蜂楽は、解決したのか、顔を上げて千切を見た。そして、ニコリと笑う。
「18歳になったらまた聞くね!」
「おー」
ニコニコと楽しそうに笑う蜂楽に、千切は少し安心したように笑ってから、冷めてきた紅茶を一口飲んだ。
◾️國神と
馬車に揺られながら、窓からのぞく景色をみる。隣には、楽しそうにしている蜂楽がいた。
「いい天気だね」
「本当にな」
雲一つない、まさに快晴と言った天気に、千切は頬を緩ませる。お出かけ日和とは今日のような日のことを指すのだろな、と思うほどであった。
「それにしても、お茶会はめんどくさいなぁ」
「気持ちはわかるけど、それを向こうに着いてから言うなよ」
「はーい」
千切の言葉に、蜂楽は素直に頷く。千切とて、蜂楽が本当に会場でそんなことを言うとは思っていない。それでも、念のために注意しておくに越したことはない。
素直に返事をする蜂楽に、千切はよしよしと頭を撫でた。今日は綺麗に髪の毛が整っているので崩さないように気を付けた。
一定の年齢を迎えたら、貴族の子息達はお茶会に参加できるようになる。この国には、子ども達専用のお茶会があるのだが、その内容は決して楽しいものではない。
貴族とは、優雅にかつ笑顔を絶やさずに、いかに他の貴族からの言葉の落とし穴に嵌らずに生きていけるかが重要である。子ども達のお茶会も例外なく、子ども同士で腹の探り合いを行っている。何ともまぁ、心休まらないお茶会である。
更に、この機会に、上位貴族との繫がりや、あわよくば婚約などにも繋げたいと思っている者も多く、蜂楽は勿論のこと、それなりに上位にいる千切にも声がかかることが多かった。
幸いなことに、千切の家の立場的にお茶会を断れる機会も多い。だが、中には断れない場合もある。今回に関しては嫌なわけではなかったが、お茶会と言う物に乗り気がしなかった千切を、千切の姉が背中を押して参加させた形になった。
重い腰を上げて参加をすることになったのだが、それをどこからか嗅ぎつけた蜂楽が「俺も参加する!」と言ったことにより、こうして2人で行くことになった。千切としては、つまらないお茶会の話し相手が確実に確保できたことになるのでありがたい。同じ馬車に乗りたいと言ってきた蜂楽に、2つ返事で頷いた。
ちなみに、蜂楽は公爵という立場を利用して、基本的に殆どのお茶会を断っている。断っても揺るがない立場があるが故の行動だ。なので、他の貴族はダメもとで蜂楽公爵へお茶会の招待状を出していた。
そんな中で、ある時期からふらりと蜂楽公爵の子息が参加するようになった。最初は規則性のない参加の仕方に、他の貴族は首を傾げたが、何度か確認していくうちに、1つの共通点を見つけた。
それが、千切侯爵の子息、それも長男が参加しているときに現れていることに気づいた。それからというもの、蜂楽公爵に参加して欲しいときは、千切侯爵にも招待状を送ることが暗黙の了解となっていた。
閑話休題
馬車に揺られて、やっと会場へと到着する。馬車の椅子は前世よりも固く、ガタガタと揺れるので、長時間座っていたくないが、だからと言って到着して欲しくもなかったと、千切は諦め悪くそんなことを思う。
従者によって、開いた扉をいち早く蜂楽が下りると、小さな手をこちらに伸ばして来た。
「ちぎりん、はい!」
そう言って、笑顔を浮かべる蜂楽に、千切は笑う。2人がお茶会に参加できるようになる少し前に、共にエスコートの仕方を練習した。蜂楽は、周りの見本になるような作法が必要とされているために、共に受けた授業は中々にハードだった。そのおかげで、周りの者よりも綺麗にエスコートができる自信が千切にはある。まだそれを発揮できる環境になったことはないが。
それもあって、蜂楽はエスコートをしたかったのだろう。練習の成果がどこにも発揮されないのが悲しいのはよくわかる。発揮するためにお茶会に参加したいかと言われると、蜂楽も千切もそれは違うと思うタイプで、更に適当なご令嬢に行うには立場が良くなかった。
千切は大人しく蜂楽の手を取ってエスコートして貰うことにする。千切が手を取った瞬間に嬉しそうな顔をした蜂楽は、そのまま子息達の手本になるようなエスコートを披露したのだった。
◾️御影と
◾️凪と
◾️日常
◾️平民と
◾️日常
◾️学園と
◾️カイザーと
◾️日常
◾️学園と
◾️カイザーと