風 ひゅうひゅうと風が鳴っていた。ビル風の音色が、受話器越しに神代の耳に届く。
「あなたはいっとうの医者なんです」
受話器向こうから、富永が言った。都市部の片隅に足を止めて、山野深くの神代にさらに言う。
「あなたを尊敬している」
「…………」
夕日が、診療所の神代の手元を照らしている。
「もしかすれば、あと少しで、憧れさえしてしまったかも」
神代は吐息さえ余計に漏らさず、黙って受話器を耳に当てたままでいた。
富永は神代の応えを求めてはいないとわかっていた。歳を重ねて、互いの知らぬところで己自身を研磨し、時にすり減らし、より鋭利になった富永の機微は、かつて共に職務と寝食とを分け合っていた頃よりもかえって、神代には読みやすかった。
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