つくづく つくづく、と譲介は思った。
目の前の師と、師が支度してきた化粧道具を見て思った。口紅が一つ、置いてある。口紅は、その容器がやや四角張った円筒形をしている。円筒の表面は黒で、あまり艶のない、しれっとした外見をしている。
蓋はしっかと閉まっているが、こういう手のひらほどの円筒形のものといえば口紅と相場が決まっているし、そこから微かに香るものがあり、それがまたこれは口紅であると譲介に教えているので、疑いの余地はないように思った。
疑わしいのは、師の考えの方だった。
師は、医師である。それも、およそ日当たるところを闊歩するのには不適当な種類の、闇医者と謗られて当然のことを生業にする方の、医師である。
彼は黒髪ゆたかな壮年の男で、ある時から譲介を手元に置いて暮らし、いろいろのことを譲介に教え、吹き込み、学ばせる。それで譲介は、男のことを師であると思うことにしている。
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