いつか バーレッスンを、と神代が言った。和久井はそれを、自ら磨いたレッスン室の床の上で厳かに聞いた。
「はい」
手を背中に組み、指先でよれたレッスン着の裾を伸ばして返事をした。緊張の発露だろうか。自分が自分でおかしかった。もっと折目正しい態度をとるべきではないのか。和久井はせめて表情だけでもと、顔に力を入れる。
真正面には壁一面の大鏡があり、その手前にこれからの師である神代が立っている。
古びてなお輝き明るい鏡に、神代の鍛え上げられた、出来すぎた彫像が如く肉体が映っている。
和久井はそれを見つめて、違うな――とぼんやりと思い、己の連想をたちまち恥じ入った。いまさらあの男のことを考えるだなんてきっと正しくない――自分はいま、神代の勇壮な立ち姿を見て、頭の中であの男の姿と比較したのだ。和久井を踊りの道へ引き込み、あげくに突き放したあの男――確かに立派な姿をしていたが、目の前の彼ほどでは──「譲介」
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