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    フカフカ

    うさぎの絵と、たまに文章を書くフカフカ

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    K2/スペース富永先生と、スペース一人先生の話/架空の宇宙空間/遠い遠い宇宙の端にあるという、無医星に唯一の医者となるべく故郷の星を飛び出したスペース富永/自分で描いた宇宙とみの絵が発端

    漂っています、宇宙空間をです 富永は漂っています。宇宙空間をです。真っ暗闇かと思えば、そうでもありません。あてのない浮遊かと言われれば、そうではありません。
     橙色の宇宙です。それそのものが、ほんのりと明るく、まるで後ろに太陽を伸ばして均して、均等にして、穏やかに躾なおしたものを隠したように、光っています。その上、数え切れぬ程の星々が辺りに光を振り撒いています。ですから、真っ暗闇どころか、瞼を閉じたってその向こうにうっすらと光を覚えるほどには、目の前が明るいのです。しかしそれも、富永の母星からしばらくの間のことです。
     宇宙には潮の流れがあります。いえ、宇宙にある、力場の均衡だとか、せめぎ合いだとか、そうした作用で生まれる流動する何かのことを「潮」と呼んでいるというのが、本当です。富永はその「潮の流れ」に乗って、一つところを目指しています。遠い遠い、まだ見ぬ星の、さらに深みを目指しています。
     橙色の宇宙の流れには大まかに二つあって、一つは全てを母星へと引き寄せる流れです。富永の母星にはそれはそれは立派な、しかし極めて市民的な病院があります。他所から患者を運び込むのにも、これを使います。もう一つの流れは、反対に、何もかもを母星から引き離し、押しやり、さようならと手を振る流れです。
     富永は今朝、父と、母と、学友たちと別れて、鞄一つきりを携えて、さようならの潮へと身を任せました。遠い遠い、まだ見ぬ星の、さらに深みを目指すためです。
     なぜかと問われたのなら、富永ははっきり、「自分が医者だから」と答えるでしょう。「医者ならば、そうするべきだから」と答えるでしょう。もちろん、母星ではすでに百回もそう口ずさんできました。
     富永は、母星にて高度な教育を受け、医術を身につけ、また父と母と師と学友から、人の命を扱うとはどういうことかを学んできました。人のよりよく生きるとはどういうことかを、学んできました。母星で、いくらもの人々の治療にも携わりました。
     膿を除き、傷を縫い、熱を冷まして、痛みを和らげ、目を見開き、耳を澄ませ、肌に触れて、人々の命を扱ってきました。
     そうして今度は、己の力を、遠くて遠くて、あまりに深くて、医者のひとりもいないというまだ見ぬ星のために使おうと、決めたのでした。
     このひろい宇宙のどこかに、まるでひとりぼっちで、誰からも癒やされることもなければ、癒しの存在さえ知らないものがいるのではないかと思うのが、富永はいやなのでした。もしもそんな、重苦しく解決のしようもない境遇の者がいるのなら、自分がそこへ行って、何か手を打たなくてはいけないと、思い定めたのでした。
     流れに乗って星からから離れてしばらく、そろそろ、宇宙の切れ目に差し掛かります。また別の宇宙が、その先にあるのです。潮の流れだけが奥へ奥へと途切れなく、続いています。
     橙色の宇宙は次第しだいに、濃紺のしじまを含んで色を濁らせ、暗くかげるようになりました。星の瞬きも、趣を変え始めました。富永は、腕に取り付けた指針を確かめ、うん、と一つ頷いて、また、宇宙の潮の流れに身を任せました。富永の目指す先は、鉄紺を塗り込めて暗い、研ぎ澄まされた宇宙の隅にぽつんと浮かぶ、小さな星なのでした。

     数多のものを見ました。爆ぜる星の鈍い虹色の光を見ました。目の吸い込まれるような、いっぺんの光もない暗い洞穴を見ました。はるか遠いところに、宇宙を渡る船団の影を見ました。

     ぐん、と身を引っ張られて、鞄から手が離れました。星が、富永を捉えました。視界いっぱいに、銀の砂地が見えました。富永は頭の方から、ぐんぐんと星に引き寄せられて落ちました。
     ぼふり、ばふり。砂煙が立ちます。透き通るかと思えるほどに眩い、銀の砂煙です。それは富永の身を取り囲んで鉄紺の宇宙へと柱を立てます。砂煙は何本も、何本も立ち並び、宇宙へ手を伸ばす巨人の腕のようになり、また重力に負けて地面へ降り、左右に倒れては広がって薄らいでいきます。
     銀の砂地に仰向けに倒れて、富永はこれを見つめました。確かめずともすでに、はっきりわかっていました。自分がきちんと、目指した通りの場所へ辿り着いたのだと、わかっていました。
     起き上がり、傍に落ちた鞄を拾い上げます。見渡す限り、何もありません。広々した銀の砂地が四方に続いていて、その地平に恐ろしく背高い山波が唐突に生えてる他には、何も、何一つありません。
     山は幾重にも重なるように奥まで続き、また途切れては別の場所からさらに生え並ぶのを繰り返しています。そうでない場所はただただ広く、寒々しい、砂の広みばかりです。
     富永の見慣れて親しんだ桃色の雲も、豊かな緑の水面も、黄色い草の畝だってありません。富永は考えました。本当に何もない土地であるのなら、病に傷に、目に見えぬ苦しみに押しつぶされる誰かさえいないのではあるまいか。それはそれで、自分の望みの世界かもわからないが、果たして。
    「気をつけろ、そこはじきに流砂になる」
     ぽつり、と、音が落ちてきました。富永は瞬きをしました。鉄紺の宇宙が、ただそこにあります。
    「砂がお前を飲むだろう。どうした、動けないのか」
     二つ目を聞いてやっと、その音が声だと理解しました。富永ははっとして立ち上がり、声の湧く方へと振り返りました。
     たかい高い山の連なりがあります。銀の砂でできた、銀の山です。塔のようにすんなり伸びて、岩肌はさらりと滑らかで、けれどところどころに険しい凹凸がありました。輪郭はその凹凸のために歪な印象で、それそのものが仄かに光って見えました。山頂の険しさはよほどのものでした。たとえ裾から登っていったとしても、踏むべき足場がないようにさえ思われました。
    「歩けるのなら、そこから右か左に、十五歩は離れろ」
     富永は山頂へこらしていた目を下げて、山裾のあたりを見つめました。闇色の泉があります。
     砂地から直接にこんこんと湧き出ては富永の背丈よりも高く姿をとる闇です。湧き出ては崩れ、崩れては湧き出る、尽きぬ泉がそこにあると、富永は思いました。そうして瞬きをして、それが、富永と姿形の似た、長い外套を着込んだ人影なのだと、確かめました。
    「あ、え……あ!? 流砂!?」
     
     ずうるり、ずる、ずる、砂が逆さ円錐の形に崩れて凹み、地中深くへ飲み込まれていきます。富永はそれを、山の裾野の一段高いところへ登って、見つめました。
    「あっぶなかったなあ」
    「あれに飲まれて無事に出て来れるものは少ない。気をつけろ」
     隣に、外套の人影がありました。ぼんやりしていた富永を砂地からひっぱり出して、高台へ上げてくれた、その人でした。名を尋ねてもうまく名乗ってはくれませんでしたが、「K」という音だけ教えてくれましたので、富永は早々に「助かりました、K」と礼を言いました。
     Kは、底抜けに黒くて、少し青みがかった瞳で富永をじっと見て、「外の宇宙から来たな」と尋ねるふうでもなく、言いました。
    「はい」
     富永は頷きました。
    「それは、医療道具だな」
     Kが今度は富永の鞄を見て、言いました。
    「はい。ということは、あなたも医者ですか」
    「ということは、お前は医者なのだな」
     Kはどこか、何かを祝うように目を細めます。そのKの横顔に、山肌が照り返す、灰白色の光がうつります。黒い外套、黒い瞳、ともすれば宇宙の色に溶け馴染んで目に見えなくなっても不思議ではないほど、しんとした色を身につけたKの姿が、不思議と、全体に光の糸でかがったように、富永には見えました。
     見れば見るほど、Kが医の道に身をくべたものだと確信できました。Kからは人の命に触れるものに独特の、思い詰めたような気配がみっしりと感じられました。
     富永は鞄を強く握って、まず自分の名を名乗りました。それから、自分が無医星の僻地医療を担うべくやってきたのだと、はっきりと訴えました。
    「ここには、いるんですか」
     富永が聞くと、Kは頷きます。
    「いるとも」
    「病み疲れた人がいますか」
    「ああ」
    「傷ついて血を流し、膿み苦しむ人は」
    「絶えることなく」
    「誰に訴えることも思いつけないほど、痛苦のぬかるみに喘ぐ人は」
    「いないはずもなく」
    「そうした人々の前にしゃがみ込み、手を尽くして汗を飲む人は、医者は」
     胸に燃える使命の炎のもたらすまま、熱意込めて、富永はKへと尋ねました。Kは、果てのない宇宙の暗さ、眩さ、静けさ、さわがしさ全てを背の向こうに負ったように立ちそびえていました。
    「医者は、いるんですか」
    「いるとも」
     Kは頷きます。富永は、己の無意識に導かれるまま、Kへと手を差し伸べました。
    「俺と、お前だ」
     Kの手が、しっかと、富永の手を取ります。富永はこれをより強く、これでもかと掴んで握りしめました。



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