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    怪我人

    @keganin___

    VWのオタク

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    怪我人

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    幽霊が見える台風の話

    ◯ホラー要素はありません
    ◯最終話から数十年後(曖昧)

    ▼第2話
    https://poipiku.com/8159923/9505336.html

    #台牧
    taimu

    幽霊「僕、幽霊が見えるんだよね。もう!嘘じゃないってば!」
     補給のために立ち寄った小さな街の小さな酒場。僕はあいつと酒を飲んでいた。酔ったせいで少し気が緩んでいたのかもしれない。今まで誰にも言ったことがない秘密を、ぽろりとこぼしてしまったのだ。
    「ま、別に信じてくれなくていいけどね。……ここの店主、多分夫を亡くしてると思うんだよな。隣にさ、彼女を愛おしそうに見つめてる男の人が立ってんの」
     見えないだろうに、あいつは店主の横の空間に目を凝らしている。
    「死んでも離れられないくらい愛してたんだろうね。……なんかいいよな、そういうの」
     言って後悔した。そもそも言うつもりじゃなかったのだ。こんな気持ちを抱いているなんて。
     そういえば、あの時あいつはどんな顔をしてたっけ。




     僕は幽霊が見える。

     彼らは生きている人間とほとんど変わらない姿で存在している。生者と違う点は向こうの景色がほんの少しだけ透けて見えることと、触れないことくらい。
     どうして僕には幽霊が見えるのか?僕はプラントだから、人間の目には見えないものまで見えているんじゃないかと思っている。ごく稀に見える人間もいるようだけど。
     長年彼らを密かに視界の隅で観察し続けた僕はあることに気が付いた。どうやら生前に抱いた強い想いが彼らをこの世に留めているようなのだ。想いは魂に深く刻まれ、死してなお彼らをこの世に縛り続ける。僕はただ彼らが現世を彷徨う旅路を偶然目撃しているに過ぎない───なんちゃって。これは僕の想像だから本当のところはわからない。でも、そう考えた方がロマンチックじゃない?
     幽霊になってまで執着されるなんて、人間と深い関係になることを極力避けてきた僕はちょっぴり羨ましいと思ってしまう。長い長い人生の中で出会った人間は数知れず。もしその中の誰かが、死んでも僕に会いたいと願ってくれたなら……。
     ……違う。本当は僕が会いたいんだ。
     『誰か』と言ったが、実は会いたい相手は決まっていた。博愛主義者だと言われがちな僕だけど、あいつのことだけはどうにも特別扱いしてしまう。

     あいつが幽霊になったらどこに行くだろうか。
     もしかしたらと淡い希望を抱きながら、僕は彼の墓を定期的に訪れている。かつて死闘が繰り広げられたその地は、今は穏やかに時が流れる静かな場所となっていた。崩壊した教会は再建され現在も細々と孤児院を営んでいる。
     何十年も通い続け、勝手知ったる我が家のように敷地内を歩く僕の横を埃っぽい風が通り過ぎる。その後を追うように奥へ進むと、そこには今も戦いの痕跡を残す巨大な十字架がひっそりと佇んでいた。
    「また来ちゃった」

     墓前に座り、笑顔で旅の最中に起きた出来事を語る。しかし、それはあいつがいない寂しさを紛らわせるための行為に過ぎなかった。
     だって、どうしても考えてしまうんだ。
    「……やっぱり会いたいよ」
     会って話がしたい。あの頃の僕たちは隠し事だらけだったから。今なら、何のしがらみもなく楽しく語り合えるんじゃないか?
     でもあいつは、孤児院を、大切な人たちを守って、満足して逝ったのだ。あいつがこの世に縛られる理由はない。だから会えるわけがない。そんなことは最初から分かっていた。分かっていたのに。もし会えたらと、何度も何度も想像してしまう。
     縛られているのは僕の方だ。

     笑え
     ムチャな事ゆーな

     顔から笑みが消える。
     きっと俺は今とても酷い顔をしてるんだろうな。最初で最後のお前の願いすら満足にきいてやれない。

     ふと、風に乗って漂ってきた懐かしい匂いが僕の鼻腔を優しく撫でる。頭の中の引き出しの奥深くにしまい込んでいた記憶が無理矢理引きずり出されていく。
    ──煙草なんて百害あって一利なしだぞ。クサいし金のムダ、っうわ!?やめろバカ!
     何度か禁煙するよう忠告したが適当にあしらわれ、黙れと言わんばかりに顔に煙を吹きかけられたこともあった。間違えるわけがない、あの匂いだ。あいつが吸っていた煙草の匂い。
     僕は思わず振り返った。

    「あ」
    「あ!?」

     黒いスーツを着た男が立っていた。
     どうしてお前がいるんだ。





    「アカン。バレてしもた」
     そう呟くと男は僕に背を向けてとんでもない速さで走り出した。
    「は?!待てよ!どういうこと!?」
     慌てて後を追う。
     バレた?何が?俺を見ていたことが?いつから?なんで?頭にいくつものハテナが浮かんでは霧散していく。こんな状態で考えられるわけがない。とにかく今はあいつを追いかけなければ。
     混乱している間に男との距離はずいぶんと広がっていた。右脚、左脚、右脚、左脚。それらをただ交互に前へ出すだけの動作がとてつもなく難しく感じる。
     僕ってこんなに走るのヘタクソだったっけ。

     遠くであの日と同じ鐘の音が聞こえた気がした。

     孤児院の建物の横を通り過ぎて角を曲がると、男の黒い背中が見えた。既に息が上がっていたがぐっと堪え、更に速度を上げる。
     あと少し。
     ようやく届きそうな距離まで追いつき、生身の右手を男の腕に伸ばす。
    「っ!つかまえ」
     た、と思った手は男の腕をすり抜ける。全速力で走っていた僕は勢いを抑えることができなかった。前へと身体を投げ出し、乾いた大地に激突する。
     僕はすっかり忘れていた。幽霊には触れないことを。
    「いっでえ!!」
     砂と小石だらけの荒い地面が顔の皮膚を通り過ぎる。じわじわと顔全体に痛みが広がっていく。僕はその場で蹲った。
     痛む顔を押さえる指の間から男の靴先が見えた。地球のとある国では、幽霊には足がないと言われていたとか。
     ……あるじゃん。
     昔シップで読んだ地球の資料を思い出す。
     懐かしい声が頭上から降ってきた。

    「相変わらずそそっかしいやっちゃなあ」





     人を忘れる時は声から忘れていくらしい。
     最初に聴覚。次に視覚。触覚。味覚。最後に嗅覚。でも俺はお前の全部を覚えている。あの日から何十年も経った今だって鮮明に。忘れたことはない。忘れるわけがない。
     低くて響きのある声、黒いスーツに身を包み巨大な十字架を背負った姿、日に焼けて少し荒れた肌の感触、味……はさすがに知らない。でも舐めたらしょっぱい汗の味がするんじゃないかな。もしそんなことをすれば原型を留めないくらいにボコボコにされるだろうけど。そして、煙草の匂い。

    「幽霊って意外と便利でな。水も食い物もいらへんし、どんだけ歩いても疲れへんし。まぁ死んでんねんけど」
     感傷に浸る僕のことなんて黒い幽霊にはどうでもいいらしく、笑っていいのか判断に迷う冗談を飛ばしてくる。
     人の気も知らないで……。
     蹲ったまま顔だけを上げると、生前と変わらない姿のあいつが立っていた。

    「お前、なんでっ……」
     言いかけて、初めて気が付いた。自分が泣いていることに。
     ぼとぼとと零れ落ちた涙が地面へと染み込み土の色を変える。
    「なんや泣いとるんか?そないにワイに会いたかったん?」
    「会いたかったよ!」
     食い気味に答えると男の身体が一瞬だけ強張った。僕は構わずに続ける。
    「会いたかった!ずっとずっとずっと!!お前に……会いたかった……」

     ウルフウッド。

     目からあたたかい水が溢れて止まらない。こんなはずじゃなかったのに。最悪だ。

     ウルフウッドの幽霊に会えたら……。
     旅の最中に何度も考えた。もし会えたら、僕のとびっきりの笑顔を見せてやるつもりだったんだ。だって嘘みたいだ。今になってあの日の願いが届いたのだろうか?まさか。神なんていない。人間が勝手に作り出したものだから。
     でも今だけは神の存在を信じてやってもいい。

    「泣くな。笑えトンガリ」

     あーもう。
     今そんなこと言われたらさぁ……。





     風が吹き、木の葉を揺らす音がやけに大きく聞こえた。この数十年の間に砂だらけの星は緑化が進み、今では植物がある風景は珍しいものではなくなりつつある。
     緑が増えたこの星をウルフウッドが見たらなんと言うだろう。彼が生きていた頃にはまだなかった植物の名前を一つ一つ教えてやりたい。君は案外真面目に聞いてくれたりして。……なんて考えたこともあったっけ。幽霊になって彷徨っていたのならこの星の変化も間近で見ていたことだろう。なーんだ。知ってたんだな。ちょっと残念。

     ふは、と気の抜けた笑い声がした。
    「……ねぇ、なに笑ってんの?」
     ウルフウッドを睨みつけるが、あいにく僕の顔は涙でビショビショに濡れている。彼を睨む目は潤んでいるし、転んだせいで全身砂まみれだった。いくら凄んでもなんの迫力もない。ウルフウッドはそんな僕を見て愉快そうに言う。
    「ちっこいガキみたいにビービー泣きおって。ひゃくなん年も生きてるくせに」

     あの日言われた言葉を思い出す。
     変わらないな。俺もお前も。

     僕はまた泣いてしまった。君がいなくなった数十年で、君と旅していた頃より僕はずっと泣き虫になったみたいだ。
    「オドレいつまで泣くねん。水は大事にせな」
    「……うるさいな。勝手に出てくるんだよ」
    「ほーん?まぁ年取ったら涙脆くなるって言うしな。大変やな〜おじいちゃんは」
     泣くのに忙しくて怒る気も起きない。しかしこのままでは干からびてしまいそうだった。ごしごしと目を擦りながら必死に泣き止もうとする僕を見てウルフウッドはため息をつくと、落ち着いた声で話し始めた。
    「バレてもうたしこれからは堂々とついてったる。せやからもう泣くな」
    「え。あ、それっ、ほんと!?」
     一瞬で涙が引っ込んだ。もしかして僕ってすごく単純なのかも。
    「コソコソすんのは性に合わんっちうか。見つからんようにするんも面倒でなぁ。ぼちぼちキツぅなってきとったし」
    「えぇ……」
    「オドレが幽霊が見えるとか言うさかいに……ちうかなんで見えとんねん。そんなとこまでデタラメなんか」
    「……」
     失礼なことを言われているのに胸がじんわりとあたたかくなる。彼と言葉を交わすのは数十年ぶりのはずだが、つい昨日別れたばかりのような気分だ。
     でも、いいのだろうか。今後何年あるかもわからない僕の長い人生に彼を付き合わせて。
     僕の思考を読んだかのようにウルフウッドが話を続ける。
    「死者がこの世に留まるんにはちゃんと理由があるんや」
    「それはなんとなく知ってるけど……でもお前に留まる理由なんてないだろ。なんでいるんだよ」
    「失礼やな。ワイかて心残りくらいあるっちうねん。ほんでワイがここにおるっちうことは……まぁ……そういうことや」
    「え。何」
    「この話はこれで終いや」
    「勝手に終わるな。わかんないからちゃんと言えってば」
    「……」
     心残り?なんだろう。皆目見当もつかない。それにウルフウッドにしては歯切れが悪い。さっきまでぺらぺらと喋っていたのに。
     釈然としない僕の顔を見ると彼は頭をがしがしと雑に掻きながら顔を伏せ、ぽつりと呟いた。
    「……どこぞの泣き虫のせいやって言うてんの」
    「それって」

     僕のせいじゃないか。





     顔を伏せたままのウルフウッドの表情はわからない。でも黒い髪の間から覗いた耳は赤く染まっているように見えた。今日はとても天気がいいから、それに僕らはさっき全力で追いかけっこをしたんだし、きっと体温が上がって、それで……いや違うだろ。
    「耳、赤」
    「!?」
     地獄の底から響くような恐ろしい声で僕の言葉はかき消された。仮にも聖職者が出していい声じゃない。
    「わかったよ……もう何も言わない。言わないから、これだけは言わせて」
    「どっちやねん」
    「……ありがとう」
    「……」
     僕のせいでお前をこの世界に縛り付けてすまないと思う。でも、お前がこの世界にいる理由が僕で嬉しいとも思ってしまった。
     つい言葉にしそうになったが我慢した。だって、言えばきっと君は照れ隠しで殴ろうとするだろうから。あ、でも幽霊だから殴られても痛くないか。
    「なんやその顔。ムカつくわぁ」
    「その顔ってどんな顔よ」
    「だらしない顔」
     そんな顔してるんだ。きっと僕が考えていることなんて表情でバレバレなんだろうし、いっそのこと言ってしまえば良かったな。
     転んでからずっと地面に腰を下ろしたままだった僕はようやく立ち上がり、コートを軽く叩いて砂を落とす。だらしない顔とやらのままウルフウッドの方へ視線を向けると、突然目の前に拳が飛んできた。しかしそれは僕をすり抜け、ウルフウッドは悔しそうに顔を歪ませる。
    「ぼーりょくはんたーい」
     暴力牧師は無言で拳を引っ込めると早足で歩き始めた。小走りで追いかけ、隣に並んで歩く。
    「……悪かったね。長い間付き合わせちゃって」
    「ほんまにな。さすがに参ったで」
    「うん……そうだよな。本当に悪いと思ってる。今までも……これからも」
    「ま、それがワイの心残りらしいからな。途中で飽きたら消えるかもしれへんけど」
    「それでもいいよ。でも消える時は事前に教えてほしいかな」
    「できたらそうするわ。また泣かれるんも面倒やし」
    「……お前やっぱりいい奴、」
    「ドアホ!調子に乗るな」
    「えへへへへ」
    「笑うな」
    「んん?でもなんで隠れてたんだ?せっかく見えるんだし挨拶くらいしてくれたっていーじゃん!」
    「挨拶て。……だって恥ずいやん。オドレのせいでワイが幽霊になっとるなんて」
    「ごめん。幽霊の恥ずかしいの基準わかんない」
     再び君とこうして軽口を叩ける日が来るなんて夢みたいだ。気を抜くとまた泣いてしまいそうだったけれど、これ以上揶揄われるのもムカつくので空を見上げるふりをしながら堪えた。

     今なら言える気がする。
     あの日伝えられなかったこと。
     ずっと伝えたかったこと。

     明日をお前と共に分かちあいたい

    「あのさ」
     呼びかけて足を止めると、ウルフウッドも立ち止まり僕の方へと身体を向けた。
     じゃり、と砂を鳴らして一歩前へ踏み出し、向き合った僕らのつま先がくっつきそうな距離まで近付く。
    「ずっと君に言いたかったことがあるんだよね。聞いてくれる?」
     急に僕が距離を詰めたものだから、一体何をするつもりなのかと訝しんでいるようだ。そんな彼の目を真っ直ぐ見つめ、僕ははっきりと言ってやった。

    「僕は、お前と────」





     ウルフウッドは何も答えない。
     あれ?聞こえなかったのかな。じゃあ今度は耳元で言ってやろうか。大声で。
     再び口を開こうとした瞬間、それまで時が止まったかのように微動だにしなかったウルフウッドの口元が微かに動いた。
    「……言う相手間違えてへんか?」
    「は?間違えてませんけど!人が真面目に言ってんのになんだよお前!」
    「いや、だって……なぁ!?オドレの言い方やと……!」
    「僕の言い方だと?」
    「……告白みたいになってんで」

     そっか。
     俺、こいつのこと好きなんだ。

    「そうだけど」

     そう答えた僕を見るウルフウッドの顔は傑作だった。
     僕はとびっきりの笑顔で触れない君にキスをした。だがそれは見事に通り抜け、僕は本日二度目となる地面との熱いキスを交わすこととなったのだ。
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