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    saku

    太中メインで小説を書いています。

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    saku

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    pixivの再掲

    #太中
    dazanaka

    此処に居る理由「はぁい、こちら太宰……」
    『何処で油を売ってる! この唐変木!!』

     鼓膜を突き破る勢いの国木田の怒声を想定していた太宰は、携帯端末を腕いっぱいに耳から遠ざける。
     遠ざけたはずだが、一字一句はっきりと聞こえた。

     怒声が止んだ事を確認し、太宰は端末を通常の距離に戻す。

    『こっちは仕事が山積みだ、さっさと戻って来い、この包帯無駄遣い装置!!』

     自身の言葉に再び怒りが再熱し出したのか、国木田の声が荒くなっていく。
     
    「落ち着き給えよ国木田くん。私は常に探偵社員とはどうあるべきか熟慮している。だからこそ、今、行動すべきだと思ったしだいなのだよ」
    『何をわけのわからん事を、貴様のどうでもいい熟慮など要らん、必要なのは人手だ!』
    「まぁ、そう云わずに、私がこれからするのは人助けだよ」

     通話をしながら、太宰は足を止めた路地へ視線を向ける。

    『……依頼か?』

     国木田は手早く確認をしているのか、キーボードを叩く音がスピーカー越しに太宰の耳に届く。

    「依頼じゃないよ。国木田くん、人を助けるのに理由は要らないのでしょ」

     返答も待たずに太宰は通話を切った。

    「……理由が必要なら、それは私が欲しいくらいだよ」

     抱えた気持ちを堪えるように、握り締めた端末を懐に仕舞う。

     目前にある路地は、まだ夕暮れ時だというのに妙に薄暗い。
     そこへ、太宰は些かの迷いも躊躇いも無く踏み入る。

     通りでは確かに聞こえていた喧騒は、何故か此処まで届かない。
     切り離されたかのような空間。
     踏み入る者を無言で拒むような圧迫感。
     だが、太宰はそれすら居心地がいいと云わんばかりに深淵へ進んで行く。
     かつては、赴く先々でこういう空気ばかり吸っていた。

     酷く寒々しく、異臭とは形容し難い空気が漂う、裏の世界。

     微かに靴音を立て進む先、より闇が濃い空間へ太宰は視線を向けた。

    「……やぁ、中也」

     建物から僅かに漏れる明かりが寂しく落ちる先。

     薄汚れた壁に寄り掛かり、腹から溢れる血で地面を濡らす人影があった。
     太宰の声に反応したのか、微かに身動ぐ。

    「……ッ」

     浅い呼吸をつき、中也は血を吐き出した。
     吐き出した血が、口と胸元を更に汚す。
     それに構う余裕すら無く、太宰に何かを伝える為、震えそうになる口を開く。
     荒い呼吸音に紛れてはいるが、微かに声を発している。

     太宰は外套が汚れる事も厭わずに中也の側に膝をつく。
     触れた中也の頬は血の気を失い、氷のように冷たかった。

    「……此のままだと確実に死ぬ。さて、どうしたい?」

     太宰の問いかけが聞こえている状態とは思えなかった。
     意識を保っているのがやっとだろう。
     それでも中也は頬に触れる存在を確かめるように、震える手で太宰の手を握る。

    「…………たす、け、ろ……」

     込み上げる血で痛めた喉から絞り出した声はひび割れていた。
     それ以上声を出す体力は無いのか、荒い呼吸を繰り返すだけ。

     だが、太宰はニコッと人好きのする愛想の良い笑みを浮かべると、握る中也の手を払った。

    「厭だよ」

     一瞬、驚愕したように中也の目が見開かれる。
     だが、そこまでが限界だった。
     
     多量の失血により、中也は糸が切れたように意識を失い太宰はそれを支えた。
     まだ暖かい血が太宰の服を染めていく。
     
     力が抜けた中也の小柄な身体を太宰は苦もなく抱き上げる。
     その表情に先程の笑みは無く、抜け落ちたように消えていた。

     伝わる中也の僅かな温もりに、抱き上げる腕に力が篭もる。
     微かではあるが息はしている。
     太宰はその青白い顔を見て、端整な顔を歪めた。

     気配は既に無く、何も存在していないかと思われた、仄白く漏れる明かりすら届かない闇。

     その中に一体の死体があった。

     何の特徴も無い、黒服の遺体。
     太宰はそれには一瞥もくれず、その場を後にした。







    *   *   *

     着信があった携帯端末の画面を太宰は眺め、そこにある『国木田』の名を確認はしたが、応答する事なく電源を切った。

     溜息を吐く太宰の視線の先には寝台で寝る中也の姿があった。
     体を汚していた血は拭き取られ、怪我は綺麗に手当てされている。

     その側に、太宰は居た。

     必要な事は済んだ為、此処にいる理由は無い。
     だが、眠る中也の側を離れる気にはなれなかった。

     中也が眠る寝台に背を預けるように座り、太宰は灯りの落とされた部屋を眺める。
     此処に来たのは久しぶりだった。

     記憶力が良すぎる太宰は、嫌になるくらいはっきりと全てを覚えている。
     
     太宰がポートマフィアを離反してから、幹部になった中也には太宰の知らない住処が増えただろう。
     その各場所がどれ程の頻度で使用されているか知らないが、此処は太宰がまだポートマフィアに居て、中也と相棒だった時そのままだった。

     あまりにもそのままだったから、入室した時は流石にもう使っていないか、と少しだけ落胆した。
     だが、中也の怪我の手当ての為に記憶を頼りに必要な物を探せば、ガーゼも包帯も消毒液も薬も、当時のままだった。
     変えないくらい放置したのかと思えば全てが新品で、定期的に交換しているのだとすぐにわかった。

     それだけでも信じられないのに、タオルや服、全てが当時のままで、意識の無い中也を手当てしながら太宰は吐きそうな程に胸が苦しくなっていた。

     何故、全てがあの時のままなのか、中也に聞きたい。

     目を閉じれば、感じる匂いすらあの時のままのようで、込み上げそうになるものに、太宰は自身の膝に額をつけた。

    「…………本当に、なんなの、莫迦中也」

    「だれが、莫迦だ」

     背後の声に、太宰は驚きに振り返る。

     ぼんやりとした瞳の中也と目が合った。
     僅かに充血し、焦点がいまいち定まっていない。

    「中也?」
    「……太宰、手前、また、此処に来たのかよ……」

     呂律が回っていない中也が掠れた声で云う。

    「飯、なら、今作るから、包帯とガーゼはそこだ、手前で勝手に手当てしやがれ……」
    「中也、何云ってるの?」

     明らかに様子のおかしい中也に太宰は訝しみながら触れる。
     その体は平常時の人間とは思えない程に熱い。
     負った怪我が化膿し発熱していることに気付き、太宰は中也のシャツを捲り上げると、怪我を覆う包帯を外していく。
     患部から溢れる血はまだ止まっておらず、中也の薄く白い腹にじわりと滲んでいた。

    「ッ……だ、ざい、……? 手前、顔の怪我、治ったのか……?」
    「ちょっと黙って!」

     溢れる血を止める為に太宰は手近にあったタオルで傷口を押さえる。
     赤く染まっていく白を睨みながら、

    「私達はもう相棒ではないし、私はポートマフィアでもない!」

     白いタオルを染めていく血の勢いが止まったのを確認した太宰は、そこでようやく中也へ視線を向けた。

     視線が合った中也の瞳は泣き出しそうに揺れていた。

    「ッ……ねぇ、中也。何故、全てあの時のままなの」
    「あの、時……?」

     少し間があった後、ポロ……と一粒だけ中也の頬に零れる。
     答えるように発した中也の声は震えていた。

    「…………手前が、勝手に来るからだろ、だから、いつ来てもいいように……」
    「4年だ」

     一瞬、中也は何かが詰まったように喉を鳴らした。

    「私が最後に此処に来てから4年。だのに、全てあの時のままなのは何故?」

     太宰の言葉に、中也は逃げるように視線を外し、口を紡ぐ。

    「……もういいよ」

     新しい包帯とガーゼを取りにいく為に離れようとしただけなのだが、太宰は服の裾を引っ張られる感覚に動きを止めた。

     不思議に思い振り返ると、中也が不安気な顔でしっかりと握っていた。

    「……離してくれない?」
    「……何処にいくつもりだ」

     床に転がる包帯を指し、

    「あれ、取りに行くだけだよ。少しは自分の怪我を自覚したら?」
     
     自身の腹へ意識が向いた中也の手を離し、太宰は包帯とガーゼを手にする。

     赤く染まったタオルを取り、血が止まったせいではっきりと見える刺し傷に中也は顔を青くしながら、

    「マジかよ、なンだよこの怪我……」
    「中也はドジっ子だからねぇ」
    「誰がドジっ子だ」

     手際良く手当てしていく太宰を眺めていた中也は、ぽつりと、

    「手前、なんでいつも此処に来るンだよ」

     またか、と一度太宰は溜息を吐き出した。

    「それっていつの話?」

     手当てを終えた太宰が視線を向けると、中也の目は虚で意識は朦朧としているようだった。
     先程より熱が上がっている。

     抽斗の中に薬があった事に思い至り、太宰は探す素振りもなく目的の場所を開ける。
     中には市販薬が綺麗に並べられていた。
     その中から解熱剤を取り出し、戸棚の中から温い水の入ったペットボトル取り出す。

    「とりあえずこれ飲んで」

     差し出された薬とペットボトルを素直に受け取り、中也はそれらを飲み込む。
     喉が乾いていたのか、一気に半分程煽った中也がペットボトルから口を離し、

    「……手前が甲斐甲斐しく世話してくれるなンざ、自殺が成功する兆しかもな」
    「だと良いけどね」
    「良くねぇよ」

     いつもの軽口に軽口で返したつもりだったのだが、中也の声の異変に太宰は顔を向ける。
     だが、顔を伏せた中也と視線が合う事は無かった。

    「……こっちは迷惑してンだよ」
    「さっきから君、発言が滅茶苦茶だよ? 熱があるとはいえしっかりしなよ」

     中也が座る寝台の横に座り、太宰は溜息を吐く。
     その太宰に中也は片付けろ、と云う代わりにペットボトルを渡しながら、
     
    「少しはこっちの身になれよ、手前が自殺する度に回収してンだぞ」
     
     鬱陶しそうにだが、太宰は一応ペットボトルを受け取りながら、

    「今は私が君を回収したけどね。部下だからって油断するのは変わらないのだね」

     その言葉に、張り詰めたような沈黙が流れた後。

    「……なぁ、そいつ、どうなった」

     答えを聞くまでもなく中也には予想がついているだろう。
     裏切った部下の末路など一つしかない。 

     それでも問うのは、心の何処かで否定してくれるのを期待しての事かもしれない。
     例え、その期待に答えたとしても現実はありのままでしか存在しない。
     だから、太宰は何度となく口にした答えを告げた。

    「死んだよ」

    「そうか」

     なんの感情も宿っていない声だった。

     それ以上はどちらも何かを問う事も発する事もない短い時間が流れた。
     効き始めた薬に中也が微睡む気配がし、太宰は一言「寝れば?」と発した。

     こくん、と首が垂れた後、何も云わず中也は布団に潜り込む。
     太宰に背を向けて眠る中也の顔は見えず、今、何を思い、何を考えているのかわからなかった。

     
     










    *    *    *

     目を開けた中也は静まり返った部屋へ視線を向け、瞳を伏せる。

     微かに残る記憶が、頭をもたげた。

    「……クソ太宰」

     久しぶりに出た熱に思考が混濁し、目の前に居るはずがない現在といつも隣にいた過去がぐちゃぐちゃになっていた。

     喉の張り付くような乾きに水を探す為に体を起こすと、襲った腹部の痛みに顔を歪める。
     熱は下がったようだが、深い刺し傷まではそう簡単には治らない。

     咄嗟に押さえた患部のせいで、刺された時の記憶が蘇る。
     息をするのさえ痛みを伴う傷に舌打ちをし、のそりと立ち上がる。

     太宰が相棒だった時、直ぐ側に居た時は何処から嗅ぎつけたのか、被害に遭う前に太宰が始末していた。
     その度に喧嘩をし、森に嗜められた。

     腹部の怪我を庇いながら、テーブルにぽつりと置かれたペットボトルへ手を伸ばす。

     今はもう太宰は側に居ない。
     あの時のように助ける理由は無い。

     無様な姿を晒した自身に嗤いが浮かぶ。

    「ッ……」

     痛みにふらつきテーブルに手をつく。
     弾みでペットボトルが倒れ、床に転がった。
     
     油断していたとはいえ、下級構成員に刺される程落ちぶれてはいない。
     それでも怪我を負ったのは、気の間違いかのような期待だったのかもしれない。

    「ッ…………太宰」

     その名を呼び、込み上げる何かが溢れそうになった時。

    「あれ? もう起きていいのかい?」

     拍子抜けするような声が、背後から聞こえた。

     太宰が居るとは思いもしなかった中也は、間抜けにも驚いたままの顔で振り返る。

    「太宰……?」
    「そうだけど?」
    「手前、帰ったンじゃねぇのか……」
    「これ、包帯とか使ってしまったから買いに行っていたのだよ」

     飄々した態度で抽斗を開けると、ビニール袋から取り出した新品のそれらを元の位置に仕舞っていく。

    「置いておかないと此処に来た時、私が使えないじゃない」
    「手前、莫迦だろ」
    「はぁ?! 中也に云われたくないのだけど?!」

     空になったビニール袋の代わりに、元の通りに収まった包帯とガーゼに太宰は抽斗を閉めた。
     
     それを終えた太宰に、中也は、

    「悪かったな」
    「何が?」
    「余計な手間、とらせただろ。手前はもう此処に来るな」
    「え、ちょっと、いきなり何云ってるの?」
    「もう、手前が俺を助ける理由はねぇだろ」

     諦めろ、と自身に云うように太宰から視線を逸らし、中也は背を向けた。
     転がったペットボトルは何処に行ったのか、と思った時、気遣うような力で腕を掴まれた。

    「敵対組織だから、っていうなら聞き入れられない。あのままなら君は死んでた」

     中也は掴まれた腕を払い、生じた痛みに僅かに顔を歪める。

    「違ぇよ……俺自身が、手前に助けられるなんざうんざりなンだよ」

     ポロ……と込み上げたものが無意識に零れていた。

    「ッ……突き放せよ太宰。俺と手前はもう生きる世界が違う。手前は……」

     それ以上の言葉を遮るように、太宰は中也を抱き締めた。
     傷に障らないように、中也に触れる太宰の力は簡単に振り解ける程に優しい。

    「それが出来るならあの場で君を助けたりしない」
    「……いい加減にしてくれ、もう相棒だった時のようにはいかねぇンだよ」
    「なら私に中也を助けていい理由を頂戴!」

     太宰の突然の強い言葉に、中也は驚きに瞳を揺らす。

    「相棒でも部下でもない。今の私が中也を助けられる理由を頂戴」
    「意味、わかんねぇ……」

     困惑に中也の頬に流れる泪を拭い、その瞳を真っ直ぐに捉え、太宰は云った。

    「中也、好きだよ」

     見返す中也の瞳が驚きに大きくなる。

    「ねぇ、中也。相棒だった時よりも、君の側にいさせてほしい」
    「なんだよ、それ……」

     一度止まった泪が、今度はとめどなくボロボロと溢れ出る。

    「そんなの、卑怯じゃねぇか……」

     泪を零す中也の背に、太宰は労わるように腕を伸ばす。

    「これしか、中也の側に居られる理由が思いつかなくて」
    「はっ、悪魔的頭脳の持ち主がそれかよ」

     泣いたせいで鼻声になりながらも笑う中也に、太宰は優しく笑いかけ、

    「君を一番に助けられる理由を頂戴、中也」

     少しだけ照れたように笑い中也は云った。

    「わかったよ、手前だけだ、太宰」

     腕を回し、確かに此処に居ると確かめるようにその背を抱き締めた。
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