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    saku

    太中メインで小説を書いています。

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    POIPOI 29

    saku

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    pixivの再掲

    #太中
    dazanaka

    “大好きだよ” 太宰には恋仲の相手がいる。

     …………らしい。

     何処から発生した噂かは知らない。
     そして、それは中也の耳にも届いた。

     あの人間失格に、恋人?
     と、聞いた最初は真に受けなかった。

     任務以外は執務室に篭りっきりになり、口を開けば物騒な話ばかりで浮ついた雰囲気は一切無かった。

     だが、いつ頃からだろう。
     任務が無い日、太宰の執務室を訪ねれば、そこにいつも居るはずの人物の姿は無かった。
     ポートマフィア本部の何処かに居るのだろうと尋ね回った。
     だがその日、あの幽鬼のような姿を誰も見なかった。
     
     たった一日なら、そういう事もあるだろうと思った。
     しかし、数が増えれば偶然では無くなる。

     間違いなく、太宰は非番の日、特別な場所に行っている。

     今日も太宰の執務室を訪ねてみたが、その姿は無かった。

    「…………」

     カーテンが閉め切られた広い部屋は薄暗く、立派な調度品が並ぶだけの空間は倉庫の様だった。
     何か、云い様のない気持ちが胸の奥から込み上げる気がした。
     だが、それが何かわらないまま、答えを探す気にもならずに中也は無言でドアを閉めた。

     ポートマフィアに入ってから、歳が同じだからなのか、異能の相性が良いからなのか、森はよく太宰と中也を組ませた。
     任務の時はほぼ一緒で、勝手に太宰の事を知った気になっていた。

     閉じたドアを眺め、ふと思った。
     自分は、太宰について何も知らない。
     
     此処に居ても仕方ない、と踵を返しその場を離れる。
     任務が無いのに態々太宰の元を訪れた自分に言い訳するように頭を掻きながら昇降機へ向かう。

     昇降機にある上向きの矢印のボタンを見つめ、中也は溜息を吐いた。
     もしかして、森に尋ねれば何かわかるかもしれない。
     だからといってそう簡単に会える人物ではない。
     幹部ではない中也が行く事が出来る階には制限がある。
     勿論、首領である森が居る執務室には、許可が無ければ幹部すら近付けない。
     
     壊れてしまっているかのように物言わぬ昇降機を眺め、中也はまた溜息を吐いた。
     
     なぜ此処まであのポンツクの事が気になるのだろう。
     任務の日以外、何処で何をしていようと中也には関係ない。
     太宰と中也の間には、明確な何かなど無い。

     今この瞬間、永遠に居なくなったとしても。

    「中原」

     突然背後から名を呼ばれ、瞬間的に振り返っていた。

     余程酷い顔をしていたのか、呼んだ相手は少し驚いたような顔をしたがすぐに真顔になった。

     そこに居たのは、この数ヶ月で頻繁に本部を出入りする様になった人物だった。
     何の特徴も見受けられない、裏の世界とは無縁そうな雰囲気の男。
     男の背景については詳しくは知らされていない。
     ただ、中也よりは上の立場だということはわかっていた。

    「本日任務だ、同行しろ」
    「……首領から何も聞いておりません」

     僅かに警戒心を滲ませながら云う。
     上の立場の者には絶対服従がマフィアの掟だが、目の前の人物は信用出来ずにいた。

     中也が浮かべる猜疑心に、男は懐から大仰に紙切れを取り出した。
     詳細はよく見えず確認出来なかったが、男はさも当然のように。

    「任務に同行するよう、首領から言付かっている。異論は無いな?」

     ある。
     あまりにも一方的に過ぎる態度に云いたい事も殴り飛ばしたい気持ちもある。
     だが、組織に居る以上それは出来ない事だった。
     無意識に握りしめていた拳を固く握ったまま、

    「……ありません」

     今の中也にはそれしか返せる言葉が無かった。

     その答えに満足したかのように、男は手にしている紙切れを懐に仕舞うと、中也に背を向け歩き去る。

     その背を、中也は無言で睨みつけていた。

     




    *   *   *

     ぐしゃり、と目の前で肉が潰れる音がした。
     一瞬後に瓦礫の下から滲み出てくる鮮血に、中也は思考が止まった。

    「ッ……かはっ」

     喉を締め付ける圧迫感に咳き込めば、数滴、血が零れた。
     地面を汚した血を見つめ、中也は拳を握る。

    「ッ……!」

     力を込めれば、傷を負った腹部が酷い痛みを発した。
     奥歯を噛み締めながら、少しでも出血を止めようと傷口を上から押さえる。
     それでも、自分の体から液体は溢れ続けている感覚は止まらない。

     痛みに意識を奪われないように必死に周囲へ意識を向ければ、あちこちで悲鳴や呻き声が聞こえた。
     血に染まっていない部分など無いのではないか。
     そう錯覚するほど、見渡す全てが赤だった。

     此処までの任務が脳裏を過り、悔しさが湧いてくる。

     太宰なら、どうしていた。
     太宰が指揮をとっていれば、こうならなかったのだろうか。
     太宰が居れば、犠牲者は出なかったのだろうか。

     意味のない思考が脳内を支配する。
     中也は腹部を押さえたまま、ふらつきながらも立ち上がる。

     どうしても消えない思考に頭を振り、無理やり脳内から追い出す。
     任務は、完璧なはずだった。
     なにも、不備はなかった。

     それなのに、立っている人どころか、生きている人間さえ居ないのだろう。
     辺りは、不気味なくらい静かになっていた。

     血と共に体の中にある命が溢れているような、薄気味悪い感覚を誤魔化すために歩を進める。
     まだ、誰か生存者が居るかもしれない。

     ゴツ、と後頭部に固い物が当てられる感覚がした。
     中也もよく知る、冷たい鉄の気配。

    「生存者が居ては困るんだよ」

     命令を下した、男の声がした。
     惨状の中でも平坦で、なんの特徴も無い声。

    「……ッどういう、つもりだ……!」

     当てられた銃口のせいで正面を睨んだまま、中也は血が絡む声で云う。

     男の声は、静かだった。
     物音がしなくなった世界で、その声ははっきり聞こえた。

    「ポートマフィア主戦力の弱体化、そう聞いてね」

     男の言葉で、太宰が愚痴を溢していた事が脳裏を過った。
     連日、執務室に籠る羽目になっていたのも、少ない戦力で最大の利を得るため、太宰は膨大な数の作戦立案をしている為だった。

    「こんな子供が将来有望な人材とは、ポートマフィアはいつから保育園になったんだ?」

     怒りに任せて異能を発動した手で殴りかかろうとした瞬間、後頭部に当てられた銃口から銃声がした。
     反射的に射出された弾丸を止めようと異能を発動したせいで、敵から攻撃の回避が数瞬遅れた。
     既に傷を負っていた腹部へ追い打ちのようにナイフを刺され、その柄に蹴りを入れられる。

    「ッ…………!!」

     気絶しそうな程の激痛のせいで傷口が燃えているかのように熱い。

    「あっ……いっ……くっ……そ……ッ!!」

     地面に倒れ、立ち上がる気力も無い中也の胸を男は踏みつける。

    「俺に異能は無いが、餓鬼にはこれで充分だ」

     せめてもの強がりに、中也は見下す男の視線を睨み返す。

    「……ポート、マフィアを裏切れば、必ず……ッ」
    「苛烈な制裁を受けることになる」

     銃口を中也の頭部に向ける。

    「それも、目撃者が居なければ意味はない」

     引き金にかけれた指が絞られるのが、妙にはっきり、ゆっくりと見えた。
     弾丸が触れた瞬間に異能を発動し、かかる重力の向きを変える。
     その為に、向かってくる弾丸から目を逸らすことなく凝視していた。

    「だから、餓鬼なんだよ」
    「ッ?!」

     左側から、米神を撃ち抜かれた。
     着弾した瞬間、咄嗟に異能を発動したが衝撃までは殺せず、脳が直接揺れる。

     酷い吐き気と急速に遠のく意識の中、知っている声が微かに聞こえた。

    「これでわかって貰えたかな」

     瓦礫の隙間から、黒に身を覆った小柄な人物が現れる。

    「ああ、信用しよう。太宰」

     霞んでいく視界が最後に捉えたのは、中也を見て笑う、太宰だった。 
     
     




    *   *   *

     痛みで無理やり意識を引き戻された。

     人が居る気配に、中也は目を開ける。
     見えたのは、薄暗い見知らぬ部屋だった。

     喉の痛みに咳き込めば、空気の揺れと共に誰かが近付いて来る。

    「中也くん」
    「…………?」

     名を呼ばれ、そちらへ顔を向ければ町医者の格好をした森とエリスが居た。

    「首領……?」
    「意識ははっきりしているようだね」

     中也の元に駆け寄ったエリスが心配そうに覗き込む。
     それに微かに笑みを返し、視線を周囲に向ける。
     その部屋に窓はなく、壁には違和感があった。
     薄暗いと思っていた明かりも、後付けされたような間接照明だった。

     周囲を確認する中也に、森が落ち着いた声で話し出す。

    「太宰くんから連絡があってね」
    「太宰?! ……ッ!!」

     瞬間、脳裏に蘇って来た記憶に飛び起きようとするが、腹部の刺すような痛みに呻く。
     それでも、意識を失う寸前に見たものを、許すことは出来ない。

    「首領、太宰の野郎……裏切りました……ッ」

     労わるように中也の体を支えるエリスが不安気に森へ視線を向ける。

     森はしばし何かを思案したような間の後、

    「先程あった連絡だが、この場所に中也くんが居るというものでね……それで駆けつけたわけだが、その時には既に君の怪我の処置は済んでいたよ」
    「え?……」

     やれやれ、というように森は息を吐き、

    「太宰くんの行動や思考は私には計りかねる。だが、」

     自分の体を支えるエリスに、大丈夫と笑顔を向ける中也を森は見つめ、

    「本当に裏切ったのなら、中也くんは今頃生きてはいないだろうね」

     森の言葉に、あの時の太宰の顔が浮かんだ。
     中也の米神を撃ち、敵に組した瞬間浮かべたあの笑顔は、何を意味していたのだろう。

     あの行動に何かがあるとするなら、太宰は既にその為の準備を終えている。
     中也は自分の中にある記憶を細部まで掘り起こそうと思考を回す。

    「……首領、この数ヶ月本部に出入りしている人物ですが、奴は一体、何者なんですか?」

     ほんの少し、空気が重くなる。
     ポートマフィアにとって、中也はまだ末端の構成員に過ぎない。
     全てを開示して貰える立場ではない。

    「……ある流通ルートを巡って他組織との間にトラブルが生じそうになった事があったね、彼の組織が取り持ってくれたというわけだよ」

     具体的な名称は出せないが、森が最大限の情報開示をしてくれているのはわかった。

    「以来、彼のお陰で円滑な取引が行えるルートが確保出来た……のだけどね」
    「この裏切りまで、仕組んでいたという事ですか……?」

     鈍く痛み続ける腹部が、あの時の惨状を何度でも蘇らせる。
     
    「上手くいき過ぎてるとは思っていたが、ポートマフィアにも余裕が無くてね。藁にもすがる思いだったが失敗だったかな」

     森は溜息を吐きながら頭を掻く。

    「だが、奴らを捕えるだけの戦力は今の我々にはない」

     血の海と化した惨状が誰によって作り出されたのか、中也は拳を握りしめる。

    「……太宰が、居るからですか」
    「太宰くんが何を持ってあちら側についたのはわからないが、」

     そこで森は一度言葉を切ると、中也の側まで歩み寄る。

    「君を此処に運んだのには理由があるんだろうね」

     その言葉に、怒りのまま放棄しようとした思考が回り出す。
     こうなる事を、太宰が予測していないはずがない。

    「この件に関して銀の託宣は流石に無理だが、自由に動く権利は与えるよ。敵組織の全容把握、又はその壊滅。そして、太宰くんの事、頼んだよ」

     ぽん、と森は大事な何かを託すように中也の頭に手を置いた。
     押しのけるわけにいかず、中也は気恥ずかしさに視線を逸らす。

    「……太宰の野郎は知りませんが、それ以外は承知しました」

     困ったような笑みを森は浮かべたが、それ以上は何も云わなかった。

     唯一の出入り口である扉に向かう森の背を見送り、中也は此処がなんなのか気付いた。

    「……コンテナ?」

     確認する為に外に出ると周囲には草木が生い茂り、その中に埋もれるように錆びて朽ちたコンテナがあった。
     とても、人が住むような場所とは思えない。

     再び中に戻れば、最低限、生活は出来そうな家具は揃っている。
     太宰がどれだけの時間を此処で過ごしたのかは知らないが、その空間には太宰の匂いが残っていた。

     なぜ、こんな所に隠れるように住んでいたのだろう。
     中也は首をかしげた。

    「……固定資産税が怖いのか?」

     意図がわからず、コンテナ内に残されているものを勝手に物色する。
     森が云うように、此処に中也を運んだ理由があるとするなら、それは中也にしかわからない何かがあるはず。
     
     部屋の隅にある小さなテーブルには使いっぱなしのガーゼに包帯が転がり、限られた時間の中で太宰が此処に来た事を教えていた。
     その包帯を手に取り、中也はこれまでの太宰の行動を想像でなぞっていく。

     太宰に関するあの噂が流れ始めた時。
     それと時を同じくして本部に出入りするようになった例の男。
     噂の内容と今回の事については直接は関係が無い。
     だが、全部の事が関係あったとすれば。
     
     あれほど執務室に籠っていた太宰が、連日本部に居ない理由を誤魔化す為に。
     真偽が定かではない恋人の元へ足繁く通う、そんな噂を流しておけば、ポートマフィアも敵組織も、太宰が何処で何をしているかなど勝手に想像してくれる。

     不意に冷たい風が吹き込んだ。
     気付けば日は傾き、西日がコンテナ内に差し込んでいた。

     その反対側に何かがある事に気付いて、中也は壁を見た。

     そこには今まで確かに無かった文字が、壁一面に書かれていた。

     それを見て、中也は一瞬驚きに目を見開くが、すぐに笑いが込み上げてきた。
     腹部の痛みに顔を顰めながらも、笑うのを止められない。

    「……悪趣味なんだよ、糞太宰」

     云いながら、中也は壁に軽く拳を打ちつける。
     矢張り、太宰は裏切っていない。
     
     





    *   *   *

     くしゅっ、と太宰はくしゃみをした。
     鼻を啜り星空を見上げる。

     手には中也を撃った拳銃が握られている。
     暇を潰すように弄んでいると、

    「太宰、本当に此処は安全なのか?」

     癇に障る声がした。
     態々振り返るのも面倒で、星空を眺めたまま、

    「そうだね、ある組織の幹部だった人が住んでいた土地だよ。ある事件を起こしたせいで今は全て無くなってしまったけどね」

     まっさら過ぎて不自然な空き地に太宰は視線を向ける。
     そこにはぱっと見では数え切れない人数の人間が居た。

     皆、同じ様な武装をし、同じ様な武器を手にしている。
     仮面は付けていないが顔も同じに見えた。

    「戦力はこれで全部?」
    「ああ、此処を拠点にすればポートマフィアの目を欺けるんだよな」
    「ポートマフィアはね」

     腰掛けていた切り株から太宰は立ち上がる。

    「どういう意味だ、横濱を牛耳ってんのはポートマフィアだろ」
    「そうだね」

     ふらふらと歩き出す太宰に男は訝しみながら声をかける。

    「太宰、巫山戯てんのか? お前の云った通りに行動したら戦力の大部分は削れた。このままいけばポートマフィアを潰すのだって不可能じゃない」

     男の言葉に、太宰は興味が無さそうに視線を逸らす。

     頭上には綺麗な月が出ていた。
     雲もなく、周囲を照らすには申し分ないほどの明るさだった。

    「確かに、僕が支持した通りに行動すればポートマフィアを潰せるだろうね」

     含みのある言い方に男は首を傾げる。

    「だが、生憎、僕にはどうしようも出来ない存在が居るのだよ」
    「なに……」

     言葉を遮るように、真横から飛翔した巨石が男を巻き込んで吹き飛んで行った。

    「うわぁ、痛そう……ご愁傷様ぁ」
    「さっきの仕返しだ、タコ」

     巨石が飛んで来た先、そこには小柄な人影が居た。

    「やっほぉ、中也」
    「この悪趣味野郎。態々此処に集めるとはな」

     数米の距離を異能で軽々と飛び、中也は太宰の隣に降り立つ。
     太宰は目を細めながらにこりと笑い、

    「君ならわかると思ったよ」

     その余裕さに中也は舌打ちを返す。

     周囲を取り囲む、物々しい音が響いた。
     太宰と中也を中心にぐるりと銃口が向けられる。

    「僕が指示しないとすぐ短絡的な行動に出る。だから、君達とは組まないんだよ」

     太宰が云うのと同時、中也は異能発動を意味する赤い光を纏う。

     その顔に残虐な笑みを浮かべる。

    「まとめて地獄に送ってやるよ」
    「殺せッ!!」
     
     ひしゃげた怒声が響いた。
     巨石から辛うじて生き延びた男の血混じりの声だった。

     号令と同時に激しい銃撃音が幾重にも重なり、鼓膜を叩く。
     月夜よりも、なお苛烈な閃光が周囲を鮮烈に照らす。
     転がった薬莢は膨大だった。
     全てポートマフィアの武器庫からせしめた物の為、出し惜しみをする必要などなかったのだろう。

     集中砲火の只中にいた人物はそれでも、笑っていた。
     自身を埋め尽くさんばかりの銃弾は全て、被弾する事を放棄したかのようにその場に止まっていた。

     その隣で、太宰は笑った。

    「せっかく僕達の武器庫からプレゼントしたんだ、送り返すなんて酷いじゃないか」

     異能の影響を受けた銃弾が微かに動く。

    「ちゃんと受け取ってくれ給え」

     残虐な光を瞳に宿し、太宰は云った。
     同時に、停止していた銃弾が仄暗い赤い光に包まれる。

    「重力操作」
     
     その言葉が発動のトリガーだったかのように、無数の銃弾が中心から周囲へ飛んだ。
     
     発砲音は無い。
     風を切る音だけを響かせ、呻き声をあげる暇さえなく喉を貫いていく。

     その光景をなす術なく呆然と見ていた男は、やがて自分しか生存者が居ない事に気付いた。
     目の前にはまだ幼さの残る二人の子供が、月の逆光のせいで黒い、途方もない闇の存在に見える。

     額から夥しい量の血を流し、血の混じる泡を口角に零しながら太宰を睨む。

    「ッ裏切ったのか、この、糞餓鬼がっ!!」

     乾いた瞳からは涙よりも粘性のある液体が溢れ出す。

     その悲痛な叫びに、中也は少しだけ顔を歪めた。
     だが、太宰は底が知れないほどの無邪気な笑みのまま。

     手にしたままの拳銃を持ち上げる。
     男の額に銃口を向ける。

    「確かに、動きを止めろと云った。だが、」

     瞬時に笑みは消え、氷よりも冷たい瞳が男を見据える。

    「君は少々やり過ぎた」

     一発、銃声が響いた。







    *   *   *

     面倒な事後処理を押し付ける為、森に連絡を入れると太宰は携帯を切った。

     瞬間、どさりと音がした。
     驚きに振り向けば、中也が倒れていた。
     腹部の傷口付近の服は真っ赤に染まっていた。

    「ありゃ」

     太宰は迷う事なく抱き上げ、応援が来るより早くその場を去った。
     
     意識がない中也をおんぶし、コンテナに向かう。

     太宰が敵組織に組みすることで流通ルートに関しては手回しが出来た為、これまでと変わりなく使えるだろう。
     むしろ、これよりも楽に密輸が可能になった。
     とはいえ、その為にかなりの犠牲が出た事には変わりない。
     森の胃に空いた穴はしばらく塞がりそうにない。

     不用心にも開きっぱなしになっている扉に太宰は呆れた。

    「一応、僕の住処なのだけど」

     中に踏み入ると、寝台に中也を投げ出し扉を閉める。

     照明の明かりすらもそのままの為、中也が脇目も振らずに此処を飛び出したのが簡単に想像出来てしまい、笑いが込み上げる。

     止血のため中也の服をめくると限界まで血を吸った包帯が表れた。
     無表情でそれを解き、テーブルに投げ出されたままのガーゼと包帯を手に取る。

     慣れた手つきで処置をしていると、中也が目を覚ました。

    「……太宰?」
    「意識ははっきりしてるみたいだね」

     視線を合わせないまま答える。

    「……態とか」
    「何が?」

     どう云えばいいか迷うような少しの間の後、

    「何もかもだ……」

     云うと、中也は壁を指した。
     そこには何も書かれてはいない。

     太宰は中也が指す先へ視線を向ける。

    「愛の告白でも書いてあった?」
    「ほんと、たち悪ぃな」

     処置をしている最中にも構わず、中也は立ち上がる。
     痛みに傷口を抑え、壁に近づく。

     既に太陽は沈み、その文字が見える条件は無い。
     だが、あの時見たものはしっかり覚えている。

     コツコツ、と壁を叩いて中也は云った。

    「“大好きだよ”」

     その言葉に、太宰の表情が一瞬止める。

    「手前がそれを俺に云ったのはあの場所だけだ。ほんっと悪趣味なンだよ」
    「それだけじゃない」

     中也に触れそうな距離まで近づくと、太宰はその小柄な体躯を優しく抱き締めた。

    「は?!」
    「それを云ったのも君だけだ」

     抱きついたまま動かない太宰に、中也はどうしたらいいのか迷いながらその背を抱き返す。

    「……本気か?」

     思ったよりも小さな声で、まるで不安な気持ちを表しているようだった。

     太宰はずっと抱き締めたままだが、その腕が強くなる事はない。
     力を込めれば中也の傷に触るため、必死に抑えてるようだった。

    「こういうことに関して、僕は嘘を吐かない」 

     聞こえてくる声は真剣そのものだった。
     冗談だろ、と笑って誤魔化せる空気ではなかった。

     中也は、太宰に恋人が居るという噂を聞いた時に沸いた、云い様のない気持ちを思い出した。

     抱き締めてくる太宰の服を握り締め、部屋に残っていた太宰の匂いが今はすぐ近くにある事に気付いて、込み上げそうになる何かを抑えるために肩口に顔を埋める。

     この想いがなんなのか、はっきりとわかったわけじゃない。

     だが、この温もりが誰かのものになるくらいなら。

    「……裏切るなよ、太宰」

     震えそうになる声で云った言葉に、太宰が笑う気配がした。
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