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    saku

    太中メインで小説を書いています。

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    POIPOI 29

    saku

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    pixivの再掲

    #太中
    dazanaka

    花筺「巫山戯ンなよ……!」

     シンクに広がる、血に塗れた花を睨みつけ中也は零した。
     
     突然だった。
     帰宅すれば込み上げる吐き気にシンクに突っ伏すようにして嘔吐くと口から花が吐き出された。
     その際、喉か口内を傷付けたのか、吐いた花は血に塗れていた。

     ようやく吐き気が収まり、中也はその場に崩れるようにへたり込んだ。

     花を吐くなんて聞いた事がない。

     食中りをしたのなら吐き出すものは胃の内容物だ。
     だが、どれだけ吐いても出てくるのは花ばかりだった。

     自身の体に何が起きているのかわからず、中也は得体の知れない恐怖に僅かに体を震わせる。

     もし、未知の病気に罹っているとしたらこの先どうなるのか。
     
     壁に掛けてある時計を見ると、時刻は深夜だった。
     申し訳なさはあったが、このまま朝を迎えるのが怖い。

     吐いた事によりふらつく足取りで、中也は外套に仕舞ったままの携帯端末を取り出す。
     記憶している番号を迷いなく押し、耳に当てる。
     応答がある事をひたすら願う。

     その間にも込み上げる吐き気に、また花を吐いた。

     苦しさに涙が溢れて、呼吸もままならない。
     その時、

    『……中也くん?』

     救いのように声が脳に響いた。

     首領、と答えたかったが喉からは掠れた息が漏れただけだった。
     ただならぬ気配を察知した森は、慌ただしい動作に声を揺らしながら、

    『今、自宅だね? そこから動かないように』

     云うと通話を切った。

     首領が来てくれる。
     そう思うと安堵し、中也は気絶するように意識を手放した。





    *   *   * 

    「嘔吐中枢花被性疾患」
    「は、い?」

     目を覚ました中也に森は告げた。

     それは中也が患った病気なのだろう、だが、耳馴染みのない名に首を傾げる。


     中也の部屋に駆けつけた森は、部屋中に散らばる花弁に触れぬよう注意深く奥へ進み、一番花弁が多い処に向かえば、埋れるように気絶している中也を見つけた。

     中也を覆う無数の花弁は、触れれば病気が感染する。
     森はエリスに払うように指示し、中也を寝台に運ばせた。
     意識は無くとも、発作のように花が吐き出される。
     花というものに疎い森には、中也が吐き出す花にはまるで頓着しなかったが、その明らかな症状で病名はすぐにわかった。
     半ば都市伝説のような病。

     森はどこか遠くを、過ぎ去った過去を眺めているかのような視線を宙に向ける。
     その瞳を伏せ、深い溜息を吐いた。

    「……死ぬつもりかね、中也くん」

     その病気が行き着く先を想像し、森は零した。


     絶え間なく吐き出される花はエリスが定期的に掃除していた。
     異能生命体であるエリスはどれだけ花に触れても何ともない。
     いつものフリルのついたワンピースではなく、掃除をするためかフリルがついたメイド服を着ている。
     それで掃除がしやすいかは別として。

     箒を両手に床を履き、ゴミ袋にせっせと入れる様子はとてもとても可愛らしい。
     エリスにとっては雑作もない作業だが、あまりにも健気に働くため中也は申し訳ない気持ちになる。

    「エリス嬢、すいません。お手を煩わせて……」

     その声に手を止めて、エリスは中也に微笑む。

    「いいのよ、チューヤの部屋は物が少なくて掃除が楽ね」

     止めた手を再び再開する。

    「さて、中也くんの病状についてだが、」

     切り出した森に、中也は真剣な顔でその先に続く言葉を待つ。

    「嘔吐中枢花被性疾患。通称、“花吐き病”と云えばよりわかりやすいかな」
    「花吐き……」

     エリスが詰めたゴミ袋を中也は見る。
     その中には、目にも鮮やかな青い薔薇が可哀想なほどぎっしりと詰め込まれている。

    「色々難しく説明する事は出来るが、無駄だから簡単に云ってしまおう」

     再び森に向き直った中也は、森の言葉に愕然とするしかなかった。

    「片想いの病気だよ。恋をすれば花を吐き、実らなけば吐き続けて死ぬ」
    「死ぬ……」

     その残酷な、わかりやすい言葉に中也は顔を歪めて拳を握る。

    「助かる方法は、両想いになることだけだが」

     森はそこで一度言葉を切った。
     これ以上、云う必要はない。
     全部を説明しなければ理解出来ないほど中也は愚かでは無い。
     だが、この病を発症したというのなら、その想いはきっと愚かだった。

    「…………どれくらいで、死ぬんですか」

     明け透けな質問に、森は首を振った。
     
    「不明だ。そもそも、なぜ想いが報われなければ死ぬのか、原因もわからない」

     思い詰めたように視線を落とす中也を、森は見みつめる。

    「助かる気は無い、という事かね?」
    「……助かる方法が一つしかないというなら、きっと俺は死にます」

     その視線はそうなる未来を確信している瞳だった。
     森も予想している未来。
     だが、その約束された結末に背を向けるように、森は中也から視線を外した。

    「とりあえず、打てるだけの手は打ってみるよ。私も医者だからね、みすみす見殺しには出来ない」
    「……はい、お手を煩わせてしまい、申し訳ありません、首領」

     深々と頭を下げる中也に森は首を振った。




    *   *   *

     花吐き病を発症してから、食欲が格段に落ちた。
     
     部屋に散乱する花弁を虚しい気持ちで片付け、用意した朝食を口にしたが、すぐに吐き気が込み上げた。
     堪える事も出来ず、喉を刺すように花が吐き出される。

     折角用意した朝食が青い花に埋もれる。
     それが忌々しくなり、中也は花弁を握りつぶした。

     その花が想う相手は、一人しかいない。
     中也の周りにどれだけ人が居ようと、中也を救えるのは、ただ一人だけ。

    「……ッ」

     憎いだけのはずの名を口にしようとしたが、何かが詰まったように声にはならなかった。
     代わりに、花弁を握りつぶした拳をテーブルに叩きつけた。

     仕事の為に本部へ行くと、すぐに森の元へ向かおうとした。
     あれから森は花吐き病について、色々な文献をひっくり返したそうだが、両想いになる事しか完治の術は見つかっていないらしい。
     一つその情報に足す事があるとすれば、想いが実れば白銀の百合を吐く、という。

    「……こほっ」

     と、中也は隠れるように咳をした。
     この病気のことは森以外は知らない。

     バレるわけにもいかなかった。
     中也の想い人が、その人であるなら。
     絶対に報われるわけなどないし、もう、会うことも無い。

    「中也」

     名を呼ばれ、驚きに振り返る。
     そこに居たのは、同じように驚きに少しだけ目を見開いた紅葉だった。

    「どうした、体調が優れぬようじゃが?」
    「姐さん……」

     驚きの中に気遣う視線が含まれる。
     その視線から中也は逃げるように目を逸らす。

    「なんでもありません、少し、寝不足なだけです」

     急いでその場を離れようとする中也の腕を、紅葉は掴んだ。
     痛いほどではない、だが、逃げられないと思わせるには充分な気迫だった。

    「私に隠し事とは、偉くなったものよのう? 中也」

     数段低くなった声に、背筋に冷たいものが流れる。
     腕を掴まれたまま、紅葉の執務室に引き摺られ連行された。

     しっかりと施錠まで済ませ、紅葉は中也に一人掛けのソファを勧める。
     お辞儀をし、腰掛けたものの、まだ話す覚悟は出来ていなかった。

     湯呑みに茶を淹れた紅葉が、一つは中也に、一つは自身で持ったまま正面に座る。
     一口飲み、

    「して、何があった?」

     目の前に置かれた湯呑みを見つめたまま、口を開けずにいると、

    「今云うも、のちに云うのもさして変わらぬ。どうせ人の口に戸は立てられぬのだからのう」

     静かに紅葉は湯呑みを置いた。
     それが、合図だとでも云うかのように。

     乾きに張り付いた喉が、整理のつかないまま声を発しようとした瞬間、

    「ッ……!!」

     塞ぐように当てた手などお構いなしに、血に濡れた青い薔薇が中也の口から吐き出された。
     痛みと苦痛に生理的な涙が溢れる。

    「ッ……はぁ、はぁ……ごほっごほっ」

     中也の周囲に散らばる花々に、紅葉の顔は一瞬で青ざめる。
     すぐに室内の電話へ駆け寄り、受話器を取る。

    「鴎外殿!! 急患じゃ!!」

     送話口に叫ぶと、叩きつけるように切った。
     
    「中也、他に症状はないかえ?」
    「他に……? 姐さん、花吐き病を知ってるんですか……?」

     一瞬、顔をこわばらせた紅葉は憂いの瞳で中也を抱き締める。

    「よう知っておる……私の、かつての友人がその病を発症したからのう」

     中也を抱き締める腕は微かに震えていた。
     その反応で、結末がどうなったのかは容易く想像出来た。
     だが、聞かずにはいられなかった。
     治すための、手掛かりがあるかもしれない。

    「姐さん、そのご友人は、」

     紅葉は悲しげな瞳で頷いた。

    「吐いたのは桜じゃ……死ぬ間際まで吐き続けて、結局、叶わなんだ」

     伏せた瞳の裏にその姿を思い出しているのか、その瞬間の紅葉は酷く儚く見えた。

    「決して報われぬと知りながらも、想わずにはおれぬ。花吐き病を発症して完治した者を、私は知らぬ」

     その言葉で、紅葉すらも両想いになる以外の治す術を知らない事がわかってしまった。
     震える紅葉に抱き締められながら、中也は胸の苦しさに呼吸が止まりそうだった。
     
     絶対に報われるなんて事はない。
     もう居ない人にどう答えて貰えると云うのだろう。
     思い出したくもない憎い名を、中也は心の中で叫んだ。





    *   *   *

     血相を変えて駆けつけた森から、事情を聞いた紅葉とはその場別れ、中也は執務室へ向かった。

     何も食べられないのに、花は容赦なく吐き出されるせいで軽い目眩が襲い、足元がふらつく。
     何とか自室へ辿り着くと、崩れるようにソファに倒れた。
     その瞬間にも、一輪、花が口から零れる。

     床に落ちた花弁を眺めていると、朦朧とする頭に一つの考えが浮かんだ。

     この想いが報われる未来など無い。
     いつかわからないが、この命はこの恋と共に必ず終わる。
     それなら、今終わらせても構わない。

     中也はふらつく足で立ち上がり、覚束ない足取りで執務机に向かう。
     そこに、中也の命を簡単に終わらせるものが常に置いてある。

     椅子に座ると、抽斗を開ける。
     銃と弾が、お行儀よく収まっていた。

     慣れた手つきで弾を装填し、撃鉄を起こすと引き金に指をかける。
     そのまま自身の米神に当て、目を閉じた。

    「……グッドバイ」

     せめて虚しい思いはしないように口に出して、引き金を引いた。









    *   *   *

    「中也さんッ!!」

     完璧ではないにしろ、防音が施された執務室から微かにした銃声に、広津はドアを開けた。
     賊の侵入を警戒したのだが、そこに居たのはぐったりと伏せる中也の姿だけだった。

     その手には銃があり、自分で自分を撃ったのは明白だった。

    「中也さんッ!! どうされたのですかッ」

     あまりの事態にいつもの冷静さはすぐには戻っては来ない。
     出血が無いため何処を撃ったのか判断出来ずにいたが、手首を掴み脈を確認する。
     その時、床に落ちる青い薔薇が見えた。

    「花……? なぜこのような物が……?」

     この部屋には花瓶どころか植物は全く無い。
     中也が持ち込んだとしても茎はなく、花弁だけが一輪落ちているというのは説明がつかない状況だった。

     脈は、確かにあった。
     その事に一息つき、ようやく冷静な思考が戻って来た。
     中也の部屋の電話を拝借し、森に連絡をする。
     何処を撃ったのかわからないが、素人判断で放っておくわけにはいかない。

     中也の手から銃を離し、元の抽斗へ仕舞う。
     その際、伏せる中也が微かに呻くような声を出した。

    「中也さん、大事はございませんか?」

     覗き込むように顔色を確認しようとする広津の前で、微かに瞼を開いた中也は、その名を云うより前に口から異様なものを吐いた。

    「ッごほっごほっ」

     両手を口にあて、どれだけ止めようとしても容赦なく吐き出される。
     苦しさに涙が滲んでも、その人を想う気持ちのように止められない。

     床に散らばった青い薔薇に、広津は顔を青くする。

     一見美しく見える病。
     だが、それは、あまりにも残酷な現実を美しさという虚飾で飾るかのようだった。

     はっきりと目を開けた中也は伏せていた体を起こす。

    「……じいさん、あんたも、知ってんのか」

     掠れた声は痛々しかった。
     絶え間なく吐いているせいか、見るからに体力を消耗した顔はやつれ、正気がなかった。
     
     自嘲するように中也は笑った。

    「ったく、情けねぇよな……何が、恋だよ……ンなもので死ぬくらいならいっそ、終わらせやろうと思ってな」

     手に銃が無い事に気づいて当たりを探す。

    「差し出がましい事を致しましたこと、ご無礼しました」

     お辞儀をする広津に、中也は抽斗へ一瞬視線を送った。
     その前には広津が立ち、再び手にしようとすればどんな手段を使っても阻止しようとしているのがわかった。

     中也とて、そこまでして銃を使用する気はない。

    「……なぁ、じいさん、あんたは知ってんのか?」

     何のことを指す言葉なのか、広津は瞬時に理解したがすぐには返せなかった。
     微かに重い息を吐き出し、あえて平坦な口調で答える。

    「……昔の知り合いに発症した者がおりました。その者は絶対に叶わぬ相手を想いながら花……紫苑を吐き続け、その想いを抱えたまま、亡くなりました」
    「……そうかい」

     その口ぶりから花吐きの事を知っていても、完治する術は矢張り、一つしか知らないようだった。
     
     どちらも言葉を発せられるまま、重い空気がしばし空間を支配した。

    「あのねぇ、私だってもういい歳なのだよ? そう何回も呼び出さないで欲しいなぁ」

     魔の抜けた声がドアから入って来た。

     広津は素早く頭を垂れる。
     中也も立ち上がろうとしたが、森がそれを手で制す。

    「医者なのだから急患と聞けば飛んで行くが、それが同一人物というのは中々のレアケースだよ」
    「すみません、首領……」

     銃は広津が仕舞った為、花吐き病を患った中也を気遣い、慌てて広津が森を呼んだようにしか見えないだろう。
     と思ったが、

    「一発、銃声が聞こえてね。中也くんの弾、見せてもらっていいかな?」

     こちらに尋ねる口調だが、断る事など絶対に出来ない。
     広津は抽斗から銃を出し、執務机に静かに置く。

    「発砲の理由は何かね?」
    「中也さんはご自身で彼の病に決着をつけようとしたようです」
    「ほう、つまりはどういうことかな」

     机に置かれた銃を手に取り、森は引き金に指を当てる。
     そして、銃口を中也に向けた。

    「こう云う事で、合っているかね?」
    「そうです」

     その銃口を、その先にある森の瞳を真っ直ぐに見つめ、中也は云った。

    「この病気を治す方法なんてありません」

     込み上げる悔しさに、中也は拳を握る。

    「この想いが絶対に叶わないのも重々理解しています」

     呼吸さえ出来なくなるほどの胸の苦しさに、中也は息をつく。

    「だから、」

     森が持つ銃口が、中也の額に当てられる。

    「潔く死のうと云うのかね」
    「はい」
    「その割に、君はこうして生きているが?」
    「……」

     銃弾が発射される瞬間、まるでその時を狙っていたかのように吐き気がした。
     堪えきれず咄嗟に手を動かしたせいで、弾は中也の米神から外れた。

    「……嫌がらせ、されたんですよ」

     その答えに、森は一瞬虚をつかれたような顔をしたが、すぐ苦笑に変えた。

    「それは、災難だったね」

     銃を広津に渡し、森は背を向ける。

    「中也くん、首領として命令する」

     その言葉に、中也は背を見つめる。

    「無駄に死ぬ事は許さないよ」





    *   *   *

     広津に詫びながら別れ、中也は執務室のドアを閉めた。
     気付けば周囲は闇に包まれていた。
     廊下の明かりが入り、今まで気付かなかった。

     「こほっ」

     軽く咳が出た。
     ソファに身を投げ出し、窓から差し込む灯りに誘われ視線を向ける。
     
     綺麗な月があった。

     静かに穏やかに、太陽の光より弱いが優しい光で室内を照らしている。
     その光を眺めている間に、うとうとと睡魔が襲ってきた。

     最近ゆっくり寝ていないなぁ、とぼんやり思った時には眠りに落ちていた。




    *   *   *

     着信音で意識が浮上した。
     
     それは外套のポケットから鳴っていた。
     ポケットに手を突っ込み、音の正体を確認しようと端末の画面を見れば非通知の文字。
     番号が表示されない事などいつもの事なので、躊躇なく通話ボタンを押す。

     非常識な時間だとは思わなかった。
     こういう世界に居れば、時間なんて概念はあってないようなものだ。

    「……」

     通話ボタンは押したが、こちらから声は発さない。
     向こうの様子を探るように耳を澄ます。
     僅かな音でも逃さないように。

     向こうからは何の音もしない。
     何処から掛けているのか、判断するための生活音が一切ない空間。
     しばらく聞こえないはずの空気の音を聞いていると、

    「……中也」

     と、名前を呼ばれた。

    「ッ」

     端末を落としかけた。

     ありえない。
     絶対にありえない事だった。

     奴は組織を裏切った。
     任務の最中、突如、消息不明になった。
     
     心臓が激しく脈打ち、呼吸が止まりそうになる。
     頭が真っ白になり、何を云っていいかわからない。

     答えられずにいると、

    「少しだけ、許可を貰った」

     その声は、最後に聞いたものとまったく変わりなかった。
     トーンも、話し方も、何も変わっていない。

    「君が、居なくなってしまう予感がしてね」
    「ッ……」

     反論しようと怒鳴ろうとしたが、喉が詰まり声が出なかった。
     何か熱い塊が込み上げ、喉を塞ぐ。

    「どうしても伝えたい事があったから、少し無理をしてしまったよ」
    「……莫迦野郎」

     ようやく出した声は、自分のものじゃないみたいにか細く、震えていた。

     中也が答えた事に少しだけ嬉しさを滲ませ、電話の向こうの人物は云った。

    「あと4年。そうしたら会えるよ」
    「え……」

     何を云っているのか、咄嗟にはわからなかった。
     だが、それ以上の説明は無かった。

     中也が考えて、受け止めろと云う事だろう。
     奴は、いつだってそうだった。

    「……わかった、太宰」

     憎くて憎くて殺したいほど憎いのに、どうしようもなく好きになってしまった名を呼んだ。

     向こう側で、笑ったような空気の動きがあった。

    「それじゃあ、また」
    「ああ、またな」

     あれほど不快で仕方なった気持ちは、酷くすっきりしていた。
     交わした言葉はそれだけだったのに。

     通話を切ろうとした瞬間、

    「あ、中也。最後に」

     何だ? というように再び端末を耳に当てる。

    「君が吐いた花、白銀の百合だろ」
    「え……」

     プツ、と通信は切れた。
     切ったというより突然遮断されたかのような切れ方だった。
     太宰が切ったのではない。
     何かわからないが時間切れという事だろう。

     手にある端末を見つめる。
     まるで夢を見ているようだった。
     
     本当に夢だったのではないかと不安になり、一件しかない履歴を確認した。
     そこにある非通知と今の時刻を見て、あの電話が現実だったのだと実感した。

    「ッごほっ」

     こんな時でも容赦なく襲ってくるのかと、忌々しげに吐き出した。

     だが、心情を表すかのような青い薔薇はそこには無かった。

     一輪の、白銀の百合が床に転がっていた。
     
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