待ち合わせ時間の直前に仕事関係のトラブルがあって連絡もできず遅れてしまった。ごめんとか今から行くとかの連絡をするよりも先に待ち合わせ場所に急いで向かっている。
もしかしたら、もう居ないかもしれないけれど…
人混みを掻き分けて、息を切らして。
こんな時間になっても待ち合わせの人々で溢れかえる波の中に、スマホを片手に目印の時計に寄りかかっている王馬くんを見つけた。
「ごめん! 遅くなって…!」
「あれ、最原ちゃんも今来たの? 実はオレもそうなんだよね! 連絡しないで悪いなって思ったんだけどそんな暇もない絶体絶命な危機的状況でさー」
「えっ」
「なんとか脱出して命からがらやっと辿り着いたんだよー。オレが来なくてさすがに帰っちゃったかなって思ってたんだけど、最原ちゃんも今来たならちょうどよかったね!じゃあ、行こっか!」
一気にそこまで喋って僕の手を絡め取った彼の指先はとても冷たかったし、見れば耳も鼻の頭も真っ赤だ。
王馬くんはちゃんと時間通りに待ち合わせ場所に着いていたんだ。
それから何時間もずっとここで待っていて、僕からの連絡がないかスマホを確認していたのかもしれない…手がこんなに冷え切るまで。
それなのにどうして、怒ったり文句も言わず笑顔で迎えてくれるんだろう…自分も今来たなんて嘘までついて。
気付くと僕は、彼に引かれていた手を逆に引き戻し、その勢いで彼を抱きしめていた。
しかも自分の行動に自分で驚いてそのまま固まってしまい…
腕の中の彼も静かだ。
暫しの沈黙。
もしかして時間が止まってしまったのかという錯覚に浸りながら、ちょうど目の前にあったつむじをぼんやりと見つめていた。
「……」
「……」
「ねぇ?」
つむじが消えて紫の瞳が間近に迫る。
「これってどういう状況なの?」
「あ、えっと…、」
そうだ、いま僕は王馬くんを抱きしめてしまっていたんだっけ…でも、なんでだっけ…?
答えを待っているのか、読めない表情でじっと見つめてくる彼を、ここでようやく離して、慌てて言い訳を考える。
「ご、ごめん。何かに躓いて転びそうになって、思わずしがみついちゃった…」
嘘に敏い彼には気付かれるかもしれないが、まだ整理の付かない胸の中の塊をそう言って包んだ。
「…最原ちゃんってそんなドジっ子だったっけ?」
案の定、一瞬差した訝しむような視線にどきりとしたがすぐに笑顔に戻り、
「まあいいや、早く行こうよ。 のんびりしてたらお店閉まっちゃうよー!」
と、僕の手を無造作に掴んで走り出そうとするから
「ちょっと、そんな引っ張られ方したら今度は本当に転ぶ、…!」
僕に構わずずんずん歩く彼と離れないように、掴まれていた状態の手を握り直すと、突然くるっと振り向いた王馬くんと目が合った。
にしし、といつものように笑う彼の頬が心なしか染まって見えたのは、気のせいかな…
さっきはあんなに冷え切っていた王馬くんの指先もすっかり温度を取り戻していて。
僕の体温が伝わっただけか、それとも…?
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おまけ
『最原ちゃんに抱きしめられたときのNGシーン』
「……」
「……」
「ねぇ? …下まつげが刺さる…」
「っ?! そんなに鋭くないよ!!」